81 時を同じくして俺、悪役令嬢に告白される。
「――セイヤ、大事な話がありますの」
こう切り出された時は一体何事かと思った。
ダニエラの住居であるマンションに上がるのは初めてだ。
文化祭からはや十日の十一月中頃。
文化祭の頃は薄寒い程度だったのが一気に冷え込み、手が悴むようになった帰り道でのこと、「ワタクシの部屋へ上がってくださいませんか」とダニエラに誘われ、招かれたのだ。
偶然明希がいなかったので、俺は一人でダニエラの部屋に入ることになった。
メイドのサキが定期的に訪ねてくるおかげか、部屋は必要以上に清潔だった。家具は長机にソファ、天幕付きのベッドなど。まるでホテルのようである。
部屋の中央、そこに置かれたいかにも高級そうなテーブルを挟み、俺と彼女は向かい合っている。
何を言い出すのかと身構えていたところに、冒頭の言葉を告げられたというわけだった。
また何か問題を起こし、今度こそ退学処分になった? そう考えたが、俺はすぐに首を振った。ダニエラがやらかしたという話は最近聞いていない。それに、彼女が悲報を告げる時の表情はしていない気がしたから。
「何だ、話って。わざわざ俺を部屋に連れ込んだってことは、何か――」
「本当に鈍いですのね、セイヤは。アキ様もお連れしないで、二人きりでこうして話す意味。それはたった一つしかないでしょう?」
ダニエラはにっこりと微笑んだ。
「――告白ですわ」
コクハク。
聞かされた瞬間、意味がわからなかった。
たっぷり十秒ほどダニエラの顔をまじまじと見つめてしまっただろうか。
そうして俺はようやく、何を言われたかが少しずつ理解し始めた。
だが、理解と納得は別だった。
「……嘘、だろ?」
「冗談とでも? 心外ですわね」
少し拗ねた様子を見せるダニエラ。
そんな彼女は、美しいだけではなく信じられないくらい可愛らしくて、目が離せなくなってしまう。
思わず見惚れそうになった俺だったが、どうにか気を取り直した。真意を問い詰めなければならないと思ったからだ。
「じゃあ、どういうつもりで」
「お慕いしてしておりますわ。今まで出会ったどんな殿方よりも」
俺の言葉を遮って、ダニエラは言う。
「サガワ・セイヤ様。ワタクシと、婚約してはいただけませんか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あまりにも急過ぎる。
俺が例のメイドカフェで明希に見惚れたからか? 確かにあの日以来、ほんの少しではあるが明希との距離は縮まったから、俺に構ってもらえなくなると思って拗ねた故の行動だろうか。
そうであってほしい。冗談であってほしい。
だってダニエラには、俺から告白するつもりでいたのだ。
優柔不断でグジグジしていたが、いつかは腹を決め、明希かダニエラかを選択するつもりだった。
なのに、どうして彼女から告白されなければならないのだろう。わからない。
けれどダニエラのスカイブルーの瞳は真剣そのもので、そこに嘘偽りがないことは明確で。
――どうやら彼女は、俺のことが好きだったらしい。
惚れられた理由や、いつ頃から好意を持たれていたかは全く不明だ。
だってつい先程まで俺は何も気づいておらず、こちら側のただの片想いだと思っていた。否、今この瞬間だって彼女が「ふざけてみただけですわ」と真顔で言うつもりなのかも知れない、なんて現実逃避をしてしまっている。
それくらい、彼女の言葉は俺にとって信じられないものであった。
でも思い当たる節はあるにはある。
ダニエラは、他の男たちには塩対応な反面、俺にだけは親しく接していた。それは俺が彼女に迫らない――というか迫れないだけなのだが、ともかくそれが理由だろうと思っていたが、好意を持っていたからだとすれば合点がいく。
しかしもう少し段階を踏んでから、という考えがないのだろうか。
ないのだろう。ないからこそ、こんな行動に出たに違いないのだから。
「お返事をいただきたいですわ、セイヤ。
こういうことは早く決断するが吉でしてよ。きっとこの話が漏れてしまえばセデカンテ令息とルイス殿下が許さないに違いありませんわ。その前にきちんと婚約をしておけば安泰だと思いますの」
婚約。ダニエラと、婚約。
そうか。彼女は異世界人の、それも貴族令嬢なのだから『まずは恋人から』という感覚を持っていないのだろう。
ダニエラのような美少女と付き合えるだけではなく婚約までできるなんて、とんでもなく素晴らしいことだ。
俺だって心の底から喜ばしいはずなのに……まるで喉が凍りついてしまったかのように、声が出なくなってしまった。
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