78 お嬢様は敗北を認める。
ここは舞台裏の控え室。
無事に劇を終えた俺たち――途中参加の明希も含まれている――は、そこに集合していた。
もちろん、銭田麗花を問い詰めるために。
「説明してもらおうか」
「私に何を話せと?」
いつもの動じなさはどこへやら、部屋の隅に座り込み、疲れたようにため息を漏らす銭田麗花。
問題を起こしたのは彼女自身なのに、まるでこちらを責めるかのような態度にイライラする。
「あのような暴挙を起こした理由、そして謝罪をお聞きしたいものですわね」
「銭田先輩、あんまりです。おかげでオレ、主人公役やらされたじゃないすか……」
「ぼくなんて途中からわけわかんなくなって裏方の仕事ができませんでした。銭田さん、あなたの責任ですよ」
「……部外者だけど、私も一言。あれ、絶対誠哉にキスしようとしてたよね? 誰の許しがあって、あんなことしたの」
ダニエラ、元演劇部の男子二人、そして明希にまで文句を言われても、銭田麗花は態度を変えなかった。
「――私はただ、賭けに負けた。それだけのことです」
力なく笑い、彼女は続ける。
「まさかあなたが邪魔してくるとは思いませんでしたよ、日比野さん。あなたの乱入さえなければ私の計画は成功するはずでしたのに。
仕方がありません。ここまで問題になってしまえば、退学もあり得ます。そうなれば私の今後の人生に影響が出ますから、身を引きましょう」
彼女は立ち上がると、意味ありげに俺を見た。
その時初めて、俺はわかった。なぜあの恋愛劇で銭田麗花があれほど演技にのめり込んでいたのかを。
彼女はあの主人公と同じ気持ちだったのだ。ただ、銭田麗花は諦めなかった。諦められなかったのだろう。
だからこうなった。
「今まで私は全て欲しいものを手に入れてきました。得られなかったのはあなたが初めてですよ、佐川さん」
強引で、負け知らずなお嬢様、銭田麗花が初めて負けを認めた瞬間だった。
そしてその後、彼女はどこかへ姿をくらまし、文化祭はまるで何事もなかったかのように進行していった。
きっと銭田麗花はもう二度と料理部には来ないだろうし、俺に接触してくることもないだろう。そう思うと嬉しい反面、不思議なことに寂しいような切ないような、そんな気持ちになってしまう。
……もちろんそのことは誰にも言わなかったが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「とても良かったよ、ダニエラ嬢。貴女はあの舞台の上で最も輝いていた。やはり貴女こそ王妃に相応しい」
「ダニエラが蹴られた時はあの目障りな女を殺してやろうかと思ったが、無事に済んで幸いだった。歩くのが辛いだろう、私に抱かれながら帰るのはどうだ?」
「あ、ずるいです! サキ、今日はダニエラ様と一緒に帰るんだってメイドカフェで約束したんですよ!」
文化祭の帰り道、シスコン野郎と塁、サキの三人に囲まれるダニエラを置いて、俺と明希は共に帰宅した。
文化祭では本当に色々なことがあった。だがその中で一番脳裏に焼き付いているのは、舞台の上での事件ではなくメイドカフェでの明希だったりする。
あれは凄まじかった。思い出すだけでニヤニヤしてしまうくらいに。
「どうしたのー? もしかして、銭田さんにキスされたかったとか思った?」
「そんなわけないだろ。ただ、あれだ。明希のメイド姿、思い出してた」
「そうなんだ。……可愛かった?」
無邪気な明希の問いかけ。
俺はそれに何と答えようかしばし悩んで、結局無言で頷いた。
明希は静かに頬を染めて、「ありがとう」と微笑んだ。
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