33 悪役令嬢のお兄様(二十五歳)とメイド(二十歳)、生徒になりすます。
ゴールデンウィーク最終日、Uターンラッシュの中ようやく両親が帰ってきた。
たった一週間ほどだというのに俺の精神はゴリゴリに削られていて、やっとこの地獄から解放されるのかと思って泣いてしまったほどだった。
最初こそダニエラとシスコン野郎の喧嘩を無視しようとしていた俺だったが、そんなのは到底無理な話だった。
シスコン野郎は暇さえあれば俺を目の敵にして、一度など逆恨みされて魔道具とやらで殺されそうになったし。
それに逆上したダニエラが淑女らしさの仮面を破って実兄に襲い掛かろうとした事件も起きたし。
……一言でまとめると、とにかく壮絶な一週間だった。サキが二人を力づくで止めていてもこれなのだ、俺はボロボロだった。
しかもダニエラと明希は連休中ずっと俺の腕にしがみついて寝ていたので、これが精神的に疲弊した一番の理由だったりする。
――そしてそんな状態で迎える、大型連休明け初日。
俺、明希、ダニエラの三人は並んで学校へ向かう。
久々の、平穏な朝。だがそれを味わえたのは登校中だけだった――。
「今日、新しい転校生たちを紹介する」
登校早々、担任から告げられたその言葉にクラスがざわついた。
ラブコメなどでは定番だと明希に聞いたことがある転校生登場シーンであるが、現実ではそう多く転校生などいるはずがない。
俺の背中に嫌な汗が吹き出た。
そしてその予感は、やはり正しかったのだ。
「伊湾君とその従妹の咲さんです」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ちょっと待て。
おかしい。おかし過ぎる。
伊湾と咲。この名前には覚えがあり過ぎた。
せっかくのゴールデンウィークを台無しにした厄介者。なぜか姿はどう見ても普通の日本の高校生にしか見えないのだが、名前といいタイミングといい別人とは思えなかった。
なんで彼らがここにいる?
ダニエラはまだわかる。背が高いとはいえ、歳は十七だ。俺たちと同じ高校生として相応しい年頃である。
だが、その兄と専属メイドはどうだろう。
どう見てもダニエラより歳上だし、シスコン野郎に至っては社会人になっていてもおかしくない年齢だ。
それが高校に転入してくるとか、あまりにもぶっ飛び過ぎている。
さらにどうやっているのか知らないが完璧に高校生に変装しているのだ。もし事情を全く知らなければ彼らが異世界人だなんて言われても信じないだろう。
シスコン野郎は当たり前のようにダニエラの一つ後ろに、そしてサキはその隣に腰掛ける。
以前までそこには別の生徒の席だったのだが……何らかの力で教室の隅の席に追いやられたらしい。
「どうなってるんだ」
俺は呟かずにはいられなかった。
だから昼休みの時、俺は彼らを――正しくはメイドの方を問い詰めた。
「君、例のメイドだな」
「バレました? その通りです」
「歳は」
「今年で二十歳になります。イワン様は二十五歳です」
「どうやって入学した」
「イワン様の物凄い魔道具で、別人に化けました。セイヤ様たち以外のサキたちのことを知らない人には絶対の絶対にこの世界での普通の人だと思われるほどの優れものなのです! イワン様の発明品はすごいのです」
「目的は」
「ダニエラ様のお傍にありたいイワン様のお傍にあるためにです」
「今度こそ警察に突き出すぞ」
「それは無理です。ケイサツのお世話にだけはなりません。もし本気でケイサツに知らせる気ならば魔道具で一年間眠ってもらわなくてはいけなくなりますけどいいですか?」
「悪魔だな君たちは」
「サキはメイドです。そしてイワン様は素敵なご主人様です」
目を輝かせながら答えるサキの言葉に、きっと嘘はないのだろう。
だからこそ困る。とてつもなく困る。
やはり転校生二人は異世界人で間違いないらしい。
俺はダニエラに文句を言いに行った。
「あいつらが転校してくるなんて聞いてないぞ」
「そんなのワタクシもですわよ。しかもワタクシの一つ後ろの席なんて……鳥肌が止まりませんわ」
「戸籍取得の時に魔法的なもので洗脳とかはできないって言ってたのに、なんであいつらはできるんだ」
「お兄様の魔道具のせいですわ。あの人、腹立たしいことにメロンディック王国一の発明の天才でしたのよ。ワタクシを追いかけるために古代に作られた異界渡りの魔道具の技術を復活させ、実現させてみせたくらいですもの。変装と少し身分を誤魔化すくらいなら簡単に実現可能だったのでしょう。でもまさかワタクシたちの学校まで押しかけて来るなんて思ってもみませんでしたわ。正気の沙汰ではありませんわね」
「誰が正気の沙汰じゃないって?」
俺とダニエラの会話に割り込んで来たのは他でもないシスコン野郎だった。
「あらお兄様。もちろんあなたのことを話しておりましたのよ」
「ダニエラ、今の私はイワン・セデカンテではなく伊湾という名のコウコウセイだ。兄妹間では叶わなかったことだが、今ならできるだろう。ぜひとも名前呼びしてくれ」
「丁重にお断りさせていただきますわ、セデカンテ侯爵令息。この機に兄妹の縁は切りますので、二度と話しかけてこないでくださいませ」
また兄妹喧嘩が始まりそうな気配だったので、俺は仕方なくその場を離れる。
そして明希のところへ避難し、彼女の他愛ないアニメ話でも聞きにいくことにしたのだった。
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