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世界を二度救った英雄は、そろそろ成仏したい。  作者: 大団円
第一章 燃える胎児
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第四話

翌日、目が覚めると「夕食までには帰ります」の書き置きだけが残されていた。


長年外界から遮断された生活を送っていた体は日光に耐えられる筈もなく、俺はしばらく日陰に敷かれた布団に寝っ転がってシミだらけの天井を眺めていた。


こんな怠惰はいつぶりだろう。


一度目の転生から、俺はいつも何かしら動き回っていたような気がする。誰に急かされるわけでもなく、何に追われるわけでもないが、ただ世界がこんなにも俺に親切であるのが嬉しくて今大いに楽しまなくてはと思い込んで、とにかく自分のすべきことやら何やらを行なっていたように思う。


寝る間を惜しんで未開の地を仲間と探索したり、戦争に備えて戦略を練ったり、領地の内政について議論しあったり。

そんな時間が愛おしかった。


けど、戻りたいかと聞かれればその答えはノーだ。もうやり切った。そう思えるほどに俺は生き抜いた。

死にたい。

ただ、この長い長い3人分の人生に終止符を打ちたい。生きていて良かった、やり切ったって思えるうちに、死んでいたい。


「よし、死ぬか」


三十分ほどぐるぐると考えて、やっと布団から起き上がる。


俺は立て付けの悪い窓を開くと、そこから身を乗り出した。高さとしては少々不安ながら、頭から落っこちれば打ちどころが悪くて確率も上がる。幸い体は軽く、窓から落ちるにはほんの少し床を蹴り上げるだけで十分だ。


俺は一切躊躇せず、とんっと床を蹴る。


ぐるりぐるりと視界が回って、ぎゅっと目を瞑る。体が宙に浮いた。内臓が口から出て頭に血が上るような感じがして、すぐに頭蓋骨と地面が衝突する鈍い音が聞こえた。


しばらくしてそっと目を開けると、目の前には逆さの主人がこちらを無表情に見ている。

俺は死ねなかった。ただ、手入れのされていない庭に逆さになっているだけで、何の痛みも傷も無い。

世界が、ボロ宿の窓から飛び降り自殺を許していない。


なんとなく予想はついていたが、それでもやっぱり死ねないという事実を突きつけられた気がして落胆した。


「……」

「あの、すいません。ハサミといらない新聞紙を貸していただけますか?」


主人は窓から降って来た俺に驚くこともなく、何か聞くわけでもなく、静かにハサミと古新聞を手渡してくれた。


俺も何もなかったかのように髪についた砂を払って、その二つを持って再び部屋へ向かった。そして姿見の前に新聞紙を敷くと、その上に立ってハサミで髪を切った。ざくざくと気持ちの良い音をたてながら、伸びた髪が新聞紙へと落ちてゆく。それと同時に、迂囘仙里のこれまでの短い人生も身から離れてゆくような気がした。


無計画に切ったから少々不格好ではあるものの、あらわになった顔立ちが整っているから問題ないだろう。多分。

ちなみに、ハサミで首元を切りつけてみたが血が数滴垂れたのちに傷が塞がってしまった。

これもまた、転生者贔屓ってやつなのかどうかは不明だ。


赤ヶ羽が帰って来たのは、午後6時を回る頃だった。ちょうど部屋へ届けられた夕食を共に取りつつ、彼が再び赴いたという迂囘家私邸の話を聞く。


屋敷内は外観と同じく経年劣化が激しい状態で、人が立ち入った様子も見られなかったと言う。

赤ヶ羽が迂囘氏から手紙を受け取ったのが、5日前。東京から此処磯壁村までの距離からして、迂囘氏が手紙を送ったのは7日前と考えられる。とすれば、迂囘氏は間違いなく7日前までは生存していたはずだが、人が生活を営んでいたようには見られなかったらしい。

特筆すべきは屋敷全体の内装で、至るところに御札が貼られておりそれも一部は破られたり切られたりという様子が見られた。

又、柿の木にぶら下がったアレの下にはきちんと揃えられた草履があって、そこから少し離れたところに「赤ヶ羽先生へ」と書かれた手紙が転がっていた。風か何かの仕業だろう。


以下、手紙の内容の抜粋である。


『赤ヶ羽先生をお出迎えできないこと、お許しください。私はお先にこの世を去ろうと思います。先生と再びあの世でお会いしたいと思っておりましたが、私が逝くのは間違いなく地獄でありますので、先生と言葉を交わすことはないでしょう』


『私はお恥ずかしながら、妻帯持ちとなった後もとある女を愛人として囲っておりました。その女は、神社の巫女でしたが間違いが起こって私の子を孕んでおりました』


『妻が身篭ったと知った女は気が狂うたように私に縋り付くようになりました。ただ、私のことだけが頼りだ、と毎晩泣きつくのです。あの必死の形相を私は一生忘れないでしょう』


『いよいよ腹の膨らみが隠せなくなった女は、手切れ金に手をつける前に、境内の木に首を吊って死にました』


『妻が噂を聞いたと言って喚き散らしたその時、ギャッと悲鳴を上げて床をのたうち回りだしました。下女に医者を呼ばせた後、一瞬にして彼女の体が炎に巻かれ、炭のように真っ黒焦げになりました。そこに彼女の面影はなく、私に伸ばされた腕がぱらぱらと砕けてゆくのをただただ見ていることしか出来ませんでした』


『炭が崩れた中から赤子の泣き声がして、かき分ければ、そこにはへその緒がついた赤ん坊が火の付いたように泣いているのです』


『あれは巫女の呪いです。間違いありません。妻を取り自分を捨てた私への呪いが、あろうことが我が子へと行ってしまいました。迂囘家は呪われてしまった。もう私にできることは仙里を殺して、呪いの連鎖を断ち切ることしかありませんでした。しかし、誰も仙里を殺すことはできませんでした。毒を飲ませてもぴんぴんと元気で、首を絞めようと手を伸ばした者は皆炎に巻かれて死にました』


『私は全てを尽くしました。しかし、もうどうしようもないのです。全て無駄に終わり、あの女の呪いだけが残りました』


そして、手紙の最後はこう締め括られていた。


『あの呪い子は死にませんが、彼を知る者がいなければ、死んだも同然でしょう。先生。どうか私の命に免じて仙里を忘れて下さい。それが、私の最後の望みです』


手紙は便箋4枚半にわたり、中には解読不可能な箇所や意味不明な文もあった。文字の形もてんでバラバラで、同一人物が筆記していると思われるも大きくなったり小さくなったり稚拙になったり達筆になったり。筆者が精神不安定であったのがよく分かる。


俺が手紙を読み終わったのを見ていた赤ヶ羽は、汁物を箸で混ぜながら口を開いた。


「大体の事情は分かったから、明日は周辺住民の方々に取材して、終わり次第東京へ帰ろう。君もそのつもりでね」

「この話、掲載するつもりですか?」

「勿論。あぁ、名前や土地はちゃんと伏せるから安心しなさい」

「当たり前ですよ。というか、何というか、呆れてモノも言えませんね。この体がかわいそうに思えて来ました」

「おや、そうかい?なら、もう窓から落っこちることもないかな」

「……聞いたんですか?」

「ご主人からね。庭に出たいなら窓から横着せず、階段で降りて来てくださいだって。なかなかユーモアのある人だ」


ふふっと笑う彼は、汁物に入っている僅かばかりの山菜を摘んで口へ入れる。


「迂囘仙里本人のことを考えれば、俺は此処での人生を大いに謳歌すべきだとは思いますよ。父親に虐げられて、手紙にこんなことまで書かれて、そりゃ彼も無念だと思いますし……」

「なるほど、じゃ君は迂囘仙里の為に生きると……ふふふ、それは嘘だね」

「何でそう言えるんです?」

「君はもう既に、迂囘仙里という人間から抜け出している。彼に義理だの人情だのという感情は大して湧いてない筈だ。それこそ、髪を切った時からね」


赤ヶ羽は箸を置いて、こちらを向く。


「いいかい?迂囘さんには大変失礼かもしれないけれど、そもそも前提からして間違っているんだ。迂囘仙里という男は、愛人の呪いを受けたわけじゃなく、君という転生者の為に生まれた器にすぎない。だから、殺すこともできなければ、不可解な現象が周囲で起こったんだよ」

「どういう事ですか?」

「思い返してご覧。君がこれまで転生した時、周囲の人間と明らかに変わった能力を持っていなかったかい?一人だけ群を抜いて強かったり、運が良かったり、それからちょっと顔も整っていたり」

「あぁ、まぁ、確かに」

「我々転生者というのは、生まれながらに何かしらの能力を持っているんだ。そして、君の場合はとある条件を満たした者を燃やすという能力が備わっていた。それだけだよ」

「とある条件っていうのは?」

「さぁ?それはまだわからないけれど、あの手紙に書かれていることが事実であるのならばそういう仮説は立てられる」


すでに夕食を取り終えた赤ヶ羽が食器を盆に重ねるのを眺めながら、彼の言葉を反芻して、一つの疑問にたどり着く。


「ちょ、ちょっと待った。てことは、貴方にも能力があるってことですか?」

「もちろん」

「何の能力?」


彼は盆を持って外の廊下へ出る間際、こちらをふと振り返って笑った。


「東京に着いたら、教えてあげるよ」

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