61 求めるのはただ、貴女の愛だけ。
異世界には、『恋は盲目』という言葉があるらしい。
なかなかの名言だと思う。だって僕は、まさしくそれなのだから。
僕はただ一人の愛しい女性のために、国を想う優しき王子のふりをして生きてきた。
一方で、その女性を手にするために、国を混乱に招くことを承知の上で動いてきた。
そしてその計画が崩れた後は、死力を尽くして彼女と再会するに至った。
その間に非人道的なこともやってしまったかも知れない。
でも僕は一向に構わなかった。心から愛する彼女を手に入れるためなら、世界が滅んだっていいとさえ思っている。
それほどまでに僕が恋焦がれるその女性の名は、ダニエラ・セデカンテ。
かつて僕の馬鹿な兄の婚約者であった、麗しの侯爵令嬢だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
当時の僕は奔放だった。
兄とその婚約者の初顔合わせの場に好奇心に突き動かされるまま向かい、勝手に顔を出したのがダニエラ嬢との出会いだ。
ダニエラ嬢と僕は二歳離れている。
その頃、僕はまだたったの五歳、そしてダニエラ嬢は七歳だった。
「きれい……。あなたが、にいさんのおよめさん?」
拙い言葉で僕が問うと、ダニエラ嬢は淑女の笑みを浮かべた。
「ええ、その通りですわ、ルイス第二王子殿下。ワタクシ、至らぬところがあるかと存じますがどうかよろしくお願いいたしますわね」
彼女にとってはきっと、婚約者の弟が話しかけてきたので適当に頭を下げただけ、だったのだろうけれど。
僕は彼女の美しい声に魅入られ、美貌から目が離せなくなり、呼吸を忘れた。
――それが僕の初恋。
そして僕は、さらに数年かけてダニエラ嬢が単に美しいだけの人ではなかったのだと知る。
ダニエラ嬢はとても優れていた。王妃教育を早くに終え、兄であるセデカンテ侯爵令息の奇才を上手く利用してセデカンテ侯爵家の力をつけたりしながら、社交の方も決して手を抜かずにたちまち信頼関係を築き上げていったのだ。
彼女の見事な手腕に、僕は憧れた。
それまで暇さえあれば王子教育から逃げ出していたのをやめ、真っ当に教えを受けるようになった。礼儀作法を学び、社交界に出て友人を作り、僕は気付けば『優秀王子』と呼ばれるようになっていた。
――ルイス様はすごいのに、どうして次の国王陛下はグレゴリー陛下なのかしら。国の将来が心配だわ。
――あの優秀王子の方が、王太子に向いていらっしゃるのにね。
――ルイス殿下はグレゴリー殿下よりよほど優れているのに、もったいない。
友人が、教師が、メイドが、ほとんど喋ったことのない貴族が、口々にそう言うのを聞いた。
そのうち、思うようになる。――僕が兄の代わりに王太子になり、ダニエラ嬢を婚約者にすればいいじゃないか、と。
だから僕は策を講じた。
愚かな王太子は男爵令嬢に恋をする。
しかしその男爵令嬢は嫉妬により侯爵令嬢からいじめを受けたと言い出し、ついには暗殺未遂まで起こる。
どうにかしなければと正義感を燃やした愚かな王太子は、婚約者に婚約の破棄を叩きつける。
しかしそれは実は冤罪であり、外遊から戻った第二王子が駆けつけて侯爵令嬢の冤罪を証明。愚かな王太子は廃嫡され、男爵令嬢と共に異界へ追放。そして新たに王太子となった第二王子は侯爵令嬢と結ばれてめでたしめでたし。
……僕の計画では、こうなるはずだった。
そのためにあらゆる手を尽くした。三年がかりで準備をした。全ては、ダニエラ嬢との幸せな結末を迎えるために。
他のことなんてどうでも良かった。
でも、結果的にそれは失敗し、隣国から帰った時にはダニエラ嬢は異界送りにされていて。
そこからは優秀王子にあるまじき失敗続きだった。でも、恋は盲目。僕は諦めなかったのだ。
邪魔者だった兄が異界に飛ばされたことが使い方がわからなかった魔道具解明のきっかけになった。
それからはトントン拍子にことが進み、異界で暮らすダニエラ嬢を発見。その時は全身が震え、歓喜に声を上げてしまったほどだ。
――ああ、やっと。
それから慎重に念入りに計画を立て、ダニエラ嬢に最も近距離で接している男に憑依した。
しかしそれが意外にも上手くいかず、気づかれた上に追い出される結果に。おのれセデカンテ侯爵令息。
だが僕には最終手段がある。
そう――僕も異界渡りをしてしまうのだ。
メロンディック王国には王子は僕と馬鹿兄の二人のみ。
だから国は大層荒れるだろう。でも、やはりそんなことは少しも興味がなかった。
魔道具の壺の中に飛び込み、目が覚めたら異界だった。
そうしたらあとはセデカンテ令息の魔道具に頼り、身分と姿を偽るだけ。
無事にコウコウへ忍び込むことができ、今こうしてダニエラ嬢の目の前に立っている。
「初めまして、僕は塁勝呂といいます。よろしく」
ダニエラ嬢の周りを取り囲む雑魚どもが、「変な名前」だとか「また転校生かよ」とか騒ぎ始めた。
不敬極まりない奴らだ。
しかしそんな声も、今の僕にはほとんど届いていないも同然だった。
僕はダニエラ嬢に駆け寄る。
初めて出会ったあの時と変わらない美貌を讃えた、愛しの女性に。
「……やはり、いらっしゃいましたのね」
氷の視線で僕を見つめてくる。
ああ知ってるさ、貴女が僕を嫌いなことくらい。その隣の男にご執心なことくらい。僕は貴女の兄とは違うから、しっかり貴女の心を見ている。
でも僕は貴女を諦めない。その男を排除し、貴女の目に僕しか映らないようにする。そのためならどんな手段を使っても心は傷まない。
――求めるのはただ、貴女の愛だけ。
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