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77 シナリオ無視の恋愛劇。

「佐川さん、ずいぶんとお楽しみだったようですね?」


 語弊を生みそうな言い方をしながら、銭田麗花が鋭い目で睨みつけてきた。


 ……現在、恋愛劇の最終準備中。

 更衣室に行こうとしていたところ、彼女に呼び止められたのだった。


「幼馴染のメイドカフェに行ってただけですよ」


「日比野さんの、ねぇ? 佐川さん、セデカンテさんに嫉妬されてしまいますよ」


 嫉妬しているのはダニエラより、おそらく銭田麗花の方だと思う。

 ……それとも単に遊んでばかりの俺が気に入らないで、嫌味をぶつけてきただけかも知れないが。


 ちなみに現在の彼女はすでに舞台衣装に着替えている。

 ダニエラが最初着ていたような女王様のようなドレスで、薄紅のドレスがキラキラと輝いて綺麗だった。化粧も完璧で、まるで西洋画の中から飛び出してきたかのようだ。


「佐川さんも早く着替えて来てください。始まってしまいますよ」


「呼び止めたのはそっちでしょうに……。わかりましたよ着替えてきますからダニエラと揉めないでくださいよ」


 銭田麗花は返事をしなかった。


 その後更衣室に行って戻って来たら案の定銭田麗花とダニエラが揉めていたのは言わずもがなである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 恋愛劇の舞台は中世ヨーロッパ風。

 主人公の貴族令嬢は片想いの人がいる。

 それは幼馴染の王子。しかしその王子にはすでに想いを通わせた女性、しかも主人公の大親友である人物がいて、令嬢は崖から身を投げて死ぬ……と思いきや護衛の男性に命を救われ色々あった後に結ばれるというハッピーエンドのストーリーだ。


 脚本担当の女子生徒に頼んで、ダニエラでも演じられそうな世界観にした。

 主人公を演ずるのは銭田麗花、王子役がなんと俺、そして親友の女性役がダニエラ、ヒーロー役が元演劇部の男子一人。

 もう一人は、モブ役として度々登場することになっている。


 皆が着替え終わり、とうとう舞台が幕を開けた。

 いよいよ恋愛劇のスタートだ。




 観客は驚くほど多かった。

 どうせ十人も集まらないだろうとたかを括っていた自分を笑いたくなるくらい。緊張に足がすくむ中、俺は舞台の上でダニエラを抱きしめていた。


 劇は序盤の中盤、王子が親友の女性に想いを告げているところを主人公がこっそり覗き見てしまうシーンに突入している。


「何度でも言う。好きだ、エラ。どうか、俺を選んでくれないだろうか」

「いけませんわセイド殿下! ワタクシのような貧しいものを娶るなど。身分が釣り合いません。殿下にはレイラ様の方が」

「父にも言われたし、俺自身だってわかっている。だが、俺は君がいい。初めて出会ったあの日から、俺は君だけがほしいんだ」

「セイド殿下……」


 稽古をする中で何度も思ったことだが、いくら恋愛劇とはいえ、これは告白していることにならないだろうか……?

 ダニエラなんて顔が真っ赤だ。さすがにこのやり取りは恥ずかし過ぎる。しかもこんな大人数の前で。


 でもやらなければならないのだ。


「ああ……あの方は、やはり彼女を想っているのですね」


 銭田麗花演じる主人公令嬢レイラが悲壮な声で呟いた。

 静かに涙もこぼしている。なかなかの演技力だった。


 次の彼女のセリフはこうだ。「殿下のため、そしてエラのため、私は身を引きましょう」


 稽古で何度もやった。銭田麗花の頭脳で、間違えるわけがない。

 間違えるわけがないはずだった。


 なのに。


「けれど、だとしても(わたくし)は彼を諦められません。諦めてなど、やりません。

 だって彼は(わたくし)が初めて出会った、見応えのある男性なのですから――」


 ピンクのドレス姿の銭田麗花が、俺の方へ走ってきた。


 俺はギョッとして硬直してしまった。一体今、目の前で何が起こっているのかわからない。

 気がついたら俺はダニエラから引き剥がされ、銭田麗花の腕の中にいた。


「愛しています、殿下。……いいえ、佐川さん」


 佐川さん、の部分だけは周囲に聞こえないほど小声で、俺の耳に囁かれた。

 元の台本を知らない者は、これもシナリオのうちだと思ったことだろう。しかしこれは完全に予定外の予想外、緊急事態だった。


「レイラ様、セイヤ……ではなくセイド殿下に何をなさろうとしておりますの!」


 青の優美なドレスを纏ったダニエラが、手加減なしで銭田麗花の頬に平手打ちをぶちかます。

 俺に抱きつき、耳元に口を寄せていた銭田麗花の体は海老反りになった。


 しかし彼女の腕の力は強く、俺から離れようとしない。


「この……!」


 ダニエラが必死で引き離そうとすると、銭田麗花の踵蹴りが炸裂し、今度はダニエラの方が悶絶する番になってしまった。

 彼女はしばらく立ち上がれないだろう。


「邪魔者は黙っていなさい。

 富と名声、美貌、何もかもが優れた(わたくし)。それに比べて見せかけの気品しか持たぬあなたには殿下の伴侶など務まらないと、そう申し上げているのです」


 すぐに復活した彼女は、俺の全身を抱きすくめようとする。

 俺はどうしていいものかわからず、棒立ちのままだ。


「殿下、(わたくし)こそが殿下に相応しいのです。殿下の願い、何でも叶えて差し上げます。それが(わたくし)に可能であること、殿下にもおわかりになるでしょう」


 舞台用の貴族服の上着のボタンが外されていく。

 一体何をするつもりなんだ、彼女は。嫌な予感に背筋が冷たくなるのを感じた。


 ……そうか、彼女の奥の手とはこれだったのか。

 それに気づいた俺は、ようやく声を上げた。


「レイラ嬢、落ち着いてくれ。俺はエラが好きなんだ。それに割り込もうとはどういうつもりなんだ!」


(わたくし)はあなたと結ばれ、幸せになるのです。それが皆さんの望まれた結末です!」


 叫び合っているうちに、俺は押し倒されてしまう。

 その上に銭田麗花がのしかかり、紅く彩られた唇をにぃっと吊り上げた。


「……さあ、佐川さん、覚悟してください」


 彼女の顔が急接近する。


 キス。それはたとえ舞台上の出来事であったとしても、見方によっては既成事実になり得る。彼女は既成事実を作るつもりなのだ。

 そして同時に、もし口付けられたとしたら俺は一生それを忘れられなくなるだろう。明希への申し訳なさから、彼女との約束は絶対に果たせないものとなるかも知れない。

 それに加えてダニエラが近くで見ている。


 嵌められた。

 恋愛劇をやりたいと彼女が言い出した時点で想定しておくべきだった。もしも俺がヒーロー役に、そして銭田麗花が主人公役になっていれば俺は気づいて逃げられただろう。しかしシナリオ的には全く展開が違った。だから安心してしまった。

 ほら、ヒーロー役の男子生徒が困惑しているではないか。どうしてくれるんだ。どうしたら。俺はどうすればいい?


 ぐるぐると思考が巡り、うまくまとまらない。

 本気を出せば逃げ出せるはずだ。しかし体に力は入らなかった。そのまま俺と銭田麗花の唇が重なろうとして――。


「あっ、お嬢様、やっと見つけた!」


 舞台に乱入者が現れた。


 それはメイド服を着た少女。――明希だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「やめなさいお邪魔虫! (わたくし)はこの方と……」

「いいから帰りますよ、レイラお嬢様。うちのお嬢様がお騒がせしました。失礼しまーす!」


 俺にのしかかっていた銭田麗花を引き剥がし、「逸れていたメイドがお嬢様を見つけた」という(てい)で彼女を舞台上から連れ去ってくれた明希。

 観客席で観劇していた彼女は、俺たちの様子がおかしいことに気づいて慌てて駆けつけたというわけだった。彼女がメイドカフェで着ていたメイド服のままだったことが幸いした。

 まさに危機一髪。明希にはもう、感謝してもし足りない気持ちである。


 舞台の後半は、あっという間だった。

 シナリオにない進行、シナリオに存在しない登場人物。あれだけ練習してきたはずの劇は様変わりしてしまい、俺はついていくのがやっとの状態だった。


 どうにか取り繕い、ひと騒動ありつつもエラと王子が無事にくっついたものの、主人公レイラ役である銭田麗花は舞台に上がらせるわけにはいかず。

 ヒーロー役だったはずの男子生徒が急遽主人公の衣装を纏い、出演。エラたちの結婚式を影から見つめて泣き濡れ、最後は崖から身を投げるというバッドエンドの悲恋ものに仕上がってしまった。

 最後はメイドが主人公の亡骸を前に嘆くシーンで終わる。


 幕引きの後、観客席からはそこそこの拍手が聞こえた。


 当初のシナリオと正反対で主人公に救いはない。だが、舞台が無事に終わっただけでも喜ぶべきだろう。

 ――ただ、ここ数週間の稽古の苦労の全てを無駄にしてくれた銭田麗花には、たっぷり話をしなければならないけれど。

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