20 鏡ちゃんはやっぱり今日も呪われている!
林の中で横たわる魂が抜けたさくらの体の隣では、もみじが直径二メートルの空間の穴を覗き込んでいた。空間の穴の奥には赤い空が広がり、木葉天狗がもみじに向かって飛んで近づいていた。
木葉天狗は空間の穴を通り抜けて林に姿を現すと、両足でつかんでいた美来を地面に下した。美来は上半身を縄で縛られて気絶していた。
もみじは満足げな笑顔を浮かべて木葉天狗に語りかけた。
「おめぇに手伝ってもらって正解だったぜ! 空に浮かんでいるみんなを助けるには、おめぇの助けが必要だった。ありがとうよ。残りの子どもたちもよろしくな。みんなをこっちに運び終わったら、この空間の穴を塞いでくれ」
木葉天狗は二本の脚でもみじの隣に立ち、空間の穴の向こう側に広がる赤い空を見つめていたが、突然一筋の涙を流し、その様子を目撃したもみじは目を丸くした。
「お、おめぇ、泣いてんのか?」
「俺たち天狗族は、一族の者の気配を感じ取ることができる。大天狗様の気配が消えている……。大天狗様はお亡くなりになったのだ……」
「そうか……。大天狗って奴は、おめぇにとってとても大切な存在だったんだな。残念だ……。大切な存在を失うのって……、辛いよな……」
もみじは沈痛な面持ちでそう言うと、その両目に涙が溢れ、煌めきながら頬を伝った。
もみじの涙を見た木葉天狗は驚愕した。
「お、お前……、魔物である俺のために泣いているのか?」
「ばっきゃろーっ! 大切な存在を失くした悲しさは、人間だって魔物だって同じなんだよ! おめぇの悲しみを感じて、あたしも胸がいてぇんだよ! 苦しくて、苦しくてたまらねぇんだよ! 悲しんでいるおめぇのために何もできないことが悔しくてたまらねぇんだよ! ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
もみじは胸に込み上げる悲しさと悔しさをありったけの声に込めて絶叫すると、俯いて右袖で涙を拭った。
やがて、もみじは顔を上げて木葉天狗に優しい微笑みを向けた。
「……だけどよ、大天狗ってすげぇ奴だったんだな。今でもみんなは空に浮かんでいて、縄で縛られたまま気を失っていて……、亡くなった後でも魔力の効果が消えてねぇ。どんなすげぇ奴だったのか……、会って……みたかったよ……」
そう言いながら声を震わせたもみじの目からは再び涙が溢れ、木葉天狗がもみじを見つめる顔には優しさが満ちていた。
もみじは涙を零しながら、真剣な表情で木葉天狗に語った。
「木葉天狗、これだけは覚えておいて欲しい。おめぇが大天狗を失って悲しんでいるように、人間だって大切な人を失ったら悲しいんだ。国や種族が違ったって、誰かを大切に思う気持ち、失って悲しむ気持ちは一緒なんだよ。だから自分たちのことだけではなく、人間の気持ちのことも考えて欲しい。
いつの日か、人間と天狗がお互いを尊重して仲良くなれる日が来て欲しいって、心から願っているよ」
「お前は天狗を一体も殺さなかった。俺と鴉天狗様を助けてくれた。俺と大天狗様のために泣いてくれた……。叫んでくれた……。お前とだったら……、いつの日か友達になれそうな気がする」
木葉天狗は穏やかな笑顔でそう言うと、もみじに背を向けて空間の穴を通って赤い空の彼方へ飛んで行った。もみじは、離れていく木葉天狗の背中に向かって力いっぱい叫んだ。
「『いつの日か』まで待たなくたって、いーじゃねーか! 人間だからとか、魔物だからとか、そんなこたー関係ねぇ! おめぇが何者であろうと、おめぇはもうあたしのダチだ! 困ったことがあったら、いつでもあたしを頼りやがれ! あたしはいつだって全力で力になるぜーっ! だって、おめぇはあたしのダチなんだからなああああああああああああああああああっ!」
もみじは遠ざかっていく木葉天狗の姿を見つめながら、幸せそうに微笑んだ。
「もちろんタダでな。鏡太朗、おめぇがこの前言ってたあの言葉……、今はあたしも全力で賛成するぜ」
『魔物だったら何なのさあああああああああああっ!』
もみじの心の中に、鏡太朗が泣きながらもみじに抗議した時の記憶が鮮明に蘇った。
『……魔物だから悪い、何かを企んでいるって決めつけるなんて、偏見だよ! 差別だよ! そんな風に考えるもみじさんは最低だよ!』
もみじは、自分に向かって泣き叫ぶ記憶の中の鏡太朗を見つめながら、優しい気持ちが自分の心を満たし、溢れ出していくのを感じていた。
「おねーちゃん!」
背後から聞こえたさくらの声に、もみじは慌てて振り返った。もみじの目の前では、弓道着姿のさくらが笑顔で地面に座っていた。
「さくら、戻ったか! 魂が抜けた肉体が倒れていたから心配したんだぞ! おまけに赤い空の下には、折れた刀とか、誰のものかわからない血があって、この林につながる空間の穴ができていて、林の中には激しい闘いの痕跡があってよ……。何が起こったのかがわからなくて、どれだけ心配したことか!」
「心配かけてごめんなさい。でも、おねーちゃんこそ大丈夫なの? 服もボロボロで傷だらけだよ」
「実は、あたしはもうダメなんだ……。激しい闘いでやられちまった……」
「え……?」
もみじが苦悶の表情を浮かべてさくらから視線を逸すと、さくらの全身に緊張が走った。
「お、おねーちゃん……。やられたって……、ま、まさか……」
「メイクも、髪も、ネイルも、めっちゃやられてボロボロだ~っ! こんな姿で外にいるなんてありえねーっ! あたしはもうダメだあああああああああああっ!」
もみじが両手で髪を掻きむしりながら叫ぶと、さくらはホッと胸を撫で下ろした。
もみじは唐突に真剣な顔をさくらに向けた。
「それはそうと、ライちゃんと鏡太朗は無事なのか?」
「ずっと冷や冷やだったけど、何とかね……」
さくらは視線を下に向けて溜息混じりに答えた後、もみじに明るい笑顔を向けた。
「でもね、新しい友達ができたんだよっ! 友達思いで、とっても頼りになって、信頼できる友達なんだよっ!」
「友達って、あいつのことか?」
もみじの言葉を聞いて振り返ったさくらの五十メートル先では、暗い林の中で人間の姿の河童が気を失っている鏡太朗をおぶっており、人間の姿の來華と一緒にさくらともみじの方に歩いて近づいていた。
「よし、いい機会だ。この前のことを全力であいつに謝るぜ! ん? ここに鏡太朗のジャージに似た服が落ちていたから、まさかとは思っていたが、鏡太朗の奴、両腕がむき出しだよな? 上半身裸なんじゃねーのか? あいつ、あの呪われた姿にまた変身したのか?」
もみじの胸に不安が湧き上がり、その表情が陰っていった。
しかし、さくらは、意識がないまま近づいてくる鏡太朗の安らかな顔を見つめながら、心配など何一つないかのように弾ける笑顔を見せた。
「ははははっ! 鏡ちゃんはやっぱり今日も呪われている!」
(おわり)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
2020年に生まれて初めて小説を書き、同年中にその続編を書いたのですが、今シリーズ第1話に出てきたライカ、魔女、グノーシス、ゴーレム、赤き魔神は、元々は続編の方で登場するキャラクターであり、朝死川村と呪い玉も続編で登場するものでした。
逆に、河童くんは、元々は第1話の早い段階で登場する主要キャラだったのですが、リニューアルに伴い、第2話から参加してもらうことになりました。
次の第3話「人類が滅亡する日」は初稿ができていますので、何回も見直して修正を重ねた上で、近々投稿したいと思います。
第3話以降もお付き合いいただけたら幸いです。
これからも、何卒、よろしくお願いいたします。
小雨 無限




