46 悪役令嬢のお兄様、王子をフルボッコにしようとするが悪役令嬢にフルボッコにされる。
「話は聞かせてもらった。愚かなる王子へその拳で裁きを下すとはさすが私のダニエラだな。また惚れ直してしまったじゃないか」
開口一番、そんな気持ち悪いセリフを吐きながら現れたのは、シスコン野郎ことイワン・セデカンテ。
今は高校生に変装しておらず、きっちりと着こなした礼服姿だ。恨めしくなるくらい文句なしのイケメンだった。
その背後にメイド服姿のサキが続き、さらに奥、明希が息を切らしながら走って来る。
「伊湾さんも咲さんも走るの早過ぎだってばっ! はぁ、はぁっ」
明希の様子を見るに、ダニエラのことを聞くや否や猛スピードで駆けつけてきたのだろうと思われる。
……シスコン野郎は今日もどこまでもシスコン野郎で、呆れを隠せない。
「あ……あの方が、イワン様ですかぁ……?」
コニーが隣のダニエラに向かって尋ねた。
ダニエラはこくりと頷き、シスコン野郎から目を逸らす。そのまま「失礼いたしますわ」と退散するつもりだったようだが、そううまくはいかないらしい。
「待ってくれ。私のダニエラ。一体どこにいくつもりだ? なんだそのピンク髪は。確かそのピンク髪はお前を異世界に送った憎き女ではないのか? どうして身を寄せ合ったりしている? まさか、脅迫をされたのか。そうなんだな。それならすぐに私が助けてやるからな。だから――」
「誠哉、この男をワタクシの視界から消してくださるかしら」
「俺には無理だ」
ダニエラはすぐにシスコン野郎に絡まれてしまった。
もちろん俺が手を出して勝てる相手ではないので、静観するしかない。俺みたいのじゃなくもっと強い相手を護衛にしたらいいのに、と俺は思った。
「そういえばさっきダニエラがどさくさに紛れて好きな男ができたって言ってなかったか……?」
どこの誰に惚れたのか知らないが、俺の知らないところで知り合った相手なのだろう。
ということは、俺のダニエラへの想いは叶わぬものになるのでは?ということに思い至り、今すぐにでも問い詰めたい気持ちでいっぱいになったが――。
「そんなことより、早くアホ王子と泥棒猫令嬢ちゃんをなんとかしてあげて」
明希の声に遮られた。
確かに今はダニエラの想う相手が誰かという話題ではなく、馬鹿王子たちの処遇の方が優先だ。仕方がない、俺は口を引き結んだ。
「どうして私が彼らのために力を貸さなくてはならないんだ? 二人とも、ダニエラを貶めた悪しき者たちではないか」
「……そもそも、企んだのはあなたではなくて、セデカンテ侯爵令息?」
「まさか。私がダニエラの名誉を汚してまで愚かな王子と別れさせようなどと考えていたと思うか? もっと早くに知っていれば、ピンク髪女もろとも殺してダニエラを救ってやったろうさ」
「信じ難いですわ。でもこの男が嘘を吐いたことは、一度もないのですわよね」
「……えぇっ! ということはぁ、わたしとグレゴリー様の出会いは正真正銘の運命ってことですかぁ!?」
「それはなんとも申せませんけれど」
「まあいい、ともかく私の愛するダニエラを異界送りの刑に処した君たちを私は許してはおけない。ということで、そこで寝ている愚かな王子を私自らが裁かせてもらう。生まれたことを後悔するまでな」
「えぇ!? ダメですイワン様ぁ、グレゴリー様を傷つけたら許しませんからぁ!」
「イワン様、いけません。ダニエラ様の仇はサキがとります。ですから後に……」
「ちょっとちょっとみんな落ち着いて! 私の言うこと聞いてよ、ねえ!」
もうしっちゃかめっちゃかだ。
気絶中のグレゴリー王子に魔道具と思わしき杖のようなもので殴り掛かろうとするシスコン野郎、体を張ってグレゴリー王子を守ろうとするコニー、シスコン野郎に代わって王子をフルボッコにするつもりで拳を握りしめるサキ、皆を止めようと叫ぶ明希。
そして。
「いい加減になさいな!」
とうとうブチギレて、シスコン野郎に飛びかかるダニエラ。
彼女は不意打ちで背中からイワン・セデカンテを押し倒すと、全力をかけて地面へねじ伏せる。
そうしながらテキパキと指示を下した。
「サキ! そこでくたばっている愚かな殿下にはワタクシ自ら拳を下しましたの。あなたは引っ込んでいなさい。それからラダティ男爵令嬢、いいえコニー嬢は殿下を安全な場所へ。アキ様はこの男を押さえるのを手伝ってくださいませ」
皆は動揺しつつも、それぞれダニエラの言葉に従った。
さすが元悪役令嬢とだけあって、人を使うのは上手いのかも知れない。俺は相変わらず見ているだけだったが。
それからシスコン野郎は「グレゴリー王子とコニーを受け入れる手伝いをする」と言うまで、ダニエラに拳で、脚で、ボコボコにされていた。
まさにフルボッコというやつで、ところどころからは血が滲んでいた。
少しやり過ぎじゃないのかと思わざるを得なかったが、シスコン野郎本人は恍惚とした表情を浮かべていたので、良かったのかも知れない。
ドSそうな顔をしてドMらしいことが判明したのだった。
それでもさすがにダニエラの本気の暴力には耐えられなかったのか、三十分ほどで降参していたが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
かくして、どうにかシスコン野郎が折れてグレゴリー王子とコニーに魔道具を使って仮の名前と姿、そして住居が与えられることになった。
これで一件落着……に思えるが、きっと彼らもまた問題を起こすつもりなのだろうと思い、
「それでまたしてもあいつが転校して来るってわけか?」
とため息混じりに聞いてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。
「いいえ。彼らは愛だけあれば充分とのことですわ。今頃きっとお楽しみでしょうね」
「ふーん、そうか……」
少し拍子抜けしてしまったが、その方が俺的には非常に助かるのでありがたかった。
グレゴリー王子は馬鹿やらアホと言われまくっていたが、意外と常識のある人間なのかも知れない。コニーがふわふわ系女子なのは一目瞭然だし。
それともただ下半身に素直なだけなのか。
「どうしましたの、誠哉」
「いや、別に。いいご身分だなと思ってな」
……ただそれだけだ。可愛い女の子と一日中イチャイチャしていられるリア充に対して羨ましいなんて少しも思っていない。
絶賛片想い中の俺は、心の中でそう言い訳をしながら歯噛みした。
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