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僕と幼馴染と百合の種  作者: 森田㈲
2/4

2年ぶりに話した幼馴染の笑顔を見るまで

 目覚ましのスヌーズ機能で起きるいつも通りの朝。休みが始まった頃に比べて暖かくなった地球はカーテンの外を明るくし、部屋に舞う小さなホコリがキラキラと輝く。窓の外からは鳥のさえずりとコウモリのような叫び声を上げる少女の声が聞こえる。その全てが遠く、自分の体が自分のものではないように感じられて重いまぶたが落ちたとき、三度目の目覚ましが鳴り響く。

 昨日の晩は少し夜ふかしをしすぎた。散々無駄に過ごした春休みの最終日になって僕は何か名状しがたい焦りを感じ、もう新作春アニメの1話を見始めたというのに冬アニメの最終話を一気に消化した。

 物語が終わるのは悲しい。それが好きか嫌いか関係なく、ただその続きがもうないということに漠然と心が締め付けられる感覚を覚える。僕はその悲しさを紛らわすために新作アニメ1話という新たな希望を手にしてから最終話を見る。それでも悲しければすぐにやってくる2話を見ればいい。三度目のアラームで目は覚めていたが僕は四度目を横になったまま待った。ただ起き上がるタイミングを決めるために。


 五度目のアラームで体を起こしてジャージのズボンを制服に着替える。床に落ちたブレザーを右手で拾い、中身が空っぽのカバンを右肩に掛ける。部屋のドアを開けたところで廊下の衣装ケースからTシャツとワイシャツを左手で掴み、そのままダイニングまで降りて椅子の上にぶちまける。

 顔を洗ったあと、テーブルの上に置かれた皿のラップを取り片手でサンドイッチを食べる。スマホのアラームは1度目がおおよそ父の出社時間、二度目が母で三度目が妹と続く。つまりこの時間は家にもう僕しかいない。3切れあったサンドイッチの2切れを残し、しわくちゃになったラップをかけて冷蔵庫にしまう。壁にかかったフックからもはや自分の分しか残っていない鍵を取り、しわくちゃになったローファーに足をねじ込む。


 玄関を開けると見慣れないものがそこにあった。

「あ、おはようユウタ」

「もの」呼ばわりしたことを謝罪しよう。そこに居たのは幼馴染の加藤優希だった。

「・・・おはよう」

 朝に顔を合わせるのは高1の4月以来かもしれない。

 僕はイヤホンを付けて歩き出す。

 スマホを取り出して音楽を流そうとしたところで右耳のイヤホンが外れる。

「こら」

「・・・え?」

「私がなんでここに立ってるか分からないの?」

 僕は2年ぶりの衝撃をもってしてもまだ目覚めきらない自分の頭を使うことにした。そうだ、妹。妹は優希と同じ部活だったことを思い出す。

「妹ならもう学校に行ったけど」

「知ってる。さっき会ったから」

 今朝のコウモリはうちの妹だったようだ。

「ていうかもう家にはあんたしかいないでしょ。さっきご両親にも会ったわよ」

 どうやら優希は僕の記憶にない一度目のアラームからここにいたらしい。

 となると僕か・・・?それとも誰もいなくなったこの家に用があるのか・・・。

 幼馴染が空き巣にジョブチェンジした可能性を憂慮していると彼女は呆れた様子でため息を付いた。

「まあいいわ。行くわよ」

「なんだ。もう用は済んだのか?」

「そう、済んだの。だからユウタを問い詰めても無駄」

 僕の知らないうちに用は済んでいたらしい。そのついでに僕が出てくるのを待っていたのだろう。

 優希の斜め後ろを歩くうちに彼女がこの二年僕の家に来なかった理由を思い出した。

「そういや朝練は?」

「3月で引退」

「ああ、そうか・・・」

 県内で一番とは言わないが、そこそこの進学校である春が丘高校でほとんどの生徒がは2年の3月に部活を引退する。陸上部のエースと呼ばれていた優希もその例外に含まれるほど特別ではなかったようだ。そもそも高校から陸上を始めた優希がエースと呼ばれている時点でその特別さは十分お墨付きなのだが。


 駅の入口の階段の上で彼女が僕の到着を待つ。彼女が再び歩き出すと僕達は横並びになった。

 春が丘駅に入ると同じ制服を着た生徒が多くなる。女子の集団や一人で歩く男子が目に入る。優希と歩く僕は悪目立ちしていないだろうか。


「はぁ・・・、ユウタも昔はカッコよかったのになぁ」

「えっ」

 僕には身に覚えがない。というかいままでそんなの言われたことないぞ。

「私が困ってるといっつも寄ってきてさぁ。『僕はいつでも優希ちゃんの味方だから』って」

「・・・それいつの話だ?」

「小1か小2?」

「覚えてねーよ・・・」

 駅を通り過ぎて学校へ向かう。僕たちは自転車通学圏よりも内側の徒歩通学圏に住んでいる。もう1,2本向こうの通りからは自転車通学圏なのだが。駅に入ったのは開かずの踏切と名高い春が丘駅周辺を迂回するよりこちらの方が早いからだ。

「おはよー!」

 先程視界に入った女子の集団から一人がこちらに向かって走ってくる。そういえば見たことがあるようなその女子はきっと同級生なのだろう。・・・もしかしたら昨年は同じクラスだったかもしれない。

 彼女は優希の横に並ぶ。僕と優希が並んでたのは偶然程度に思っているのだろう。

 僕はおとなしく2人の後ろを歩いていた。

 2人は駅前に出来た新しいカフェの話をしている。春休みに一度も学校に来なかった僕はさっきその前を通って初めて存在を知ったのだが落ち着いているわりに高校生でも入りやすそうな店だった。

「ねぇユウタ、アンタは行ったことある?」

 急に優希がこちらを振り向く。

 彼女の隣りにいた少女はハトが豆鉄砲を食らったような顔をこちらに向ける。そりゃそうだ。

「あ、え〜と。青山くんだっけ?」

「そう、青山」

 と青木くんは答えた。

「バカ。アンタは青木でしょ」

「あっ、そうだった。ごめんね!」

 一文字目が当たってるだけでも彼女は十分僕のことを覚えていると思うのだが、優希の指摘で僕は青木という名前を取り戻すことができた。

 そこで会話が止まっていることに気付く。そういえば僕は質問されたんだっけ。

「無いよ。さっき通って初めて知った。」

「まあそうでしょうね」

 二人はまた会話に戻る。が、先程から優希の隣を歩く少女が何度かこちらを向き、そのたびにお前は喋らないのかという目を向ける。二人で話していたと思ったら実は会話には三人が参加していて、しかもその三人目が一言も喋らないのは不気味だろう。


 やがて彼女が後ろを振り返らなくなった頃に学校へ着く。

 三年が使うA棟の下でクラス分けが掲示される。

 人混みで近寄れず、僕はその後ろの方に立っていた。

「ユウタ、行くわよ」

「ん?」

 優希が胸倉をつかんでいる。掲示板を見上げてると視界に入らないなコイツ。こんなに低かったっけ?

「ちょっと待て、まだ見れてない」

「アンタ4組よ」

 僕の分まで見てきたのか?と不思議に思っていると、優希は今日初めて笑顔を見せた。

「アタシと同じ、4組よ」

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