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勇者、魔王軍四天王の一角に挑む

作者: poiuy

 薄暗い雰囲気の中、数多の魔物が蔓延る城内をそのパーティーは突き進んでいた。


「レイー、紅い珠あったよー」


 北東の部屋から出てきたのは、パーティーメンバーの一人、スミレ・オトサキである。彼女は手に紅く光る珠を掲げて、明るく彼に呼びかけた。


「…アカツキ……翠……」

「勇者様、こちらは蒼い珠のようです」


 南東と北西の部屋からそれぞれ出てきたのは、もう二人のパーティーメンバーである。

 彼を『アカツキ』と呼び、言葉数は少なく、しかし悔しそうな表情を浮かべている蒼髪の少女は、レティ・クランベル。どうやらスミレよりも部屋を出るのが遅かったことがその原因のようだ。

 さらに、丁寧な言葉遣いで、しかし特に何か表情を浮かべることなく彼を『勇者様』と呼ぶのは、メロディア。銀髪でメイドの格好をしている。


「うん、それじゃあ全部こっち持ってきて」


 三つの部屋につながる中央の部屋、その真ん中に鎮座する台座を見つめていた少年は、レイ・アカツキ。メロディアが呼ぶように、彼は『勇者』である。


 暁月(アカツキ) (レイ)乙咲(オトサキ) (スミレ)は、もともとは普通の日本人で、幼馴染同士である。

 いつも通りに、授業や部活が終わり、高校から下校している途中だった。二人は眩しい光に包まれ、気づくとそこは見知らぬ部屋だった。そこには、疲弊しながらも歓喜に沸く、これまた見知らなぬ人が多数いた。

 そこからいろいろあって、二人は魔王とその手下たちを倒しに行くことになり、レティとメロディアはその道中で仲間になったのである。


 そしてもう一人――、


「なるほど、残りはその三色でしたか。しかし、重要なのはその模様ですかね。台座に不規則に走っている模様を見るに…」


 早口で喋りながら台座の謎解きを行うのは、二人の冒険当初からの仲間、ソフィア・リーシャン。二人が召喚された地に存在する教会の神官であった金髪の少女である。彼女も戦うことは出来るが、このパーティーのなかでは主に頭脳労働を担当している。


 今、彼らは魔王軍四天王の一角である『リヅキ』を討滅するために、彼女が住まうとされている『霊異の塔』を登っている最中である。


「三人ともお疲れ。俺とソフィはこのまま考えてるから、それまで休憩してていいよ」


「はいよー。さすがにソフィが解けなかったら私にも解けないしねー」

「…ん…そのとおり…」

「では、私はあちらの部屋で今日の日記をつけておきますので、出来ましたらお呼び下さい」


 メロディアは日記をつけることを日課にしており、ほとんど寝る前に書いているが、時間さえあればこうやって攻略の真っ只中でも書くことにしている。書くときは一人で静かでいたいようだが、日記の中身は言えば見せてもらえる。


「私たち、リヅキを倒せるのかなー。前に撃退した『フィデアス』もかなり強かったけど、四天王どころかその一つ下の『十二星』ですらないんだよ?」

「…確かに…不安……でも…」

「そうだ、俺にはこの刀があるんだ。これさえあれば、どんな強いやつでも倒せる。だから安心しろって」


 レイはそういいながら、腰に提げられた刀を叩く。

 彼の自身の源であるこの刀は、先日「灸龍の丘」地方のある村で代々伝わる神器『明愁ノ刀』である。一見しただけでは、確かに格式高そうな刀にしか見えないが、この刀にはとある特殊な効果が付与されている。

 それは――、


「『斬る対象のレベルが高いほど、その威力が上昇する』。物語や説話の中でしか聞かない魔王軍四天王のレベルがどれほどかは知らんが、この刀があれば一撃ってもんよ」


 つまり、彼の認識によると『相手が強いと強くなる刀』である。村ではこの刀とともにさまざまな伝承が伝わっていた。


 曰く、そこらの村人が使えば、その強さは聖剣にも匹敵するとか。

 曰く、今は存在しない伝説の鉱石、『チユシャル鉱石』を唯一斬ることが出来るとか。

 曰く、晶神髄星に侵されて暴走していた灸龍『グレイシフト』を一撃で屠ったとか。


 そんな数多くの説話が彼の自身を支えている。しかし、


「でも、まだ一回も試したことがないんでしょ?本当に大丈夫なの、その刀」


 そう、明愁ノ刀を手に入れてからというもの、一度も使うことが出来ず、代わりにそれまで使っていた別の剣を継続して使用することを余儀なくされていた。スミレが言及していた『フィデアス』は、この刀を手に入れる前に戦っている。


 その原因は、この刀が強い相手に()()使えない刀であるためだ。

 村の村長曰く、


『この明愁ノ刀は、斬る対象のレベルが高いほど、その鋭さを上げる。逆にレベルが低いと、相手に何も効果がないだけでなく、使()()()()()()()()。分かったか。力自慢がこの刀を使って、魔物を狩ろうとしたら、逆に重傷を負って、そのまま瀕死においやられたこともある。防ぐ手段はただ一つ。確実に自分よりも強い相手にしか使わないことだ』と。


「そうは言っても、自分より絶対に強いと言える相手なんて魔王軍幹部ぐらいしかいないだろ。それに魔物相手に使うことを反対したのはスミレじゃないか」

「そうだけどさ、それでも心配なの」


 レイは一回だけ魔物を斬ってみようとしたが、スミレはそれに唯一反対した。

 魔物のレベルは鑑定屋じゃないと分からないうえ、それも大雑把な範囲であるためである。無論レイとて大ダメージを受けたいわけではないので、そこら辺の魔物ではなく自分のレベルとおおよそ同程度であろう魔物で試そうとしていたわけだが、スミレは断固として反対した。

 そもそも結果としては、同程度のレベルの魔物も見つからなかったわけだが。


「…二人とも……そこまで…」

「そうですよ、二人とも。すでに台座の謎は解き終わりましたので、メロディアを呼び戻していただければと」


 そんなこんなで進行を進める一行であった。



♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



 スミレは絶望した。目の前の光景に、頭の中が真っ白になった。すべてを忘れたくなった。


 レイが死んだ。


 スミレの隣では、レティが膝をついて泣いていた。

 ソフィアは、必死に呪文を唱えては、治療魔法をレイに掛けていたが、全く効果はなかった。

 彼女が蘇生魔法を使うには入念な準備が必要であり、治療魔法は死者に効果をもたらさない。


 レイを挟んだ向こう側では、玉座にリヅキが座していた。


「ふぅん、勇者と言えどこの程度か。刀を小突いただけで死ぬとは思わんかったぞ。うむ、妾を驚かせたのじゃ、少しは誇ってもよかろう」


 そう、リヅキがしたことと言えば、レイがこの玉の間に入ってくるなり脇目も降らずに明愁ノ刀で斬りかかって来たのを、人差し指で受け止めただけであった。


「さて他の者よ、なぜ地に伏しておる、汝らは妾を倒しに来たのじゃろう。人っ子一人死んだだけで絶望するとは、なんと情けないものよ」


 レイは、他の四人が玉の間に入る前に行動を起こしたために、彼女らの目に移った最初の光景は、玉座に座るリヅキと、部屋の中心に倒れ伏しているレイという構図だけだろう。

 そこからリヅキは、彼女らが何をしても見ているだけだったが。


「―――っ」

「…アカツキ…ぁぁ…」

「…絶望するだけして、話も聞こえておらぬのか。もう此奴らは終わりかの」


「レイ様、レイ様、起きてください!ぐすっ、何をやって、いるのですか!」

「…そこの神官ももう現実を見たらどうじゃ。何をやってももう無駄じゃ」


「ふむ、そこの勇者とやらがそんなに大事というなら、お前たち()()もあの世へ送ってやろうぞ」


 勇者の冒険は、呆気なく終わりを迎えたという。



♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



「つかれた…」


 魂が抜けたかのように、背もたれによりかかりながら、そう言葉を溢すのは、魔王軍四天王一角『リヅキ』である。先ほどまで放っていた威圧が嘘のように霧散し、弛緩しきった空気が流れている。


「はいはい、掃除も終わりましたし、しばらくもう誰も来ないでしょうから今日は寝ててもいいですよ。誰かが来ても対処しておきますから」


 そう答えるのはリヅキのメイド『アイズ』だ。玉の間に放っていたゴミを面倒くさそうに処理し終えた彼女は、か弱い少女を扱うかのようにリヅキを愛でていた。


「うん、寝る、おやすみ…」

「おやすみなさいませ。…フィデアス、リヅキ様を寝室へ」

「…ったく、どうせ客人の対処もあたしだろ?」


 レイ達が以前に撃退したと思っている『フィデアス』は、今ここにいた。彼女からしてみれば勇者達は雑魚でしかない。逃げたわけではなく、彼らに遭遇して一撃を交えた時点でもう用事は果たされていたため、面倒ごとを増やしたくない彼女はただ帰っただけであった。


「当たり前でしょ。それともなに、リヅキ様の傍にいることがそんなに嫌なのかしら」

「そういうわけじゃねえけどよ。人使いの荒いメイドさんだぜ。それとさ、毎回思うけど、もともとこっち側とはいえ、一緒に冒険していた奴らをそんな躊躇なく殺せるのかね」

「何を言っているの。別に最初からそんなに入れ込んでいるわけではないわ。あなただって同じ立場になれば分かるわよ。吐き気しかしないわ」


 メイド『アイズ』は、偽名として使っていた名前がある。『メロディア』。勇者の仲間として途中で合流し、『明愁ノ刀』を勇者に取らせ、『霊異の塔』へと向かわせる。

 リヅキに対して、『明愁ノ刀』はきちんと効果を発揮している。勇者にとって誤算だったのは、リヅキのレベルが一桁だったことだろうか。事前にフィデアスと相対していたせいで、勇者は自分より弱いという可能性を無意識に排除していた。

 他の三人は、勇者が死んだという事実に動揺するだけしてそのことに全く気付く様子がなかったわけだが。


「そういうもんかね」

「そういうものよ。まだまだやることはたくさんあるのだから、さっさと行ってきなさい」

「はいはい。リヅキ様、行きますよ」

「…うん…」 


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…なんで、こんな面倒くさいことを…」

「魔王様が四天王なのに戦わないことに対して文句を言うからですね」

「…四天王、私じゃなくても…」

「それはそれで、魔王様がうるさいので諦めてください」

「…むぅ、台本覚えるのやだ…」

「ちゃんと言えたら後でプリンあげますから」

「うぅ…」



読了ありがとうございました。

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