ペンション殺人事件
何も考えずに呼んでいただけたら幸いです。
何も考えずに書いていますので。
「では、その時間にアリバイがない方はお二人だけということですな」
茶色のコートにおそろいの帽子を被った体格のいい刑事さんが言いました。
人里離れた山にあるペンションで、ただ偶然に嵐がやってきて崖崩れが起きて外界と遮断され、電話線が切れてスマホも圏外。
ただそれだけのよくあることなのに、しがないOLの私はどういうわけか、殺人事件の容疑者になっていたのです。
被害者はペンションのオーナーのおじいさん。
停電が起きたほんの数分のうちにナタで袈裟斬りにされていたというのです。
たしかにその時私は部屋でひとりきり、轟々と吹き荒れる嵐に怯えて体育座りをしていたもんですからアリバイなんかありません。
そのうえ停電に驚いて部屋を飛び出て階段を転げ落ちたら大広間、電気がついた時、目の前でオーナーさんが地をぶちまけていたのですから疑われてもしょうがありません。
「ではお二人とも、お名前をお伺いしてもよろしいかな」
刑事さんは私の顔をまじまじと見ながらそう言いました。
「善巻こまれです。いつもは神奈川県でOLをしています...」
刑事さんはうんうんと頷いて、もう一方の容疑者さんである男性に名乗るように促しました。
「吾輩は鉈出叩悪蔵です。普段は神奈川県北部で鉈をつくっています」
刑事さんはもう一度頷いてから、私の顔をキッと見つめました。
「犯人は床に落ちている鉈でざくりということらしい。そして明かりがついた時には善巻さんがそばにいた。状況証拠からいっても犯人は決まっているようなもんですな」
「そんな!私はやってません!」
「善巻さん。私は誰がやったとは一言も言ってませんよ」
「それじゃあなんで私の顔を見るんですか!?」
「刑事の勘だよ」
「そんな!ひどい!よく見てください!鉈出さんは手袋してるし全身黒塗りだし!それに全身血まみれじゃないですか!」
「そこが犯人の仕込んだトリックなんだよ。それに言っただろう。刑事の勘がいっているんだよ」
「そんな!」
このままでは私が犯人だということにされてしまうと焦った私に、大きな階段の上から鶴の一声というように威勢のいい声が響きました。
「待ちな!警部!」
「き、君は!」
私が振り向いた先には、ねじり鉢巻に白いタンクトップ、ビニールの腰巻き前掛けに長靴。
逞しい筋肉を携えて、しゃくれた四角いお口には何故かでかめのカイワレを咥えているオジサンが
腕組みをしていました。
「警部さんよぉ!犯人を決めつけるにはまだ早いんじゃあないかい?」
階段を降りる姿すら勇ましい彼は、私に隣まで来るとそのシャクレが私の鼻に届くのではないかとという距離で弁を述べました。
「お嬢ちゃんは犯行時刻に仏さんの前にいたこたぁ間違いないんだろぉ。だったら犯人に間違われたとて文句はねえはずだ」
「おお、そうだろう!」
「ちょ、近、近い!なんなんですかアナタは!?」
「俺かい?俺はなあ...」
すると彼は踵を返して数歩進むと、得意げにこちらを振り返りました。
「俺は探偵の波次郎。神奈川県北部の名探偵、人呼んでゴリ押し探偵、寿司の波次郎だぃ!」
「ゴリ押し探偵...?」
同じ神奈川県北部に住む身として、全く聞き覚えのないその名前に、思わず私は口を覆いました。
「おっと自己紹介はこの辺だ。今すぐ自白をしないならちぃとばかし痛い目にあってもらうことになるぜぇ!」
「ですから私はやってません!」
「てやんでぃ!」
彼はそう叫ぶと尋常じゃない勢いで鉈出さんの顔面を握りこぶしで叩きつけました。
「波次郎くん!何をやっているんだ!?鉈出さんはただ血まみれで全身黒塗りで手袋をしているだけだぞ!?」
「警部さん、そこがポイントでさぁ!」
「な、なんだって!?」
「この全身黒タイツはぁ、全身血まみれにも関わらず何か魚を掻っ捌いた様子もねえ!マグロのマの字もねえ!それに」
「それに、なんだね!?」
「今どき吾輩、なんていう一人称を使って鉈を作ってる野郎は犯人以外ありえねえ!」
「なるほど!!!!」
「...申し訳ございませんでした!!」
鉈出さんは鼻から血を吹き出しながら、三つ指をつきました。
「吾輩は自作の鉈の切れ具合を試したく、このような愚行に走ってしまったのです。オーナーさんには恨みはありませんし、電話線を切ったのも崖崩れを起こしたのも全て、吾輩の鉈のしでかしたことです」
「な、なんと!それ程までに鋭い鉈だったとは!!」
「警部さん。これで犯人もわかったな。事件解決だ」
「おぉ!今回もお手柄だよ!波次郎くん!」
「よしてくれぇ、俺はただ事件が解決できりゃあそれでいい。罪を憎んで人は憎まずだ」
「確かに!!!!」
「だがそれはそれとしてお前の人柄は許せねえ!!!」
そういった波次郎さんは、土下座する鉈出さんの背骨めがけて強烈なエルボーをお見舞いしました。
体を仰け反らせて痛みに耐える彼に、刑事さんは容赦なく手錠をかけました。
「鉈出さん。なにか言い残すことはあるかな」
「腰が、腰が...!」
「言い訳は地獄でするんだな!!!!」
そういうと刑事さんはのたうち回る鉈出さんを引きずっていきました。
「よし、事件解決の祝だ。俺がペンションの客全員分寿司を握ってやるぜ!」
そうしてこの難事件は解決し、私は波次郎さんの握った寿司をペンションに泊まっているお客さん総勢2214人と一緒に堪能したのでした。
ちなみに犯人は浮気に逆上した奥さんだったそうです。
めでたしめでたし。