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9 Nec possum tecum vivere, nec sine te.

 

 終わった。

 それでもなんだかすっきりした。

 

 私は笑う。

 

「私は……僕はマリーじゃない。どんなに似てても、アスカの主じゃない」

 

「僕は……那由多=トリス=ターロット。タロックの狂王が第二王子」

  

「十年前に、殺された男だよ」

 

 

 9

 Nec possum tecum vivere, nec sine te.

 

  

 

「その名前……思いだした、のか?」

 

 

 それなら辻褄が合う。

 寝たふりをしていた俺に言っていた、あの言葉。

 

 彼は、全てを思いだしている。

 間違いない。

 

 言いしれぬ感情。

 感動とか嬉しさとか。そういうものが溢れてきて止まらない。

 駆け寄ろうとした俺から距離を取るリフル。

 

「違う。違うんだっ!私は、違うんだ……私じゃないんだ!」

「わ、わかった!わかったから落ち着け……」

 

 俺を睨み付ける紫色の瞳。

 威嚇するような、拒絶するような悲しみを宿した目。

 それが言っている。こっちに来るな。動くなと。

 

(なんだ、これ……)

 

 

 動けない。

 クソ、動け。動けよ。

 倒れ込む。

 

 

 駆け寄りたい。そっちへ行きたいのに。

 でもリフルが来ないでというから、足が動かない。

 

 それなら。せめて俺は話そう。何としても誤解を解くんだ。

 

「そりゃ……そうだ。マリー様は、貴方じゃないんだ」

「あーもう!見てらんないよ、じれったい!!」

 

 場の深刻さを全く無視した女の声。セネトレアの魔女様だ。なんでお前はいつも窓から現れるんだ。空気読め。

 

「……リーちゃん、確かに僕は言ったよ」

「君はマリーではない。けれど、よく似た顔をしている。彼女は、九年前に処刑されて亡くなった。アスカ君にとって、その人は大事な人だったから。君を重ねて見てしまうのは無理はない」

「そのどれも真実。それでも君は間違ってる」

「僕はちゃんとヒントあげたでしょ?聞き忘れたことないって。君はマリーという人が何者か、もしくはアスカ君との関係を聞くべきだったんだ。そうすれば一発だったのに」

「君がマリー様に似ているのは、彼女が君のお母さんだから」

「………え?」

 

 トーラの言葉にリフルがこれ以上ないほど、目を見開いた。

  

「名前も知らなかったのは無理ないか。ずっと母様って読んでたんでしょ?君しか居ない部屋。たまにやってくるだけの彼女。第三者の不在、彼女を呼ぶ人もいなかったから、仕方ないと言えば仕方ない。あんな場所に閉じ込められて生きてきたんだもんね。彼女は金髪に青い瞳の美しい女性だったよ……どう?記憶と繋がった?見せてあげても良いよ」

「止めろ!トーラ!」

 

 あの透明電撃攻撃を喰らったら、もう収拾がつかなくなる。最悪、夢オチ扱いされるのが関の山だ。

 

「画像程度の情報伝達なら一瞬。脳への負担も少ない。間抜けに半日も寝込むことはなし、当然気絶もしない」

 

 俺にそう言いながらトーラはぎゅっとリフルの手を握る。

 見せたらしい。

 

「……母様、やっぱり……あの、泣いてる人だったんだ」

 

 思いだしたと言ってもまだ点と点。それがいま線で結ばれた。

 その記憶に感傷を覚えている。リフルはそんな様子だった。

 

「九年前に処刑されたのは本当。君がセネトレアで見つかったのがその年だっていうのも本当。それも当然だよ。彼女が処刑されたのは、君の死体がなかったから、そのせいなんだ。彼女は知ってたんだよ。君がいずれ殺されるって」 

「でも彼女はその運命に逆らった……そのために、君に毒を飲ませて育てた。そのせいでの体調不良。それが病弱という理由で片付けられ、君は城の一室に幽閉されていた。生まれてから殺されるまでの六年間そうやって……」

 

 なんでもお見通しの魔女の言葉。当事者でもないくせに俺以上に詳しいってどういうことだ。

 あの力のせいなのだろうか。さも見てきたように言うのは、視てきたから?

 

「どうして……僕は、セネトレアに?」

「まだわからない?後はアスカ君が話したいでしょ?教えてあげなよ、君のご主人様がご所望だし」

 

那由多なゆた様がお望みならば……俺は何だってしますよ」

 

(約束……破っちまった)

 

 悲しむことのないように。もう、泣くことのないように。

 かつてかの人がそう望んだように、彼の幸福を願っていたのに。

 

 さっきも泣かせてしまった。

 それどころか……再会したときから、もう彼は泣いていたじゃないか。

 トーラの力で見せられた幾千もの景色の中でも。

 

 俺のせいだ。

 

 だから、これを伝えたら……俺は。

 



 *

  

 

 僕の暮らすタロット国には僕より1つ年下の王子様がいた。

 僕の家は代々王妃様の家に仕える騎士の家キャヴァロ家。

 平和を掲げる中立国の国シャトランジアの姫であらせたマリー様が和平のためにタロック王国に嫁がれる際に、彼女に仕えるに国を出て来たのだという。

 だから僕は此処で家を継いで騎士になれば、僕の主はマリー様の血を引く彼になるはずだった。

 

 僕がその、使えるべき主を初めて見たのは、彼が死んだあの日。

 銀色の髪、紫の瞳。その稀なる姿が僕の目に焼き付いて離れなかった。

 その日、僕の家にマリー様がやってきた。マリー様は涙を隠し…気丈に振る舞い、微笑んだ。

 

「あの子は…今日、死にました。それでも私が飲ませた毒が効き、いつか息を吹き返すかも知れません」

 

 父と僕は、屋敷の一室にて彼女との密談を交わした。

 もし、その桶が砂を詰められた偽物だと知れ、本物の在処がわかってしまったら…王子はすぐさま焼かれてしまうだろう。

 だから彼女はそれを埋める振りをして、彼女の最も信頼できる騎士である僕の父へとそれを託したのだった。

 

「それまでこの棺桶を預かってはくれませんか」

 

 彼女の話は、夢物語のようなもの。それでも彼女はどんなに小さな希望でも、それに縋らねば生きていけなかったのだろう。だから父はそれを引き受けた。

 マリー様はシャトランジア王家の血を引く姫ではあったが、シャトランジアはタロック王国の宿敵カーネフェルから独立した島国。黒髪に赤や黒の瞳を持つタロック人とは異なり、国民はカーネフェル人の血を引き、青と緑の瞳に金色の髪をしていた。

 そのため高貴な血筋にも関わらず、マリー様は正妃として認められず、タロック王第二妃の身分にされたのだった。

 元々マリー様がタロックに嫁がれたのは、天罰の影響だ。

 タロックとカーネフェル。人々の諍いを嘆いた神は世界に生まれる子供の数を年々減らした。そして特にタロックでは女子、カーネフェルでは男子の出生率が減っていった。

 女子が生まれなくなりつつあったタロックでは、もはや男は不要だった。優先され守られるのは未来を支える女達。

 そして布かれた……《第2子以降が男子であった場合は、殺すべし》、という勅命。

 その模範となるべく、王は自ら第二王子を殺めた。

 

 もし、万が一第二王子仮死状態であるということが王にばれれば、家も父もただでは済まないことは幼い僕でもわかっていた。

 しかし、その時僕は父は昔からよく聞かせられていた言葉を思い出していた。幼い頃から憧れていた父の後を継ぐと目を輝かせて言っていた僕に、父は家を継がせることも、王子に仕えることも強要はしなかった。自分の主は自分で見つけなければ意味がないと、父は笑っていた。

 

「世には契約での主従が溢れているが、キャヴァロ家はそうではない。偶然か必然かそれが代々先祖達はシャトランジア王家の方々を見いだしただけだが、真に守りたい者を見いだし命を賭してそれを守る……それこそが、家訓であり…誇りなのだ」

 

 マリー様と接している内に、僕は父がどうしてこの人を見いだし、仕えているのかがなんとなくわかったのだ。なぜなら僕自身も彼女に惹かれるような気がしたから。

 20を少し過ぎたなったばかりのお妃様。少々夢見がちな少女のような印象も受けるが、その優しさと慈しみが宿った瞳は青玉よりも美しい。

 

「あの子が目覚めたら、……新しい名前をあげて、そして新しい人生を歩ませてあげたいわ。……貴方の弟か何かだと思ってもらえたらいいのだけれど…」

 

 そして、マリー様は僕にふわりと微笑んだ。優しい笑顔だった。


「しかと承りました。男手一つでどこまで育てられるかわかりませんが、誠心誠意お仕えさせていただきます。しかし我が家ではマリー様のように“セロリは人の食べるものではありません”とおっしゃられても問答無用で食していただきますがよろしいでしょうか?」

「まぁ!アトファスったら……貴方のそういう厳しいところは昔とまったく変わらないわ!」

  

 マリー様は昔を懐かしむように、くすくす笑った。その頬から光る一筋の涙が流れたことを、父と僕は気付かないふりをする。

 

「この子には…もう苦しむことも、悲しむこともないような……籠の外の幸福を」

 

 それは悲痛な願いにも似た、祈りだった。

 そしてマリー様は僕にこう言った。

 

「アトファスのように強く優しい騎士になって…アスカニオス、この子を守ってあげて……私の代わりに」

 

 もし王子が目覚めても、マリー様は彼に会うことはきっと許されない。

 王が、それを許さない。

 年々マリー様の自由は奪われ、自由に城の外に出ることも許されなくなっている。

 国から付いてきた騎士や召使い達も次々に解雇され、今日を最後に父も職を失った。

 

 明日からどうするの?と尋ねたが、父は「しばらくは退職金もあるから大丈夫だが…そうだな腐っても騎士だ、剣術道場でも嗜むか?」と豪快に笑った。

 なんとなく、このままじゃ家さえ売りかねないなと僕は明日の我が身を思って溜息をついた。2国の激しい対立が続く中、職も失い、カーネフェル人の容姿でタロックに暮らすということはなかなか厳しいものだというのに。

 本当ならシャトランジアに戻れば棺も安全だし、職にも困らない。

 それでも父がこの場所を離れないのは、マリー様を見捨てることが出来ないからだ。

 

 僕がその名前を聞いたのは、何時のことだったろう。

 確か、王子の棺を預かって……そろそろ一年という頃だったか。

 

「……リフル?」


 それは阿刀とタロック風に名前を変えた父が、眠る王子の棺を見ながら言った言葉。

 

「ああ、そうだ。昔、マリー様が言っていた名前だよ。もし自分に女の子が生まれたら付ける名前だとか」 

「でも、これ…王子様じゃなかったっけ?」

 

 確かに可愛いけれど。お姫様にも見えるけど。

 元の名は、確か那由多とかなんとかって……

 

「飛鳥、マリー様の命令だ。部屋を警備をしていたときに彼女がそう呼びかけたことがあって…それ以来そう呼べたらいいのにと何度か零していたんだ」

 

 アスカニオス改め飛鳥。新しい名前は元の名を縮めただけなのでそこまで違和感はない。

 

「……リフル…、リフル様か」

  

 耳慣れない響きの主の愛称を口にしてみた。それだけで、名前一つで愛着が湧くなんておかしなことだ。

 王子を預かってそろそろ1年。この一年で随分暮らし向きも傾いた。マリー様はご病気だというデマで城に軟禁され続けているし、父も僕も気苦労が絶えない。

 どうせ王子が目覚めることなどないと思っていた。それでも一年。腐敗もせず異臭もしないその寝顔を見る度、もしかしたら…という気になってきた。

 もし目覚めたときに窒息などしていたらマリー様に合わせる顔がないと、僕は日に何度も地下室に潜り、蓋を開け、彼が目覚めていないことを確かめた。眠るリフルは、お伽話の眠り姫のように可憐に見えた。

 

「優しそうな目元とか、マリー様に似てるよな、どことなく」

 

 初めて会った日は、遠くにいた彼。眠るように死んでいった彼。

 この瞼の下には、彼の混血を示す紫色の瞳。遠目に見た時はわからなかったが、それは夕闇のように美しい色だという。

 目覚めぬ王子様マリー様との約束。小さな使命感。命を賭けるってどういうことだろう。幼い僕にはまだわからなかったけれど、この安らかな寝顔が、苦しみや悲しみに歪むことがなければいいとは思った。それが多分、守りたいってことなんだろうとも。


 しかし、そんな日々は突然終わりを告げた。

 裏切った元家臣がマリー様の秘密を王へ告げ、マリー様は火刑に処せられることになる。マリー様を救うべく処刑場まで駆けつけた父は、王に出された要求を呑み、マリー様の身代わりとして炎に包まれた。

 父が無惨な姿になった後、笑いながら王はマリー様に火をかけた。

  

 燃え上がる二つの炎。立ちつくした僕は、体中の血が凍り付くような気分でそれを見つめることしかできなかった。

 

 最初は王子を。次は自身の父とマリー様を。

 僕は何も救えぬまま、何も出来ぬまま、目の前ですべてを失ったのだ。

 

 広場から睨み付けた視線の先に、物見櫓に佇む王の姿がある。

 血に狂った赤い瞳。自分とは違う色の髪と目。

 それだけで、人はこんなにもちがうのか?

 

 どうしてこんなことをする。どうして……どうして俺から全てを奪う。

 殺してやりたい。あいつを、炎で焼き殺してやりたい。泣いても許しを請おうとも決して、決して赦しはしない。弱い火で身体を炙って、少しずつ少しずつ。炎が身体を包んだら、一度水をかけてけしてやろう。そしてもう一度最初から。それを俺の気が済むまで何度も繰り返してやろう。そうやって、苦しませて苦しませて苦痛をたっぷり味合わせてから、殺してやる。

 

 泣くのは、これが最後。次に泣くのは…おまえを殺したその時だと心に誓い、俺は広場を後にした。

 向かったのは、屋敷のある場所。僕がそこに辿り着いた頃、そこも炎に包まれていた。それが二人の姿に重なり、僕は父が裏庭に作った隠し通路から地下室へと急ぐ。幸いそこはまだ無事だったが、煙が回れば一溜まりもない。

 小さな棺といえど、八歳の子供が一人で運ぶにはいささか重たい。だから棺を屋敷に残し、その小さな身体を背負った。

 これなら逃げ切れる。シャトランジアまで行けば、親族がいる。マリー様のことを知れば国も黙ってはいないはずだ。

 

 シャトランジアは中立とはいえ、カーネフェル寄り。

 シャトランジアの聖十字軍がカーネフェルに味方すれば、タロックだって……あの狂王だってきっと簡単に倒してくれる。そう自分を励ましながら、足を進めた。

 

 表通りは歩けない。裏通りと森を抜けて、港町まで行けば、父の元同僚達が手助けをしてくれると言っていた。落ち合う場所は港町…

 そこにいくまで僕一人がこの子を守らなくてはいけない。

 

「絶対…守る……今度こそ、俺は」

 

 懸命に駈けている時、ちらっと目に入ったのは…長い銀髪。背負った王子の髪の色。

 その髪が、あの男と重なって見えた。

 色も違うのに。

 どうしてだろう。

 

 はっと気が付き、僕の足が止まった。

 

 僕は今、誰を助けようとしているんだ?

 仕えるべき主?それとも…あの、憎い敵の息子をか?

 

 いや、これはリフルだ。俺の弟の、リフル。

 マリー様が言ったじゃないか。守ってくれって。約束したじゃないか。

 そうだ、馬鹿な考えは捨てろ。今は逃げることだけ考えればいい。

 

 父の仲間の力を借り、セネトレア行きの船に紛れ込ませて貰う。

 子供だったから上手くいったんだ。

 積み荷に紛れるなんて大人じゃ出来ない。

 

 付き添いに来てくれた騎士は旅券があったから、他の船に一般客として乗り込んだ。

 そんな道中を越え、なんとかセネトレアまで辿り着いた。着いた港はレフトバウアー。騎士とはそこで待ち合わせ。

 

 大変だったけど、順調だったはずなんだ。

 でも僕は知らなかった。レフトバウアーは、商人達の港町。その中には奴隷商や、誘拐請負の組織もいたことを。

 

 それを知らない僕は、油断した。追っ手をまいて、安心しきっていた。

 人間そうなると、余計なことを思い出すものだ。

 

 旅の疲労。家族を失った怒りと悲しみ。

 戻る家が消えたこと。それを思いだした。

 狂王への憎しみが使命感を上回ってしまった。

 

 僕は今抱えている子供が、マリー様に似ているだけではないように思えて仕方がなかった。やっぱり似ているんだ。当たり前だ。同じ血が、流れているんだ。あの狂った血が、この皮膚の下にも?

 

 こいつの親父が俺の全てを奪ったのに。どうして俺はこいつを守っているんだろう。

 急に泣きたくなった。叫びたくなった。

 

 何が正しいのかわからなくなる。

 このまま抱えていたら、俺がこいつを殺してしまいそうだ。

 だから俺は、その手を放してしまった。置き去りにしてしまった。

 勿論、頭が覚めたらすぐ拾いに行くつもりだった。すこしひとりになりたかった。泣いて楽になりたかった。

 でも何かあったらいつでも駆けつけられるよう、繋がる通りに背を預けて。視界の端にはその子供が入るようにしていた。

 突然だった。

 

 身体がぐらついた。上手く息が出来ない。

 体中が痺れてる。身体は動かない。

 瓦礫に躓き倒れ込んだ身体。

 ちくしょう、動け!動け!動け…どうして動かないんだ。言葉さえ紡げない。

 

 そして訪れる睡魔。

 再び俺が目を開けた時には、リフルはそこにはいなかった。

 

 連れ去られたのか、それとも…目覚めた彼が歩いていったのか。

 生きているのか死んでいるのか。

 

 わかっていることは一つだけ、俺はまた一つ、大切な者を失ってしまったということだけ。

 俺は馬鹿だ。

 今度は殺されたんじゃない。誰かがやったんじゃない。

 俺の行動で、彼は失われてしまったんだ。

 俺のせいだ。

 

 父さんは……マリー様は、こんな俺を情けなく思っているだろう。

 あの人は俺に託してくれたのに。

 

 俺が、この手で手放した。

 俺が、裏切ったんだ。

 

 


 * 

 

 

 

 話しきった。これで、おしまいだ。

 全部終わりだ。

 最後に、いい夢を見させてもらった。

 

 

「だから……貴方のこれまでの不幸は、全て俺の……私のせい。数々の無礼をお許し下さい、王子」

「……アスカっ!?」

 

 主に捧げられなかった形見の剣は、自分の首を刎ねるためのもの。

 だから、大切だったんだ。

 

「俺は幸せです。貴方に……謝ることが出来た。やっと俺も……救われます」

 

 首に刃を添えて、目を瞑って息を吸う。

 

「馬鹿かお前っ!」

 

 その声ひとつ。

 それで彼は俺を支配する。

 

「調子に乗るな!図に乗るな!何様だ!私が…………この俺の全てがお前一人のせいだと?馬鹿にするのも大概にしろ!」

 

 カランと手から剣が滑り落ちていく。

 だって、あいつが泣くから。この手はこんな事をしている場合じゃない。

 あの色に魅せられていく。

 命令無しに、自害も出来ない。

 

「お前一人殺して救われるなら、何回だって殺してやる!……でも、そうじゃないだろう!?」

 

 大事なのは今。

 さっきリフルが言った言葉。

 あんな話を聞いた今でも、俺を殺す理由がない。そう言っているのか?

 

「お前のせいじゃない。第一、俺が不幸だと誰が決めた?俺は……一言でもそんなことを言ったか?」

 

「辛いこと、嫌なこと……泣きたいこと苦しいこと。そんなもの、誰にだってあるだろう!?特別じゃない!辛さを競って何が楽しい!?そんなこと考える暇があるのなら、どうなったら世界から戦争が無くなるかでも考えていろ!時間の無駄だ!」

 

 それはそうだ。

 それでもお前のそれは、度を超えている。

 

 実の父に殺されて。実の父に母を殺されて。

 奴隷として酷い扱いを受けてきたのに。

 俺が見せられた映像。人の尊厳もプライドもまるでない。

 何度お前が泣いたか、数え切れない。

 もしあいつ等が生きていたら、俺が殺してやりたい。

 

 それなのに、どうしてそんなことが言える。俺だったら……きっと、言えない。

 どうしてそんなことを、今俺に言える。

 お前だって辛かったんだろう。

 そんな優しい言葉。俺はかけてもらえるような、権利ないのに。

 俺は一度、お前を裏切ったんだ。そう言っただろう?

 

 お前のためと言いながら、自分の自己満足。そんな偽善。償い。

 お前の記憶が戻って欲しい。誰よりもそう願っているふりをして。

 それを誰より怖がっていた。

 

 もし叶うなら。ずっとこのまま……何も教えないまま一緒にいられれば。お前を捨てた罪人が、そんな欲を抱いていたんだ。

 だから、お前の話の途中で寝たふりを通した。聞かないふりをしようとした。最低だ。

 九年間、覚悟していた。どんな言葉を浴びせられるだろう。

 ずっと怯えていた。それでもいっそ罵られた方が、ずっと何倍も楽なのに。

 それなのに彼は、俺の望む言葉を与えてくれない。

 

「誰も悪くない。一人のせいじゃない……悪いのは、この世界そのものだ。アスカニオス、気に病むのなら俺に手を貸せ。俺は……復讐する」

 

 その命令は、俺の自害を拒絶する言葉。

 彼は俺を許し、死ぬなと言っているのだ。

 

「あいつだけじゃない。この世界すべてだ!もし俺を不幸というのなら、混血という身分が?奴隷という身分が?それが俺を不幸と呼ばせるモノなら、そんなもの、無くしてやる!」

 

「混血も純血も関係ない。誰もが笑って暮らせる場所を、俺は作る!誰も泣かせない!」

 

 泣きながらそんなことを言われても説得力がない。

 だから放っておけない……

 まだ、死ねない。

 

「そんな場所に行ければ……俺は母様が望んだように二度と悲しむことも、泣くこともない。違うか?」

 

 そうだな。

 そんな場所が出来たら。俺も安心して、死ねる。

 お前がずっと、笑っていられるなら。

 

「作るんだ!そんな世界を……」

 

 あの時手放した手は、大きくなって俺の前に差し出されていた。

 

「力を貸してくれアスカ。私の……お願いだ」

 

 “俺”ではなく、“私”。

 命令ではなく、“お願い”。

 

 それは“瑠璃椿”だったのもの。俺がリフルと名付けたものの言葉。

 俺の主の那由多としてではなく。

 俺の奴隷としての瑠璃椿としてでもなく。

 彼が言う。命令ではない言葉。

 

「那由多……様」

「馬鹿。私はリフルだとお前が付けてくれただろう?名前を間違えるなんて、お前は友人失格だ」

 

 それでも俺の口から漏れたのは、主を呼ぶ声。

 それを咎めるように言い、ふて腐れる……リフル。

 

「……友人?俺が、ですか?」

「ああ。互いに主なんて面倒くさい。つまり対等なのだろう?それなら友人以外に何と呼ぶ?」

 

 マリー様。貴方の王子は、こんなにも大きくなりました。

 父さんから聞いたお姫様のように、俺じゃあ口で勝てそうにありません。

 

 顔に似合わずお転婆で。目を離すと厄介事を引き起こして。自分のことなんか全然顧みないで。

 それでも他人を思いやれる。そんなお姫様に、そっくりです。

 

 あの男とは違う。リフルは違う。

 貴女の付けた名前だ。貴女の王子だ。

 

(馬鹿だ、俺……)

 

 九年前の自分をぶん殴ってやりたい。

 こいつはあいつとは違う。

 お前はお前だと言いながら、俺が一番を見えていなかった。

 

「はは…あは、は…………そう、だな」

 

 友人でもいい。

 傍にいても良いなら。守ることが許されるのなら。

 お前がそれを望むなら。

 

(情けねぇ……)

 

 もう泣かないと決めたのに。

 全然守れてない。

 

(……失格だな)

 

 マリー様……俺には言えません。

アスカの父はシャトランジアでのマリー姫の騎士でした。敵国に嫁ぐ彼女の護衛ということでそのままタロック城に仕えていました。アスカの初恋はマリーだったので、その子供の那由多への思い入れも強いです……が、同時に両親の敵でもあるタロック王の息子でもあるので複雑な思いを奥底に抱えていました。置き去りにしたのもその憎悪が心を支配したせい。


己の罪を告白した彼は、許されたことにより絶対の忠誠をこの時抱きます(それまでは罪悪感と……)

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