私が悪魔の子ですか? だから何をしてもいい、と? バカですか?
若干グロい&残酷な描写があるかもです。
学園の渡り廊下を歩いていると、誰かの視線が刺さり、ひそひそと話し声が聞こえる。
いつものことながら、気分が悪い。
私の髪と目が黒いのが、そんなにおかしいのか。
明るい金の髪と蒼い目が主流の我が国で、黒い髪と目が珍しいのはわかる。
それで好奇の視線を向けられるくらいは仕方ないと思うけれど、この視線も噂話もそういうものじゃない。
私は、呪われた悪魔の子だそうだ。
根拠は、髪と目の色だけ。馬鹿馬鹿しい。
黒は、そんなに忌まわしい色なのか。
私には、居場所がない。
家にも、学園にも、私が心を許せる相手などいはしない。
お母様は、私を産んだ後、亡くなったそうだ。
だから、私はお母様の顔を肖像画でしか見たことがない。
お父様もお兄様もお姉様も、私が産まれてきたせいでお母様が亡くなったと思っている。
特に、3つ上のお姉様は、お母様が息を引き取った時のことをよく憶えているようで、私を憎んでいる。
4人が揃う夕食では、私はいないかのように扱われる。
同じ食事が並んでいるだけ幸せなのかもしれないが。
幼い頃は、それでもお父様の目に映りたいと色々とアピールしてみたが、冷たい目で見下ろされて終わりだった。
今は、学園の成績を持って行った時だけ会話をしてもらえるようにはなった。
「今回は7位でした」
「前回より1つ上がったか、よくやった。
次は5位を目指せ」
「かしこまりました」
とても親子の会話とは思えないような事務的なものだが、席次が上がれば「よくやった」、下がれば「何をやっている」と、私に対しての言葉がもらえる。
お兄様は、私とは一言も口を利かないし、お姉様は私を責める言葉しか吐かない。
「お母様が亡くなったのは、お前のせいよ! お母様を返して!」
と。
使用人達も、私の立場というものをよくわかっていて、最低限しか関わってこない。
部屋の掃除などしてもらえるだけマシと言えるかもしれない。
お父様からも、以前は私をいないもののように扱われていたけれど、私が学園に入学して最初の試験で10位になったことで、使える駒として認識されたらしい。
「良い成績を修めたようだな。よくやった」と褒められたのは、物心ついてから初めてもらった言葉だったと思う。
どうやら、お姉様はさほど成績がよくなかったらしく、お父様は私を“成績優秀な娘”として利用する道を探し始めたらしい。
お陰で、成績についてだけは気にしてもらえるようになった。
嬉しいかと言われれば、さほど嬉しくもないけれど。
ただ、そのことで、お姉様からは更に目の敵にされるようになった。
お姉様にしてみれば、お父様が私に目を掛けるようになったと見えたのだろう。
それでなくても憎い私が、自分よりもいい成績を取り、お父様から有用な存在として扱われるようになったのだから。
お父様の真意がどうであるかなど、お姉様には関係ないのだろう。道具として有用であるということは、そんなに嬉しいのだろうか。
自分もいい成績を取れば駒として見てもらえるのだから、私に文句を言っている暇があるなら勉強すればいいのに、と思わないでもない。
お父様がどう動いたのかは知らないけれど、私は第三王子殿下の婚約者に抜擢された。
第三王子殿下は、王太子争いに関わることなく、臣籍降下して侯爵家を興すことになると言われている。
公爵家の次女である私であれば妻として問題ない、ということらしい。
あまりいい噂が聞こえてこない方で、それだけにお相手探しが難航しているという話だったから、私に殿下の補佐をさせることでお父様が影響力を持つという狙いだろうか。
いずれ、王家とお父様の血を受け継いだ者が家を継ぐことになるわけだし、私の使い途としては十分過ぎる効果だろう。
私としては、拒否権など最初からないのだし、仰せのとおりいかようにも、と答えるしかない。
家から出られるのだけは、大きな利点と言えるだろうか。
もっとも、私以外にとっては、殿下の婚約者という立場は、かなり魅力的なものだったようだ。
考えてみれば、王族に嫁いで侯爵家の始祖となる──跡取娘でない令嬢にとっては、自分より立場が上なのは殿下だけというのは、得がたいものだろう。
だからといって、それで私に辞退を迫るというのは、あまりに愚かだ。
この縁談を調えたのが公爵だということがわかっているのだろうか。
私を排除したいなら、私を亡き者にするしかないのだけど。
なるほど。
殺さなくても、排除する方法があったか。
令嬢としての立場を社会的に殺すという方法が。
傷物になれば、貴族としての結婚は難しいだろう。
さすがにお父様も、傷物になった娘を王子に嫁がせるわけにはいかない。
怒り狂ったお父様の報復をバカどもが受ける未来しか見えないけれど。
「ありがたく思えよ。お前みたいな悪魔の娘を抱いてやろうなんて親切な男、そうそういないからな」
呼び出されて喫茶室を訪れてみれば、下卑た笑みを浮かべた男が10人ほど。
女ひとりに、よくもまあ10人も揃えたものだ。
私が部屋に入った時ドアに鍵を掛けた音がしたし、ドアの外にも見張りがついているようだ。
10人で嬲ろうというわけか。…いい趣味をお持ちの方々だ。
よだれを垂らさんばかりに欲に濁った目で見つめてくる男達に、言い放つ。
「悪魔の娘の相手をしてくださるの?
では、お言葉に甘えて相手していただこうかしら。
今更嫌とは言わせませんよ?」
「けっ! 余裕のつもりか?」
私につかみかかってきた男の手が、私に触れたところから消えた。
「え!?」
断面を見せる腕を眺めて、男は間の抜けた声を上げた。
それは驚くだろう、腕がなくなったのに血が出ないのだから。
そのまま私が男に向かって進むと、男は顎から上──私の身長より高いところ──だけ残して消えた。
床に落ちた頭を踏めば、それもまた消え。
「悪魔だ!」
男達がドアに殺到するが、鍵が掛かっているから当然逃げられない。
「何を今更。悪魔の娘の相手をしてくれるのでしょう?」
男達に近付いて手を振れば触れたところが消え、ボトボトと男達だったものが積み重なっていく。
私を「悪魔の娘」と呼びながら、実はそうではないと信じていた愚か者達。
本当に悪魔の娘だったらどうしようとか思わなかったのだろうか。
違うと思っているからこそ、バカにできる。
私がその気なら、存在そのものがなくなるのに。
私が何者なのか、私もわからない。ただ、消そうと思って触れたものは全て消えてしまう。何かを介して触れてもいい。どういう仕組みかはわからないけれど。
気付いたのは、お姉様が投げたグラスが顔に当たったと思った瞬間消えた時。
お姉様は外れたと思ったようだけど、私にはグラスが消えるのが感じられた。
さて、ドアの外の連中が残ると面倒だ。
私は、ドアの脇の壁を通り抜けて廊下に出た。
案の定、そこには男が立っていたらしく、頭だけが落ちる。
もう1人立っていた男の頭をなでてやると、鼻から上がなくなって倒れた。
壁に開いた穴はどうしようか。
鼻から下だけ残った男の体を穴に当てはめる。
か弱い私でも男1人持ち上げるくらいはたやすい。
穴と形が合わないところは、男の体が触れた部分の壁を消してはめ込んだ。
うん、ぴったり。
落ちていた頭を蹴飛ばして消し、私は喫茶室を後にした。
後日、一部学生が行方不明になり、喫茶室から肉塊が発見されて騒ぎになった。
鍵が見当たらなくて、ドアを開けるのに苦労したらしい。
そいつらがどうして喫茶室にいたのか、何があったのか、騎士が派遣されて調査に当たったが、謎のままだった。
この騒ぎで気を病んで退学した学生が何人かいたそうだ。
別に、私を責めるのも馬鹿にするのも構わない。
私は貴族の娘だし、嫁げと言われたところに嫁ぐだけだ。
夫の子を産むのも義務だし、否やはない。
お母様が亡くなったのが私のせいだと責められても、反論する気はない。違うという根拠もないし、お母様が亡くなってお兄様やお姉様が悲しい思いをしたのは事実だ。
でも、いわれのない悪意を受けてやる気はない。
相手が私に害意を持つなら、害意をもって対するだけだ。
この前の大雨の日に、どこかの子爵の屋敷が更地になって家人も使用人も行方不明らしいが、きっとそれなりの理由があるのだろう。
さて、とにかく次の試験に向けて勉強しなければ。
席次を上げるのは、大変なのだ。