87 正月休みがやって来る。
クリスマスが終わってから数日が経過した。
人生初の彼女ができたという喜びに浸っている間もなく、慌ただしく年末がやって来る。
佐川家の年末はいつも、両親が二人きりで旅行することになっている。今年も両親は他県へ出かけて行ってしまい、俺は一人で正月を過ごすはずだった。
……だが。
「私、お正月は誠哉と一緒がいいな。そうだ、ダニエラさんとか伊湾さんも誘ってさ、楽しい正月パーティーにしようよ」
明希が急にそんなことを言い出した。
「え、でも明希の家は正月、色々忙しいんだろ。どこかのお偉いさんのパーティーに行くとか……」
「今年は私は行かないって言っておいたんだ。だって彼氏ができたんだよ? 正月デート、したいじゃん」
「ならなんで他の奴らも誘うんだよ。二人きりでもいいだろ」
「ワイワイやった後に、こっそり二人で出かけるの。元旦は混みそうだから元日の午後に初詣デートなんてどう?」
明希はテキパキと予定を決めていくと、最後に「お正月にはおせちでしょ。誠哉お願いね」と勝手なことを言う。
……いつも一人正月を過ごしていた俺が、おせちなどという七面倒くさいものを作ったことがあるとでも思っているのだろうか。
でも明希の――彼女の頼みだ。かなえてやらないわけにはいかなかった。
しかし俺一人で作るには時間的余裕が足りないし、作れる自信もあまりないので。
「塁に頼むしかない、か」
俺はため息混じりに呟き、彼へ協力を仰ぎに行くことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようやく僕への敗北を認めてくれたのかい。貴方のおかげでやっと長年の恋心が成就しそうだ。そこの部分は感謝しているよ」
嘲るような笑顔で俺を出迎えた塁は、真っ先に嫌味をぶつけてきた。
ダニエラを選ばなかったお前はセンスがない――そうとでも言いたいのだろう。
なんとでも言えばいいさと俺は思う。ダニエラへの未練がまるでないとは言えない。それでも、明希は俺の自慢の彼女なのだから。
「――もうすぐ新年だ。正月っていうイベントがあるのは知ってるか?」
「ああ、もちろん。貴方の体に入った時に知識の大半は入手済みだからね。そのような行事のことも覚えているさ」
「なら、単刀直入に言う。おせちを一緒に作ってほしい。俺も作り方をろくに知らないんだ」
塁は緑色の瞳を細めた。
「……それは異世界人の僕に頼むことなのかな?」
「料理ができるのはお前くらいしかいないだろ。頼む。ダニエラも招くから」
「わかった。それでダニエラ嬢を喜ばせられるなら、僕も協力しよう」
ダニエラの名前を出せばコロッと味方になる。それが塁ことルイス王子の扱いやすいところだ。
などと思いながら俺は、改めてルイス王子をジロジロと見た。
金髪緑眼の美男。俺より背は低く、まだ年端のゆかぬ少年という印象だが、やはり溢れる気品がすごい。
彼の方がよほど、ダニエラを幸せにできるだろう。
たとえ人のことを考えない迷惑な男であったとしても、俺なんかよりはずっと釣り合いがとれるだろうから。
――ああ、でもやっぱり渡したくないな。
そんな風に思ってしまう俺は、彼女ができて情けなく優柔不断なところは変わっていなかった。
塁を家に招いたのは初めてだ。
貧素な家だと散々馬鹿にされるのを無視し、スーパーで買ってきたおせちで使えそうな食材をありったけ広げれば、早速料理開始である。
と言っても俺はおせちの作り方なんて一切知らない。
頼れるのはスマホ検索で出ていたサイトに載っているレシピ。それだけである。
「正月パーティーに招くのは明希にダニエラに塁にイワンにサキに……おそらくはグレゴリー王子とコニーも来るだろうな。ってことは俺の分も考えて八人分か」
八人分というととんでもない量だ。
「まずは栗きんとんとゴマメあたりから作るらしいな。塁、ゴマメの方を頼めるか」
「ああ……この田作りというやつだね。これくらいなら簡単さ」
そんな風に、俺と塁はおせち料理を作って行った。
普通、おせち料理は三日ほどで作るから、急ピッチもいいところである。大晦日の夜まで続いた。
疲れ果てて眠っている間に、年が変わった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そして元旦、初日の出の頃。
「明けましておめでとう!! 誠哉、年越しそば食べた?」
「……寝落ちした」
「ふーん。そっか、おせち作ってくれてたんだね。ありがとう!」
朝一番、鶴が描かれた赤い着物を着込んだ明希は興奮気味に言いながら、俺の家へやって来るなり抱きついて来た。
付き合い始めてから以前よりスキンシップが多くなった。もちろん、嫌ではない。
「明希はやっぱり着物が似合うな」
「可愛いでしょ? だって今日はデートに行くんだもんね!」
そうだった。今日の午後は明希との初デートなのだ、俺もきちんと服装を考えておかなければ。
「ダニエラ嬢を連れて来たよ」
「お邪魔いたしますわ。セイヤとアキ様は新年早々とても仲がよろしいようですわね」
続いて、塁を伴って現れたのはダニエラだった。彼女はいつも通りのワンピース姿だ。
それから、紺色の袴を履いたイワン・セデカンテや着物と間違えて浴衣を着てしまっているサキ、たわわな胸をこれでもかと強調したドレス姿のコニー、渋々といった様子でついてきたらしいグレゴリー王子も来訪し、佐川家は一気にワイワイガヤガヤと騒がしくなった。
「おせち料理と言いますのね。まあっ、セイヤとルイス殿下の手作りですの?」
「うわあ、すっごいお料理。イワン様、一緒に食べましょう! サキがあーんしてあげますっ!」
「グレゴリー様ぁ。わたしたちもあーんしたいですぅ」
「いいな、いいな。誠哉も私にあーんして!」
「恥ずかしいだろ。明希までバカップルどもの真似をしないでくれよ……」
おせちを全員で突っつきながら談笑し、テレビを見て、その後はこたつでダラダラと過ごして。
そんな、ありふれた――異世界人がここにいる大半を占めているということを除いては、であるが――正月休み。でもそれが俺にはとても新鮮で楽しかった。




