第二話
は?今この男、転生って言ったのか?
驚いて目を見開けば、奴の口が三日月型に歪んで白い歯が覗いているのが見えた。
「その反応、すでに記憶は戻っているらしいね。よし、それなら話が早くて助かった。それじゃあ、早速ここから出てきてもらおうか」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」
「何を待つ必要がある?」
「いま、あんた、転生って言ったのか?なんでそのこと知ってるんだよ?」
すると、赤ヶ羽は心底馬鹿にしたように俺を鼻で笑う。
「へぇ、君、まさか転生したのは自分だけだなんてそんなお粗末なことを考えていたのかね?転生は何回目だ?初めてなら仕方ないが」
「……さ、3度目」
「ほほぉ、3度も経験して未だそんな勘違いをしていたのかね?はぁ、これはなかなかおめでたい頭脳の持ち主だ。自分以外の転生者を探そうって考えにも至らなかったのかな?それともあれかね。自分が選ばれしモノだと錯覚でもしていたのか」
「な!そんなこと!」
「図星か」
赤ヶ羽の鋭い追及に、言葉を飲み込んだ。
信じられないが、どうやらコイツも俺と同じくこの世界に転生した存在らしい。
確かに、今から考えればその可能性は十分にあった。自分以外にも転生された存在がいるって可能性だ。
しかし、いまの今までそんな考えが一度だって頭の片隅に浮かんだことすらなかった。
それは、やっぱり、この男の言う通り、心のどこかで自分は選ばれた人間であるから転生しているという考えがあったからだ。
「まぁ、いい。まだ3度目なんだ。チヤホヤされて少々驕り高ぶって勘違いしても不思議じゃない」
「その言い方、やめてもらえませんかね」
「事実だろう?」
「ぐっ……じゃあ、逆に聞きますけど。あんたは転生何回目なんです?」
「67回目」
「はぁ!?うっ、ゲホッゴホッ」
予想外の答えについ大声を出して咽せた。
喉が声を出すのに慣れてないのに、無理はいけない。
咽せる俺を見下ろす赤ヶ羽は、やれやれと首を振ると杖を格子の間から差し込んで俺の顎を上へ向かせた。
「転生3度目の初心者さん。先輩として、この世界を案内してあげよう」
「……結構です」
「自分のことを知りたくないのかい?ここから出て、一体どこへ向かう?私以外に頼れる者はいるのかね?残念ながら、この世界に魔王もモンスターも暴君もギルドも存在しない。なら君に一体何ができる?」
「俺は十分人生を謳歌しましたから。もう成仏して構いませんよ。ひっそり、それこそ誰とも交流せず、死にます」
「それは不可能だ」
「なぜそう言い切れるんです?」
「君が、転生者だからだ。君もどこかでわかっているだろう。我々転生者は、犬死などできない。前世でどれだけ平和に穏便に生きて身を守る術を持っていなくとも、モンスターを目の前にすれば躊躇なく武器を振り回し、銃口の狙いにミスはなく、たとえ敵に四方八方を塞がれたとて奇跡的に戦況は一変。お膳立てしたかのような世界に生きているのが、転生者なのだよ。そこらの電車に轢かれたり、通り魔に刺されたりなんてそんな無駄死にを世界は許さない」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないですか!」
俺の声が地下に響いた。
少しの沈黙の後、彼はため息をついて言葉を続ける。
「君の父親を先ほど見かけたが、死後数日間経ったと見えて朽ちていた。その間、この地下で監禁されていた君の体は何も摂取していないはずだ。だというのに、君は大声を出すほどの元気を有り余らせている。これが証拠だ。世界はまだ、君が死ぬことを許していないのだよ。ここで死ぬのは諦めたまえ」
俺はその場で崩れ落ちた。
転生は奇跡だと、救いだと思っていた。
可哀想で哀れな人生を送った俺への慈悲だと、そう思っていた。
でももし、これが終わりない生き返りだとしたら?
それはむしろ、奇跡でも救いでもない。
赤ヶ羽は、転生67回目だと言った。
ということは、俺も?
これは、無限生き地獄の入り口だ。
終わりない人生。終わりない命。
転生とは絶望だ。うまい話など、そうあるわけがなかった。
俺が最初の人生を終わらせたあの時と同じく、凄まじい絶望感そして果てしない無力感に襲われる。しかし今度は死ぬことすらできないのだ。
「俺、お、おれ、どうすれば」
「どうもできないよ」
冷たく吐かれた言葉に、じわりと涙が滲む。
そうだ。どうすることもできないのだ。
転生なんていう理解し難い世界の仕組みを前にして、俺は争うことができない。
嗚咽をこぼしながら泣くのは久しぶりだった。
「泣くんじゃない。ほら、涙を拭いて。なに、そう悲観しなくともよろしい。私をご覧。君の数十倍生きているが、楽しく生きている」
「でも、成仏してないじゃないか!」
「……それを言われると、困ってしまうな」
はははっと眉を垂らして笑うヤツが、憎らしくてたまらない。一発お見舞いしてやりたかったが、格子によってそれは不可能だ。それに、そんな気力もすぐに削がれた。
この世界で、また一からやってゆく自信がない。世界を救うことも、周りからチヤホヤされることも、正直飽きてしまったのだ。
限りある人生だからこそ、あれこれやろうと思えた。今のこの状態は、まるで終わりのない広大な砂漠を一人歩き続けるようなものだ。
「俺、一体これからどうすればいいんでしょう……何をすればいいのか、どうすればいいのか、もう分かりません」
項垂れて半ば自嘲気味に吐き捨てる。
「どうすればいい、という質問にはすでに返答したはずだよ」
「あぁ、どうしようもない、ですよね。ははっ、そうだ。どうしようもない。どうしようもない……どうしようも、ない」
「君はドーナツの穴を見るタイプなんだね。なるほど。しかしそう落ち込まなくとも、これは私の持論に過ぎない。もしかすれば今世で輪廻を断ち切れるかも」
「でも、貴方は67回繰り返しているんでしょう」
「まぁ、そう、なるが」
散々虐めておいて、こちらが泣き出すと焦ったように下手な慰めを仕掛ける。彼のその態度も相まって、徐々に悲しみより怒りが込み上げる。
なんなんだ。一体なんだっていうんだ。
俺を転生させる存在、仮にそれが神とするならば、一体全体俺が何をしたっていうんだ。
そりゃちょっとは前世で良い思いもした。しかしそれだって、俺が良い行いをしたからだ。
魔王を倒し、世界の危機を救った。その代償としては正当なものじゃないか。
不条理だ!残虐だ!くそったれ!
それにこの男はなんだ!なんだって男なんだ!転生早々嬉しくない!美女が来い!
怒りは力になり、力は俺を立ち上がらせる。
もし、神が俺を死なせないなら、俺はその運命に争ってやる。あらゆる手を尽くしてこの無限転生を断ち切り、成仏してやる。
ふざけるな!何が神だ!
「死んでやる……死んでやる……次こそ、次こそ死んでやる!」
怒りまかせに格子を殴り、拳に走る痛みに誓った。
赤ヶ羽はそれを静観していたが、俺の決意が固まったと見えると杖の握りを格子にひっかけ肘を引く。すると、呆気なくバキバキと音を立てて、格子の一部が朽ちたように崩れた。
彼は何も言わなかった。ただただ無言で出口へと歩いてゆく。口笛を吹きそうなほどに軽やかな足取りだ。
俺は何故だかふらふらとその背中に釣られるかのように、彼の跡をつけて地上へと足を踏み入れるのだった。