18 爆走する緑色の魔物
黄色い霧に包まれた林の中では、銀色の鱗で覆われた蛇身羅が、小さな石像になって転がっている第一形態の鏡太朗を優しい眼差しで見下ろしていた。
「君が僕の子どもの宿主になれるかどうかはわからない。でも、卵が孵化して君の体が自分の体の一部になったら、もの凄い子どもになるんじゃないかな。さあ、魔界に行こうか」
突然、石像から暗闇が広がって直径二メートルの闇の塊になり、蛇身羅は警戒して後退した。
「な、何事だ?」
闇の塊が人の形に凝縮し、全身が真っ黒な『第二形態』になった鏡太朗が姿を現した。闇でできた炎のようなその体からは、細くて黒い煙のようなものが無数に立ち上り、頭部には赤く光る丸い両目と、三日月のような形で笑いを浮かべる牙だらけの口があった。
蛇身羅は驚きと期待が入り混じった表情で、第二形態の鏡太朗に見入っていた。
「……何とおぞましい姿だ。でも、強い力を感じるよ。君は面白いよ、屍鏡太朗くん。何としても、君の体には僕の子どもの宿主になってもらうよ」
蛇身羅は嬉々とした表情を浮かべながら、八つのヘビの頭から一斉に黄色いガスを吐き、一帯に漂うガスの色が濃厚になっていった。
「うひひひ……。闇でできたこの体には、こんなガスなんて効かねぇなぁ」
第二形態の鏡太朗は不気味に嗤いながらそう言うと、素早く蛇身羅に接近し、一匹のヘビの胴を両手で抱えて水平に振り回した。蛇身羅の体は宙を舞って次々と周囲の木に激突し、蛇身羅が当たった木は幹が砕けて倒れていった。
蛇身羅は振り回されながら鏡太朗を睨み、七つのヘビの頭の角と八本のしっぽの先を次々と鏡太朗の体中に突き刺した。
「うひひひ……。闇でできた俺たちの体には、そんな攻撃は効かねぇよ」
鏡太朗は蛇身羅の攻撃を全く気にすることなく、嗤いながら蛇身羅を振り回し続けた。
蛇身羅は八本のしっぽを伸ばして鏡太朗の両脚に巻きつけると、四枚の翼を羽ばたかせて林の上まで上昇し、鏡太朗を逆さ吊りの状態にした。
「屍鏡太朗くん、お返しだよ」
蛇身羅はそう言って冷笑すると、木と木の間を高速ですり抜けながら林の中を飛び回った。鏡太朗の体は次々と木に衝突し、鏡太朗が当たった木は幹が砕けて倒れていったが、鏡太朗は平然として嗤っていた。
「うひひひ……。闇でできたこの体は、木に当たったくらい何てことねぇさ」
蛇身羅は突然空高くまで上昇した後、急降下を始め、地面に当たる直前で急停止して鏡太朗の体を地面に激しく叩きつけ、鏡太朗の脚からしっぽを放した。
「ぐわああああああああああああああっ!」
激しい衝突で地面には大きな穴が開き、鏡太朗は穴の中で苦しみながら叫び声を上げた。間髪を入れずに一匹のヘビが口から赤い光線を吐き出し、鏡太朗の全身が赤い光に包まれると、蛇身羅は満足そうな笑みを浮かべて赤い光を見つめた。
「どうだい? 地面との衝突は体の中心まで衝撃が響いただろう? さあ、また石になってもらうよ」
赤い光が消えた時、第二形態の鏡太朗は平然として穴の中に立っており、蛇身羅を見上げて薄気味悪く嗤っていた。
「うひひひ……。俺たちの闇でできた体は石にできねぇみたいだな」
蛇身羅の頭から生えているヘビの中の一匹が、もの凄いスピードで鏡太朗に向かって伸びると、鏡太朗の左肩に嚙みついた。鏡太朗は嚙みついたヘビの胴を右手で殴り、右足で蹴ったが、ヘビは嚙みついたままだった。
「君の攻撃だって、僕の銀の鱗には効かないよ。今僕はね、君の体に卵を産みつけているのさ」
「な、何だと? ぐわああああああああっ!」
鏡太朗の肩からヘビが離れ、そのヘビが闇の塊を地面に吐き出した時、鏡太朗の左肩の半分以上が大きく引き剝がされていた。
蛇身羅は、愛情と狂気が同時に感じられる笑顔を浮かべて鏡太朗を見つめた。
「ふっふっふっ。僕の子どもは、君の体を自分の一部にして成長していくんだよ」
「ぐわああああああああああっ!」
第二形態の鏡太朗は右手で左肩を押さえて絶叫し、蛇身羅は喜色満面で鏡太朗の様子を見守っていた。
「ああ、もう卵が孵化するみたいだね! どんな子になるのか楽しみだよ!」
鏡太朗のえぐられた左肩から小さくて細い八匹の白いヘビの頭と胴が生え、それを見た蛇身羅は興奮しながら喜びいっぱいの笑顔を見せた。
「孵化成功だよ! 君の魂はもうすぐその体を置いて死後の国へ旅立ち、君の体は僕の子どものものになるんだ。素晴らしいだろう?」
「ぐああああああああああああああっ!」
八本の白くて細いしっぽが鏡太朗の腹部を突き破って飛び出した。鏡太朗が苦しみながら右手を蛇身羅に向けると、五本の指先が伸びて蛇身羅の腹部を貫通した。
「ぐわああっ! バ、バカな! 銀色の鱗が貫かれた!」
「うひひひ……。お前が産みつけたヘビなんて、闇の炎で燃やし尽くしてやるぞ」
鏡太朗が薄気味悪く嗤いながら左肩と腹部に闇の炎を吐き出すと、そこから生えているヘビが闇でできた炎に包まれ、炎の中から八つの小さな悲鳴が聞こえた。燃え上がる闇の炎が消えた時にはヘビの姿は消滅しており、鏡太朗の体は左肩のえぐれと腹部の穴がなくなって、元通りの姿になっていた。
「うひひひ……。お前の子ども、消えちまったなぁ」
「ぼ、僕の子どもが! 許さないよ、屍鏡太朗くん。君の体はもういらないよ!」
蛇身羅は激高しながら四枚の翼を羽ばたかせて木々の上まで飛び上がると、ヘビの口から一筋の黄色い破壊光線を吐いた。
「ぐわっ!」
黄色い光線は鏡太朗の胸を貫き、鏡太朗の胸に大きな穴が開いた。体を覆っている闇が広がって穴はすぐに塞がったが、鏡太朗は苦しげな様子を見せており、それを目にした蛇身羅は満足そうにニヤリと笑った。
「おやぁ? 屍鏡太朗くん、破壊光線は効くみたいだね?」
蛇身羅は冷酷な笑顔を浮かべながら、六匹のヘビの頭から交互に破壊光線を放ち、光線は鏡太朗の体を貫き続け、鏡太朗は絶叫した。
「ぐわあああああああああああああっ!」
「止めだよ。さっきの大天狗と同じように、跡形もなく消し去ってあげるよ」
蛇身羅のヘビの頭の中の六匹が集合し、一斉に破壊光線を発射した。六つの黄色い光の束が合体して大きな光の柱になり、鏡太朗の全身を包んだ。黄色い光の中から、第二形態の鏡太朗の苦悶の叫び声が響いた。
「があああああああああああああああああっ!」
暗い川岸の上では、さくらとライカが低空で飛びながら、お札を探していた。
「ない! ない! 一体お札はどこにあるんじゃ? 早くしないと、鏡太朗が十万体の悪霊に食らい尽くされるんじゃ!」
「……もしも川に流されていたら、見つからないかも……。でも、探すしかない」
さくらとライカは悲痛な表情で涙を流しながら、お札を探し続けた。
黄緑色の空の下では、もみじが二体の霊術天狗の足元でうつ伏せになって気絶していた。二体の霊術天狗は満足そうにもみじを見下ろしていた。
「やっぱりさー、俺たちの勝ちだったね」
「汝ら、全く手応えがなかったわ」
突然、もみじの背中から黒い腕が二本生えて長く伸びると、二体の霊術天狗の体に一本ずつ縄のように巻きつき、霊術天狗の口を鷲づかみにした。
『う、動けぬ……』
動くことも喋ることもできずに両目を見開く二体の霊術天狗の目の前で、二本の黒い腕の手首が盛り上がり、ふたつの小さなクロリリィの上半身になった。ふたつの小さなクロリリィは冷たい笑みを浮かべて二体の霊術天狗を見つめながら、ステレオのスピーカーのように同時に同じことを喋り始めた。
「あたしはね、もみじの心の中で気持ちよくお昼寝してたのに、途中で起こされて機嫌が悪いの。……フフフッ、おっちゃんたち油断したわね。今じゃあ身動き一つとれずに哀れなものね。おっちゃんたちを消滅させることなら簡単にできたけど、魔力を奪うために生け捕りにするのはなかなか面倒だったわよ。さあ、おっちゃんたちの魔力を貰ってあげる」
ふたつのクロリリィの上半身は右手に黒マジックを出現させると、二体の霊術天狗の額に『くろりりぃ』と書いた。
「おっちゃんたちの額にあたしの紋章を刻んだわ。もう、おっちゃんたちはあたしから逃れることはできない」
ふたつのクロリリィの上半身と黒い腕が溶けるように形が変化して空中の一か所に集まり、クロリリィの姿になった。
「出でよ、我を導く悪魔の書よ!」
クロリリィは両手に悪魔の書を出現させると、真ん中のページを開いた。
「悪魔の書よ! この二体の魔物の魔力を吸い尽くしなさい!」
虚ろな目をして棒立ちになっている二体の霊術天狗の全身から白い光が放出されると、その光は悪魔の書にどんどん吸い込まれていった。
やがて全ての白い光が悪魔の書に吸い尽くされ、光が消えた後には、二体の白い小犬のような獣が四本脚で立っていた。
「ん……。あたしは今まで……? あっ!」
もみじは意識を取り戻してよろよろと立ち上がると、二体の獣の姿を見た瞬間に目を丸くした。
「これって……、元々の天狗族の姿のアマツキツネって奴じゃねーのか?」
二体のアマツキツネは全身から眩しい青白い光を放った。
「うわっ! 眩しいぜ!」
顔を右袖で覆ったもみじの前で、二体のアマツキツネは流れ星のような光の尾を引いて、黄緑色の空の彼方へ飛んで行った。
「魔力レベルが一体たったの十クロウリー……。そんな僅かな魔力はいらないわ。見逃してあげる」
クロリリィは、悪魔の書に浮き上がった二体のアマツキツネの絵の上にある数字を見て溜息をついた。
クロリリィは悪魔の書を閉じて消し去ると、愛くるしい笑顔をもみじに向けた。
「もみじのお陰で、全ての人間が苦しみ続ける地獄の到来が、また一歩近づいちゃったわよ! うふふふっ、ワクワクしちゃう〜っ! じゃあ、もみじ、また会いましょうね! アデューッ!」
クロリリィは満面の笑顔でもみじに手を振ると、一瞬で姿を消し去った。
「何が『アデューッ!』だ! ぜってーいつか退治してやっからな!
さて、みんなを助けに行かなきゃならねーが、体がボロボロで動けねーし、どこに行けばいいのかもわからねーな」
もみじは離れた場所で気絶している木葉天狗を見つめた。
「あいつを叩き起こして、みんなの場所まで連れて行ってもらうか」
林の中では、第二形態の鏡太朗が黄色い破壊光線に包まれて苦しんでいた。
「があああああああああああああああっ!」
光と絶叫が消えた時、そこには鏡太朗の姿はなかった。四枚の翼を羽ばたかせて宙に浮く蛇身羅はニヤリと笑った。
「最後は呆気なく消滅したね、屍鏡太朗くん」
「げへへへっ……。そうでもないさ」
蛇身羅の背後から同じことを同時に言う大勢の声が聞こえ、振り向いた蛇身羅は驚愕して目を大きく見開いた。蛇身羅の背後には、闇のオーラに包まれた『最終形態』の鏡太朗が浮かんでいた。体は灰色の肌、真っ白な両目と髪の毛に変化しており、体中の皮膚の表面では、数え切れないほどの様々な大きさの心霊写真のような青白い顔が蠢き、呪いの言葉を口にしていた。
「こんなに悲しいのはあいつらのせいだ……」
「あの人のことが絶対に許せない……」
「あいつらを呪ってやる……呪ってやる……呪ってやる……」
「みんな死ねばいいのに……死ね……死ね……死ね……死ね……」
鏡太朗の背中には、大きな一対のコウモリの翼の形になった黒い雲が生えて羽ばたいており、その翼の表面でも無数の顔が蠢き、呪いの言葉を呟いていた。
「何とおぞましい呪われた姿だ。屍鏡太朗くん、今度こそ消し去ってあげるよ!」
蛇身羅は六つのヘビの口から同時に破壊光線を放射し、合体した光線は黄色い光の柱になって鏡太朗に迫っていった。その時、鏡太朗の胸と腹で蠢く顔が一斉に悲鳴を上げて前方の空間を歪め、その空間は破壊光線を砕くように消滅させると、そのまま蛇身羅まで伸びていった。
「がああああああああああああああっ!」
歪んだ空間に包まれた蛇身羅の全身の鱗に、次々と亀裂が入っていった。
「ぼ、僕の鱗が!」
「げへへへっ……。お前のその姿、真似させてもらうぞ。げへへへっ……」
鏡太朗は大勢の人々が一斉に喋る声でそう言うと、胸や腹、背中、腰から合計八つの黒い雲が生えて長く伸び、その先が口のように裂けた。八つの細長い黒い雲は目のないヘビのように空中を彷徨い、その表面では無数の顔が蠢いていた。
「げへへへっ……。お前の全てを俺たちが食らってやるぞ。げへへへっ……」
最終形態の鏡太朗は多人数の狂気に満ちた声で嗤うと、八つの黒いヘビのような雲が蛇身羅に向かって伸びていき、蛇身羅の八つのヘビの頭を呑み込んだ。ヘビの頭を覆う雲の内側で蠢く顔が、一斉に悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫する蛇身羅の体を歪んだ空間が見る見る覆っていき、歪んだ空間に触れた蛇身羅の銀の鱗は次々と砕けていった。歪んだ空間は蛇身羅の全身を覆い尽くした後で消え去り、蛇身羅は黒い雲にヘビの頭を吞み込まれたまま、気絶して地面に落下した。
「げへへへっ……。体の内部まで破壊されたようだな」
鏡太朗が感情のない顔でそう言うと、八つの黒いヘビのような雲が大きく広がって蛇身羅の全身を包み込み、その雲が縮まっていった時には蛇身羅の姿は消え去っていた。
「魔物一体の体と魂だけじゃあ食い足りねぇ……。食い足りねぇぞ……。ん? あれは人間どもが生活している灯りだな……」
背中の黒い雲の翼で羽ばたいて宙に浮く鏡太朗は、遠くに商店街の灯りを見つけた。
「げへへへっ……。あそこにいる人間どもを全部食らい尽くしてやるぞ。げへへへっ……」
鏡太朗は体から伸びる八本の黒い雲をうねらせながら、黒い翼を羽ばたかせて商店街へ向かって飛んで行き、暗い夜空には大勢の声が呟く呪いの言葉と、狂気をはらんで嗤う声が響いた。
「ない! どこにもない! お札はどこなの?」
「あと三分半……、九十秒以内にお札を見つけないと間に合わないんじゃ!」
さくらの魂と戦闘モードのライカは、暗い川岸の草木の上を飛んで必死にお札を探していた。
「誰かが騒いでいると思ったら、もみじさんの妹だきゃ? な、何で宙に浮いてるんだきゃ?」
背の高い草の茂みの中から河童が姿を見せて、驚きの表情でさくらに話しかけた。河童は制服姿で背中に大きな籠を背負い、右手に火バサミを持っていた。
「河童くん、あたしの姿が見えるの? この辺でお札を見なかった? 呪文が書かれた古い和紙なの」
「お札? そういえば、この川の周りがあまりにも汚れているから河原でゴミ拾いをしていたら、そんなものがあった気がするだきゃ。川を汚すなんて罰当たりなこと、オラが生まれ育った水神村じゃあ考えられないだきゃ!」
河童はそう言いながら籠を草の上に下ろすと、中から泥まみれのお札を火バサミで取り出した。
「何か、ばっちいから素手では触りたくないだきゃ」
「お札じゃああああああああああっ!」
ライカがもの凄いスピードで河童の前まで飛んで来て、河童は目を丸くした。
「キツネが飛んで来て喋っただきゃ!」
「早くよこすんじゃあああああああああっ! 早くしないと鏡太朗が消滅するんじゃあああああああっ!」
「きゃー太朗が消滅だきゃ? よくわからないだきゃ」
さくらは焦る気持ちを抑えながら、怪訝な表情を浮かべる河童に説明した。
「河童くん、あと三分くらいの間に学校の裏の林へ行って、鏡ちゃんにそのお札を貼らないと、鏡ちゃんが消えちゃうの!」
「全速で飛んで行っても時間ギリギリ何じゃ! 火バサミごとわしによこすんじゃああああああああ!」
ライカの必死の訴えを聞きながら、河童は俯いて何かを考えていた。
「状況はよくわからないけど、今しなければならないことはわかっただきゃ」
河童は、さくらとライカに自信に満ちた笑顔を見せた。
「オラに任せるだきゃ! あの林までなら、オラなら一分半で行けるだきゃ!」
そう言うと、河童の全身が緑色の光を放って輝き出した。
やがて緑色の光が消えると、河童の姿は身に着けている制服やスニーカーには変化がなかったが、青緑色の肌、水平に広がるミントグリーンの髪の毛、突き出た黄色い唇、頭のてっぺんに白くて丸い皿がついた体に変貌していた。
さくらは、すっかり変わってしまった河童の姿を見て驚愕した。
「か、河童くん……、顔色が悪くなったけど大丈夫?」
「さくら、どう見ても魔物に変身したんじゃろ!」
「オラは、人間が魔物になったカッパ族の末裔だきゃ。きゃー太朗はたった一人のオラの友達。絶対にオラが消滅なんてさせないだきゃ!」
河童は強い決意を目力に込めてそう言うと、お札を挟んだ火バサミを右手に持ったまま腰を低くして前傾姿勢で構え、ズボンのポケットから一本のきゅうりを出して凄い勢いで食べ始めた。きゅうりを食べ終えると、河童の体中の筋肉が大きく盛り上がった。
「オラたちカッパ族は、きゅうりを食べてきゅうり特有の霊力を吸収すると、三分間だけ超絶パワーアップができるだきゃ!」
スニーカーを履いている河童の足が緑色の光に包まれた。
「爆足!」
河童は水飛沫を激しく上げながら、緑色の光を発する足で川の水面の上を高速で走っていった。
さくらは呆気にとられて河童の後ろ姿を見つめた。
「河童くん、凄いスピード……」
「さくら、急ぐんじゃ! わしらは空から林に向かうんじゃ!」
さくらとライカは林に向かって飛び立った。
河童は、緑色のカッパの姿で川の水面を爆走していた。
『今から千五百年前、人魚を食べると不老不死になるという噂を聞いた貴族が、永遠の命を求めて、大勢の家人を率いて海にある魔界との出入口を越えただきゃ。貴族たちは、魔界にある人魚の国で人魚を捕まえようとしたけど、人魚の魔力で家人たちが次々とカッパに変身させられて、人魚に操られるまま貴族や他の家人を攻撃しただきゃ。結局、貴族は大勢のカッパに魔界の海の底に引きずり込まれ、他の家人たちは人間界に逃げ帰っただきゃ。
人間界に戻った家人たちは次々とカッパの姿に変貌し、人目を避けて山奥の川辺で暮らすようになり、やがて、人間にもカッパにも変身ができるようになっただきゃ。そして、オラたち家人の子孫も、カッパに変身できる能力を受け継いでいるだきゃ。
今までずっと、カッパに変身した姿も、能力も、大嫌いだっただきゃ! 嫌で嫌で堪らなかっただきゃ! まさか、大嫌いだったカッパの魔力が友達を助ける力になるなんて、思ってもみなかっただきゃ。
でも、オラは普通の人間になりたいだきゃ! オラは人魚の国へ行って、普通の人間になる方法を人魚に聞くんだきゃあああああああああああああっ!』
水飛沫を上げながら、河童は暗い川の水面を緑色に光る足で走り続けた。




