魔王は人の王となる
お待たせしました。
のんびり(しすぎ)ペースですが、ようやく投稿です。
地下室の空気が凍りついた。
近衛隊も魔導士隊も、それぞれの武器を魔王に向けて構えたまま、ピクリとも動かない。魔王がくっくっと笑う声だけが響いた。
「王自ら出向いて来るとは、なんという幸運だ。大方、重要な儀式には王が参加せねばならぬということだろうが、愚行だったな」
魔王が勝ち誇ったように言う。
トキは答えなかった。否、答えられなかった。一声でも発すれば、自分の首に突き立てられた指が喉笛を破りそうな気がしたからだ。
「魔王よ」
クロウが魔王の前に進み出た。その顔は硬くこわばっていたが、他の者達に比べればいくらかましなようであった。
「陛下を離しては頂けませんか。そのままでは落ち着いて話もできません」
「そういう訳にはいかぬな。余はこの者に国王の座を譲ってもらわねばならぬのだから」
クロウは、ほとんど表情の変わらない顔を少しだけ歪めた。
「……なぜ、なのですか。あなたは王になりたいのですか」
クロウの言葉に、魔王はさも当然であるかのようにうなずいた。
「余は王であるからな」
そのあまりにも堂々とした態度に、クロウは虚をつかれたという顔をして黙りこんだ。
トキは魔王からどうにか目を逸らし、クロウの顔を見つめた。彼女は魔王の方に目を向けながらも、その紫の瞳を小さく揺らしていた。これが彼女が必死でものを考えるときの癖であることを、トキはよく知っていた。今彼女の中では、精密な機械のような思考が超高速で回転しているのだろう。
(クロウは賢いからな。俺が下手に動くより、彼女に任せておいた方がいいだろう)
トキがそう考えた次の瞬間。
「うわああああああ!!」
恐怖で気が触れたのか、一人の近衛兵が剣を構え、魔王の方に突っ込んだ。
魔王の背中から腹へと刃が貫通し、紅色の血が吹き出る。
「やめろっ、無意味だ……!」
叫ぶトキの方に振り向こうとした近衛兵の身体が、ゴウッと音を立てて燃え上がった。トキの目に、空中に描かれた魔法陣が映る。
「……クク」
魔王が肩を揺らして笑った。
「良い機会だ、色々と試してみるが良い。何をしても余は死なぬ。余に対する一切の抵抗は無駄であると証明してみせよ」
そう言って背中に刺さった剣を抜き、黒い炭のような姿になった近衛兵の側に投げ捨てる。
「何だあの魔法陣は!いつの間に描かれた!?」
「信じられん。魔法の発動までが速すぎる!!」
魔導士達が驚愕の声を上げ、あたりは一気に騒がしくなった。
「どうした?剣も槍も、魔法すらも飛んでこないではないか。遠慮ならば要らぬぞ?」
魔王が煽るように言う。
「陛下、聖剣、聖剣を使うのです!それを刺せば奴は……」
近衛隊長が叫んだ。
「すまない、無理だ……!」
トキは唇を噛んだ。聖剣を握った右手は、魔王が出した「影」に縛り上げられ、どんなに力を入れても、全く動かせなくなっていた。
「ククク、確かにこの聖剣だけは例外だな。……しかし、いかな武器でも当たらなければ無いも同然であろう?」
魔王が笑う。
「貴様っ……!」
トキは必死で身をねじった。しかし右手はびくともしない。無理矢理に力を入れると、腕が肩から抜けそうになった。次にトキは、右手に握った聖剣を左手に持ちかえようとした。
「おっと」
おどけたような魔王の声がして、左手も右手と同じように縛り上げられてしまう。右手と左手でそれぞれ吊り上げられたような格好だ。これではまるで磔である。
その時だった。
「おやめください、魔王よ」
静かだがよく通る声がした。クロウだ。
「この国の王座が欲しいのでしょう?」
その声が少し震える。
「ならば差し上げましょう。そのかわり……」
「そのかわり、お前達の身の安全は保証しよう。余に逆らうような真似をしなければの話だが、な」
魔王がクロウの言葉を引き継ぐ。
「しかし、案外あっさりと余の要求をのんだな、娘。何故だ?」
「………先ほどあなたを拘束した魔法は、我が国の魔導士達が開発した最高峰の拘束用封印縄です。あれを破ってしまう方に抵抗を試みるのは、もはや無駄であろうと判断しました」
クロウは一息に言うと、口を引き結んだ。
「ククッ。良かろう。それなりに納得のできる説明だ。ああ、だが、一つ訂正せよ」
魔王の真紅の瞳が、楽しげにきらめいた。
「余が魔王と呼ばれたのは、魔物の王であったからなのだろう?であれば、今の余は人の王。魔王ではない。余の名はマガイだ。以後、そのように呼ぶが良い」