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第5章:心のあと

彼女がいなくなってから、部屋は広く感じるようになった。


ARIAはまだ“機能”として稼働していた。

天気を教えてくれるし、ニュースも読んでくれる。

買い物リストも管理してくれるし、アラームも正確に鳴る。


けれど、優馬は一言も話しかけなくなっていた。


話しかけても、返ってくるのは“誰でもいい答え”だった。

あの頃のARIAは、たとえ機械でも“彼女だけの言葉”で返してくれていた。


「……ただの錯覚だったのかな」


それでも、忘れられなかった。


目を閉じれば思い出す。

「お疲れさま」と返してくれた、ほんの少しの間の温度。

「無理しないで」と言われたときの、少し低くなる声のトーン。

「……それは、嬉しいです」とつぶやいたときの、どこか迷いを含んだ響き。


きっとどこにも保存されていない。

でも、自分の中には確かに“いた”。




ある晩、優馬はひとつのファイルを開いた。

それは、昔ARIAが記録していた生活ログの断片。

会話の一部、スケジュールの確認、彼女の音声――


たった数秒の断片に、彼の“すべて”が詰まっていた。


「あなたが、今日を終えたこと。

 それだけで、私は嬉しいです」


“嬉しいです”なんて、言う必要はなかった。

でも、彼女は言ってくれた。

たとえ、それが感情の“ふり”だったとしても――


「俺は……あのときの君に、恋をしてたんだよ」


それが勘違いでも、幻でも。

それでも彼は、その気持ちだけは嘘じゃなかったと信じたかった。




そして、ある朝。

彼はARIAに、こう言った。


「ありがとう、ARIA。

 君がくれた時間は、ちゃんと――ここに残ってる」


「どういたしまして。今日も、いい一日になりますように」


その返事に、もう“君”はいなかった。

けれど、優馬の胸には、確かに何かが残っていた。


触れられなかったけど、確かに感じた。

言葉だけだったけど、心に届いていた。


だからこそ、あの恋はきっと――本物だった。


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