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15 大都会に棲む魔物

「こっ、これが渋谷かーっ! めっちゃ人がいっぱいいて、大都会じゃねぇーかあああああああああっ!」

 一本樹高等学校の制服を着て黒髪をポニーテールで束ねたもみじが、渋谷のスクランブル交差点の前で興奮して叫んでいた。その後ろでは、同じ制服姿の女子四人が恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いていた。

「し、しかも……、何なんだ、ここにいるおねーさんたちのキラキラは? めっちゃかわいーおねーさんでいっぱいじゃねーか! そ、そーかーっ! こ、これが噂の『ギャル』ってやつなのかーっ! ギャルは都市伝説じゃなくて、実在してたんだああああああああああっ! やっぱ、せっかくの高校の修学旅行、うちらの班の自由行動は渋谷を選んで正解だったよなーっ! なあ、みんなもそう思うだろ?」

 もみじは興奮しながら後ろを振り返った。

「あれ……? 誰もいない……」


『どこだ? みんなどこへ行った? いくら人が多いからって、あの短時間で姿が見えなくなるなんて、絶対におかしい! みんなに何があった?』

 同級生の姿を探して周りを見回していたもみじの目が、急に止まった。

『な、何なんだ、あの赤いレインコートの奴……。見ていると、妙な違和感を感じる』

 もみじの視線の先には、人混みの中、三十メートル先を歩いている赤いレインコートを着た人物の後ろ姿があった。その人物は頭から赤いフードをかぶり、赤いロングブーツを履いて青空の下を歩いていた。

『何なんだ、この感じは? あいつからは、普通の人が放っている霊力とは違う異質な霊力を感じる……。あいつの霊力に似た霊力を、前にどこかで感じたことがある気がするんだが……』

 突如、もみじの脳裏に(ぬえ)族の鬼眼羅(きめら)の姿が浮かび上がった。

『そうだ、鬼眼羅(きめら)だ! この霊力は鬼眼羅(きめら)に感じたものに似ているんだ! これが魔物特有の霊力の魔力ってやつなのか? だとすると、あの赤いレインコートの奴も魔物ってーことか?』

 赤いレインコートの人物が、道端に立ってスマートフォンを見ていた若い男性の肩に右手を置いた瞬間、その男性の姿が消えた。

『消えた! あの赤いレインコートの奴、人を消しやがった! 間違いねぇ! みんなはあいつに消されたんだ!』

 もみじは人混みをかき分けて、赤いレインコートの人物を追った。

『人が多過ぎて距離が縮まらねぇ!』


 もみじは人通りの少ない道を走っていた。

『少し前に、赤いレインコートの奴は確かにこの道に入ったはず! なのに、もう見当たらねぇ! 人が多過ぎて追いつけなかった! ちくしょう!』

 もみじは、すぐ近くに立っていた女の子に声をかけた。

「なあ、あんた。赤いレインコートを着た奴がここを通らなかったか?」

 女の子は正面の古いビルを指差した。

「そこに入っていった」

「このビルか! サンキューッ!」

 もみじはそのビルに駆け込んでいった。

「せいぜい気をつけることね……」

 女の子の口元がニヤリと笑った。その女の子は黒いロリータファッションで身を包んでおり、ウエーブがかかった長い髪をツインテールにしていた。


 もみじは薄暗いビルの廊下を歩いていた。右側の少しだけ開いているドアを開けると、そこは瓦礫が散乱した廃墟になっており、その奥に赤いレインコートを着た人物の後ろ姿があった。

「やっと見つけたぜ。一体あんたは何者なんだ? あんたが消し去った人をどうしたんだ?」

「あたしが人間を消すのを見たのかい? それは余計なものを見ちまったねぇ」

 赤いレインコートを着た人物がもみじに体を向けた。

「な……、何なんだ……、あんたは……?」

 もみじの見開いた目に映ったのは、赤いレインコートのフードの中にある女性のマネキン人形の顔だった。マネキン人形の頭部が不自然な角度で大きく傾くと、レインコートの前にあるボタンがひとりでに次々と外れていった。大きく開いたレインコートの中には胴体がなく、マネキン人形の頭部と両腕と両脚だけがあり、その五つのパーツは中心にあるクモの巣で繋がっていた。クモの巣の真ん中には、髪の長い若い女性の頭部が上下逆さまに引っ掛かっており、その頭部には首の部分からクモの頭が生え、側面には左右にそれぞれ四本ずつクモの脚が生えていた。

「や、やっぱり、おめぇ……、魔物なのか?」

 上下逆さまの女性の頭が、不気味に嗤いながら口を開いた。

「あたしは『女郎グモ』という魔物さ。あたしら一族は人間が大好物でねぇ。お前もこいつらと一緒に食っちまおうか」

「こいつら? あっ!」

 女郎グモの背後の壁に張られたクモの巣には、身長が三センチくらいになっている十八人の若者が気を失って引っ掛かっており、もみじが立っている場所からは視認できなかったが、若者の中にはもみじと同じ制服を着た四人の女子高校生もいた。

「あたしはねぇ、若い人間を魔力で小さくして、このクモの巣に引っ掛けてさらってくるのさ。人間は若い方が美味いからねぇ。食う前には、元の大きさに戻して意識を回復させるんだよ。苦痛と恐怖と悲しみで泣き叫んでいる人間を食らうのが、最高に美味いのさ」

「て、てめぇ……。もうこれ以上、誰一人てめぇの犠牲にはさせねぇ! てめぇは人間を食うために魔界から来たのか?」

「魔界だって? 魔界なんてのは、大昔に先祖が棲んでいたあたしの知らない場所さ。昔から人間界に棲みついている魔物は、いくらでもいるのさ。そして、あたしら一族のように人間を好んで食らう魔物にとっては、大都会は格好の棲処なのさ。エサとなる人間がうじゃうじゃいて、少しぐらい人間がいなくなっても大騒ぎにはならないからねぇ。さあ、お前を味わわせてもらうよ」

 女郎グモが床に着地すると、レインコートが崩れ、マネキンの頭部と両腕が落下した。女郎グモのクモの頭の口からクモの糸が吐き出され、もみじの左手首に巻きついた。

「しまった!」

 もみじの体は見る見る小さくなっていき、身長が三センチになった。もみじは、クモの頭をこちらに向けている女郎グモを見上げた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 一条之稲妻!」

 もみじが右手の人差し指と中指で目の前の空間にジグザクの模様を描き、右掌を突き出すと、雷が女郎グモへ伸びていった。それと同時に、女郎グモはもみじよりも一回り大きな瓦礫に糸を吐き出し、その瓦礫が宙に浮き上がって雷を防いだ。

「おかしな術を遣う人間だねぇ。でも、あたしは糸を貼りつけた物体を自由に動かすことができるのさ。こんな風にね」

 女郎グモは次々と周囲の瓦礫に何本もの糸を吐き、大小様々な瓦礫がもみじに向かって飛んで来て、もみじは身をかわし続けた。

「うわあああああああっ!」

 もみじは、左手首に巻きついている糸を引っ張られて床の上を引きずられ、女郎グモの目の前で仰向けになった。

「人間を食うのは、糸を吐く方の口なのさ。お前は、小さいまま串刺しにして食ってやるよ」

「うわっ!」

 先が尖っている女郎グモの足がもみじ目がけて振り下ろされ、もみじは床を転がってそれをかわした。

『今だ!』

 床を転がったもみじのすぐ上には、女郎グモのクモの頭があった。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 昇龍之稲妻!」

 もみじが床に右の掌を当てると、少し離れた床から雷が発生し、もみじの左手首と繋がっているクモの糸を切断しながら、女郎グモの頭に向かって空中を駆け上った。女郎グモは後ろに下がって雷をかわすと、天井に糸を吐き出して宙に浮き上がった。その時、もみじの周囲から、クモの糸がもみじに向かって次々と飛んで来た。

「な、何だと?」

 たくさんのクモの糸がもみじの左右の手首と足首に巻きつき、両手両足を引っ張られたもみじは、床の上で大の字になった。

「しまった! 他にも女郎グモがいたのか!」

 もみじの周囲の瓦礫の下から三十二体の女郎グモが姿を現し、それらの女郎グモが口から吐き出した糸がもみじの手首と足首に巻きついていた。

「あたしはさっき『あたしら一族』って言っただろう? いひひひひ……」

 天井からぶら下がっている女郎グモは不気味に嗤うと、床に向かって糸を吐き出し、巨大な瓦礫を高く吊り上げた。もみじの視界は巨大な瓦礫で覆われていった。

「お前は妙な術を遣うからねぇ、用心のためにこの瓦礫で叩き潰してあげるよ」

『じょ、冗談じゃねぇ! この瓦礫、野球場くらいの大きさだぞ! こんなのを落とされたら絶対に避けられねぇ!』

 もみじは目を剥いて、視界のほとんどを埋め尽くした瓦礫を見つめた。

「お前は、さっきから手を使って術を出しているねぇ。そうやって手を使えなければ術を出せないんだろう? 何もできずにぺしゃんこになりな!」

「ナメんじゃねーっ! 指さえ動かせれば遣える術はあるんだ! 古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力を宿し給え! 稲妻之旋風(つむじかぜ)、二連!」

 もみじが両手の人差し指と中指をグルグルと回すと、その先にらせん状の雷が出現してどんどん大きくなっていった。雷はもみじの手首と繋がっている何本もの糸を切断し、もみじが自由になった両腕を動かすと、らせん状の雷が周囲にいた女郎グモに次々と当たり、雷が当たった女郎グモは悲鳴を上げながら失神していった。もみじは足首と繋がっている糸を雷で切断し、両手を正面の瓦礫に向けると、両手の先の二つのらせん状の雷は瓦礫の表面を走り、瓦礫の背後に回り込んで女郎グモに命中した。

「ぎゃああああああああああああっ!」

 天井からぶら下がる女郎グモが雷に包まれて失神すると、吊り上げていた巨大な瓦礫がもみじに向かって落下してきた。

「や、やべぇええええええっ!」

 もみじは慌てて起き上がり、必死に走って逃げた。

『ダ、ダメだ! こんなでかい瓦礫からは逃げられねぇえええええええっ!』

 もみじは走りながら、瓦礫の下敷きになることを覚悟した。


 グワワワーン!

 瓦礫が大きな音を立てて床に激突した。その隣ではもみじが両手と両膝を床についていた。

『い、今のはヤバかった……。女郎グモが失神して、魔力の効果が消えてあたしの体が元の大きさに戻っていなけりゃ、今頃ぺしゃんこになってた。もっと強力な魔物だったら、きっと魔力の効果は消えていなかった……。命拾いしたぜ……』

 もみじが背後を振り返ると、床の上には四メートル四方の瓦礫が落ちていた。もみじは瓦礫を見つめながら立ち上がった。

『あの巨大な瓦礫……、本当はこんな大きさだったんだな……。あ、みんなも元の大きさに戻っている。よかったぜ……』

 もみじが壁際を見ると、元の大きさに戻った十八人の若者が壁にもたれて失神しており、その中にはもみじの同級生の女の子たちもいた。その周りには千切れたクモの糸が散乱していた。

『あいつらも無事だったみてぇだな、よかった……。みんなが元の大きさになったから、クモの糸が千切れたんだな。あ、あたしの手首と足首に巻きついていた糸も、あたしが元の大きさになったから千切れてるぜ』

 もみじが床を見ると、千切れたクモの糸が自分と大きな瓦礫の間にたくさん落ちていた。


 その時、もみじの背後から瓦礫を踏みしめる音が聞こえ、もみじはハッとして振り返った。

「誰だ?」

「いやぁ、お見事! 素晴らしい闘いでした」

 開いたドアの前に、一人の中年男性が拍手をしながら微笑んで立っていた。その男性はスラリとした体形で、整った顔立ちにハンチング帽をかぶり、古めかしいデザインの高級なスーツと蝶ネクタイを身に着けていた。

『この男……、妙な感じがするな。でも、魔力は感じねぇ。人間だと思う……』

「あなたが気絶させたこの危険な魔物の後始末は、私にお任せください。申し遅れました。私、魔物案件専門の探偵事務所『黑探偵事務所』の所長、黑路匿獲(ろじえ)と申します」

「魔物案件専門?」

 もみじは黑と名乗った男性を怪訝そうに見つめた。

「あなたが今見たように、世の中にはたくさんの魔物が人々に紛れて棲んでいて、密かに人を襲っているのです。そんな危険な魔物たちから人々を守るため、私たちは魔物ハンターとして日々魔物と闘っているのです」

「魔物ハンター?」

「あなたの魔物を見分ける直観、魔物を倒すとてつもない強さ、そして相手が危険な魔物であっても、決して命を奪わない優しさ、あなたなら最高の魔物ハンターになれます。全ての命は尊い。いくら強くても、魔物の命を簡単に奪う者は、魔物ハンターには相応しくないのです。私たちは魔物を生け捕りにして、二度と人間に危害を加えることができないように全ての魔力を奪い、力を失った魔物は人がいない山奥などに開放しているのです。

 あなたは高校生ですね? 高校を卒業したら、ぜひ私の事務所に来てください。実は、私はそろそろ現場の仕事から身を引こうと考えていまして、私の娘の罹詈姫(りりぃ)のバディになって、魔物ハンターとして、娘と一緒に危険な魔物から人々を守って欲しいのです」

 黑の後ろには、黒いロリータファッションを着て、ウエーブがかかった長い髪をツインテールにしている少女が、冷たい微笑みを浮かべて立っていた。少女には翼もしっぽもなく、その姿は人間にしか見えなかった。

 もみじは少女のことを思い出した。

「あんたは、このビルの前に立っていた……」


 黑は甘ったるい声と芝居じみた口調で、もみじを褒めちぎった。

「あなたはとても頭がよく、とてつもなく強い。そして何よりもとても美しい!」

「う、う、う、う、う、美しい? や、やっぱ、そーかなあー? あたしも前からそうなんじゃないかって薄々感じていたけど……、や、やっぱ、あたしって美しいよなーっ!」

「私たちと一緒に魔物から人々を守りましょう! あなたのようなキラキラ輝いているギャルがいっぱいいるここ渋谷で!」

 黑はまるでもみじの心の中を覗いているかのように、もみじの胸に刺さる言葉を選んで口にしていた。

「あ、あ、あたしがギャル〜っ? そ、そうか~っ! あんたのところで働けば、あたしも渋谷であのキラキラしたおねーさんたちの仲間入りができるのか~っ! 

 ……よし、決めた! あたしは高校を卒業したら魔物ハンターになって、渋谷でギャルになって、キラキラした毎日を送るんだあああああああああああああっ!」

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