まんじゅうの木
わたしが生まれた島では、パパイヤを「まんじゅう」と言っていた。
方言はカタカナで表記するものらしいので、実際には「マンジュー」なのだろうと思う。
だが子供のわたしはひらがなで「まんじゅう」と言っているのだと思っていた。
すぐ隣に住む大叔母の家にはパパイヤの木があり、それは「まんじゅうぎー」と呼ばれていた。
まんじゅうの木。
とても甘そうな名前なのに、その木になるのはパパイヤだ。
当時のわたしにとってパパイヤは果物ではなく野菜であった。
まだ実が熟しないうちにとって、細切りにして炒めて食べるのだ。
青パパイヤは、ツナやなまり節と一緒に油で炒めておかずにする。そのさい決して忘れてはならないことがある。青パパイヤは健康食品になるほど酵素が多く含まれているのだ。
つまり、素手で触るとかぶれてしまうことがある。
現在なら、調理用の手袋などがあるだろう。
だがわたしが子供の頃、そんな洒落たものはなかった。
そのせいだろうか、母と祖母はわたしに青パパイヤを料理するとき手伝わせたことがなかった。
最近は関東でも販売しているようだが、沖縄にはニンジンやパパイヤを料理するさい使用する、専用の細切り器がある。
千切りよりは少し太めにできあがるそれを、わたしたちきょうだいは交代で楽しく手伝ったものだが、それはいつもニンジンだった。
わたしはパパイヤを細切り器でおろした記憶がない。
母と祖母の子供への優しさであったのだろう。
まあ、調子に乗ってニンジンをおろしまくって結局は指を怪我していたのだから、その気遣いも無駄にしていたわけだが。
わたしにとって、パパイヤは今でも果物ではなく野菜である。
木になっているのだから果物なのだと分かってはいるが、それでも、あれを果物だと思うことができない。
ときどき無性に食べたくなって青パパイヤを買ってくるが、どうにもうまく作れたことがない。
きっと美化されまくっているのだろうと思う。
「まんじゅうぎー」。
それは、確かに甘い果物がなる木だった。
だがわたしがパパイヤが果物であることを知ったのはもっと後になってからだ。
果物として食べるよりも野菜として食べる方が健康にいいからなのだろうか。
それとも、本島では昔あったという飢饉があの島にもあったということなのだろうか。
わたしはその理由を知らない。
案外、熟する前に台風で実が落ちてしまうから、という単純な理由からかもしれない。
いずれにしても、青パパイヤはわたしにとって家族の愛情の象徴であるのだろう。
あれから三十数年が経とうというのに、わたしは果物のパパイヤをあまり食べる気にはなれない。
子供の頃の記憶や習い覚えたことは大人になっても引きずってしまうというが、これもきっとその一つなのかもしれない。
そしてきっと今年も、青パパイヤを買って「これじゃない」と思うおかずを作るのだろうと思う。




