14 もみじの選択
宙に浮くライカの真下にいる橙色のヘビが大きく口を広げ、その口の奥では破壊光線が黄色く輝いていた。鏡太朗はライカに向かって必死に駆けていた。
『絶対にライちゃんを守るんだあああああっ! 雷の神様、どうか俺に力を!』
鏡太朗が右手に握る霹靂之杖が見る見る大きくなり始めた。
「霹靂之杖が! 雷の神様、ありがとう!」
鏡太朗は霹靂之杖の紙垂の側の端を地面に突き刺し、どんどん大きくなっている霹靂之杖の反対側の端に飛び乗った。鏡太朗を乗せた霹靂之杖は、斜めに傾いた状態で一瞬にして電柱の大きさになった。
「ライちゃあああああああーんっ!」
鏡太朗は大きくジャンプしてライカを両腕で抱え、その直後に鏡太朗のすぐ後ろを黄色い光が直線を描いて空に伸びていった。ライカはこの時初めて破壊光線が自分を狙っていたことを知り、唖然として破壊光線の光跡を見つめた。
鏡太朗はライカを抱いたまま着地し、ライカが鏡太朗から離れて宙に浮くと、地面に倒れて杖の大きさに戻っていく霹靂之杖に駆け寄った。ライカは鏡太朗の背中に向かって感謝の想いを伝えた。
「鏡太朗、助かったぞ! 鏡太朗は命の恩人じゃ!」
「ライちゃんが無事でよかった。ありがとう……、雷の神様」
雷の神様に感謝の言葉を述べた瞬間、鏡太朗の頭の中に男女が声を合わせた言葉が響いた。
『ヘキレキノイタガコイ……』
『この言葉、霊授の時の……。はっ!』
鏡太朗は両目を大きく見開いたまま動きを止めた。その表情は、まるで目を開けたまま夢を見ているかのようだった。
『そ、そうか、そういうことだったのか! 雷の神様、ありがとう!』
冷たい目で宙を彷徨う八匹のヘビの胴体の根本部分にある八幡先生の顔が、温和な表情を浮かべながら優しい声で鏡太朗に言った。
「屍鏡太朗くん、僕は君と佐倉さくらさんを傷つけたくないんだ。もう諦めるんだよ」
鏡太朗は、闘志が燃え上がる目で蛇身羅を見据えた。
「俺は絶対にあきらめない! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え!」
鏡太朗が両手で握った霹靂之杖の紙垂が逆立ち、その周りに何本もの細かい雷が走った。鏡太朗は霹靂之杖の紙垂の側の端を地面に突き刺しながら、裂帛の気迫で叫んだ。
「霹靂之檻!」
「屍鏡太朗くん? 君は一体何を……? 何っ?」
蛇身羅の周囲の地面から二十四本の細い雷が空に向かって飛び出し、蛇身羅を囲んだ。蛇身羅は驚きを一瞬見せた後で、呆れたように笑い出した。
「屍鏡太朗くん、雷の檻で閉じ込めたって、僕は倒せないよ」
「最後に止めがあるんだああああああああああああっ!」
蛇身羅の足元の地面が盛り上がりながら裂けていき、その裂け目から雷光が漏れ始めると、蛇身羅は素早く跳び上がって周囲を見回し、下から迫ってくる雷を避けるための脱出先を探した。
「雷の檻に閉じ込められて逃げられない!」
蛇身羅が足の下を見ると、地面を突き破った巨大な雷が自分に向かって上昇しており、巨大な雷は目を剥いて怯んでいる蛇身羅の全身を呑み込んだ。
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
蛇身羅は雷の中で絶叫し、巨大な雷と雷の檻が空に吸い込まれるように消え去ると、蛇身羅は全身から煙を立ち上らせてうつ伏せに地面に落下し、その様子を見たさくらとライカは歓喜の声を上げた。
「やったーっ! 鏡ちゃんが八幡先生を倒したーっ!」
「鏡太朗、凄いぞ! 今の術は一体何じゃ? 初めて見たぞ!」
「雷の神様が、術の使い方の映像を俺の頭の中に映し出してくれたんだ。雷の神様、ありがとう……」
鏡太朗は霹靂之杖を見つめて感謝の笑みを浮かべた。
突然、倒れている蛇身羅の背中から八色の光が放たれ、それに気づいたさくらが光を指差して叫んだ。
「鏡ちゃん、ライちゃん、見て! 八幡先生の背中から光が……」
鏡太朗は強い不安と緊張に襲われながら、さくらとライカをかばって前に出た。八色の光が消えた時、そこには体が一回り大きくなり、八色の鱗がまだらになって全身を覆っている蛇身羅が立っていた。変貌を遂げた蛇身羅の足元には、さっきまでの蛇身羅の姿の抜け殻が落ちており、その皮膚と服の背中の部分には大きな裂け目があった。
八色の鱗に覆われた八幡先生の顔が不敵な笑みを浮かべた。
「君たち、驚いたかい? 僕たち八岐大蛇族はね、倒される度に脱皮してより強い体に進化していくんだよ。そして、脱皮した後は倒された原因を克服した体になって弱点がなくなっていくんだ。今の僕は全身を鱗で覆われて、雷が効かない体に進化したのさ。もう君たちには勝ち目はないよ。屍鏡太朗くんと佐倉さくらさんの体は、僕が貰ったよ」
赤いヘビが大きく口を開けながら、呆然と佇む鏡太朗に迫り、その口の奥で赤い光が輝きを放った。
紫色の空の下、石が集まってできた丘の下では、ボロボロになって身動きできないもみじのそばに二体の霊術天狗が立ち、もみじを見下ろしながら冷笑していた。
「これでわかったはずだ。汝には我らを倒すことなど不可能なのだ」
「もう終わりなのかい? がっかりだなぁ。君があまりにも弱過ぎてさー、俺は全然楽しめなかったよ」
『こ、こうなったら、あの方法しか……。いや、ダメだ。あれだけは絶対にダメだ……』
身動きできずに葛藤するもみじに向かって、木の霊術天狗が愉快そうに言った。
「終わりみたいだからさー、あそこで気絶している木葉天狗を起こして、さっさと融合させちゃおうか?」
『も、もう迷っている場合じゃねーっ! 仕方がねぇええええええっ!』
覚悟を決めたもみじは、ボロボロの体で言葉を絞り出した。
「……トゥイックァ……ヘメトゥリッツァ……ヘギャメギャザバール……クロリリィ」
もみじが口にしている言葉を聞いた木の霊術天狗は、不思議そうな顔でもみじに尋ねた。
「君さー、一体何を言ってるの? その言葉って、神伝霊術じゃないよね?」
「心の闇に潜みし邪悪な悪魔クロリリィよ、我の召喚に応じ、我と契約せよ!」
もみじがありったけの力を込めて叫ぶと、石の霊術天狗が目を丸くした。
「あ、悪魔だと? 汝は一体何を言っておるのだ?」
「あらーっ、誰があたしを呼び出したのかと思えば、もみじじゃない?」
いつの間にか、石の霊術天狗の左肩に少女が座っていた。十五歳くらいに見える小柄な少女は、黒いロリータファッションで身を包み、ウエーブがかかった長い髪をツインテールで結んでおり、人形のような可愛い顔で笑っていた。
「な、何っ! いつの間に! 何奴?」
石の霊術天狗が右手で少女を捕まえようとした時、少女はいつの間にかもみじのすぐ横に立っており、石の霊術天狗は驚愕した。
「なんだと? 今の動き、見えなかったぞ!」
もみじを見下ろす少女の左右の肘からはコウモリの翼のような形の小さな翼が生え、首の後ろの髪の生え際からは長さ二十センチの黒いしっぽが生えていた。そのしっぽの先端はハートの形に膨らんでいた。
「もみじ、久しぶりじゃない。相変わらず元気そうね」
「お、おめぇには、これが元気そうな姿に見えるのか?」
傷だらけでボロボロになっているもみじは、何とか上半身を起こした。
「本当はおめぇの顔なんて、二度と見たくなかったんだ」
「あら、随分な言い方じゃない? あたしともみじは、魔物ハンターのバディだったでしょ?」
「何がバディだ! 人間のふりして散々あたしを騙して、タダ同然でコキ使って、危険な目にばかり遭わせやがったくせに!」
もみじは高校の修学旅行での出来事を回想した。




