76 メイドカフェのメイドたちが可愛過ぎる。
――そして迎えた十一月初旬、文化祭当日。
「……とりあえず出し物を見て回るか」
「そうですわね。アキ様がどの出し物をなさっているかも気になりますし」
俺たちの出し物である恋愛劇まで時間があるため、俺とダニエラはなぜか手を繋いで歩くことになった。
周囲の刺すような視線が痛い。「まさかあの二人……」なんて囁くのはやめてほしい。別に俺の片想いなだけで、ダニエラは俺のことなんてなんとも思っていないのだから。
まず最初にやって来たのは、食べ物系の店。
そこにはルイス王子こと塁黑二がいて、女子たちの注目を集めていた。
「塁くん塁くん、これ美味しいよ! やっぱ塁くんって天才だね!」
「いいなー塁先輩の手作りたこ焼き。わたしも食べたい!」
「みんな、慌てないでください〜。ほら、並んで並んで」
現生徒会長の海老原凛が仕切っているようだ。意外だったが、彼女も料理部の副部長であるのだからここにいるのは当然か。
女子たちが揉めて一悶着やっている間、塁はたこ焼き屋の屋台からこっそり抜け出してきた。
「どうだい、ダニエラ嬢。ブンカサイ、楽しんでいるかな? 良ければ僕がエスコートを――」
「申し訳ございません。その役はもうワタクシの護衛である彼に任せておりますの」
「…………そうか。仕方ない、なら僕の手作り料理を食べていってほしい。味は保証する」
ダニエラは渋々ではあったが、せっかくのお祭りだからと塁の作ったたこ焼きを食べることにしたらしい。
そしてその数分後、塁に手渡されたたこ焼きは美味しそうな匂いを漂わせており、それを口にしたダニエラは目を見開いて驚愕していた。きっとそれほど素晴らしい味だったに違いない。
ちなみに俺は塁の嫉妬心のせいか、食べさせてもらえなかったが。
「後でダニエラ嬢たちの出し物は必ず見に行くよ」
「感謝いたしますわ」
俺たちはその場を離れた。
お次は縁日系。
ヨーヨー釣りや輪投げといった屋台が数多く立ち並ぶ中で、彼はいた。
彼は俺たちが声をかける前にこちらの存在に気づくと、慌ててダニエラに駆け寄ってきた。
「心待ちにしていたぞダニエラ。さあ、これをやっていってくれ。ダニエラには特別優しくしてあるからな。もちろんダニエラをみくびっているわけではないが念のためだ」
「お兄……イワン様、気持ちが悪いですわ。離れてくださいまし」
周囲の女子生徒たちの鋭い視線を気にしてか、ダニエラはいつも言わないイワン様という呼び名を使って、最大限の塩対応をした。
彼女は俺に目で助けを求めてきたので、仕方なく俺はシスコン野郎と彼女を引き剥がす手伝いをする。後でシスコン野郎に恨まれそうで怖いが……。
「伊湾くんとセデカンテさん、どういう関係なの」
「ねえねえ、さっきも塁くんと仲良さげに話してたんだけど……」
「それ以前に生徒会選の時、同じ陣営だったらしいわよ」
伊湾推しの女子たちが隠すつもりのない敵意を向けてくて、そちらもかなり怖かった。
ところでシスコン野郎の出し物は射的である。
ダニエラは、彼女専用の台で射的をすることになった。俺は普通の台だ。
「セイヤ、代わってくださいませんこと」
「嫌だ。さすがに俺にもできることとできなことがある」
「最悪ですわ、このような賞品……」
射的のコルク銃を構える前にダニエラが泣き言を言った。
それもそのはず、彼女の的は、全てシスコン野郎からの愛が詰まったものだったのだから。
イワン・セデカンテに抱かれるとか、キスされるとか、愛を囁かれるとか、そういった券が貼り付けられた賞品ばかりなのである。それも外す余地がないくらいびっしり置かれていた。
当然彼を推しているわけでもない……というより嫌悪しているダニエラにとっては最悪な賞品と言えた。だが、俺もシスコン野郎に抱きしめられるのは御免なので代わりたくはない。
結局、俺は普通の台でつまらないおもちゃを、そしてダニエラは兄との手繋ぎ券を手に入れた。
ダニエラは券をその場で破き捨て、俺の当てたおもちゃを持って、シスコン野郎が止めるのを聞かずに足早にその場を立ち去った。
幸いなことに他の女子がいたため、シスコン野郎は追って来られなかったようだ。
「本当に忌々しいですわ」
ダニエラはため息混じりに言ったが、俺としてはこの程度の騒ぎで済んだことにホッとしたくらいだ。
最悪、ダニエラとシスコン野郎の公衆の面前でのキスショーが始まるのではとハラハラしていたので。
「……ともかく、最後は明希だな」
「それにサキもですわね。どこにも見当たりませんけれど」
俺とダニエラは、あちらこちらに寄り道しながらも二人を探して歩き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おかえりなさいませ、ご主人様にお嬢様!」
メイドカフェ。
そんな看板が立てられた場所へ寄った俺たちを出迎えたのは、ニコニコ笑顔の明希だった。待ってましたと言わんばかりである。
……なるほど、そういうことか。
彼女はコスプレを好む。コスプレができる文化祭のイベント、それ即ちメイドカフェ。
非常に明希らしい選択だ。
メイドと言っても中世イギリス式のメイド服ではなく、フレンチメイド服なので露出が多い。ムチムチな二の腕や柔らかそうな太ももが惜しげもなく晒されており、目に毒だった。
「アキ様、どうしておかえりなさいませですの? ここはワタクシの屋敷ではございませんことよ?」
「そういうコンセプト。私たちがメイドで、お客さんが主っていう設定なの。
さあさあ。ご主人様もお嬢様も、どうぞ中へお入りくださいませ〜」
語尾にハートがつきそうなほど甘ったるい声を出して、明希は俺とダニエラを中へ。
明希にご主人様呼びされる日が来るとは思わなかった。少しドキッとなってしまう。
奥に行くと、さらに二人のメイドが現れた。
「おかえりなさいませ、ダニエラ様にセイヤ様」
「帰りを心待ちにしておったぞ。おぬしら、明希の友人たちじゃな。楽しんでいくのじゃぞ」
よく見ればそのうち一人はダニエラの部活を選んでいた時に一度だけ会ったアニメ部部長の猫耳ロリ忍者だった女子生徒。変な口調はそのまま、今日は猫耳メイドになっている。
そしてもう一人はメイド服がよく似合うサキだった。
「まあ、サキもおりましたのね。メイドカフェ、とはどういう風に利用するのかしら?」
ダニエラの質問に、サキはテキパキと説明してくれた。
それを要約すれば、指定のメイド一人を選び、そのメイドとのお喋りを楽しみながら飲み食いするというものだった。もちろんメイドたちにはお触り厳禁である。
「わかりましたわ。ではワタクシはサキを指名いたしますわね」
「はい、承知いたしましたー! ダニエラ様、嬉しいです!」
ダニエラはさっさとサキと二人でテーブル席へ行ってしまった。
そうなると次は俺がメイドを選ぶ番になる。
メイドカフェはそこまで混んでいないのでフリーなメイドが多かった。
これが全員アニメ部所属の女子生徒だとすると数が多すぎるので、おそらく男子生徒もいわゆる男の娘メイドになっているのだろう。これなら好きなメイドが選び放題、なのだが。
……悩む。
だって全員破壊力が抜群過ぎるのだ。
おもちゃの剣を腰に差して戦闘メイドを気取っている者や、とある有名メイドキャラに扮している者。ほとんどがどう見ても厨二病患者だったが、皆が皆男心をくすぐった。
それもこれもメイド服のおかげである。なんだこの可愛さは、と言いたくなるレベルだった。
「ワシなどどうじゃ? 男子の憧れ、猫耳メイドじゃぞ?」
「ご主人様、わたしを選んでください! いっぱいご奉仕させていただきます」
猫耳メイドと戦闘メイド風な二人が俺に身を寄せてくる。
二人ともとても魅力的に見えた。うっかり押し切られて選んでしまいそうなくらいには。
……しかし。
「俺はこのメイドにします」
隣で期待の目で俺を見つめる彼女――明希がいるので、指名しないわけにはいかなかった。
何より、個性派なメイドたちの中では目立たないように思えるが明希はとんでもなく可愛いし、まともに話せるのが彼女だけだという理由もあった。
「ご指名いただきありがとうございます、ご主人様!」
明希は俺の手を引いて、席へ案内した。
お触り厳禁じゃなかったのか、というツッコミは野暮だろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そしてそれから数分後。
俺がメニューを選ぶと、おそらくサキが作ったのであろう料理を明希は持ってきた。
「はいどーぞ、ご主人様! ……あ、そうだそうだ。例のやつ、やりますね」
「例のやつ?」
メイドカフェなど生まれてこの方一度も行ったことがなかった俺は、メイドコスプレの女店員が接客してくれることくらいしか知らない。
「じゃあ、行くよ。
ティンタラツゥンカ、ティンタラツゥンカ。美味しくな〜れ、美味しくな〜れ!」
注文したオムライスに向かって、明希が呪文らしきものを唱え始めた。
胸の前で手をハートマークになるように組み、表情は慈愛に満ちた笑み。
それを間近で見た俺の感想を言おう。……脳がやられた。危うく意識が飛ぶところだった。
「さあ、明希の愛を込めたオムライスが出来上がりました。ご主人様、たっぷり召し上がってくださいね!」
平静を保つことに必死過ぎて味はわからなかったし、何を話したかも記憶にない。
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