39 俺は悪役令嬢のことが好きかも知れない。
魔道具騒動も一応のところは収まり、徐々にではあるものの学校生活のことを考える余裕が戻ってきた。
中間テストもないこの季節、俺たちは部活動に勤しむようになっていた。
料理部に毎日のように通ううち、ダニエラの料理の腕が少しずつ上達する……なんてことはなかった。
六月末が近づく頃になってもダニエラのメシマズ度は変わらず、副部長の海老原凛などは端正な顔立ちを歪めながら、「美味しいですね……」とわかりやすいお世辞を言っているくらいだ。
俺はもちろんはっきりまずいと伝えているし、ダニエラ自身もきちんと理解している。それでも部を辞めないのは負けず嫌いだからなのか何なのか。
ある日、料理部で二人一組でカレーを作ることになった。
カレーとはまた、ベタな料理だ。だが作り方次第ではいくらでも工夫できる料理でもある。
今回はルーを使わずに作るらしい。
俺はダニエラと組み、部長&副部長のペア、そしてそれ以外の三組の部員たちと対決ということになった。
この料理部は現在部員が十二人なのだが、ダニエラ以上に料理が作れないやつが二人いる。その二人が審査員だ。料理も作れないのになぜこの部にいるのだと言いたくなるが、意外にも彼らは味見係として重宝されていた。
メシマズなダニエラは味見係になればいいのに、と思うが、それはさておき。
「これが初めての共同作業ですわね。セイヤ、頑張りますわよ」
ダニエラが張り切って制服の腕をたくし上げる。
その途端、彼女の白く美しい二の腕が丸出しになり、俺の目を惹きつけた。
「ああ……そうだな。頑張ろう」
初めての共同作業、と聞いて一瞬いやらしいことを想像してドキリとしてしまったことは内緒だ。
ペアは組んでいるものの、ほぼ料理は俺が担当した。
二人でやるのはあまりにも効率が悪いからだ。料理の味が不味くなる。ダニエラは勉強に徹してもらうことにした。
「それでこれが飴色になるまで待つわけだが、タイミングが肝心だ。ダニエラはよく飴色を越してとんでもない色にするだろ?」
「……確かに、そうですわね。参考にさせていただきますわ」
そう言いながら身を乗り出し、ぐにゅんとナニカを押し当ててくるダニエラ。
きっとそれは完全に無自覚なのだろう。それに今は部室にたくさんの部員がいる。だから言えない。いや、気づいたらいけないのだ。彼女の大きさは控えめなのにやたらと弾力のある胸が、俺の腰に、密着していることなど……!
「それで、だな。ええと」
ピンク色に染まりかける思考を現実に引き戻し、俺は最後まで料理を続けた。
そしていよいよ完成させ、安堵しながら身を離し、皿に盛り付けようとした瞬間のこと。
ダニエラが、耳に囁きかけてきた。
「寂しいですわ、セイヤ。せっかくの共同作業でしょう、盛り付けは二人でさせてくださいまし」
ゾワゾワっと、耳元が吐息でくすぐられる。
俺は思わず声の方を振り返った。そこにはにっこりと微笑むダニエラの美しい顔がある。
何度も見た顔だ。涎を垂らして爆睡していたところだって見たことがある。
なのに。
なのに、どうして俺は、こんなにドキドキしてしまっているのだろうか?
「――――ぁ」
その答えを得たのは、唐突だった。
至極簡単な話だ。どうして今まで思い至らなかったのかと言いたいくらい。どうして今こんな時に気づいてしまったのかと言いたくなるくらい。
でも、やっとわかった。
今どうしてこんなに胸が高鳴っているのか、そしてどうして異世界人というわけのわからない存在だったダニエラをここまで当然のように受け入れているのかも。
――俺は、悪役令嬢ダニエラ・セデカンテのことが好きなのかも知れない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後のことはよく覚えていない。
俺の料理はそれなりに評価され、盛り付けしかしていないダニエラがなぜか自慢げにしていたらしいが、そんなことはどうでも良くなってしまった。
だってこの気持ちが本当だとすれば、これは正真正銘俺の初恋だったのだから。




