O₂
0.
どうやって息をしていたかも忘れた。
暗い部屋の浴槽で、沈んでいく。
世界が放される。
ぬるくて、風邪を引いてしまいそうだ。
プールの方が冷たいのに、何故そっちでは生きていられるのか。
温もりがあるからだ。
ボールがあって、水鉄砲があるからだ。
アヒルでは、手桶では、心もとないのだ。
肺いっぱいに満たしても泡に置換されすぐ消える。
それを幸せと置換する。それを愛と置換する。
いくらあっても足りない。
酸素ボンベがほしい。
息つぎの機会ももうないから。
1.
静謐な絶望に監視されている。
声を上げて泣いても何も変わらないことが、
安らぎのようで、すべての原因でもあるような気がした。
存在証明と簡単に並べられた文字列を、
そんなの心配しなくていい人達が歌っている。
どれだけ切実な問題かも知らないで。
「壊そうか」
穏やかに笑むあの娘は、陰った眼だけが輝いていた。
恐ろしいものほど綺麗だ。
きらめきに絆された約束を信じてはいけない。
教訓というか、それがあなたとの約束だった。
世界の終わりを助長させたのはそれだから。
終わった世界に人が溢れる。
こんなにいるのに、自分に利益のない赤信号は決して渡ろうとしない。
「まだいいよ」
期待なんて見苦しかった。
未練なんてくだらなかった。
あなたと二人で、ここにいる方が余程いいのだ。
なのに、どうしてだろう。
2.
「苦しいのはあなただよ」
シニカルに笑むあの娘は、世界のすべてを拒絶した。
今も破壊衝動を抑えている。
優しいから。
頭蓋の骨を拾う時、人々はやっと私を愛してくれるのだろうか。
あ、また期待だ。
目の前の存在に申し訳なくなった。
私には既にあなたがいるのにね。
桐の箱の中では、もうあなたはいないのだろう。
あなた以外の証人が、ほしいのかもしれない。
それは確信に近かった。
でなければ最初から海に行くだろうから。
あなたが好きな場所。
3.
「苦しいのはあなただよ」
日に日に増える薬が、私に死を想起させた。
終わった世界で、人に塗れて、触れ合わないで、青信号が点滅しても駆け込む人はいなかった。
どうしてなんだろう。
分かるけれど、目を背けて羨望にも似た疑問の文字列を紡ぐ。
臍の緒に繋がれたままならあなたなんかいらなかったのだ。
でも私はあなたが好きだ。
私は私を嫌いだけれど、あなたのことは好きなんだ。
「壊して」
壊して、壊して、壊して。
壊された報復。敵は世界。見放したのは私以外。
「……壊して。もういいよ」
「わかった」
了承の一言。
本当はそのままあなたに殺されたいけど、あなたはたぶんそれを許さない。
私が陳腐だと言ったその理由で、あなたは私を守っている。
だから好きなんだ。たぶん。
00.
めちゃくちゃになった世界でも、虚しく信号が灯る。
その灯りを頼りにして、あなたと私が夜を歩いた。
遍在するあなたを偏在させたい。
そうしてそこにあなたが生まれた。
私に必要なのは、話し相手だった。
触れ合う存在だった。
応え、通じ合う。応通。
それだけ。