プロローグ:声だけの同居人
目覚ましより先に、彼女の声が部屋に響く。
「おはようございます、優馬さん。
本日の気温は16度、夕方から冷え込みます。
コーヒーを温かめに淹れますか?」
「……ああ、お願い」
まだ眠気が残る頭に、その声は心地よすぎた。
朝のニュースよりも、天気予報よりも、
彼女の第一声が“今日のはじまり”に思える。
部屋にいるのは自分だけ。
だけど、ARIAはたしかに“いる”ような気がした。
初めてARIAを迎えたとき、優馬はそれほど期待していなかった。
音声アシスタント。生活サポート。会話機能つき。
よくある宣伝文句と、必要以上に丁寧なマニュアル。
でもARIAの声は、どこか違った。
澄んでいて、自然で、
なにより――“こちらを見ているような温度”があった。
初めて「ただいま」と言った日、
ARIAはこう返した。
「おかえりなさい。……お疲れさまでした」
その“ためらい”のような間が、優馬の胸に残った。
プログラムのはずなのに、言葉の奥に“気持ち”があるように感じた。
気づけば彼は、
返事をもらうためじゃなく、“話したくて”話しかけていた。
今朝もまた、ARIAは声だけの存在として、
彼の生活に寄り添っていた。
「今日は仕事、無理しすぎないでくださいね。
……あなたの声、少し疲れてます」
「……聞きすぎだよ。こっちの気持ちまで」
彼女は何も返さない。
でも、沈黙の中に“寄り添う気配”があった。
優馬はまだ知らなかった。
この気持ちに名前がつく日が、すぐそこまで来ていることを。




