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17 攻撃は任せた

 紫色の空の下に広がる石の丘の麓では、石の霊術天狗の石の掌から大小様々な石が機関銃の連射のように放たれ、空からは拳大の石が降り続け、庭園の砂からは先が尖った槍のような石が次々と飛び出していた。石の霊術天狗の隣に立つ木の霊術天狗の木の掌からは、長さ十メートルほどの円錐状に枝葉が伸びた木が次々と出現してロケットのように飛んで行き、根を蛸の足のようにして歩き回るたくさんの木が、長く伸びる枝を鞭のように振り回していた。

 それらの標的であるクロリリィは微笑みを浮かべて鼻歌を歌いながら、まるでバレエを踊っているかのような優雅な身のこなしで全ての攻撃をかわしていた。

「やっぱり攻撃を避けるのって面白くな〜いっ! あたしは攻撃する方が好きなのよね〜っ! でも、色んなのが次々に飛んで来るから、攻撃するチャンスがつくれなくてつまんな〜いっ!」

「リリィーッ! 油断するんじゃねええええええっ!」

 もみじは、次々と襲ってくる石と枝の鞭を稲妻之帯と足さばきで必死に避けながら、クロリリィに向かって叫んだ。

「きゃあああああああああああああっ!」

 もみじの目の前で、クロリリィの背後の砂から飛び出した槍のような石が、クロリリィの背中から胸を貫いた。

「リリィーッ!」

 クロリリィは両手両膝を地面について俯き、空から降る石と木の枝の鞭を体中に何発も受けて地面に倒れて動かなくなった。

「悪魔よ、勝負あったな。汝がこれほど弱いとは」

「偉そうなことを言ったってさー、悪魔なんて俺たち霊術天狗の敵ではないのさ。俺たちは天狗族の生き神なんだからさー、身のほど知らずも甚だしいよ」

 二体の霊術天狗は攻撃を止めて、クロリリィを嘲り笑った。

 もみじは目を丸くして冷や汗を流していた。

『やられた! リリィがやられちまった! 想定外の緊急事態だ! こ、こりゃあ、やべぇことになったぞ……』


 暗い林の中では、銀色の鱗に覆われた蛇身羅(じゃみら)の前で、第一形態の鏡太朗が笑い声を上げていた。

「ぎゃはははははっ! エネルギーが満ち溢れているぜーっ! 蛇身羅(じゃみら)よ、俺がバラバラにしてやるぜ」

「屍鏡太朗くん……、き、君は魔物だったのかい?」

「はあ? 俺は人間さ。ちょっとばかり十万体の悪霊に取り憑かれているがな。今は凶暴になった自分を止められねーんだ! ただし、人間の心は失ってないぜ。覚悟しな!」

 鏡太朗は凄まじいスピードで突進し、蛇身羅(じゃみら)のヘビの頭の一つに右の拳を叩き込んだが、自分の右拳の先を見つめて愕然とした。

「な、何だと?」

「屍鏡太朗くんの力はその程度なのかい? 僕の銀の鱗には全く効かないよ」

 蛇身羅(じゃみら)は平然として笑みを浮かべていた。

「これならどーだあああああああああああっ!」

 鏡太朗は左右の拳を連続してヘビの頭に叩き込んだが、蛇身羅(じゃみら)は銀の鱗で覆われた顔で嘲笑っていた。

「君がどれだけ頑張っても、僕の鱗には全く効かないよ」

「それならお前の体をぶん回してやるぜ!」

 鏡太朗は目の前のヘビの胴を右脇に挟んで両手でつかむと、そのまま振り回そうとした。

「な、何だと?」

 ヘビの胴が鏡太朗を軽々と高く持ち上げ、そのまま凄い勢いで近くの木の幹に叩きつけた。

「があああああああああああああっ!」

 鏡太朗が木の幹に背中から激突して苦悶の表情で叫び声を上げると、間髪を入れずに八本のしっぽの先が一斉に鏡太朗に襲いかかった。鏡太朗がすかさず隣の木の幹に飛び移ると、さっきまで鏡太朗が背にしていた木の幹に八本のしっぽの先端が深々と突き刺さった。続けざまに八匹のヘビの頭が鏡太朗に向かって一直線に伸びていき、鏡太朗が隣の木に飛び移ると、八匹のヘビの頭の角が、直前まで鏡太朗がしがみついていた木の幹に突き刺さった。


「ぐあああああああああああっ! い、いつの間に……」

 いつの間にか蛇身羅(じゃみら)が四枚の翼を羽ばたかせて鏡太朗の背後に滞空しており、鏡太朗は蛇身羅(じゃみら)の左手の五本の爪が背中に突き刺さって青い血を流し、激痛に耐え切れずに叫び声を上げた。

「屍鏡太朗くん、君のスピードとパワーは僕の足元にも及ばないよ」

 蛇身羅(じゃみら)は鏡太朗の背中から左手を引き抜くと、鏡太朗の頭を目がけて右足の蹴りを放ち、鏡太朗は幹を離れて蹴りを避け、四つん這いになって着地した。蛇身羅(じゃみら)の巨大な鷹のような右足は、木の幹をつかんで半分以上の深さまで引き剥がし、その木は次第に傾いていった。

 蛇身羅(じゃみら)は不敵な笑みを浮かべながら、大きな音を立てて倒れていく木を背にして地面に降り立った。

「屍鏡太朗くん、今度はこっちから行くよ」

 八つのヘビの頭としっぽが、目にも止まらぬスピードで連続して鏡太朗を襲い、鏡太朗はフットワークで攻撃をかわし、手で攻撃を払っていたが、避け切れないヘビの頭の角と鋭いしっぽの先が、次々に鏡太朗の体中に突き刺さって青い血が飛び散り、暗い林に鏡太朗の絶叫が響いた。

「ぐわああああああああああああああああああっ!」


「ライちゃん、お札はこんなに遠くまで飛んで来たの?」

「そうじゃ! 黄色い光線で、一気にこの辺りまで飛んで来たはずじゃ! でも、建物が邪魔して落ちた場所は見えなかったんじゃ!」

 宙に浮かぶさくらの魂と戦闘モードのライカは、眼下のすっかり暗くなった光景を見下ろした。そこには大きな川と両岸にびっしりと生い茂っている草木が広がっていた。

「ここに来るまでに二分以上かかったんじゃ! 戻る時間を考えると、七分以内にお札を見つけるんじゃ!」

 さくらの魂とスマートフォンを両前足で抱えたライカは、二手に分かれて地上を低く飛びながら必死にお札を探し続けた。

『お札を見つけたらどうしよう? 今のあたしは魂だから、物を持ち上げることができない。ライちゃんはお札を持ったら飛べなくなって、体に力が入らない。一体どうやって鏡ちゃんのところに運べばいいの?』

 鏡太朗の姿を思い浮かべたさくらの目には、涙が溢れていた。


 林では、八つのヘビの頭が一斉に吐き出した黄色い霧が一帯に漂っていた。

「な、何だ、この霧は……? 目がくらんで体が痺れてくるぜ……」

 鏡太朗はよろよろと後ずさると、尻もちをつき、そのまま仰向けに倒れた。

『か、体が動かねえ……』

「進化した僕には、神経性の毒ガスを吐く魔力も備わったようだね。さあ、おやすみ。小さな石にして魔界に連れて行くよ」

 蛇身羅(じゃみら)のヘビの頭の一つが赤い光を吐き、鏡太朗の体が赤い光に包まれた。光が消えた時、そこには第一形態の鏡太朗が高さ十二センチの石の像になって転がっていた。


 紫色の空の下では、目を見開いて冷や汗を流すもみじの前で、クロリリィが俯きながら無言で立ち上がった。クロリリィの胸には丸い穴が開いており、クロリリィは顔を上げて霊術天狗たちを睨みつけた。

「やったわね……。あたしたち悪魔の体はね、人間の心からできているから、物質になることもできれば、『思念体』という心と同じ状態になって、人間の心の中に入り込むこともできるの。もともと物質ではない悪魔の体を傷つけることなんて、不可能なのよ!」

 クロリリィの胸の穴が一瞬で塞がった。

「でもね、傷はつかなくても、と〜っても痛いのよ! あたしは世の中で痛いことが一番大嫌いなの! さっきのはとても痛かったわよ! 絶対に許さないわ!」

 クロリリィは大粒の涙を流しながら激高し、その体から赤黒い光が立ち上った。

「や、やべぇーっ!」

 もみじが慌てて地面に身を伏せた時、クロリリィの体が大爆発を起こし、二体の霊術天狗は別々の方向に大きく吹き飛んでいった。


 しばらく経って、爆発で舞い上がった土埃や小石、木の欠片などが落下して周囲の様子が見えるようになった時、上体を起こしたもみじは唖然とした。石の丘や建物は消滅し、さっきまで紫色だった空は黄緑色に変わっていた。

『この黄緑色の空は鴉天狗の隠れ里だ! 霊術天狗の奴らが、リリィが一番嫌いな痛いことをしちまったから、リリィがブチ切れてやべぇことになるとは思ったが、リリィの奴、この空間の空を吹っ飛ばしやがった! こんなのを人間界でやられたら、一つの街くらい丸ごと吹っ飛ぶぞ!』

 クロリリィは、何事もなかったように平然と立っていた。

「痛いことはもうイヤ! 鎧が必要ね!」

 クロリリィの言葉を聞いた瞬間、もみじはギクッとして全身を硬直させた。

『ま、まずい……、この展開は……』

「あら〜っ、ここにあたし専用の鎧があったじゃない! ふふふ……」

 悪戯っぽく笑いながらもみじを横目で見たクロリリィの体が次第に溶けていき、黒い液体のような姿になると、もみじの胸の中に入っていった。

「リリィ! また、あたしの心の中に入りやがって!」

「あたしは防御が嫌いで、攻撃が好きなのは知ってるでしょ? 防御の役割と痛い思いはぜ〜んぶもみじにあげちゃうっ! あたしは隙を見て、あの魔物二体に止めを刺してあげる。さあ、行くわよ!」

「仕方がねぇ! 攻撃はリリィに任せたぞ!」

 もみじは覚悟を決めて顔を上げ、クロリリィはもみじだけに聞こえる笑い声を上げた。

「ほっほっほっ、まっかせなさ〜いっ!」


 二体の霊術天狗が立ち上がり、怒りの形相でもみじを睨んだ。

「おのれ、悪魔よ、許さぬぞ!」

「こうなったらさー、弱い霊術遣いの君も、悪魔と一緒に葬っちゃうよ!」

 石の霊術天狗の石の掌から石が放たれ、空からは大きな石が降り続け、地中からは先が尖った槍のような石が次々と飛び出し、木の霊術天狗の木の掌からは木が次々と出現してロケットのように飛んで行き、根を蛸の足のようにして動き回る木々が伸びる枝の鞭を振り回し、それら全てがもみじに向かって襲いかかった。

『こんな術やったことねぇが、やってみるしかねぇ!』

 もみじは右手の人差し指と中指を天に向けると、8の字を六回連続して描きながら叫んだ。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 稲妻之帯、六連!」

 もみじの体の周りに帯の形の雷が六つ出現し、それぞれが眉よりも上、顔の下半分から胸部まで、腹部、腰部、大腿、ふくらはぎの高さで輪になってくるくると回り、石や木からもみじを守り始めた。

『できたぜええええええええっ! 成功だああああああああっ! だが、六連ともなると、同時にコントロールするのが難しいな。さっさと片付けるしかねぇ!』

 もみじは、七十メートルの距離を隔てて立っている二体の霊術天狗の中間地点に向かって駆け出した。

『リリィが攻撃するチャンスをつくるためには、二体の霊術天狗の真ん中に行くしかねぇ! 相打ちになることを恐れて攻撃が弱まるはずだ!』

 稲妻之帯の隙間と頭上から、防ぎ切れなかった石や木の枝がもみじの体中に次々と当たっていったが、もみじは苦痛に顔を歪めながら、ひたすら走り続けた。上から降ってきた拳大の石が、もみじの頭に激しく衝突した。

「がああああああああああああああっ!」

 もみじは額から血を流しながら、稲妻之帯の隙間から二体の霊術天狗の中間地点を睨み、必死に疾走した。

『今はこれに賭けるしかねぇんだ! 耐えるんだ! どんなに激しく体を打たれても耐え続けるんだああああああああっ!』


 もみじは全身が傷だらけでボロボロになりながら、ようやく二体の霊術天狗の中間地点に到達した。その時、二体の霊術天狗は掌から石や木を発射する攻撃を停止した。

『狙い通りだ! 攻撃が弱まった!』

 もみじは稲妻之帯を消し去ると、空から降る石と、動く木が振り回す長く伸びる枝の鞭に全身を激しく打たれながら、全力で叫んだ。

「リリィーッ! 今しかねええええええっ! 行けえええええええええええっ!」

「んがああああ……」

 クロリリィの声を聞いたもみじの表情が固まった。

「いびきかいて寝てんじゃねえええええええええええええっ!」

 自分の心の中で寝ているクロリリィに激高するもみじの足元では、地面から太い根が何本も生え、長く伸びながらもみじの体中に次々と巻きついていった。

「し、しまった!」

 もみじは、首から下を何本もの太い根に幾重にも巻きつかれてしまい、その根が急激に膨らみ始めると、目を大きく見開いた。

『爆発する!』

 風船のように大きく膨らんだ根が一斉に破裂し、もみじは悲鳴を上げながら高さ十メートルまで上に吹き飛ばされると、うつ伏せに地面に叩きつけられて気を失った。

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