プロローグ
その日、アルカは師匠の言いつけを破ってしまった。
――魔法は絶対使うんじゃねえぞ。
たったそれだけの難しくない制約だった。反抗心が芽生えたわけでなく、うっかり忘れてしまったわけでもなかった。ただ単に、自分の欲求を抑えきれなくなっただけだった。
アルカは生まれつき、魔力のコントロールが苦手で、魔法をまともに発動出来た試しがなかった。礫の魔法で山が削げ、種火の魔法で村が焼けた。どんなに優秀な魔導士に師事しても、三日と持たずに破門となった。
無能の烙印を押されたアルカに唯一手を差し伸べたのが現在の師匠であるテレワーズだった。
口は悪く、厳しい人だったが、辛抱強くアルカを鍛えてくれた。気恥ずかしくて、憎まれ口しか叩けなかったが、アルカは心から感謝していた。だからこそ、いつまで経っても魔法を使わせてもらえないことがもどかしかった。テレワーズが師として優秀であることを、身を持って証明したかった。
それなのに――。
「なんでいつも、こうなんの!!?」
魔法陣から放たれた光線は、書庫の天井ばかりでなく曇天をも貫いた。余波もすさまじく、雷のような力が轟音を伴って書庫の中を暴れまわった。師匠の大事にしていた書物が次々に消し炭へと変わっていった。
低級の精霊をよぶだけの易しい魔法のはずだった。例えいつものように暴走しても、たいした事にならないだろうと高を括っていた。自分の短慮が招いた惨状を目の当りにして、アルカ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
気まぐれな魔法はあっという間に消え去って、すぐに静寂が辺りを包んだ。魔法の残滓によって瞬く魔法陣の、ちょうど中央辺りに少年が倒れていることを、アルカはしばらく気付けなかった。