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7 空間の穴

「え? ここは一体……?」

 鏡太朗は、一瞬にして変わってしまった周りの風景を見て目を丸くした。

 鏡太朗ともみじとライカは、どこまでも広がる草原の上にいた。空全体が黄緑色に柔らかく光り、そこには太陽も雲も見当たらず、遠くには伝統的な日本家屋が並んでいるのが見えた。

 鏡太朗が振り返ると、ほら貝の穴の形の白い光が地上二メートルの高さに浮かんでいた。

「鏡太朗、恐らくその光は、この空間とあたしたちがいた場所を繋ぐ出入口だ」

 もみじが白い光を見つめながら言った。


「うわああああああああああーっ!」

 突然、鏡太朗が悲鳴を上げながら宙に浮き上がった。何かが羽ばたく音とともに、鏡太朗の体が空の彼方に飛び去っていった。

「鏡太朗―っ!」

 ライカが宙を飛んで鏡太朗を追った。

「鏡太朗……。何っ?」

 もみじの頭上で何かが羽ばたく音が聞こえ、もみじは地面を転がって音から離れた。もみじは地面に横たわったまま、右手の人差し指と中指で空中にジグザグの模様を描いた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 一条之稲妻!」

 もみじが右掌を突き出すと、そこから激しい閃光と轟音を伴う雷が放たれた。

「ぎゃああああああっ!」

 雷は羽ばたく音が聞こえた場所で目に見えない何かに命中し、何もない空間から悲鳴が上がり、雷が消えるとその空間から突然魔物が姿を現して地面に落下した。もみじが立ち上がって草原の上で気絶している魔物を観察すると、それは大きなカラスのような姿をしており、頭の上から足の裏までの長さが百八十センチほどあって、二本の長い脚は人間の脚くらいの長さだった。

「鳥の魔物なのか……?」

「そやつは『木葉(このは)天狗』だ」

 もみじが振り返ると、薄笑いを浮かべた制服姿の男子高校生が十メートル後方に立っていた。男子高校生は右手で持った赤い巾着の口をもみじに向けており、巾着からは何かが次々と出てくる音が響き、何かが羽ばたく音がもみじの周囲に広がっていった。

「おめぇは誰だ? おめぇは魔物だな。あたしにはお見通しだぜ」

「ひゃっはっはっはっ。左様、吾輩は魔界からやってきた魔物『(からす)天狗』だ。鴉天狗の強さは、そこで気絶している木葉天狗百体に匹敵するのだ」

 男子高校生の体が溶けるように変化していった。その姿は、白衣と深緑色の腰衣を身に着けて人間のように二本の脚で立っていたが、首から上と腰衣の裾から出ている足はカラスの頭と足になっており、両手の爪は鋭く尖り、白衣の背中の部分にある裂け目からは一対の黒い翼が飛び出していた。

「なるほどな。天狗は目に見えない世界『隠れ里』に棲むって言われているが、ここが隠れ里か? 天狗は『隠れ蓑』って道具で姿を消せるって昔話も本当だったみてぇだな」

「我ら天狗族は空間に穴を開け、その奥に新たな異空間をつくる魔力を持っているのだ。

 いかにも、ここは我らの隠れ里。ほら貝の奥に空間の穴を開けてつくった世界だ。ほら貝を持ち運ぶことで、隠れ里の出入口を魔界から人間界へ移動させることができるのだ。

 しかし、隠れ蓑については、お前は勘違いをしている。我らが姿を消すことができるのは道具の力ではない。我らが備えている魔力なのだ。そして、今お前は姿を消した木葉天狗に囲まれている」

「何?」

「吾輩が持つこの巾着の口には、別の空間への出入口があるのだ。その空間から出てきた九十八体の木葉天狗が、今お前を包囲しているのだ」

 もみじを囲んでいる九十八体の木葉天狗が一斉に姿を現し、もみじは目を見開いた。

『まずい。囲まれた……。きゅ、九十八体だと……?』


 見えない何かに両肩をつかまれた鏡太朗は、地表から三十メートルの高さで黄緑色の空を飛んでおり、鏡太朗の頭上からは何かが羽ばたく音が聞こえていた。

 鏡太朗の二キロメートル後方では、戦闘モードのライカが鏡太朗と一定の距離を維持しながら、地表の草原すれすれの低い高さを飛んでいた。

『鏡太朗の頭上にいる見えない魔物に雷玉を放てば、鏡太朗があの高さから地面に墜落して命が危ないんじゃ。それに、鏡太朗を追えばさくらたちがいる場所へ行けるはずじゃ。きっと鏡太朗も同じことを考えているはずじゃ。今は追跡に気づかれないように、距離をとって追うんじゃ』


 鏡太朗の両肩には見えない爪のようなものが食い込んでいた。

『両肩に爪みたいなものが食い込んで痛い。俺を捕らえたのは、大きな鳥の魔物なんだろうか?』

「ねぇ、君はどうして俺たちをさらうの?」

 鏡太朗は、頭上から聞こえる羽ばたく音に向かって声をかけた。

「お前、どうしてそんなに冷静なんだ?」

 鏡太朗の両肩を両足の爪でつかんで飛んでいた木葉天狗が姿を現した。

「他の子どもたちは勝手に気絶するか、大騒ぎするので無理やり気絶させて運んでいたのだが……」

「俺たちをさらうのには何か事情があるんだよね? それを教えてくれないかな?」

「お前、何か変な奴だな……。いかにも、お前たちをさらうのには事情がある。

 我ら天狗族はもともと魔界に棲んでいる小さな魔物で、その頃は一族のことを『アマツキツネ』と呼んでいた。人間界の小犬ほどの大きさと姿形をしており、食べる物は魔力を持たない下等生物と呼ばれる小動物や木の実などで、使える魔力は空間に穴を開けてそこに隠れることと、姿を透明にして見えなくすること、全身から目くらましの眩しい光を放ちながら飛んで逃げることの、逃げ隠れするものしかなかった。

 非力だったアマツキツネ族は、凶暴で肉食の魔物たちに捕らえられて食われていき、どんどん数が減って滅亡寸前だった。今から二千年前、魔物がいない世界『人間界』の噂を聞いた先祖たちは、一族の存亡をかけて人間界への移住を決めたのだ。

 百八体のアマツキツネが人間界への出入口を目指したが、途中で様々な凶暴な魔物に襲われ、無事に人間界へ到達したものは十三体しかいなかった。

 しかし、人間界は理想郷ではなかった。ボロボロの状態で人間界にやってきた先祖たちは、カラスの大群に襲われたのだ。その時、先祖たちの身に想像すらしていなかったことが起こった。カラスのクチバシで傷つきながら必死に逃げる先祖たちの体が突如七色に輝くと、カラスの体を自らの体に吸収してカラスと融合し、我ら木葉天狗の姿に変化したのだ。肉体は強靭になり、敵を攻撃する新たな魔力を備えた魔物になったのだ。

 そして、カラスの大群を撃退した先祖たちは理解したのだ。我ら一族は人間界の生物と融合すると、より強い存在に進化できることにな」


 鴉天狗が、木葉天狗に囲まれているもみじに言った。

「木葉天狗に進化した十三体の先祖のうちの一体は、さらなる強さを求めて山の中にいた強そうな生物、狼と融合した。しかし、その狼は狂犬病にかかっており、その一体は狂暴な『白狼(はくろう)天狗』になって他の先祖たちの手を煩わせることになった。

 残った先祖たちは融合する生物を慎重に選ぶため、様々な生物を観察し、発達した手指と頭脳を持つ人間との融合を試みることにした。そして、一体の木葉天狗が人間をさらって融合したところ、鴉天狗に進化したのだ。知力も、強さも、魔力も、桁違いに高まった。

 しかし、先祖たちは人間との融合によって失われるものがあることを発見した。アマツキツネ族は百年ほどの寿命を迎えた時、十体の若いアマツキツネに分裂して種を存続する。木葉天狗にも同じことができたが、人間と融合すると、子孫を残すことなく寿命を終えるのだ。また、他の生物と融合できるのは木葉天狗だけだった。

 そこで、多くの者は種族の存続のために木葉天狗のままで留まり、一部の木葉天狗が一族を守り導くために人間と融合することに決めたのだ。そのために人間をさらい続け、さらった人間は隠れ里に家や神社などを建てさせてから融合していった。体が融合すると魂も融合するため、人間の時の意識や記憶は残るのだが、天狗になれば天狗として生きるしかないからな、我らの一族となっていくのだ」

「随分と勝手な話じゃねーか! 人間を何だと思ってるんだ!」

「天狗族は長い間人間界で暮らしていたが、人間界で戦争が起こって空から爆弾が落ちてくるようになり、我らは人間界の未来を憂いて魔界に戻ったのだ。我らはアマツキツネの頃とは異なり、身を守るための強力な魔力を身につけたから、魔界に戻ることには問題がなかった。しかし、人間と融合した者が次々と天寿を全うして残された者が僅かとなったため、融合する人間を求めて再び人間界へやって来たのだ。

 お前がさっき使ったのは神伝霊術だな? 木葉天狗がお前と融合すれば、究極の天狗に進化することができる。さあ、我らの一族になるのだ」

 もみじを囲んでいる九十八体の木葉天狗の姿が一斉に見えなくなった。

『まずいな……。見えねー魔物とどうやって闘えばいーんだ?』

 もみじの頬に冷や汗が流れた。

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