2年ぶりに話した幼馴染と退屈な始業式を終えるまで
優希は小1の時に隣の家に越してきた。1学年に2クラスしかなかった小学校で僕らは見事に1/8の確立を引き当て6年間同じクラスだった。中学ではクラスが6つに増えて同じになれたのは1年の一度きりだった。それでも僕らはバスケ部に所属していたからほとんど毎日一緒に登下校をした。毎日いろんな話をした。それぞれのクラスで起きたことや、部活で起きたこと、朝のニュース番組でやっていた事件や恋人に求める条件まで。高校に入ってからは一度も同じクラスにならず、部活をやらなくなった僕は一緒に登下校をすることもなくなった。
4年ぶりに優希の背中に続いて教室に入る。
そこは去年と変わらない、いつも通りの教室だった。
優希は自分の席にカバンを置くと教室の奥にいた陸上部の女子のところへ行く。
俺はいつも通り廊下際の最前列に座る。
青木という忌々しい名字のおかげで自己紹介はいつも一番だった。真ん中あたりであれば皆の集中力も薄れてただ「存在感の薄い奴」と思われただろうが、クラスで最も注目を集める一番手で地味な自己紹介しかできない俺には「イケてないやつ」という印象が強く刻まれていた。1年で付いた印象は3年になっても大きく変化せず、せいぜい印象から確信に変わった程度だろう。そうはいっても友達が居ないわけではない。男子というのは所属するグループがなくてもクラスの一部にやんわりと繋がっている。
「おいユウタ。なにがどうなってんだ?」
俺の後ろの席の青山、一年の時にも同じクラスだったコイツは1年の4月という貴重な時間を俺で無駄にしてしまった。といっても運動部に所属するコイツはそんなディスアドバンテージをものともせず、クラスでそこそこのポジションにいる。僕のやんわりとしたつながりはそんな青山だった。
心優しい青山がまた僕のために時間を浪費しようとしているので、同じく心優しい僕は体を左に90度回して教室の中央に体を向けて応じる。
「何がだ」
「なんでお前が陸上部の、いや春高のヒロインと一緒に登校してんだよ・・・」
振り返らなければよかったと後悔している。
1年の4月は一緒に登校していたのだがそんなに印象が薄かっただろうか。
「前にも言ったろ。幼馴染だよ」
「幼馴染と一緒に登校するなんて漫画かアニメの世界だけだろ・・・」
「現実を見ろ。ここは漫画でもアニメでもない」
「じゃあラノベだ~。これぜって~ラノベだよ~」
残念ながらラノベでもない。有山はサッカー部のリア充かと思えば意外とその道に明るい。部活ではそういう話が出来ないようで、俺に話しかける理由はそれなりにあるわけだ。
春高のヒロインというのは幼馴染のあだ名(非公式)のようなもので、春高というのは俺たちが通う春が丘高校のことだ。
「ヒロインねぇ・・・」
成績は常に学年のトップ5に入る優秀さで陸上部の元部長というスポーツマン。容姿に関しては幼いころから見慣れた僕にでも優れていることが分かった。正直10年かけて見慣れていなかったら今の彼女の目を真正面から見れる自信は僕にはない。
「あれは間違いなくヒロインだ。冴えない主人公に幼いころからの恋心を抱き続け、18歳を目前にしてようやく本当の気持ちを伝えるヒロインだよ」
青山から刺さるような視線を感じる。
「少なくともその冴えない主人公は僕ではないな・・・」
「何言ってんだ。お前の冴えなさにはラノベ主人公も驚きだぞ」
「それに関しては同意する」
けど、僕じゃない。それだけは確かに言える、なぜなら―
開けっ放しになっていた教室の扉から先生が入ってきて、後ろ手に扉を閉める。
それに気づくと優希はすぐに、ゆっくりとした足取りで自分の席へと戻った。
僕の隣の席に。
「おっす。おはよう、加藤さん」
青山は下心を隠したさわやかな笑顔で挨拶をする。
「おはよう、青山君。今年もよろしくね」
「おう。今年はユウタも同じだからな!聞いたよ~幼馴染なんだって?」
青山はそういって僕の肩を叩く。なるほど、そうやって僕と仲がいいアピールをして近付くつもりか。
「別に隠してるわけじゃないんだけどね。やっと同じクラスになったわね、ユウタ」
優希は僕のほうを見て微笑んだ。掲示板の前で見たのとは違う、春高のヒロインにふさわしい笑顔を見て僕はなんとも思わなかった。青山のほうはそうではないらしく、左から刺さるような視線を感じる。
青山が言葉を繋ぐ前に担任が着席を促す。クラスメイトはまだ喋りながらも席に着き、担任が話を始める。手早く全員の出席を確認すると担任は教室を出て行き、始業式に向けて体育館に向かう。
体育館に入ると僕と青山は右から4番目の列の先頭に並ぶ。体より少し大きめの制服を着た1年生が少し緊張した様子で体育館に入ってくる。体育館の中央で整列を終えた一年が座ったまま静かに待つ中、上級生もお喋りは続けながら少しずつ座り始めた。青山は一年生を吟味しているらしく、僕に話しかけてこない。
始まってもいない始業式が終わるのを待ちながら僕は優希のことを考えていた。
クラスが違ったとはいえ、2年間ほとんど話をしなかった優希が急に何の心変わりだろうか。青山を見れば分かるように春高のヒロインと一緒にいるだけで僕は学校での評判に不釣合いな注目を集めることになる。だが新しいクラスには陸上部の女子もいる。1週間もすれば飽きてくれるだろう。
そう僕は思っていた。