12 超高速の一撃
黄緑色の空を高速で頭から落下するもみじに向かって、七色の光を放つ木葉天狗がクチバシから突進していた。もみじは体を捻って木葉天狗をかわした。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 一条之稲妻!」
「ぎゃあああああああああっ!」
もみじが突き出した右掌から放たれた雷が木葉天狗を直撃し、木葉天狗は悲鳴を上げながら失神すると、七色の光が消えた状態で落下し始めた。
もみじの正面で頭から落下している鴉天狗が、もみじがとった行動に驚愕した。
「お前、気は確かか? 死んでもよいのか?」
「死んでもいい訳あるかあああああああああああああっ! でも、あたしは絶対に天狗にはならねーっ! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 一条之稲妻!」
鴉天狗はもみじが放った雷をかわし、天狗礫を下向きに放射した。高速で落下するもみじに向かってたくさんの石が下から迫ってきたが、もみじは体を反らして石を避けた。
もみじと鴉天狗は超高速で頭から落下しながら、再び突きと蹴りの激しい応酬を始めた。鴉天狗の突きと蹴りのスピードには衰えが見られなかったが、もみじは思うように突きと蹴りを出すことができず、次第に防戦一方になっていった。
『風圧が強過ぎて、うまく手足を動かせねぇ! 手足に霊力を込めるんだ! 霊力で体を動かすんだ!』
「だああああああああああああああああっ!」
もみじは必死の形相で高速の突きと蹴りを繰り出し、もみじと鴉天狗の闘いは次第に拮抗していき、激しさを増していった。闘い続けるもみじと鴉天狗、気を失っている木葉天狗の落下速度はますます速くなっていき、頭の先では地表がどんどん近づいていた。
赤い空の下では、大天狗が刀の切先を鏡太朗の目に向けて片手正眼で構え、向かい合う鏡太朗は霹靂之杖を両手で上段に構えていた。鏡太朗の目には闘志がたぎっていたが、その表情には焦りと迷いの色も見えていた。
『大天狗を倒すには、天地鳴動日輪如稲妻を当てるしかない。しかし、大天狗と俺ではスピードが違い過ぎて、当てるのは難しい……。一体どうすれば大天狗に当てられる?』
鏡太朗は何かを決意した表情を見せると、霹靂之杖を右手で軽くつかんで棒立ちになった。紙垂は地面の上に広がっていた。
『これしかない! 大天狗の一撃を受け止めて、そのスピードと力を利用して霹靂之杖を超高速で打ち込むんだ! 俺の全てを懸けて、必ず、必ず大天狗の一撃を受けるんだ!』
大天狗は鏡太朗の様子を見ると、冷笑を浮かべた。
「お主、その構えは拙者の一撃を誘い、反撃するつもりか? よかろう! お主が何を企もうとも、お主の実力では拙者の速さには反応できない。一瞬で真っ二つにしてやろう」
鏡太朗は大天狗の挙動に注視しながら、不安や恐れを感じている自分を心の中で叱咤し、全力で自分自身を鼓舞していた。
『大天狗が何を言っても迷うな! 恐れるな! 自分が望む結果に全ての意識を集中しろ! 自分が望む結果のことだけを考えろ! 絶対にライちゃんの命を守るんだ! 絶対にさくらやみんなの人生を守るんだ! 大天狗には誰一人傷つけさせるな! 俺が絶対にみんなを守るんだ!』
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え!」
鏡太朗が大天狗を真っ直ぐ見据えながら術を発動させる言葉を唱えると、地面の上で霹靂之杖の紙垂が逆立ち、その周囲に細かい雷が走った。
「お主程度の腕前では、何もすることはできぬ!」
大天狗は鏡太朗を見下したような笑みを浮かべると、凄まじいスピードで前進して鏡太朗に刀を振り下ろした。
鏡太朗の脳裏に、倒れているライカと、気を失って宙に浮いているさくらの姿が浮かんだ。
『俺は、絶対にみんなを守るんだあああああああああああああああああああっ!』
霹靂之杖は大天狗の刀を受けて超高速で反転し、紙垂を括りつけた柄の先端が大天狗のこめかみに命中した。紙垂の周りの細かい雷が大天狗の全身を走り抜け、大天狗は呻き声を漏らした。
「ぐぬぬぬっ!」
「天地鳴動日輪如稲妻ああああああああああああああっ!」
鏡太朗が裂帛の気合で叫ぶと、紙垂から何本もの強烈な雷が爆発したように放たれて大天狗の体を駆け巡った。
「ぐわあああああああああああああああああっ!」
大天狗は苦しみ悶えながら絶叫し、鏡太朗は大きく後退して大天狗から距離をとると、霹靂之杖を構えた。
「ぐぬぬぬぬぬぬっ! 稲妻よ去れええええええええっ!」
大天狗が激痛に耐えながら地面に刀を突き刺すと、大天狗の体を駆け巡っていた何本もの雷が放射状に地面の上を駆け抜け、想定外の大天狗の行動に驚愕する鏡太朗の足に雷が命中した。
「ぎゃあああああああああああっ!」
鏡太朗は全身を雷に包まれて絶叫し、大天狗がすかさず左掌から放った白い光の塊を胸に受けて二十メートル吹き飛び、意識を失って地面に転がった。
大天狗は顎ひげを一本抜き取ると、息を吹きかけた。そのひげは長く伸びながら鏡太朗に向かって飛んで行き、鏡太朗の両腕と胴体に巻きついて縄に変化した。
「はあああああっ!」
大天狗が気合を発しながら左掌を鏡太朗に向け、その左腕を振り上げると、鏡太朗の体は高く飛び上がってさくらの隣で静止した。
「拙者が魔力でつくりだしたその縄を切るまで、お主は目覚めることがない。修行の時間までそこで眠っているがよい。だが、雷獣の子は今すぐに始末せねばなるまい」
大天狗は倒れているライカのそばまで歩いていき、刀を高く振り上げた。
「これで止めだ!」
うつ伏せの姿勢で黄緑色の空を超高速で落下するもみじの目の前では、視界いっぱいに広がった地表が凄いスピードで迫っていた。鴉天狗は気絶した木葉天狗の左足首を左手でつかんで頭から落下しており、もみじの方へ視線を向けた。
『この速度ではもう声は聞こえぬ。吾輩はお前の心に語りかけている。お前も心で吾輩に呼びかけよ。お前はもうすぐ地面に大激突してバラバラになる。これが最終通告だ。お前が天狗になるなら助けてやる。ただし、お前が木葉天狗と融合するまでは、絶対に地面に下ろしはしない。おかしな真似をすれば、お前は落下して死ぬことになる』
地表はすぐ近くまで迫っていた。もみじは失神して落下している木葉天狗を見つめながら、必死に何かを考えていたが、やがて両目をつむって溜息をついた。
『これしか方法はねぇか……。鴉天狗、聞こえるか? こうなったら仕方ねぇ! 天狗にでも何にでもなるから、助けてくれ!』
『吾輩は絶対に油断はしないぞ。忘れるな』
鴉天狗は、木葉天狗をつかんだままもみじの上方に回り、もみじの腰を抱えるために右腕を伸ばして近づいた。
突然、もみじが反転して仰向けになった。
『油断したな!』
『何?』
もみじは右の拳で握っていた紙吹雪を鴉天狗に向かって撒き、紙吹雪は鴉天狗の上半身全体と翼に貼りついた。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 雷光之網!」
鴉天狗に貼りついた紙が光り、紙と紙が小さな雷で繋がって雷の網になった。鴉天狗は上半身と翼を雷の網で覆われ、身動きできずに目を見開いた。
『か、体が痺れて動けぬ……』
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 一条之稲妻!」
もみじの右掌から放たれた雷が直撃し、鴉天狗は失神した。
「やったぜええええええええっ!」
喜ぶもみじの背後では、地表が超高速で迫っていた。
「雷獣の子よ! これで終わりだ!」
赤い空の下では、右手で握った刀を高く掲げた大天狗が、ライカの首を目がけてその刀を振り下ろそうとしていた。その時、大天狗の左側から直径二メートルの黄色い光線が差し込み、大天狗の全身を包み込んだ。
「ぐわああああああああああああああああああっ!」
大天狗の体は、黄色い光の中でボロボロに崩壊しながら消滅していった。黄色い光はそのまま斜め上に向かって直進すると、遥か先の空の一点を突き破って消え去った。光が突き破ってできた空間の穴の向こう側には、暗い林が見えていた。
山頂の広場のすぐ下の斜面には、八幡先生が微笑みを浮かべて立っており、頭部の左側に包帯を巻き直していた。
「大天狗も脆かったけど、大天狗がつくった空間も同じように脆いんだね。赤い空の一点に、人間界に繋がる穴が開いちゃったよ」
包帯を巻き終えた八幡先生は広場の上に登ると、上空を浮遊している気絶した生徒たちを見上げた。
「佐倉さくらさん、屍鏡太朗くん、君たちは僕が守ってあげるからね。何があっても絶対に……」
八幡先生は、大切なものを見つめるような慈愛に満ちた眼差しでさくらと鏡太朗を見つめ、二人に向かって優しく呟いた。
「ん……」
鏡太朗が目を覚ますと、暗い林の中で仰向けに倒れていた。鏡太朗が驚いて周りを見回すと、隣には気を失って倒れている弓道着姿のさくらがおり、鏡太朗は慌てて上体を起こし、さくらに呼びかけた。
「さくら! さくら! 大丈夫?」
「ん……、あ、鏡ちゃん! ここはどこ?」
さくらが意識を取り戻すと、鏡太朗はホッとした安堵の表情を浮かべた。
鏡太朗は改めて周囲の様子を確認しながら、さくらに答えた。
「何だか、学校の裏の林に戻ってきたみたい……。どうなっているんだろう?」
「気がついたかい?」
二人の足元には、八幡先生が包み込むような柔和な笑顔で立っており、鏡太朗は目を丸くした。
「八幡先生? 一体どうなっているの? 大天狗は?」
「大天狗は先生がやっつけたよ。もう大丈夫、何も心配はいらないよ」
八幡先生が微笑みながら優しい声で答えると、さくらが八幡先生に尋ねた。
「鏡ちゃんとあたし以外のみんなは?」
「まだ大天狗の空間にいるけど、みんな無事だよ」
安心した様子のさくらの隣では、鏡太朗が呆然とした表情で目を見開いていた。
「や、八幡先生が大天狗を……? とんでもなく強かったあの大天狗を……? 先生は一体何者なの? どうして俺たちを助けてくれたの?」
「君たちを助けた理由? そんなの簡単さ……」
八幡先生は含み笑いをしながら頭の包帯を外し始めた。
「君たち二人は僕の獲物だからさ! 大天狗なんかに横取りさせはしない!」
包帯が外された八幡先生の頭部は包帯に覆われていた斜め半分がなく、そこには八匹のヘビの頭がぎっしり詰まっていて、ヘビの頭は合計十六個の冷たい目で鏡太朗とさくらを睨んでいた。




