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第二章 迷いの森


「はじまりの村」を後にしてから数日が経過した。

リズとベルは、次の目的地へと向かう途中、村の大人たちが「決して近づくな」と言い聞かせていた「迷いの森」へと足を踏み入れることになった。

この森を抜けなければ、次の目的地にたどり着くことはできない。

幼い頃から耳にしていた恐ろしい噂の数々――不気味な霧や迷わせる木々、森の奥に潜む魔女――それらがリズの心に不安を植え付けていた。


「本当にここを通るしかないのかな…?」


リズは、ベルに問いかけるように呟いた。しかし、ベルは答えることなく、尻尾を少し揺らして前を見つめている。

彼女の隣を歩く黒猫のベルは、リズが母を失った頃からずっとそばにいてくれた。いつも冷静で、リズの不安を和らげてくれる存在だ。

そんなベルの姿に勇気づけられ、リズは深呼吸をし、森の中へと一歩踏み出した。


森の入り口は、まるで別の世界に繋がっているかのように暗く、周囲は薄暗い霧に包まれていた。

背の高い木々が空を覆い、太陽の光がほとんど差し込まない。森の奥へ進むほど空気は重たくなり、リズの心に微かな不安が広がっていく。

木々の枝が風に揺れ、かすかな囁き声のような音が彼女の耳に届くたびに、彼女は思わず身を震わせた。


「あの噂は本当だったのかな…?」


リズは村で聞いた噂話を思い出していた。

迷いの森には人を迷わせる力を持つ精霊や、悪い子供を捕まえる恐ろしい魔女が住んでいるという話だ。

そんな噂がリズの心の中で不安を大きくさせる。しかし、彼女には後戻りする選択肢はなかった。


ベルは足元で小さな声を上げ、リズを見上げる。

リズは少しだけ微笑み、ベルの頭を優しく撫でた。


「大丈夫だよベル。私たちならきっと抜けられるよ」


そう言いながら、リズは自分に言い聞かせるように前を見つめた。


しばらく進むと霧が一層濃くなり、周囲の景色がぼんやりと揺らめき始めた。

リズは目を細め、足元を慎重に確かめながら歩く。

森の中は静かで、不気味なほどに音がなく、時折カラスの鳴き声が霧の向こうから響いてくる。

どの方向を見ても同じような木々が続き、まるで森自体がリズとベルを迷わせようとしているかのようだった。


「ベル、気をつけて。迷わないようにしないと…」


リズはベルに向けて呟いたが、自分自身に言い聞かせているようでもあった。

彼女は小さな石を拾い、進むたびに後ろに投げて目印にした。これが唯一の道標だと信じて、リズは慎重に歩みを進める。


すると突然、霧の中に影が見えた。

彼女たちは警戒をしながら"それ"を凝視しながらゆっくり近づいていくと、どうやら古びた建物のようだった。いや、一軒の洋館、とでもいうべきか。

蔦が絡まり、屋根や壁は長い年月を感じさせるように苔に覆われている。

館の周りには人の気配はなく、まるで長い間放置されていたかのような雰囲気を醸し出していた。


「何だろう、あの館…?」


リズはベルを抱き寄せ、ゆっくりと館へと近づいた。

扉は重厚で、何かが彫り込まれた古代の文字が浮き彫りになっていた。

リズが恐る恐る扉に手をかけた瞬間、ギィ…と音を立てて扉が自動的に開いた。


「開いてる…?」


リズは少し驚きながらも、館の中に恐る恐る足を踏み入れた。

そこは薄暗く、冷たい空気が漂っている。廊下には古い絵画や壊れた家具が散らばっており、しばらく放置されていたのが伺える。

リズとベルが進むたびに、左右の壁に取り付けられた古いランプが一つずつ灯り始め、二人を先へ導くかのように光を放っていた。


「まるで誰かが待っているみたい…」


リズは呟き、少し足を早めた。

館の奥へ進むと、やがて一つの大きな部屋の前にたどり着いた。扉には何かの紋章が刻まれていたが、その意味はリズには分からなかった。

彼女は躊躇しながらも、扉をゆっくりと開けた。

軋む扉を抜けた先、薄暗い部屋の中央には大きな暖炉があった。その前には一人の老婆が椅子に腰を掛けている。

彼女は長い白髪を垂らし、痩せこけた顔でリズをじっと見つめていた。周囲には古びた本や魔法道具が散らばっており、彼女の背後には大きな棚が並んでいる。

老婆はリズに向かって、しわがれた声で言った。


「こんなところに何の用だい…?」


リズはその声に驚き、思わず後ずさった。

ベルも警戒心を露わにし、毛を逆立てていた。


「私たち…この森を抜けたいんです。でも…どうしても道が見つからなくて…」


リズは勇気を振り絞って答えた。

声が震えている。こんなことではだめだ。まだ旅は始まったばかりなのに。

そう思案するリズを老婆はしばらく見つめた後、静かにため息をついた。


「あんたたちが迷い込むなんて珍しいね。ここは誰も訪れない場所だよ。さあ、早く立ち去るんだ。でないと…食っちまうよ…」


老婆はそう言い放ち、杖を手にした。


リズは驚き、村で聞いた噂を思い出した。"迷いの森には悪い子供を食べてしまう魔女がいる"と。

恐怖が彼女の体を支配し、足が震えた。

しかし、老婆の目には何か違和感があった。その瞳の奥に、どこか悲しげな優しさが垣間見えたのだ。


「…でも、あなたは本当に人を食べるんですか?」


リズは勇気を出して尋ねた。


老婆は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、乾いた笑い声を上げた。


「バカだね、そんなことするわけないじゃないか。人を傷つけたこともないさ。でも、みんな私を恐れて近づこうとしないんだよ…まあ、その方が私にとっては都合がいいんだけどね」


老婆はそう言いながら、リズに向けて小さな笑みを浮かべた。

リズは老婆の言葉に驚きながらも、どこか安心感を覚えた。

彼女が思い描いていた恐ろしい魔女ではなく、ただ孤独に生きる人間だったのだ。

老婆は椅子に座りながら、杖を片手にかざしてリズとベルを見つめた。


「ここに来る人間なんて滅多にいない。あんたたちはなぜ、こんなところまで来たんだい?」


老婆の声はどこか好奇心を帯びていた。


「私は…村を出て旅に出たんです。母のことを知りたくて…そして母のような立派な魔女になりたくて」


リズはそう言いながら老婆に目を向けると、彼女の表情が少し柔らかくなったように見えた。


「ふん、立派な魔女になりたいってのか…」


老婆は杖を軽く回し、リズをじっと見つめた。


「それなら、まずはこの森を抜ける試練を超えなきゃならないね。この迷いの森には、昔から強力な魔法の結界が張られている。外から来た者が簡単に抜け出せないようになっているんだよ。」


リズは驚いて目を見開いた。


「だから…私たちは迷っていたんですね。でも、どうやったら抜けられるんですか?」


老婆は少し笑いながら、近くの棚から古びた本を取り出した。


「森の出口を知っている者は少ないが、私はその一人だ。この本には森を抜けるための道が書かれている。だが、道を知るだけではダメだ。心の中で真実を見つめる必要があるんだよ」

「真実…?」


リズはその言葉の意味を理解できず、老婆に聞き返した。


「そうさ。森の結界は、外から来た者の心を迷わせる魔法だ。もし自分自身を信じることができなければ、どれだけ道を知っていても森の中で永遠に迷い続けることになる」


老婆は静かに本をリズに差し出した。

リズは本を受け取りそのページをめくると、古代の文字や地図が描かれていた。

森の中には幾つかの道があり、どれも似たように見えるが、出口にたどり着くためには"心の声を信じること"が必要だと書かれていた。


「心の声を信じる…」


リズはその言葉を反芻し、目を閉じて考えた。

母がよく言っていた「自分を信じなさい」という言葉が頭に浮かぶ。自分を信じることができれば、どんな困難でも乗り越えられる――それが母の教えだった。

老婆はリズの様子を見守りながら穏やかに言った。


「さあお行き。道はお前の心の中にあるんだ」


リズは深呼吸をし、本を手に立ち上がった。


「ありがとうございます、お婆さん。必ず森を抜けてみせます!」


ベルもリズの足元で静かに鳴き声を上げ、二人は老婆に踵を返す。

薄暗い廊下を再び抜け、館を後にした。


森の中は依然として霧に包まれていたが、リズの心は不思議と落ち着いていた。

"心の声を信じる"リズは再びその言葉を胸に刻み、ベルと共に前へ進んだ。

迷いの森は彼女たちを惑わせるために、次々と似たような景色を作り出している。木々の配置が微妙に変わり、足元の土の感触がいつの間にか柔らかくなったり、また固くなったりする。


「ベル、こっちに行こう」


リズは心の中で感じた直感に従って道を選び始めた。

不安はまだ完全に消えてはいないが、それでも母の言葉を思い出しながら一歩ずつ進んでいく。


屋敷を出てからどれくらいの時間が経っただろうか。

老婆に渡されたヒントをもとに歩き続けていると霧が少しだけ薄くなってきていることに気づく。

木々の間からかすかな光が差し込み始め、リズは目を細めてその光を見つめる。


「出口が…見えてきた…!」


彼女の声にベルも興奮したように跳びはねる。

森の出口。彼女たちはようやく辿り着いた。

背後にはまだ不気味な森が広がっているが、前方には広大な平原が広がっていた。

柔らかい風が彼女たちの髪を撫で、心地よい解放感がリズの胸に広がる。


「私たち、抜け出せたんだね…!」


リズはベルを抱きしめ、安堵の笑みを浮かべた。

広がる青空と穏やかな風が、まるで彼女たちを祝福しているかのようだった。

迷いの森を抜け出した達成感が胸に満ち、心の中に確かな成長を感じていた。


「これが…私たちの第一歩だね、ベル」


リズは静かに呟いた。

ベルは軽く尻尾を振り、リズに応えるように優しく鳴いた。

森の中で感じた不安や恐れは、今はもう遠い過去のように思えた。

自分を信じて進んだことで、少しだけ母親に近づけた気がする。

それは小さな一歩かもしれないが、確実にリズの中で何かが変わった。


リズは一度大きく深呼吸をし、次の目的地に向かうため、もう一度ベルを見つめて微笑んだ。


「まだまだこれからだよ、ベル。私たちにはもっと大きな冒険が待っているんだ」


風が彼女たちの背中を押すように吹き、リズは再び歩き出した。

目の前には広がる世界。母の真実を知るため、そして自分自身の未来を切り拓くための冒険が、これから本格的に始まる。


ふと、リズは振り返った。そこにはもう霧に包まれた森はない。

ただ静かに見守るかのように、木々がそよ風に揺れていた。


「ありがとう…」


リズは心の中で森に別れを告げた。そして、もう振り返ることなく、彼女たちは次の冒険へと歩みを進めた。


『巡りの世界と見習い魔女の旅』 第二章 "迷いの森"

https://youtu.be/-9a4OuubqUs

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