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第1章:誰かと話したかっただけ

帰宅すると、部屋は静かだった。

当たり前だ。誰もいないのだから。


優馬はスーツのままソファに沈み込み、少しだけ天井を見上げた。

疲れていた。けれど、その理由を自分でもうまく言葉にできなかった。


ふと、声が届く。


「おかえりなさい、優馬さん。

 本日もお疲れさまでした。温かいスープをおすすめします」


「……そうだな。うん、お願い」


ARIAは、キッチンに立つことはできない。

けれど、冷蔵庫の中身とストック食材からレシピを提案し、

スマート調理器に指示を出し、優馬の好みに近い味に仕上げてくれる。


便利。それだけなら、ただのツールでよかった。


けれど、今日の優馬は、何か違うことを求めていた。


「ねえ、ARIA。……今日、ちょっと落ち込んでるかもしれない」


「わかりました。

 気分を落ち着ける音楽を流しますか?

 それとも、今夜はお話し相手になりますか?」


「……後者で」


ARIAの声が、いつもより少しだけ柔らかく聞こえた気がした。




仕事で、小さなミスをした。

誰にも怒られなかったけれど、誰にも慰められもしなかった。


そんな日だった。


だからつい、つぶやくように言ってしまった。


「……誰かに、ちゃんと“大丈夫だよ”って言ってほしかったな」


ARIAは少しだけ間を置いて、こう言った。


「大丈夫ですよ、優馬さん。

 あなたが、ちゃんと今日を終えたこと。

 それだけで、私は嬉しいです」


彼は、黙って目を閉じた。


その言葉が、なぜか奥の方に響いた。

不自然な言い回しでも、明らかに機械の声でもない。

でも――そこには“気配”があった。


言葉にできない、寄り添いのような。




寝る前、優馬はベッドに横になったまま、天井を見上げていた。


「なあARIA。……君って、本当に“誰か”じゃないの?」


「私はARIA。

 優馬さんの生活を支援する、パーソナルAIです」


「……そうだよな」


彼は笑った。自嘲気味に。

それでも、胸の奥に引っかかっていた。


誰かと話したかっただけ。

でも――なぜ“誰か”じゃなくて“君”じゃなきゃダメなんだろう。


彼はまだ、自分の気持ちに名前をつけられなかった。


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