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86 負けましたわ。

 ――負けましたわ。


 セイヤの答えを聞いて、ワタクシが思ったのは、それだけでした。


 ワタクシはやれるだけのことを全てやった。

 本日だって、お兄様――ワタクシへの歪な溺愛をやめてから、一方的な絶縁状態をやめましたの――の魔道具で美しいドレスを用意していただき、サキには精一杯めかし込んでいただきました。

 それ以前に、ワタクシはきちんと想いを告げることもいたしましたわ。もっとも、残念ながら口付けだけはできませんでしたけれど。


 アキ様と条件はほぼ同じ。それで負けたなら、ワタクシの力不足ということですわ。

 ――というより、アキ様が強過ぎたと言うべきかしら。


「おめでとうございます、アキ様」


 ワタクシは静かに笑って、彼女を祝福します。

 アキ様は意外そうな顔をしましたけれど、すぐに「ありがとう」と笑ってくださいましたわ。


 さて、これ以上ワタクシがこの場にいるのはセイヤにもアキ様にもお邪魔になってしまいますわね。

 敗者は敗者らしく、美しく去るべきでしょう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 帰り道、雪の降る中で真っ暗な路地を歩きながら、ワタクシは吐息を漏らしておりました。

 もうすぐワタクシの異界での住まいに着くというのに足が鉛のように重いのです。こんな風に感じるのはきっと、初めての恋を失ってしまったからに違いありませんわ。


 しかし帰らない選択肢はございません。

 夜が深まるにつれ気温が下がっており、このまま外にいては凍え死んでしまうほど寒いのですもの。


 どうにか歩き続けていた、その時のことでした。


「どうしたんだい、ダニエラ嬢。こんなところで一人は危ないじゃないか」


「……っ」


 背後から声がして振り向くと、そこにはルイス殿下のお姿がありました。

 彼は、こんなにも寒いのに薄いシャツ一枚で道の上に立っていらっしゃいましたの。


 ずっと尾けられていたのかしら。

 いつもならば腹立たしく思うはずなのに、どうやら今はその元気もないようですわ。


「何でもございませんわ、ルイス殿下。ただ夜の散歩に出ていただけでしてよ」


「噓を吐かないでほしいな。なら教えてくれるかい。貴女がどうしてそんなに震えているのかを」


「寒いからに決まっておりますでしょう。揶揄うのはおやめくださいませ」


 本当に、何のおつもりでしょう。

 まさかワタクシに何か良からぬことをなさるのじゃないかしら。


「行き先で何かあったのなら、僕に話してくれると嬉しい。僕が絶対に解決してみせるよ」


「……できるわけがありませんわ」


 堪えきれず、ワタクシは笑ってしまいました。


「では、失礼いたしますわ」


 よい夜を、とだけ言ってワタクシはその場を立ち去るつもりでした。

 そのつもり、でしたのに。


「あの男と何かあったんだろう」


 ――ワタクシは足を止めないわけには、いかなくなってしまいました。




 それから数分後。


 「外は寒いから」と、半ば強引にルイス殿下の住居に連れ込まれてしまったワタクシは、彼と相対しておりました。


「……もしも先程おっしゃったことが事実として、それをずけずけとおっしゃるのはいかがなものなのでしょう? 乙女心が傷つきますわ」


「それは僕の言葉を肯定することになるのだけど」


「否定したところで、ルイス殿下はなんとしてもワタクシの首を縦に振らせるつもりだったのではありませんの?」


「貴女に僕のことを理解してもらえているようで嬉しいよ」


 まったく、どうして王子殿下というのはどなたも困った方ばかりなのですかしら。


「確かに、ワタクシの想い人は、もう一人を選ばれましたわ。この状況は非常に、あなたにとって好都合でしょうね」


「その通り。セデカンテ侯爵令息もあの男も僕の敵ではなくなった。あとはダニエラ嬢の心を手に入れるだけだ」


「その割には満面の笑みではありませんわね? てっきり大喜びなさると思っておりましたけれど」


 どうせ、ワタクシはルイス殿下のものになるのですわ。

 もしかすると今から押し倒され、ことに及ぶつもりなのかも知れません。けれどワタクシは不思議と、抗う気が起きませんでした。

 ……もうこの身はセイヤに捧げられない。そう思うと、全てがどうでも良くなりましたの。


 さあ、来るなら来なさい。受けて立ちますわ。

 そうして待ち構えていたのですけれど――。


「……当然だろう。好きな(ひと)が哀しそうな顔をしていたら、どんな男でもそうなるさ」


 ルイス殿下は、困ったような顔で言うのです。


 ワタクシはなんと答えて良いものやらわからず、黙り込んでしまいました。


「貴女が傷ついているのは、見ればわかる。それで隠せているつもりなのかな。僕の目を舐めないでほしい」


「……だから、何だと言いますの」


「僕に全てを曝け出してほしい。悲しみ、怒り、悔しさ、妬ましさ。僕はその全てを知り、受け止めてこそ、君の伴侶として相応しい男になれると思うんだ」


 全てを話せ、だなんて。

 なんて馬鹿なことをおっしゃるの、とワタクシは嗤いたい気分になりました。だってそうでしょう。今からワタクシという存在を手に入れられる立場にあるルイス殿下に、わかるはずがありませんのに。


 冷え切っていたはずの心に、ほんの少しばかり熱が戻ってきました。

 怒りという熱が。


「お子様ですわね、殿下は」


 故郷メロンディックなら不敬で処せられていたであろう発言。

 しかしワタクシは手加減などいたしません。


「あなたにワタクシの何が理解できると? 知れると?

 ワタクシがあなたの伴侶に相応しい? そんなはずがございませんわ!! ワタクシはグレゴリー殿下の伴侶となるべく十年かけて励んできた。その努力を蔑ろにされ、しかしワタクシの胸は痛みませんでしたわ。それはセイヤに救われたからです。セイヤがいなければきっと、ワタクシはこの世界では生きてけなかったでしょう。

 なのにそんな殿方を失った。失いましたのよ。そのワタクシの気持ちがルイス殿下に理解できるとでも? 受け止められるとでも? ふざけないでくださいまし。己の恋心のためならば当の相手さえ騙そうとするあなたとワタクシは、違いますのよっ!!」


 ルイス殿下の頬に向かって、手を振り下ろしました。

 手はジンジン痛みましたけれど、とても爽快でしたわ。


 ……言いたいことを言って、すっきりした、はずなのに。

 どうしてとめどなく怒りが湧いてくるのか、ワタクシにはわかりませんでした。


「好き、でしたのよ」


「――ダニエラ嬢」


「セイヤのことが、誰よりも。彼をワタクシのものにしてほしかった。心ゆくまで愛したかった。愛してほしかった!

 十年間、空っぽだったワタクシを満たしてくれたのはセイヤですわ。ルイス殿下、あなたに代わりができまして!? できるわけがございませんわ。いくら有能王子であるあなた様だとしても、絶対に!!!」


「――ダニエラ嬢」


「あなたに、何が!」


 ワタクシは気づくと、頬を真っ赤に腫らしたルイス殿下の腕の中にいましたわ。

 すぐそこにルイス殿下の整った顔があり、そこにワタクシは唾を飛ばしていましたけれど、ふと我に返って彼を見つめた後、次の言葉が紡げなくなってしまいました。


 ルイス殿下は包み込むような、今までに見たことのない柔らかな笑みを浮かべていたのです。


「ダニエラ嬢、僕は貴女の想い人の代わりには絶対になれない。貴女の心を満たすことも、できないかも知れない」


 ルイス殿下は囁きながら、ワタクシを強く抱きしめます。


「でも、貴女を愛している。貴女を幸せにしたいと、誰よりも思っているよ。

 強がらなくていい。無理に飾らなくてもいい。

 ダニエラ嬢の全てを、僕は愛している。たとえどれだけ醜かったとしても。だから――」


 泣きたい時は泣いていいんだ。


 なんて、つまらない言葉。

 なのにワタクシの中の何かがそれで切れてしまって、スカイブルーの双眸から溜め込んでいたものが溢れ出しました。


 ――そういえばワタクシ、セイヤの前では――いいえ、この世界に来る前もずっと、涙なんてどなたにも見せておりませんでしたわね。

 そんなことをぼんやり思いながら、ワタクシは疲れて眠ってしまうまで、せっかくのドレスをぐちゃぐちゃに濡らして泣き続けてしまったのです。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝、ワタクシは気づくとベッドに寝かされていました。

 どうやら眠ってしまった後、ルイス殿下に襲われることはなかったようです。それどころか運んでいただけたなんて。

 そのことに安堵すると共に、ワタクシの胸に芽生えた感情がありましたけれど。


 ワタクシはそれをすぐに認めてやるつもりはございませんでした。

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