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85 モミの木の下で、仲直りとプロポーズを。

「……お待たせ、来たよ」


 幸いなことに、待ち合わせ場所に俺一人だけがポツンと佇むという悲しい事態にはならなかった。

 クリスマスイブの晩、午後七時になって先に姿を見せたのは明希だった。


 今日の彼女は薄ピンクのモコモコジャンパーを着込んでおり、ふんわりしたミニスカートに黒タイツ、暖かそうなマフラーという実に女子らしいコーデだ。

 ……とても可愛かった。


「久しぶり、だな」


「何言ってるの、毎日学校で会ってたじゃん」


「でもこうして喋るのは久しぶりだろ。――来てくれて良かった」


「うん。誠哉からお誘いの手紙が来た時は、驚いちゃった。ラブレターかと思ってドキドキしたけど、まさかダニエラさんも交えてのデートのお誘いだったとはね。

 それでダニエラさんはまだ来てないの?」


「そろそろ来るだろ」


 などと言っている間に、ダニエラも姿を現す。

 彼女はいつになくめかし込んでいる。文化祭の舞台の上で着ていた衣装よりよほど上等と思える、青地に金の刺繍が入ったロングドレスを纏い、いつも下されている青髪は丁寧に編み込まれていた。

 化粧も気合いを入れたに違いない。今の彼女は、大人の色気を放つ美姫だった。


「ごきげんよう。セイヤもアキ様も、先にいらしておりましたのね。お待たせしたかしら」


「いや、大して」


 少々の間見惚れてしまったが、それを隠して俺は答えた。


 ダニエラは美しく微笑むと、俺にそっと手を差し出してくる。


「エスコートを、お願いできますか?」


 俺は一瞬黙って、明希の方を見た。

 明希も当たり前のような顔で俺に手を差し出していた。


 ――仕方ない。


 俺は頷き、両方の手を取った。

 おそらくこれが三人で手繋ぎできる、最後の機会になるだろうから。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 街にはクリスマスソングが響き渡り、あちらこちらの店で赤や緑の飾りが並べられていたりサンタ服の店員が手を振っていたりと、クリスマス一色だった。

 恋人連れや家族連れが多い中、三人で歩く俺たちは少し異質だったと思う。


 まあ、そんなことを気にしているのは俺だけで、両隣の二人ははしゃいでいたが。


「ディナーはどこでいただきますの?」


「えー、早速晩御飯なの? その前にちょっと買い物しようよ。そういえばこの近くにグッズが売ってる店があってね……」


 二人とも緊張感のかけらもない。

 いつも通り過ぎて、なんだか拍子抜けしてしまう。――数週間ぶりの三人での時間は、とても心地良かった。


 明希の行きたい店に軽く寄った後、予約していたレストランで――小遣いでは足りなかったので親に頼んで金を出してもらったのだ――たらふく食べた。

 ダニエラは相変わらず食べっぷりがよく、太らないかと心配になるくらいだ。だが彼女のスレンダーな体型は出会った当初と変わらないのでおそらく大丈夫なのだと思う。


「絶品ですわ!」

「うん、女の子をディナーに誘うなんて誠哉もなかなかやるじゃん。成長ぶりに驚いちゃったよ」


 そんなことを言いながら、二人とも楽しそうだ。

 楽しんでもらえて何より……なのだが、いつまでものんびりしてはいられない。


 俺はもうすぐ、決めなければならないのである。


 目の前で笑っている二人を見て、胸がぎしりと痛んだ。

 どちらかを選べばどちらかが泣くかも知れない。それがわかっているから、今まで決められずに――いいや、決められないふりを、していた。


 でも、今夜こそは。


 俺たちは食事を終え、レストランを出た。

 それからまたぶらぶらとしながら、ゆっくりと目的地へ向かっていく。


「――セイヤ、どこへ向かうつもりですの?」


「ちょっと、な」


 俺は誤魔化した。だが明希にはわかってしまったようで、彼女は小さく呟きながら頷いた。


「そっか、そういうこと」


 そしてそれとほぼ同時に、目的地が見えてきた。

 俺たちは立ち止まり、しばらくそれに見入ってしまう。


 金や銀、ピンクに紫に青まで、眩く光り輝くイルミネーションが丁寧に巻かれたモミの木。

 その高さは二十メートルを優に超えており、写真やら映像を見て想像していたものより遥かに大きくて圧倒される。


 ここが知る人ぞ知る人気スポットということに納得がいった。


「これほどまで素敵な場所が、この世界にはございましたのね。存じ上げませんでしたわ……」

「やっぱ実物はすごいなぁ。思い出の場所にするのはぴったりだね」


 明希の言葉で俺は、我に返る。

 圧倒されている場合ではなかった。ここに俺は、重大な話をしにきたのだ。

 俺は覚悟を決め、両隣に立つ二人に話を聞き出した。


「なあ。ダニエラ、明希」


 二人とも、俺の方を見た。


「――仲直りしないか?」


「え、そこから!?」


 明希は思わずといった様子でツッコんだ。

 単刀直入に言えないのが俺の優柔不断さの表れである。これはとりあえず、大事な話の前置きだ。


「そりゃ、そうだろ。……今まで俺は二人に色々申し訳ないことをしたと思う。ごめん」


「…………」


 束の間押し黙り、俺の方をじろりと見るダニエラ。

 彼女からしてみれば、俺のせいで塁にあれほど絡まれたのだから、そう簡単に許せることではないのかも知れなかった。

 でも――。


「まったく。仕方がございませんわね。その程度のことでいちいち目くじらを立てるワタクシではございません。今夜こうしてお誘いいただいたのですもの、許して差し上げるといたしますわ」


 少々上から目線で許してくれた。

 そして明希も。


「私もダニエラさんと同意見。まあ、今夜はちょっと誠哉のこと見直したし、良しとする!

 それで、本題をお願い。まさか仲直りだけが目的じゃないでしょ?」


 当然である。

 ――そして俺は、言った。


「二人に話したいこととがあるんだ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺の初恋は間違いなくダニエラだった。

 ダニエラは言わずもがな美人だ。そしてなんとも言えない魅力がある。他の男子たちと同じで俺はそれに惹かれ、恋心を抱くようになったのである。


 そして俺が初めて想いを告げられたのは明希だった。

 彼女は普段、地味のように思えるし少し話の通じないところもあるが、意外と常識人だし、可愛い。

 ダニエラなんかと違って、どこにでもいそうな平凡なオタク女子。――でも、俺はそんな明希を、大切に思っている。


 ここしばらくの別離の時間、俺は考えに考え抜いた。

 嘘偽りない、俺自身の本心がどこにあるのかを。そして、わかったことがあった。


「ダニエラが、好きだ。でも……高嶺の花だ。キラキラしていて美しくて、でも決して手の届かない、そんな花。だから、諦めはつく」


 だが。


「明希だけは、無理だった。当たり前みたいに話せなくなって、胸が苦しくなった。明希に見限られるのだけは嫌で……そこで気づいた。とっくのとうに明希に絆されてた、違うな、俺には明希しかいないってことに」


 ダニエラが好きだ。

 その恋心は変わらない。


 今日のダニエラは完璧と言えるほどに美しい。

 それなのに、心から抱きしめたいと思うのは彼女ではなくて。


「ダニエラ、本当に悪い。ダニエラが俺のこと好きって言ってくれて、嬉しかった。夢かと思うくらいに。でも、その気持ちは受け取れない」


 いつの間にか、チラチラと雪が降り出していた。

 これはホワイトクリスマスになるな……などと思いつつ、俺はダニエラの方を見た。


 ダニエラは泣くでも怒るでも、かといって茫然自失の無表情でもなく、静かに笑っていた。


「――明希」


「うん」


「これ。クリスマスプレゼント……なんて言い方をすると、ダニエラに悪いか。プロポーズのプレゼントだ」


 そう言いながら俺が渡したのは、眼鏡だった。


「似合うかと思って。こんなもんで悪い。

 それで夏のあの時の返事だけどさ、さっきも言った通り、俺は明希がいい。――大きくなったら、俺と結婚しよう」


 幼い頃の思い出をなぞるように、言葉を紡ぐ。

 明希ははにかむように笑いながら、頬を赤らめた。


「大きくなったらって……来年で私たち、成人じゃん」


「それもそうだな」


「でもありがとう。私を選んでくれて、嬉しい」


 そう言いながら彼女は眼鏡をつけて見せる。

 控えめな赤の眼鏡は、想像通り明希によく似合っていた。……着物に合うかは、ともかくとして。


 プロポーズの定番である指輪を渡せなかったのは、単に俺の財力が足りないからという理由だった。

 実用的で明希が喜んでくれそうなものを考えた結果、眼鏡になったのである。度数は以前彼女にそれとなく聞いたのだった。


「可愛い?」


「可愛い。俺の自慢の彼女だよ、明希は」




 まるで俺たちを祝福するかのように白い粉雪が舞い踊る。

 ここ、イルミネーションに彩られたモミの木の下は、これから先ずっと思い出の場所になるだろう。


 ――人生初めてプロポーズし、彼女ができた俺の。

 ――長年の想いが叶った明希の。

 ――恋慕っていた俺にフラれた、ダニエラの。

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