57 迷惑極まりない有能王子。
『そいつ』はそれから、学校に着くまでダニエラと親しげに話していた。
そして着いたら着いたで無理矢理にダニエラと手繋ぎをして教室に入ったせいで教室中を騒がせた。
「おい佐川、お前今セデカンテさんと手を繋いでただろ!」
男子数人が『そいつ』ににじりよって言ったが、『そいつ』は素知らぬ顔をしていた。
「俺がどうしようが、俺の勝手だ。貴方たちに指図される謂れはない」
そしてすぐにダニエラに向き直り、彼女の横顔を覗き見ながらニヤニヤするという始末。
俺はどうしようもなく腹が立ったが、やはり何も言えなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダニエラへの態度こそおかしかったものの、『そいつ』はなぜか俺を演じるのは上手かった。
授業の時は俺と全く同じ仕草で教師の話を聞いているし、他の生徒たちへの接し方もほとんど変わらない。
俺の体を乗っ取り、自由勝手に振る舞う『そいつ』の目的がダニエラであることはなんとなくわかったが、俺が推理できるのはそこまでだった。
――お前は一体どこの誰なんだ。
返されることはないだろうと思っていたこの問いかけ。しかし意外なことに、休み時間、ご丁寧にも返答があった。
「……さて、そろそろ発狂しそうな頃じゃないかい、サガワセイヤ?」
誰もいない学校のトイレの中、突然『そいつ』が俺に向かって話し出したのである。
それまで声が届かないと思っていた俺はギョッとした。
「このまま秘匿しておくのもアリだが、それではさすがに貴方に悪い。これから貴方の体は僕が貰い受けるんだ、少しくらい説明して理解してもらった方がいいだろう?」
いやに偉ぶった言い方で『そいつ』は続けた。
「さて、貴方が気になっているであろう僕の身分から話そうか。
僕はメロンディック王国第二王子、ルイス・クローニ・メロンディック。貴方も知っているあの馬鹿兄……グレゴリー・ルアホータ・メロンディックの弟とは僕のことさ」
グレゴリー王子に弟がいたなんて、俺は聞かされたことすらなかった。
だが確かに考えてみれば王族というのは子を儲けるのが仕事の一つみたいなものだろうし、兄弟がいるのは当然か。だがどうして今まで誰の口からも名前が上がらなかった奴が俺に取り憑いたのか、さっぱりわからない。
――ぽっと出のくせに俺を乗っ取るなよ。
「勘違いしているかも知れないが貴方の声は僕には聞こえていない。僕は貴方に憑依し、一方的に肉体の主導権を奪っているだけなんでね。質問されても答えられないからそこはわかっていてほしい。
僕の目的はただ一つ。兄さんの元婚約者であり僕の愛しの人――ダニエラ嬢と結ばれることさ」
一気に情報量が多過ぎる。
これも重要なことではあるが憑依の件は一旦置いておこう。問題はルイスと名乗る『そいつ』が言ったことの後半の部分。
案の定、彼もダニエラ狙いらしい。それどころか結ばれたいとさえ言っているのだ。
俺の初恋である、ダニエラと。
「貴方はダニエラ嬢を好いているらしいね?
わかるよ。彼女は美しい。淑女としては完璧で、それでありながら強い。あの冷たい氷のような眼差し、そしてたまに見せる笑顔の両方とも最高に魅力的なのだから。
それにあの慎ましやかな胸。あれはたまらない。海のような群青の髪顔に顔を埋めたくなってしまう気持ちも、よくわかるさ」
いや、俺はそこまでいやらしいことは考えていないのだが。
というかこの第二王子を自称する彼は実はイワン・セデカンテなのではなかろうかと思うほどヤンデレ度合いが似ている気がする。こんな男たちに迫られるダニエラはさぞ大変だろうなと他人事のように思った。
「だが僕は貴方以上に彼女を想い続けてきたんだ。十年間。実に十年間さ。五歳の頃、彼女と兄さんが初めての顔合わせを行った時、僕もたまたま同席してね。その時からもう僕は彼女に首ったけなのさ。
だから貴方には悪いが、ダニエラ嬢は僕のものとさせていただくよ」
――何を勝手なことを。
俺は叫び出したくなった。
たった今まで名前さえ知らなかった奴に体を奪われた挙句、ダニエラを盗られるのだ。もちろん俺はまだ彼女に想いを告げていないから盗られるという表現は正しくないかも知れないが、許せないことに変わりはない。
でもやはり俺の声は聞こえないようで、ルイス王子の独白は続く。
「セデカンテ侯爵令息が残した魔道具を研究してね。かなり時間はかかったが、異界の様子を見る魔道具を開発するに至ったんだ。
それで貴方たちの様子をここしばらくずっと見ていた。貴方とダニエラ嬢はまだ男女の関係にはなっていないが、なかなかに親しいようだ。そして僕はすでに貴方の行動を全て把握している。
魂を転写させる魔道具を作らせるのは大変だったが、その努力さえ惜しくないほど、貴方の存在は僕にとって貴重なものなんだよ」
魂の転写。つまり憑依。
これもやはり、魔道具の仕業なのか。そんなわけのわからないもので騒動に巻き込まれるのなんて二度と御免だと思っていたのに。
「僕が貴方になりきり、ダニエラ嬢との人生を送って見せよう。どうせ貴方ではダニエラ嬢とは釣り合わないんだ、間近で彼女の可愛らしい姿を見られるのだから本望だろう?
僕は自分で言うのもなんだが有能王子と名高いんだ。ダニエラ嬢に相応しい自負はあるよ。
幼馴染……確かアキとか言ったか。彼女は適当に切り捨てておくさ。貴方みたいに僕は優柔不断じゃないからね。
戻ろうとしたって無駄だよ。僕が自らの意思でこの肉体から抜け出さない限りは」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
休み時間の後、ルイス王子は俺のフリをして数時間を過ごし、無事にその日の学校を終えた。
彼は料理ができないらしく料理部では苦労していたものの、上手く誤魔化して周囲に疑念を抱かせないようにしていた。
そしてダニエラと一緒に帰って。
帰り際――彼はとうとう行動を起こした。
起こしてしまったのだ。
「ダニエラ。夏休みの間、ずっと悩んでいたんだがやっと答えが出たんだ。俺は、貴女を――」
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