79 恋敵に勝利するために、メイドと手を組みましょう。
「いい加減、我慢なりませんの!!」
「まぁまぁ。ダニエラ様、落ち着いてくださいよぅ。わたしに怒ったって仕方がないじゃないですかぁ」
コニー嬢のお宅を訪ねていたワタクシは、失礼なことに思わずコニー嬢に怒鳴ってしまっていました。
あの波乱のブンカサイから数日。ワタクシは非常に腹を立てておりましたの。
理由は明白。セイヤのアキ様への態度がほんの少し……ほんの少しですけれど、変わったことです。
アキ様はああ見えて女性としての魅力はおありですから、それにセイヤも気づいたのでしょう。
せっかくゼンダ様を追いやって安心していたところでしたのに、とんでもないことですわ。
それでコニー嬢に相談したところ、「ダニエラ様なりにグイグイいってそれなら、仕方がありませんねぇ」と言われてしまったのです。
ワタクシの努力が足りないとでもおっしゃいますのかしら。コニー嬢が悪くないとはわかっていますけれど、少しきつく当たってしまいます。
「どうすればよろしいといいますのよ……。ワタクシは最大限行動しておりますのに」
独り言を呟き、頭を抱えて悩んでいると、ニヤニヤ笑いを浮かべたコニー嬢が言いました。
「本当ですかぁ? ダニエラ様、一つ、忘れてません?」
「――何ですの、ワタクシが忘れていることとは。まさか殿方に自ら求婚する、なんてことはおっしゃいませんわよね」
「そのまさかですよ、ダニエラ様ぁ」
メロンディック王国では、女性から求婚することは望ましくないとされていますわ。
婚約を求めるのも解消するのもよほどの場合でない限り男性が言い出すのが通例です。
「知ってますか? 平民は、女からでも男からでも愛を囁いていいんですよぉ。お貴族様みたいに政略とか思惑とかつまらなことはありませんから。
そしてダニエラ様の想い人は、この世界の庶民。ということはぁ……」
「ワタクシの方から迫っても不快に思われないと?」
「そう! そういうことですよぅ!」
コニー嬢の言わんとしていることは、よくわかりましたわ。
しかしワタクシにはまだ、躊躇いがありました。当然です。ワタクシが今まで受けてきた教育では、そんなことはあってはならないのですから。
けれど――。
「それで本当に、セイヤが……殿方の心が、手に入るというんですのね?」
「ダニエラ様ほど美人な方だったら間違いないですぅ。不安なようならメイドさんにも相談してみたらいいと思いますよぉ!」
「そこまで言うのなら、実践してみてもよろしいかも知れませんわね」
手段は選ばないと、ワタクシ決めましたもの。
ワタクシはコニー嬢に礼を言い、早速サキにこの話をするため彼女の元へ向かうことにいたしました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サキはメイドとはいえ、元令嬢。
この計画に反対するかも知れないと思っていたのですが。
「いいと思いますっ!」
即答でしたわ。
「ダニエラ様のためなら、サキ、協力させていただきます。
この世界では身分違いの恋だって許されるんですから。好きなだけ、恋して愛してキスすればいいじゃないですか! 応援しますよっ!」
「本当ですの?」
「はい、もちろんです。
実は……ですね。サキも、想いを告げようと思ってた人がいるんです」
サキははにかむように笑って言いました。
それだけでワタクシは、今彼女が脳裏に思い描いているであろう人物がわかりましたわ。
「お兄様ですのね」
「……やっぱりわかってましたか」
「ええ、それはもちろん」
イワン・セデカンテ。
ワタクシにとってはどうしようもなく鬱陶しくて手に負えない困った人物ですが、サキにとっては命の恩人。
サキが彼に想いを寄せていることは、この世界にやって来る以前から明白でしたわ。
「ダニエラ様。イワン様のことは、サキが止めます。ですからその間にセイヤ様に告白しちゃってください」
「なるほど。確かに厄介な彼を足止めしてくださるのは助かりますから、サキの提案には賛成ですわ。
ですが、ワタクシはともかく、あなたに勝算があるとでも思っておりますの? セデカンテ令息はワタクシに首ったけですのよ」
今まで一体何人の令嬢が彼の前で泣きぬれたかわかりません。
サキだってそれを知っているはずですのに。
「でも、なんだかサキにだけ、優しい気がするんです。
もちろんイワン様が愛していらっしゃるのはダニエラ様だけでしょう。でもサキだけ、なんというか……」
「それはあなたに向けられているものでは、ありませんわ」
非情だと自覚しつつ、ワタクシは断言しました。
「そして彼がワタクシを愛しているというのも誤り。あれはただの、依存でしてよ」
「え……?」
「イワン・セデカンテにかつて婚約者がいたのはご存知かしら?
――サリア・ルーダリア嬢。ルーダリア伯爵家の令嬢であった彼女を、お兄様は今でも忘れられないでいるのですわ」
ワタクシの計画に協力させるなら、話さないわけにはいかないでしょうね。
ワタクシは小さくため息を吐くと、長話を始めたのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「サリア嬢はイワン・セデカンテの婚約者。いずれセデカンテ家の夫人となるはずの女性でしたわ。
柔らかい茶髪が綺麗で、丸い灰色の瞳が愛らしい方でした。
顔立ちは美人というほどではございませんでしたけれど、お兄様は彼女を心から好いていらっしゃいましたの。愛していたのですわ。
彼らは五歳からの幼馴染だったそうです。ワタクシが生まれる前から一緒だったのですから、当然ですわね。
『サリア』
『イワン様』
何を喋るでもなく、微笑み合いながら過ごすだけのお茶会。
ワタクシはそれを遠くから眺め、時に同席しては、幼いながらに大層羨ましく思ったものです。いつかあのような仲の良い婚約者ができればいいな、と。
実際はグレゴリー殿下と婚約し、十年間尽くしたにも関わらず婚約破棄されることになるのですけれど。
――ともかく、お兄様たちはとても幸せそうでしたわ。
そんな平和が崩れたのはワタクシがまだたったの五歳、お兄様とサリア嬢が十三歳の時の話。
お兄様に横恋慕した子爵令嬢がサリア嬢をとある夜会の際、階段から突き落とすという事件が起こりましたの。
サリア嬢は打ちどころが悪く、一日中苦しんだのちに死亡。子爵令嬢は厳しく罰せられたものの、愛する婚約者を失ったお兄様の心の傷はあまりにも深いものでしたわ。
それから一年ほど、お兄様は心神喪失の状態になりました。
誰が話しかけても全く答えず、俯くだけのお兄様。そんなお兄様を励まそうとワタクシは色々と考えたものです。
そしてそれはある日突然でしたわ。
『……ダニエラ』
お兄様が、一年以上喋らなかったお兄様が、ワタクシの名を呼んだのです。
それからお兄様は人が変わったように……いいえ、事実変わったのです。お兄様は人が変わられました。
サリア嬢が亡くなる前は普通に妹として可愛がっていたワタクシを異常なほどに愛するようになりましたの。サリア嬢への情をワタクシへ向けたのですわ。しかし残念ながらそれは愛でも何でもなく、ただの執着でしたけれど。
『ダニエラは私が守る』
そんな風に言い始めたお兄様が、ワタクシはなんだか薄気味が悪くて。
その頃からですわ、ワタクシが大好きだった彼を嫌うようになったのは。
そしてその数年後に、サリア嬢の遠い親戚であった、髪と目の色、そして顔立ちがよく似たサキを見つけ、保護したというわけです。
ですが同じなのは容姿のみ。喋り方も、一つ一つの仕草もまるでサリア嬢とは違いましたわ。
故にサキにサリア嬢を投影することは不可能で、そこまで固執はしなかったのでしょう。ただ、放置しておくことはできなかったようですわね。
ですからもしもサキがお兄様に想いを告げたところで、お兄様の心が動かないかも知れません。
それでも他の令嬢よりは、少しは可能性があるでしょうけれど。
サキ、あなたは本当によろしいんですの?
お兄様はただ、あなたを通してサリア嬢を見ているだけ。そうとわかった上で、問います。
……本当に、お兄様をサリア嬢の思い出から救い出してくださいますのね?」
ワタクシの問いを受け、サキは静かに目を閉じました。
「……そんなことが」
「もちろん嫌なら、引いてもよろしいのですわよ。ワタクシ、セイヤへの告白なら一人でもおそらく……おそらく、行うことができるでしょうし」
お兄様に邪魔される可能性を考え、思わず曖昧な返事になってしまいます。
しかし一方で、目を開けたサキに迷いはありませんでしたわ。
「わかりました。それでもサキの気持ちは変わりません。
サキはイワン様が好き。それだけは確かですから!
サキ、ダニエラ様をお手伝いします。ですからダニエラ様もサキの恋を手伝ってくださいますか?」
ああ、なんて勇ましいメイドですこと。
ワタクシもこの勇気を見習いたいものですわ。
ワタクシは微笑を浮かべ、頷きました。
「いいでしょう。それぞれの恋を叶えるため、手を組もうではありませんの」
こうしてワタクシとサキは、二人で同時告白計画を立て始めたのです。
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