69 お嬢様VSお嬢様。【後編】
生徒会選挙は、日に日に激しさを増している。
朝の挨拶運動やら、ポスター貼りやら、次の生徒会長になった場合の目標の宣伝やら。
そんなことをして周り、候補者たちは確実に支持を集めている。
ダニエラが売りにしているのは、不良集団の撲滅だった。
彼女が転校してから最初の数日絡んできた飯島由加里を筆頭とする不良集団はなりを顰めたが、当然ながらそれ以外にも不良はおり、こそこそと悪事を働いているのである。
あらゆる生徒たちの話に耳をそばだてそれを知ったダニエラは、早速その排除を目標に掲げたようだった。
「……できるのか?」
「もちろん可能ですわよ。ワタクシを誰だと思っているのかしら。貴族の紳士淑女の真っ黒なお腹の中身を暴くより容易いことですわ」
「俺、絶対その社交界に出たくない」
「セイヤにはきっと向いていないと思いますわ。……と、厄介な方が現れましたわね。でも今回ばかりは利用させていただきますわ」
そう言いながらダニエラが目を向けたのは、周囲の女子たちににこやかに微笑みながらこちらへやって来る金髪緑眼の美少年。
第二王子ルイスこと塁黑二という偽名でこの学校で過ごす、俺のライバルでもある男だ。
「やあ。ダニエラ嬢。せっかくだ、僕も貴女の手伝いがしたいと思うんだけど」
「ルイス殿下、助かりますわ。ルイス殿下ならこちらの世界での人脈も作っておいでですから、頼めますわ。
ワタクシの名を売ってくださいまし。この戦い、ワタクシの名誉がかかっていますの」
――ワタクシにぞっこんなあなたなら、ワタクシを手伝ってくださいますわよね?
口に出しこそはしないが、彼女は目でそう語っていた。
彼女の読み通り、ダニエラの申し出を断れないし断るつもりもなさそうな塁は、「わかったよ」と頷いた。
そうしながら、俺へと敵意のこもった視線を浴びせることも忘れずに。
「何か不満があるのかよ」
「いや? ただ、ダニエラ嬢の魅力を知るのは貴方より僕だ。彼女の横にいるのに相応しいのは――」
「ルイス殿下?」
「わかったからそんな怖い目で見ないでほしいな」
意外とあっさりと彼は退散していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダニエラの陣営――と大袈裟かも知れないが――はダニエラ自身を含めずに数えて四人。
俺、塁、シスコン野郎ことイワン、そしてサキ。
異世界人でいうとコニーなどもダニエラの味方をしているらしいが、学校とは無関係な立場にあるので省く。
シスコン野郎は頼まれるまでもなくダニエラの魅力をうるさいくらいに語りまくっているし、サキはダニエラの秘書のような役目をしている。
もはや俺はいなくていいのではないかと思うが、翻訳の魔道具が文字に適応されないせいで日本語を書けるのが俺なので、実際翻訳係に近かった。
ちなみに、明希はというと言っていた通り中立を守り抜いている。
ただ、頼めば俺のサポートをしてくれるのでありがたい。
「その代わり、今日は手繋ぎ下校ね?」
そんな風におねだりしてくるのは、少しあざといと思うが。
ダニエラは日々人脈を広げていった。
今まではただあえて関わろうとしてこなかっただけで、本気になれば味方を増やせるというようなことをしばらく前にダニエラが言っていたが、あれは本当だったのだと感心させられる。
巧みな話術と、美貌を最大限に活かし、人々を虜にする。
そしてもちろん目標として掲げた不良撲滅に期待する者は多くいて、確実に支持を伸ばしていた。
その一方で彼女の対戦相手、海老原凛と言えば、揺るぎなかった。
銭田麗花が宣伝して回ったのもあるし、海老原凛個人の目標が良かったからというのもある。それは部費を無理のない範囲で多くするだとか、古くなったトイレの改修を校長に提案すること、それ以外にも近年生徒たちからの要望が多い制服の中性化などに取り組む、などという内容だ。
「なかなかやりますわね、エビハラ様」
それがダニエラ評だった。しかし態度は余裕である。
他三人の男子生徒の立候補者も頑張りだけは伝わってくる。
しかしどれも海老原凛に劣り、目を引く目標がない上、協力者もいなければ個人的な魅力もない。
やはり事実上、海老原凛とダニエラの一騎打ちとなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――選挙開始から十日が過ぎ、戦いは最終盤へ。
銭田麗花が推す将来有望な海老原凛か。はたまたぽっと出の転校生でありながら優秀過ぎるほど優秀なダニエラ・セデカンテか。
生徒たちの意見は二分していることだろう。
そんな頃、俺の前に彼女は再び姿を現した。
「ごきげんよう。なかなかに奮戦していらっしゃるご様子ですね、自称お嬢様は」
彼女――銭田麗花はそう言いながらも、完全に自分たちの勝利を疑っていない顔である。
俺は少々腹が立った。
「何の用ですか、いきなり。ダニエラに文句を言いたければ彼女に直接言えばいいじゃないですか」
「あなただっておわかりでしょう、佐川さん。ダニエラ・セデカンテは所詮外国人。私たちに比べて信用度は当然ながら低いことでしょう。それに私が何かの間違いで証拠を流出させてしまえば即退学という、危うい立場であることを。
もちろん故意にそのようなことはいたしません。私は常に正直であることを信条にしていますからね。
……ともかく、その危険性を知った上で自称お嬢様に協力なさるか、それとも今からでも遅くはありませんから私たちの陣営に入る意思はあるのかを伺おうと思ったまでです」
何の思惑もなさそうな顔で言う彼女だが、どうせまた強引に引き込むつもりに違いない。
その手に乗ってやるものかと、俺は銭田麗花に返事をせず、その場を立ち去った。
このことをダニエラには言わなかった。
そうしているうちに選挙が終わり、あっという間に投票も済んで、運命の開票日となった。
後は結果を待つだけである。
やれることは全てやったのではないかと思う。
実際、俺が尽力できることは多くなかったが、ダニエラのために奔走した二週間だった。
……その分部活に身が入らなかったのが悔しいが、塁の方も忙しいのは同じなので選挙の後にまた争えばいいと思っている。
「いよいよだね。ダニエラさん、緊張してる?」
「まさか。打てるだけの手は打ちましたのよ。これで不足するとお思いになって?」
明希の半ば揶揄うような問いかけに、ダニエラは静かな笑みで答える。
どこにそんな余裕があるのだろう。俺にも分けてほしいくらいだ。俺なんて自分のことではないのにそわそわして、食事も喉を通らない気持ちだというのに。
「心配性ですわねぇ、セイヤは」
「そりゃそうだろ。万一落選したら……」
「あり得ませんわ。そんなにお疑いになるなら結果を見て泡を吹くとよろしいですわ」
この時はダニエラが何を言っているのだろうと首を傾げずにはいられなかった。
しかし開票後、その自信に満ちた発言の意味がよくわかるようになる。
なぜなら――。
「……七割!?」
「案外少なかったですわね」
拮抗していたどころかダニエラの方が劣勢かと思われた生徒会選挙、それがダニエラ側の圧勝という結果だったのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何の不正をしたんだ」
「いいえ、何も? セイヤに疑われるとは心外ですわ。ワタクシの実力に決まっているでしょう」
ダニエラはくすくすと笑う。
それなのに嫌味な感じが一切しないのだから不思議だ。
「不良撲滅を掲げたでしょう? その一端を済ませてしまいましたの。口だけではないという信用を持たせた方が手っ取り早いと考えた次第でしてよ。
ほら、あの……何でしたかしら。このコウコウにやって来て早々、ワタクシに絡みに来た金髪の少女がいらっしゃったでしょう」
「飯島由加里か」
「そう、彼女。彼女、懲りないようで実はいまだに色々と悪事を働いていらっしゃいましたの。ですからもう一度、今度はしっかりと更生させて差し上げましたわ。
他にもいくつか不良集団をまとめて。いっそ全部やってしまってもよろしかったのですけれど、それでは票が集まらなくなってしまうでしょう? 加減をいたしましたのよ」
ダニエラはお嬢様と思えないほど行動派である。
それは知っていたが、まさかそこまでやっているとは思わなかった。……生徒会選挙で忙しかったのにいつの間に済ませたのだろうか。謎だ。
「残りはルイス殿下たちの働きによるものですわね。ルイス殿下はとにかく女子ウケがよろしいでしょう? そしてワタクシは大勢の殿方を魅了いたしましたから、こうなるのは当然の結果ですわ。
――さあセイヤ、やかましいセデカンテ侯爵令息やルイス殿下がいらっしゃる前に、さっさと参りましょう」
どこへ、とは訊かずともわかった。
お嬢様対お嬢様の戦いの結末を、堂々と敗者たちに見せつけに行くのだろう。
俺は頷き、ダニエラの後に続いた。
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