13 八幡先生の正体
八幡先生が首を右に少し傾けると、八幡先生の頭から生えている八匹のヘビの胴体が長く伸びてヘビの体が一回り大きくなり、体をうねらせながら空中を彷徨い始め、ギプスが砕け散って姿を現した八幡先生の右前腕は、手首から先が八本のヘビのしっぽになっていた。八匹のヘビの頭としっぽは、一匹ずつ色が違っていた。
さくらと鏡太朗は、目の前で展開する信じられない光景に愕然とした。
「や、八幡先生……?」
「さ、さくらと俺が獲物って、どういうこと?」
「僕は魔界からやって来た八岐大蛇族の蛇身羅っていうんだ。八岐大蛇族はね、オスもメスもなくて、誰もが卵を産んで子孫を残すんだよ。でもね、僕たちの卵は宿主となる他の生き物の体に産みつけないと孵化しないんだ。魔界の魔物に卵を産みつけると、宿主の魔力が邪魔して千個に一個くらいしか卵が孵化できないから、僕たちの先祖は大昔に人間界に来て、理想的な宿主を探したのさ。そして、優れた頭脳や運動機能を持つ人間を一族が代々利用する宿主に決めて、以来、人間をさらったり、脅して生贄を求めたりして宿主を確保してきたんだよ。
僕たちは宿主の体と同化して、一体化して成長していくんだ。宿主の脳の中にある記憶だって僕たちのものになるんだよ。僕は、五十年前に僕の親がさらってきた宿主と一体化して成長したから、宿主の脳の中の記憶が五十年前の古い情報だったんだけどね。
そして、八岐大蛇族と一体化した人間の体は、約百年の寿命を迎えるまで老化することがなくて、若い頃の美しさや力強さのままで一生を終えられるんだよ。肉体にとっては、最高に幸せなことだと思わないかい? 僕も誕生してから五十年間、この若い姿のままでいるんだよ。素晴らしいだろう?
僕はね、僕の子どもの宿主に相応しい優秀な人間を捕まえるために、この人間界にやって来たのさ。僕は一か月前に人間界に来て、僕と見た目が似ていた本物の八幡先生を見つけて、彼のことを調べた上で彼と入れ替わったんだよ。本物の八幡先生は跡形もなく消滅したけど、自分の人生を僕にもらってもらえるなんて、彼は幸せ者だと思わないかい?
そして、学校で優れた頭脳と運動能力を持つ理想的な宿主を探して、佐倉さくらさんを僕の子どもの宿主にするって決めたのさ。他の魔物が子どもたちをさらい始めて、目障りになって調べようと思っていた矢先に佐倉さくらさんがさらわれて、後を追って天狗の空間に入ったら、偶然、屍鏡太朗くんの闘いを見たんだよ。想いが爆発した時に見せる君の潜在能力もとても素晴らしかった。だから、君たち二人を僕の子どもの宿主にするって決めたんだ。
君たちは、小さな石の姿にして魔界に持ち帰るよ。何年か経ったら、元の姿に戻して僕の卵を産みつけてあげる。その時に君たちの魂は体を離れて魔界の死後の国へ行き、君たちの人生はそこで終わるけど、君たちの体は僕の子どもの体の一部になって生き続けるんだよ。光栄だろう? 嬉しいよね?」
鏡太朗とさくらは立ち上がり、驚愕と緊張が入り混じった表情で後ずさった。
蛇身羅の八幡先生の顔が幸せそうに微笑みながら話を続けた。
「僕の八つのヘビの頭は、凄い力を持っているんだよ。赤い頭は生き物を小さな石に変える赤い光と、元に戻す青い光を吐くんだ。白い頭は生き物に噛みついて、そこに卵を産みつけるのさ。そして、薄い黄色と鮮やかな黄色、黄緑色、橙色、柿色、あめ色の六つの頭は、全てのものを破壊する黄色い破壊光線を吐くんだよ。六つの頭から破壊光線を同時に吐いて一つに合体したら、とてつもなく強烈な破壊光線になるんだ。大天狗なんて、一つに合体した破壊光線に当たったら、あっという間に消滅したよ。君たちの体も同じ力を持てるんだ。楽しみだよね?
さあ、小さな石の姿にして魔界に連れ帰ってあげる」
優しい眼差しの八幡先生の頭部から生えた赤いヘビの胴体が長く伸びると、目を剥いて冷や汗を流す鏡太朗とさくらに迫った。さくらをかばって前に立っている鏡太朗に向かって、赤いヘビの口が大きく開き、生き物を小さな石に変える赤い光が口の奥で輝いた。
黄緑色の空の下では、もみじが強烈な風圧に耐えながら左手で鴉天狗の胸倉をつかみ、両足で木葉天狗の体を挟んでいた。もみじと二体の気絶している天狗は、凄まじい速度で地面に到達した。
その瞬間、もみじたちの姿が消え去り、金色の巾着がふわりと地面に落下した。
「あーっ、今のはさすがにヤバかったぜ……」
疲れ切ったもみじが倒れている場所は、美しく手入れがされた日本庭園だった。その横には鴉天狗と木葉天狗が気絶して倒れており、もみじのすぐ近くの上方二メートルの位置には、白く光る直径十センチの空間の穴があった。
「鴉天狗の懐から巾着を抜き取って、この空間の入口に飛び込むのが、あと0.01秒でも遅かったら、今頃は地面に衝突してバラバラになってたな……。これしか助かる方法がなかったとはいえ、めっちゃ危険な賭けだったぜ。
鴉天狗、木葉天狗、おめぇらだって絶対に死なせる訳にはいかねぇ。おめぇらの命だって、あたしたちの命と同じく尊いんだからな。
それにしても、ここはどこなんだ? 飛び込んだ巾着は金色だった。初めて見た色の巾着だったよな」
ゆっくりと立ち上がったもみじの頭上には、紫色に光る空が広がり、目の前には立派な和風の屋敷があった。
「まーいーか! 元の空間に帰って、みんなを助けねーとな」
もみじが空間の穴に近づこうとすると、屋敷から金色の光の塊が飛んで来て空間の穴に当たり、穴が消滅した。もみじは愕然として叫んだ。
「空間の穴が消えた!」
「そうだ。この空間から出るための穴は消滅させた。もう汝は、この空間から自分の力では抜け出すことはできぬのだ」
もみじの背後から誰かの太い声が聞こえた。
「誰だ?」
もみじが声が響いた屋敷の方を振り返ると、上下の白い鈴懸に紫色の結衣袈裟を肩から掛け、一本歯の下駄を履いた二体の何かが屋敷の前に立っていた。その姿を見たもみじの表情が凍りついた。
「な……、何なんだよ……、おめぇらは……?」
目を剥いて固まっているもみじの頬を、一筋の冷や汗が流れた。
暗い林の中では、蛇身羅の頭から生えている八匹のヘビの中の赤い頭が、さくらをかばう鏡太朗に向けて口から赤い光を放射しようとしていた。
「鏡太朗―っ!」
戦闘モードのライカが空中で一回転しながら、しっぽの先の三日月鋏で赤いヘビの頭を切り落とした。
「ぐわっ!」
蛇身羅の顔は苦痛で歪んだが、頭を切り落とされた赤いヘビの胴体からはすぐに新しい頭が生え、切断されたヘビの頭はボロボロに崩れて消えていった。
「鏡太朗―っ! 霹靂之杖じゃ!」
ライカは両前足で抱えていた霹靂之杖を鏡太朗に投げ渡すと、蛇身羅に向けてソフトボール大の雷玉を次々と放ったが、蛇身羅は八匹のヘビの胴体としっぽをからませながら雷玉を受け、ヘビの鱗に当たった雷玉は砕け散っていった。
「僕のヘビの体を覆っている鱗は、雷を弾き返すんだ。君たちの雷は僕には効かないよ」
「飛べ、三日月鋏―っ!」
ライカが叫びながら空中でコマのように回転すると、三日月鋏はライカのしっぽを離れて回転しながら蛇身羅の胸を目がけて飛んで行ったが、黄緑色とあめ色のヘビの頭が口から吐き出した破壊光線に当たると、黄色い光の中でボロボロになって消滅した。
ライカは鏡太朗を振り返って叫んだ。
「鏡太朗! 合体技じゃあああああっ!」
力を取り戻した鏡太朗は、宙に浮かぶライカに向かって駆け出しながら叫んだ。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 天地鳴動日輪如稲妻ああああああああああっ!」
鏡太朗が霹靂之杖の先の雷の塊をライカに当てると、何本もの雷がライカの体を駆け巡り、ライカの突き出した両前足の前で大きな雷玉になっていった。
「食らえ! 特大の雷玉じゃあああああああああああっ!」
直径二メートルの雷玉が、ライカの両前足を離れて蛇身羅目がけて飛んで行ったが、蛇身羅は八匹のヘビの胴体としっぽを伸ばして複雑にからませて盾をつくり、雷玉はヘビの盾に当たって砕け散った。
「鱗がない人間の体の部分なら、雷玉は効くじゃろーっ!」
ライカはヘビの盾の上方に高く飛び上がり、左右の前足で持っている雷玉で蛇身羅の胸を狙った。その時、ヘビの盾の一番上にいた橙色のヘビが、ライカを見上げて口を大きく開いた。
「ライちゃん!」
鏡太朗はライカに向かって駆け出した。
『ライちゃんに破壊光線が! ちくしょう、間に合わない! ライちゃん!』
ライカの真下で開いている橙色のヘビの口の奥が、破壊光線の黄色い光で輝いた。
紫色に光る空の下、唖然としているもみじの前に姿を現したのは、二体の異様な姿をした天狗だった。一体は長い髪を後ろで束ねた身長百七十センチのスリムな美青年だったが、顔と首の左半分と左手が木の幹になっており、首の左側からは小さな枝が生えて葉がついていた。もう一体は身長が二百二十センチの屈強な中年の大男で、坊主頭で角ばった顔をしており、その右半身は石が集まってできていた。二体の背中には黒い翼が生えていた。
『こ、こいつらの真夏に照りつける陽射しのように、ギラギラと強烈に威圧してくるとんでもねぇ量の魔力……、ただもんじゃねぇ。こりゃあやべぇぞ……』
もみじの頬を冷や汗が次々と伝った。
体の半分が石になっている天狗が太い声で語り出した。
「我らは『霊術天狗』。神伝霊術遣いと木葉天狗が融合し、霊術と人間と木葉天狗が一つになった究極の天狗なのだ。我らの肉体と魔力は、大天狗よりも遥かに強く、霊術天狗一体で大天狗千体の強さに匹敵する」
体の半分が木になっている天狗が、楽しそうに笑いながら口を開いた。
「俺はね、木の神様の力を借りる神伝霊術が、こいつは石の神様の力を借りる神伝霊術が俺たち自身と融合したのさ」
「左様。今では、我らは神の力に頼ることなく、自分自身の能力として術が遣えるのだ」
「俺たちはね、この空間にいながら、神通力で君の闘いを見ていたのさ。君なら霊術天狗になれる。天狗族のリーダーは大天狗だけど、俺たち霊術天狗はもっと上の天狗たちの生き神なのさ。君も霊術天狗になって、天狗族の神になろうよ」
「汝に選択肢などない。汝を動けぬほど痛めつければ、簡単に木葉天狗と融合できるのだ」
石の霊術天狗が右手を地面に向けると、もみじの下の砂の中から大小様々な石が次々と出現し、増え続ける石はどんどん広がりながら盛り上がっていき、もみじを乗せたまま学校のグラウンドくらいの広さで高さ十五メートルの石の丘になった。丘の麓には石でできた小川が出現し、倒れていた鴉天狗と木葉天狗の体を離れた場所まで運んで行った。
石の丘の盛り上がりが止まると、丘の上にある石が次々ともみじ目がけて飛んで来て、もみじは両袖で顔と頭を守りながら石を避けたが、空からも拳大の石が降り始め、もみじは両手で顔と頭を抱えて石を避けながら走り出した。
『雪駄がない白足袋の足の裏がいてぇ!』
足の痛みに耐えながら走るもみじの体中に、避け切れない石が次々と命中していった。
木の霊術天狗が楽しそうに笑いながら左手を石の丘に向けると、丘を覆う石と石の間から無数の木の根がイソギンチャクのように生えて触手のように蠢き、走って石から逃げるもみじの足首に絡みついた。もみじは足を取られてうつ伏せに転倒し、そこに上から降ってくる石が次々と襲いかかったが、もみじはそれらを転がって避けた。たくさんの木の根がもみじの手足に絡みつき、飛んで来る石を避けることができなくなったもみじは、全身を石で打たれながら叫んだ。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 稲妻之帯!」
もみじの頭頂部から足の裏までを楕円形に囲む帯の形の雷が出現し、もみじを捕らえている木の根を焼き切ってくるくると回り始めた。もみじが立ち上がって走り出すと、稲妻之帯はもみじの胸の高さで正円形になってもみじの周囲を回った。
石と石の間に数え切れないほど生えているイソギンチャクのような木の根は、幹と枝を見る見る成長させて高さ三メートルほどの木に変化すると、根を蛸の足のようにうねうねと動かして丘の上を自由に動き回り始めた。動き回る木が腕のように枝を振り回すと、その枝は振った瞬間に数十メートルの長さまで伸びて鞭のようにもみじに襲いかかった。
もみじは稲妻之帯で枝の鞭と飛んで来る石を受けていたが、避け切れなかった枝の鞭と石が次々と体中に命中し、痛みで顔を歪めた。
もみじは走りながら叫んだ。
「古より月を司りし月光照之命よ! その御力を宿し給え! 月下之湖水!」
空が暗くなって満月が輝き、二体の霊術天狗が湖水の中に消えた。
「無駄だ! 我らに幻の術など効かぬわ!」
石の霊術天狗の叫び声が響くと、空は再び紫色に光り、満月と湖が消えた。
「ちくしょーっ! 大技を行くぜえええええっ! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を……、うわあああああああああああっ!」
もみじの足の下からもの凄いスピードで大木が生えてきて、もみじの体は空中高くに投げ出された。もみじは頭から落下しながら両目を丸くした。
『この木、爆発する!』
高さ二十メートルに達した大木の幹と枝が急激に膨らみ、一気に破裂した。木の破片と爆風が一帯に広がり、もみじは大きく吹き飛ばされ、もみじの周囲を回っていた稲妻之帯も爆風で消え去った。もみじは石の丘の中腹に落下し、全身を石の地面に叩きつけられた。
石の攻撃が止み、石の丘の麓に立つ木の霊術天狗が笑い出した。
「ははははっ。君程度の腕前ではさー、絶対に俺たちには勝てないよ。神伝霊術は神に祈り求めなければ術を出せないからさー、術を出すまでに時間がかかるんだよねー。俺たちは自分たちの能力として術を出せるからさー、いつでもすぐに術を出せるのさ。こんな風にね」
木の霊術天狗がもみじに向けた左手から、掌大の扇形のイチョウの葉の大群が出現し、円弧状の部分を先頭にしてもみじに向かって飛んで行った。もみじは地面を転がって葉の大群を避けたが、葉が当たった石はギロチンで切断されたかのように真っ二つになっていった。
石の霊術天狗が、石の丘の頂上に右手を向けた。
「汝の悪あがきもこれで終わりだ」
石の丘の頂上に直径五メートルの丸い岩が出現し、もの凄い勢いで斜面を転がり始めた。起き上がったもみじは、自分に迫ってくる岩を見て目を見開いた。
「うわあああああああああああああああああっ!」
岩が衝突したもみじは宙を舞い、二体の霊術天狗から十メートル先の庭園に落下した。もみじは体中が傷だらけになっており、何とか起き上がろうとしたが、腕にも脚にも力が入らず、起き上がることができなかった。
『霊力でダメージを最小限に抑えてきたが、もう限界だ。霊力をコントロールして出血を止めるのが精一杯で、体が全く動かねぇ……。こいつら一体だけでも、あたしの手に負えるような相手じゃねぇ。それが二体……。たとえ奇跡が起こったとしても、あたしが勝つことは絶対にありえねー。もう……諦めるしかねぇのか……』
もみじの表情は絶望に染まっていった。




