47 告白する勇気は持てないけれど。
「ああ、格好悪いよなぁ、俺」
――梅雨も明け、夏の盛りに入りつつある七月中旬。
学校の教室で、誰にも聞こえないほどの小声で俺は呟いていた。
最近の俺は自分でもおかしいと思う。
気がつけばダニエラのことを考えているのだ。もちろん今までだって振り回されっぱなしだったのでダニエラの存在は常に頭の片隅にはあったが、そういうのとはまるで感覚が違う。
これが恋というやつなのだろうか。
朝に顔を合わす度、学校で隣の席から彼女の視線を感じる度、そして帰り道で並んで歩きながら話す度に何とも言えない感覚に襲われてしまうのだった。
でも俺は、なかなかそれを口にすることはできないでいた。
いつまでも黙っていたらダニエラを誰かに盗られてしまう。わかっている。わかっているのだが、もしも告白したとして断られたらどうしようかと思うと、なかなか口にできないのだ。
そんな中、ダニエラは近頃、部活のない日や休日などは決まってコニーをマンションへ誘って茶飲み話をするようになったらしく、俺と接する時間が減っていた。
だがそれはあくまで俺に言っているだけの嘘でしかなく、実は学校で出会った見知らぬ異性と濃厚なデートをしているのではないか、なんて考えてしまうものだから気が滅入る。
要するに、俺はヘタレなのだった。
普段は強がって隠しているつもりのヘタレな俺だが、一人だけにはどうしても見破られてしまうようだ。
常に共に日々を過ごし、育ってきた幼馴染、明希だった。
「……誠哉、最近なんか悩んでるでしょ」
ある日の昼休み、ダニエラがシスコン野郎に絡まれている隙を狙って俺を教室から連れ出した明希は、さりげない様子で俺に尋ねてきた。
だが、それを話したいがために俺を呼び出したのは明白だった。最近は部活が忙しいのか帰りは一緒ではない日が多かったので気づかれていないと思い込んでいたのだが、どうやら違ったらしい。
明希に全て相談してしまえればどれだけ気が楽になるだろう。
だが、いくら幼馴染とはいえ思春期男子の悩みを打ち明けるのは恥ずかしい。俺は咄嗟に誤魔化した。
「別に」
「何か誤魔化してない〜? あっ、もしかしてダニエラさんがコニーちゃんと仲良くしているのが面白くないとか」
「…………。そんなわけないだろ」
「やっぱりそうなんだね。誠哉の浮気者!」
「だから俺、浮気してないから。ちゃんと人の話聞けよ」
そう言いつつも、俺は「はぁ」と肩を落とした。
情けない。本当に、情けなさ過ぎる。
ダニエラや明希も含め、周りの奴らは恋に友情に部活など高校生らしい青春を謳歌しているというのに、俺はまるで違う。告白の勇気を持てず、ずっとウジウジしながら状況に流されるように生きているだけだ。
部活だって、本気でやっているわけじゃない。ダニエラには友人どころか護衛扱いされていて、友情なんて育めていようはずもないし、そしてこの歳になって初めての恋はこのままでは叶わないだろう。
そう考え、思わず泣きそうになってしまった……その時のことだった。
「――ねえ、誠哉」
「何だよ」
うるさいな、と続けようとした言葉は、明希に遮られた。
「色々、うまくいかないこともあると思うんだ。
私だってそう。好きな人に全然振り向いてもらえないし、なのに恋敵は現れるし他人の恋愛相談に付き合わされるし……。でも、でもね。自己嫌悪に陥っちゃったらなかなか這い上がれないでしょ。
だから、きっと自分は大丈夫だって心を強く持って、前を向くの。そしたら絶対上手くいくから。私はそう、信じてるから」
「明希……?」
急に何を言い出しているのだろう、と思ったが、彼女なりに俺を元気づけようとしてくれているのだとわかった。
「それでもダメなら、私を頼ってほしい。私は誠哉に頼られたいの。そしたらきっと誠哉の力になる。約束するからさ。だから誠哉には、元気でいてほしいの」
いつも俺を振り回してばかりだった明希は、この時ばかりはまるで女神のように優しく見えた。
その笑顔に、先程まで沈んでいた心が明るくなるのを感じる。
「ただそれだけの話。あっ、いけない、もうすぐ昼休み終わっちゃうね。じゃあ先に教室戻ってるから!」
セーラー服のスカートを翻しながら、明希が教室へと歩き出して行ってしまった。
一体何だったんだ、と俺は思う。あの一瞬、明希が俺を見つめた目は慈悲に溢れていて、俺を愛しんでいるように思えた。
――私を頼ってほしい。私は誠哉に頼られたいの。
しかし、このことだけは話せない。
同年齢で幼馴染の異性になんて、思春期の恋心を打ち明けることは、やはりできなくて。
「……そうだよな。心を強く持たなきゃ、ダメだよな」
それでも、明希の言葉に力づけられたことだけは確かだった。
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