9 黄緑色の空の下で
黄緑色の空の下では、拳大の石がもみじに向かって次々と飛んでいた。もみじは、何もない空間から飛び出して来る石を流れるような足捌きで避け続けていた。
「その石は、木葉天狗が口から吐き出す『天狗礫』だ。姿が見えない九十八体の木葉天狗からの攻撃をいつまで避け続けられるかな?」
鴉天狗の声を聞きながら、もみじは考えを巡らせていた。
『天狗礫が出現する場所に木葉天狗がいることはわかるが、四方八方から次々と飛んで来る天狗礫を避けるのが精一杯で、攻撃ができねぇ!』
「いてっ!」
もみじの右肩に天狗礫が命中し、もみじの顔が苦痛で歪んだ。もみじは天狗礫を避け続けながら叫んだ。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 稲妻之帯!」
もみじの体を囲むように幅三十センチの帯の形の雷が出現し、半径九十センチの輪になると、もみじの胸の高さでくるくると回り始めた。稲妻之帯は傾きや高さを変えながらもみじの周囲を回り、もみじを守って天狗礫を受け、稲妻之帯に当たった天狗礫は、雷の飛沫を上げながら次々と草原に落下していった。
『これじゃあ防御はできても、攻撃ができねぇ!』
「古より月を司りし月光照之命よ! その御力を宿し給え! 無限合鏡!」
もみじの姿が二十人に増え、二十人のもみじは天狗礫を足捌きで避けた。
『稲妻之帯で天狗礫を受けると、どれが本物のあたしで、どれが幻なのかがバレちまう。足捌きで避けるしかねぇ。よし! 狙いどおり、天狗礫の攻撃が分散された。今なら攻撃できるぜ!』
天狗礫が飛び出した空間に向かって、二十人のもみじの周りを回る稲妻之帯の一方の端が一直線に長く伸びた。
「ぎゃああああああああっ!」
二十本の稲妻之帯の先が集まった場所に、雷に包まれて地面に立つ木葉天狗の姿が出現し、その木葉天狗は失神してその場に崩れた。
『安心しな。二十本の稲妻之帯の中の本物は一本だけだ。威力が二十倍になってる訳じゃねぇ。二十本で同時に一か所を攻撃しないと、どれが幻なのかがわかっちまうからな。大技で一気にケリをつけてーが、さらわれた子どもたちが近くにいたら巻き添えになっちまう。今は一体ずつ倒していくしかねーな』
二十人のもみじは天狗礫を避けながら、姿が見えない木葉天狗に向かって一斉に稲妻之帯を伸ばし、次々と気絶させていった。
鴉天狗は、もみじが二十六体の木葉天狗を連続して倒していく様子を離れた場所で眺めていたが、懐から青い巾着を取り出して大声でもみじに呼びかけた。
「霊術遣いよ、お前は吾輩が想像していた以上に強かったようだ。やむを得ぬ。こやつらを使うことにしよう」
青い巾着の口から、人間ほどの大きさがある大きな白い狼が次々と飛び出した。その狼たちは口の周りが涎まみれで、長くて鋭い牙をむき出しにし、狂気を感じさせる凶暴な両目が赤く光っており、背中には一対の黒い翼が生えていた。翼が生えた白い狼は八十八体おり、鴉天狗の前でもみじを睨んで唸り声を上げていた。
「な、何だよ、そいつらは?」
二十人のもみじは呆然として、遠くにいる白い狼の大群を見つめた。
「人間界にやって来た十三体のアマツキツネはカラスと融合して木葉天狗となり、その中の一体は狂犬病にかかっていた狼と融合し、この『白狼天狗』になった。理性がなく、人間を見ると見境なく襲いかかる白狼天狗の凶暴さに手を焼いた先祖たちは、この巾着の奥につくった空間に閉じ込めることにしたのだ。空間の中で白狼天狗は分裂と共食いを繰り返し、今残っているのはこの八十八体だけだ。長年餌を与え続けた吾輩の命令は少しだけ聞くようになったが、一度人間に襲いかかると吾輩にも止められぬ。命が惜しくば、大人しく木葉天狗と融合して我が一族の仲間になるのだ」
「おめぇーらの仲間になんてなるもんか!」
「仕方あるまい。行け、白狼天狗ども! あの人間を食らい尽くせ!」
八十八体の白狼天狗が、一層の狂気を帯びた赤い目をギラつかせながら、牙をむき出しにして四肢で駆け、或いは黒い翼で空を飛び、一斉にもみじに向かって迫っていった。凄いスピードで近づいてくる八十八体の白狼天狗を見つめるもみじの顔に緊張が走った。
赤い空の下では、大天狗が鏡太朗の背中に向かって木刀を振り下ろしていた。
「ぬっ?」
大天狗が突然木刀を止めて背後を振り返ると、二つの雷玉が大天狗に向かって飛んで迫っていた。大天狗が腰から抜いたカエデのうちわで雷玉を受けると、雷玉は粉々になり、小さな雷の欠片が周りに飛び散った。
鏡太朗の顔が笑顔で輝いた。
「ライちゃん!」
大天狗の後方三十メートルでは、戦闘モードのライカが宙に浮いていた。
「鏡太朗ーっ! こいつはわしに任せるんじゃああああああっ! 雷玉の乱れ打ちじゃああああああああああああっ!」
ライカは両前足からソフトボール大の雷玉を次々と放ち、大天狗はうちわでその全てを受け止めた。
「お主は雷獣の子か? 何者にも拙者の邪魔はさせぬ!」
大天狗は背中の翼を羽ばたかせ、ライカに向かって一気に飛んだ。
「ライちゃん!」
鏡太朗はライカに迫る大天狗を追って駆け出した。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え!」
鏡太朗が持つ霹靂之杖の紙垂が一斉に逆立ち、その周囲に細かい雷が何本も走った。
ライカは左右の前足にそれぞれ雷玉を持ちながら、大天狗が振る木刀をかわしつつ、大天狗の顔の前まで接近して二つの雷玉を叩き合わせた。二つの雷玉は大天狗の目の前でたくさんの小さな雷になり、四方八方に飛び散った。
「ぐぬぬっ!」
何本かの雷が顔や体に当たった大天狗は、両目をつぶって苦悶の声を上げた。
「今じゃあああああっ! 止めじゃあああああああああっ!」
ライカは、新しい雷玉を左右の前足で持って大天狗の真上に飛んだ。その時、大天狗の頭の上にあった黒い帽子のようなものが二つに割れ、それを見たライカは目を大きく見開いた。
『こ、これは!』
大天狗の髪の中で二つの目が瞼を開いた。二つに割れた小さな帽子のようなものから、拳大の石が機関銃の弾丸のようにライカを襲った。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!」
「ライちゃん!」
『頭の上にもう一つの顔があるんじゃ……。カラスと人間が合わさったような顔が……。頭の上の黒い帽子みたいなのは……クチバシじゃ……』
体中に石の直撃を受けたライカは、地面に落下して動かなくなり、鏡太朗は大天狗に向かって走りながらライカに目を遣った。
「ライちゃん!」
鏡太朗はすぐ目の前まで近づいた大天狗の背中を睨むと、霹靂之杖の紙垂を突き出した。
「天地鳴動日輪如……、え?」
突如、大天狗の姿が消え去った。
「ぐおっ!」
見えない何かに背中を激しく打たれた鏡太朗は、前方に大きく吹き飛んだ。鏡太朗が立ち上がろうとすると、今度は胸を強烈に打たれて後方に吹き飛んだ。
何もない空間から大天狗の太い声が響いた。
「我ら天狗族には、自分の体と身に着けている物を見えなくする魔力があるのだ。お主は見えない拙者が放つ見えない木刀をどうかわす?」
「ぐわああああああああああっ!」
鏡太朗は見えない木刀に全身を打たれ続け、どんどん傷だらけになっていった。しかし、どれだけ全身が傷ついてボロボロになっていっても、鏡太朗の目には燃えたぎるような強い意志の力が漲っていた。
『絶対に、絶対にライちゃんを守るんだ! 絶対にさくらを守るんだあああああああああああっ!』