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7 Liberate Te Ex Inferis.

 

 地下の階段を登ろうとした時、背後の扉が開く音がした。名を呼ぶのは、フォースの声だ。

 

「リフルさん……」

「……フォース、よく眠れたか?」

 

 そういえばフォースは教会に連れて行くという話になっていたか。また迷ったらアスカに迷惑をかける。酒場で誰かに道案内を頼むべきだろうか。

  

「はい……もう本当にぐっすり。……ぐっすり過ぎて情けなくなるくらい。今の今までどうして忘れてたのか」

「忘れてた?」

「俺……あの、あの店の仲間がどうなったかなって」

  

 フォースの言葉は歯切れが悪い。

  

「あのラハイアって人が店の方は何とかしてくれるって思う……でも他の奴等は」

「他の奴等……?」

 

「俺、一人で逃げたんじゃないんです」

 


 *

 


「つーことはあれか」

「あれとはなんですかロイル」

「あれはその、つまりあれだ!」

「つまりフォース君は、その脱走仲間を捜したいのね」

「お、それそれ!」

 

 あれを連発していた男……ロイルが、店主の言葉に賛同する。それを見て、その相方であるリィナと呼ばれていた女性が口を開いた。

 

「アスカさんは起きてこないから使えないし……他に引き受けてくれそうなメンバー探そうって事ですね」

「俺は強い奴とやれるんなら、引き受けるぜ?」

「そうでなくても、アスカさんには昨日おごって貰いましたしね」

「う……わーったよ。弱い奴相手でも引き受けるぜー」

「そのお友達はどんな方なんですか?」

 

 この二人はフォースの依頼を引き受けてくれるようだ。

 それにほっと安堵の息を吐いたフォース。続けて捜索対象の情報を話し始める。

 

「グライドとパーム。グライドが俺と同い年…13でパームが10歳。どっちも男。グライドが茶色の髪に赤い目で、パームが灰色の髪で目は黒。二人ともタロック人……村から一緒で。それから、ロセッタ。ロセッタは黒髪に赤の目……」

 

 当時のことを思いだしているのだろう。フォースの言葉が詰まり始める。

 

「ロセッタが、自分が出される時に檻が開くから逃げろって……」

「どうしてそうなるって解ったのかしら?」

 

 女店主がフォースに尋ねた。

 

「ロセッタは自分は女だから、すぐに買い手が付く……そうじゃなくても市場に着いたら檻の中身を分けるはずだって。檻は集落毎に分けられてたからきっとそうなるって」

 

「頭の良い子ねロセッタちゃんて」

「俺よりひとつ年上だったから……最後まで姉貴面して、馬鹿みたいに強がって……」

 

 馬鹿みたいに強がって……その言葉にアスカの顔が思い浮かんだ。きっとそのロセッタという子も優しい人なんだろう。

 

(タロック……)

 

 フォースとその友人達が奴隷に身を落としたのも、全ては狂王のせい。

 それなら、フォースの願いは……私だけは絶対に断ってはいけない。出来ることなら叶えてやりたい。

 

「何の力になれるかわからないが……私でよければ、フォースの力になりたい。ロイルさん、リィナさん……ご協力願えますか?」

「ご丁寧にどうも。私なんかでよろしければ。アスカさんにはいつもお世話になってますもの」

「足だけは引っ張るなよ」

 

 女は丁寧に。男の方はぶっきらぼうにだが、協力を快諾してくれた。

 しかし男のその態度に相方は意見する。拳で。

 良い角度で鳩尾に入った。穏やかに笑う綺麗な女の人だが、実は凄い人なのかもしれない。

 

「ロイル、女性にそういう態度はよくありません」

「……私別に女じゃないので」

 

 お気になさらず。そう言うとロイルが床の近くで呻いていた。

 

「俺殴られ損じゃん……」

「……って、え!?あんな格好してるし“私”って言ってるから、私ったらてっきり」

「ああ、あれは仕事着で……この口調は、癖なんです」

 

 私の言葉に、女店主が動揺し始める。こんなに驚かれるなんて……言えば良かったんだろうか。

 そう思っていた私に、床から復活した男が話しかけて来た。

 

「お前、年幾つ?」

「15……か16らしいです」

「俺は17だからどっちにしろ俺が上だな!よし!年下なら仕方ねぇ、足引っ張っても大目に見てやるよ」

「だから貴方は何様ですか」

 

 リィナ……さんのチョップがいい音を響かせて相方の頭を直撃した。

 そんな光景をさらりと無視して女店主が話しかけてくる。

 

「何かよくわからないけど、大変だったのね……。私は16だから貴方と同い年みたいなものね、呼び捨てで良いわ」

「でも……」

「あ、フォース君貴方のことも面倒くさいから今度から呼び捨てにするわね?でも私のことは敬語で呼びなさい」

「え!?」

「冗談よ、普通で良いわよフォース」

「……早速呼び捨てだし」

 

 フォースとディジットのやり取りを見守っていると、混血の双子が近寄ってくる。

 

「ディジットは、混血にも優しいんだよ」

「アスカさんには冷たいですけどね」

「だってアスカはアスカだもの。リフル、私もそうするから。敬語もなしでいいわよ」

 

 ここまで言われて逆らうのはどうかと思う。彼女たちの目は、私を道具と見ていない……確かに優しい目だ。フォースとの会話も、沈んだ彼を浮かせるためだったのだろう。フォースも少し元気を取り戻している。

 

「ありがとう……ディジット」

 

 そう言うと、彼女は微笑む。明るく優しい笑顔だった。いいな、と思った。アスカが彼女を気に入るのもわかる気がする。それに彼女の色……それがなんだか懐かしかった。声も顔も違うのに……色が同じだから、重ねてしまう。その面影が呼び起こす、慕わしさと罪悪感。

 

「こっちの桃色のがアルムでこっちの赤いのがエルムね、髪の話だけど。この子達は11だから基本呼び捨てでいいから。」

  

 本当にいいのか?と目で聞くと、少年は「ディジットには逆らえません。彼女がそう言うのならそういう方向でお願いします」という諦めの顔。少女は何もわかっていないようでにこやかな笑顔を返してくれた。

 

 続いてリィナさん達が便乗してくる。

 

「それじゃあ私も呼び捨てで構いませんよ。私も16ですし、私の敬語も口癖ですから」

「俺のことは様付けでいいぜ」

「黙りなさいロイル」

「……呼び捨てでもいーぜ」

 


 *

 

  

 それから暫く話し合った結果。やることが決まった。

 

 TORAに行って情報収集係。

 市に向かって聞き込み係。

 教会に保護されているかどうかの確認係。

 教会とTORAに向かった者はそれが終わり次第市へと向かう。

 

「私がTORA、ロイルはフォース君と一緒に教会、リフルさんは市をお願いします」

 

 リィナの判断は正しい。

 私はTORAの利用法がいまいちわからないまま。教会の位置も解らない。フォースはもし保護されていた場合、友達の顔がわかるから必要だろう。となると私が向かう先は一つだけ。

 

「もし迷ったら道案内の請負組織があちこちにありますから、それを使ってくださいね」

 

 そう言いながらも、手渡された地図は分かり易い。これがあればセネトレアの何処に落とされてもここに帰ってこられるだろう。

 

「……手描き?」

「うわ、すげー!」

 

 私とフォースにそれぞれ手渡されたそれ。TORAや時計塔、教会に大きな通りといった主要部位が分かり易く記載されている。宿兼酒場の位置まで書いてある。それを覗き込んだフォースまで目を丸くする。

 

「大した物じゃありませんよ、即席ですし」

「リィナは絵も上手いんだ」

「貴方が褒められたんじゃありませんよ?勝手に得意気にならないで下さい」

 

 ロイルに辛辣な言葉を吐くリィナ。そう言いながらも、リィナの頬は少し赤い。

 

「フォースさんのお友達の似顔絵も話を聞きながら描いてみましたが……こんなかんじでしょうか」

「……リィナさん凄い!そっくりだ!!」


 話し合いの時、フォースに友達の髪型や目付きなど細かいところまで尋ねていたのは、これのためだったのか。

 フォースの肯定聞き、三枚ずつ同じモノをささっと描き上げる。凄い。二分も経っていないのに、もう全員分が終わってしまった。

 そしててきぱきとリィナは指示を出す。

 

「それじゃあ手分けをして探しましょう。何か情報を掴んだら一度宿に戻って伝言を残してください。まず三時間後に落ち合いましょう。場所は奴隷通りの傍の軽食屋。名前は……」

 

 

  *

 

 

 一日ぶりの奴隷通り。そこに向かうには、着替えた方が良いとは思ったが、時間が勿体なかった。それに、もし昨日の聖十字兵に出会したら余計面倒なことになりそうだ。

 地図に付けられた市に点々とある聖十字の詰め所。

 教会のある東側はロイルが、TORAのある西側はリィナが当たってくれることになっているが、市場内のものは私が行くしかない。……となると女装するしかない。昨日買った使い捨ての色硝子で目の方は誤魔化すことにしたが、髪は降ろしていたから見破られる可能性もある。そういう理由で髪は適当にまとめよう……と思ったが銀髪が見え隠れして上手くいかない。

 早く行かなければ行けないのに。でも焦れば焦るほど上手くいかない。

 

「ディジット、先生呼んできたよー」

「リフル、もうそのまま行っちゃいなさいよ。先生今日暇みたいだから一緒に行ってくれるって」

 

 ばふっと突然頭から被せられた薄布。コレなら色も髪の目立たない。視線を上へと上げると黒髪の医者の姿があった。

 

「暇ではないが、その色を無粋なウィッグで隠すなど勿体なくて見ていられないからな。せっかくの美しい色が台無しだ」

 

 確かに。純血の連れがいれば、奴隷の振りも利く。聖十字もまさかあれが混血の女だとは思わないだろう。


「お願いできますか、先生」

 

 みんなが先生と呼んでいるので彼のことはそう呼ぶのが自然な気がしてきた。あのディジットが敬語を使う唯一の相手が彼だからだろうか。“僕”の口癖もつられてしまう。

 

「命令とあらば、従わないわけにはいきませんよ……」

  

 私だけに聞こえる音量で真名を付け加えるあたり、本当に暇まではなかったのかもしれない。

 そんなことを考え始めた私に、小さく笑って背を向ける。

 

「冗談だ。行くぞ」

 

 

 *

 

 

「保護したタロック人の子供?」

「ああ。知り合いが逃がしたらしくてな」

 

 奴隷連れだけに説得力がある。先生の巧みな話術も作用し、詰め所の聖十字兵達は簡単に情報を割ってくれた。一通り当たってみたが、当たりは出ない。

 

 待ち合わせまで後一時間はある。それまで奴隷通りで情報収集をするしかない。

 昨日の店の前まで来てみたが、奴隷はもう一人もいなかった。周りの商人から聞いた話だと、全員教会に保護されたようだった。

 

「あの兄ちゃん、暫く減給喰らってるだろーな」

「シャトランジアから来たばかりなんだろ?セネトレアの流儀って奴がまるでわかってねぇ」

 

 商人達が笑うのは、あの少年兵のこと。

 

(ラハイア=リッター……)

 

 フォースの話では、上官に盾突いたとか。奴隷達がいないということは、彼は正義を貫いたのだろう。

 彼は自分のことを顧みずに、奴隷達を救ったという。彼のような人間が偉くなれば、セネトレアも変わるだろうか。

 

(ラハイア……)

 

 彼なら、力になってくれるかもしれない。

 見つけたら教会へと保護してくれる。リィナのこの似顔絵を見せれば気に留めてくれるだろう。

 

 市の中で彼の姿を探したが、何処にも見つからない。

 試しにあの場所に一番近い詰め所で尋ねてみた。

 

「あの……ラハイアという方はこちらにはいらっしゃらないんですか」

「なんだ姉ちゃん、あの堅物の若造に何の用だい?」

「以前助けていただいたことがありまして……お礼を言いたかったのですが」

 

「今日は非番だよ。明日ならこっちに来てると思うが……」

「ま、非番でも街の警備やらパトロールやらやってる奴だしな。どこかほっつき歩いてるんじゃねぇかい?」

「給料以上に働いてどうするんだか、いつか過労死するんじゃねぇかあいつ」

 

 馬鹿にする者、からかう者、心配している者。

 兵士達の反応からも、彼が聖十字に相応しい人間なのだとわかる。もし街で彼に会えたら、捜索の件を頼み込んでみよう。そう思った。

 

 奴隷通りは相変わらず、気持ちが悪い。

 商人も客達も、みんな濁った淀んだ目をしている。物を見る目だ。

 子供もいる。大人もいる。老人もいる。

 混血は一人か二人ずつの檻。二人いるのは、たぶん双子だ。純血は檻の中にぎゅうぎゅう詰め。

 おかしい。純血は偉いって。混血は化け物だと言われているのに。ここでは純血の方が酷い扱いを受けている。混血は、硝子の壊れ物を扱うように大切に売られている。いや、それでもたかが知れている。人を檻に入れて飼うなんて。

 

 市場で始まる競り市。高価な値段を付けられ買われていく混血達。二桁単位で売られていく純血達。

 どっちが幸せだろう。


 混血が幸せなのはたぶん、この瞬間だけだろう。億単位の値段。それだけの価値が自分にはあると証明された。この時だけ。

 後は……私と同じだ。食事と住処が得られる代わりに、心を引き裂かれる。吐き気がする。おぞましい。いっそのこと、もっと早く毒が強くなっていれば、最初の時に殺せたはずなのに。

 

 純血は労働力として酷使されるのだろう。不眠不休も当然、賃金は皆無。代わりは幾らでもいると、あの大男達のように道具扱いされるのだろう。混血の足下にも及ばない値段。それは彼等の人としての誇りを打ち砕くだろう。一籠数十万だなんて。一人頭何万シエル? 

 私は拾われて、最初から高級奴隷として育てられたから、過程を知らない。

 市場がこんな場所だと知らなかった。屋敷で一緒にいた友達達も、ここから拾い上げられてきたんだろう。だから衣食住が保証されたあの屋敷を楽園のようだと言っていたんだ。


 あまりの嫌悪感からふらついた身体。それを支えてくれたのは先生だった。

 もう片方の手で私の視界を遮る。

  

「……見たくないなら目を瞑れ」

「いいえ……大丈夫です。目を瞑っても何も変わらないなら……せめて見なくちゃいけない。逃げてはいけないと思います」

 

「これが、……あの人のせいなんですね」

 

 歴史を教えられたときに、単語として覚えさせられた言葉。

 国の名前。王の名前。

 タロック国王須臾=D=ターロック。

 彼の名で10年前に発布された『男子虐殺令』。

 それを世に知らしめるための生贄。それが……“僕”だった。先生はそう言った。

 

 その虐殺令は、ほとんど女子の生まれなくなったタロックで、跡継ぎ以外の男は不要とし、第二子以降が男の場合処刑しろと言うもの。

 魂は巡るという輪廻を信じるタロックらしい。命のリサイクルということなのだろう……殺せば生まれる。今度は女子が産まれるかもしれない。馬鹿げている。

 

(……あれ?)

 

 どうしてそんなことを知っているんだ?教えられた文字以上にわかってしまう。

 タロックの輪廻信仰なんて、屋敷で教えられてない。

 

 私が動揺している間にも、教科書以上の情報が脳内を飛び交い始める。

 

(私は……“タロック”を知っている)

 

 浮かんだ文字。それと顔のない男とが合わさり、知らないはずの顔を映し出す。

 闇色の漆黒の髪、血よりも赤い二つの瞳。炎より熱い狂気を宿したその双眸。

 狂王、須臾。僕の……父様。

 


 *

 

  

 こちらを見る男は漆黒の髪。

 その姿にぞくりと背筋が震える。

 

「顔色がよくない……無理はするな」

 

 あの男が、僕に声をかける?そんなの、一度もなかった。

 それじゃあ、これは誰?

 

「……リフル?」

 

 気遣ってくれる声。

 赤じゃない。其処にあるのは、静かな黒の瞳。

 

「先……生?」

 

 意識の定まらない僕の手を引き、通りを曲がり影のある涼しげな脇道へと導く先生。

 

「陽にでも当てられたか?」

「いいえ……その…………いろいろ、思い出したんです」

 

 そう告げるとそうかと言ったきり、彼は口を閉ざした。

 

「先生のおかげです……名前を教えてくれたから。顔、思い出しました」

 

 彼のヒントは大きかった。

 今なら、城の中の風景まで見えてくるよう。

 記憶の中で呼ばれた名前が、違和感なく耳に馴染んでいく。

 

「やっぱり、僕が……そうなんですね」

「知りたくなかったか……?」

 

「わかりません……」

 

 あんなに知りたかったこと。

 知ったのに、どうしてこんなに虚ろなんだろう。

 

 取り戻しても、僕の中は空っぽのまま。

 むしろ取り戻した記憶が心をえぐり取って、胸に開いた穴を広げていくようだ。

 

 そういえば、僕は思い出しに来たわけじゃない。フォースの仲間を探しに来たのに。

 何やってるんだ僕。全然、フォースの力になれてない。先生にも迷惑をかけてばかりだ。

 

「……付き合わせて、ごめんなさい」

「構わない。放っておくと君はまた傷を増やして帰ってきそうだからな」

「僕は弱いですから。そうでもしなければ何も出来ません」

「だが、人助けは良いことだ。何をするにも人脈は必要だからな」

 

 先生は穏やかに笑う。

 どうして見間違えたんだろう。全然似てないのに。

 あいつは、こんな風に僕に笑ってくれたことなんかなかった。

 会話を交わしたことも一度もなかった。通りで、殺せるはずだ。

  

「……復讐するにも、ですよね」

 

 先生の顔から笑みが消える。

 

「方法にもよるが……正攻法なら戦争。邪道なら暗殺。正攻法なら人員は必要不可欠。後者なら……あの魔女さえ味方に付けられれば、人数は要らないな。如何せん気まぐれだから難しいだろうが」

「僕は……暗殺の方が良いです」

「なぜそう思う」

 

「それなら失敗しても、死ぬのは自分だけだから」

 

 先生がもう一度笑う。優しいけれど、少し悲しい笑い。

 彼は、僕を憐れんでいるようだった。

 けれど先生は、憐れみを口にはしなかった。

 

「それならば強くなるしかない。強くなるには経験を積むこと……」

 

 一人でも、目的を果たせる強さ。

 それが手に入れば……

 

 力を望む僕に、先生が静かに問い掛ける。

 

「それでも……君が何処かで死んだら、悲しむ者がいるんじゃないか?」

「僕に?誰ですか?」

 

 僕には何もないのに。

 そんな人いない。

 

 母様もいない。

 父親……あいつは敵だ。

 

 腹違いの恒河兄様も刹那姉様も、顔さえ知らない。

 あの時、悲しんでくれたとは思えない。

 

 そんな僕に、何がある?

 誰が居るって言うんだ。

 

「きみに名前をつけた馬鹿だよ」

 

 先生が馬鹿と呼ぶのは、一人しかいない。

 馬鹿。

 アスカのことだ。

 本当、馬鹿だよアスカは。

 僕じゃないのに。悲しむのは他の人のことなのに、いつまで勘違いしているんだろう。

 でも……“私”も馬鹿だ。その勘違いに浸っていたいなんて思ってしまったんだから。

 

 道具としての私か。

 人間としての僕か。

 

 どっちも自分だ。

 それでも違う。

 だから、選ばなくてはいけない。

 

 でも今は、まだ保留でいい。

 今はフォースのことが大事だ。

 

 それは私にとっても、僕にとっても。

 どちらも選べないなら、違う自分を作ればいい。


 ふと思い出すのはアスカの声。彼は自分を確か……そうだ、“俺”でいい。

 俺は、今フォースの力になりたい。心からそう思ってるのは本当だから。だからそれだけを見て、それを実行する。

 

「行ききましょう先生、そろそろ待ち合わせだ」

 

 

 *

 

 

「あら、洛叉先生まで……ふふ、リフルさんの人徳ですか?」

「こいつ唯の混血好きって噂本当だったんだ」

 

「ほぅ、誰だそんな噂をばらまいたのは」

「アスカだけど」

「聞くまでもなかったな」

 

「で、そっちはどうだったんだ?」

 

「市場の詰め所は全滅だ。奴隷通りの奴隷商は一通り当たったが、似顔絵の外見の者を店から探してみたが、奴隷通りにはいなかった。消えた奴隷達は、教会に送れたと聞いたが」

「教会か、あっちには結構な数の奴隷が居たぜー、一人はそっちで見つかったし」

「ま、俺としたら暴れたりなくてつまんねー仕事だったけどな……たまには悪くねーかもな」

 

「TORAの公開掲示板には記載されていたのは、教会で見つかったというパーム君のことだけでした。残りの二人……ロセッタという女の子が購入された先はおそらくタロックかセネトレア……どちらにしてもタロック系の貴族の家でしょう。ここ数日の情報はまだ表には出されていないようです……時間が経てば記載されるでしょうが、名前を変えられてしまっては難しいですね」

 

「グライドは?」

 

「掲示板にはありませんでした。商人にも捕らえられていない所を見ると、まだ街のどこかにいるか、商人以外に拾われたか。どちらにしてもベストバウアーにいる可能性は高いでしょう」

 

「そっか……グライド頭いいからな、俺と違って上手く隠れながら逃げてるのかもしれない」

「聖十字にきちんと保護れれば、教会の方に行くと思いますが……」

 

「あいつら……信用ならねー」

「……セネトレアですからね」 

「しばらくは教会に通ってみるのが一番でしょう……ごめんなさい、あまり貴方の力になれなかった」

 

「ううん、ロイルさんもリィナさんも頑張ってくれたんだろ?一番心配だったパームが見つかって良かったよ!ありがとう!……二人は俺より頭良いし、きっと大丈夫」 

「これからどうするんだ?お前も教会に行くか」

「……お世話になったし、アスカとかディジットさんにお礼言いたい」

 

「それにしてもアスカの野郎どうしたんだ?まさか俺物凄い必殺技でも閃いたんじゃ……凄すぎて時差がありすぎて翌日に効果が現れるとか」

「ふふふ……ロイルったら。そんなことだけはあり得ませんよ」

 

「あれ、そう言えばリフルさんは?」

 

 

 *

 


 リィナの地図のおかげでそこに載っていない場所まで辿り着けた。二日ぶりの奴隷屋午前零時……

 


 午前零時の扉の向こう。

 持っていた鍵を使い開けた扉。店の受付の、さらに向こうの扉。

 豪華な装飾品に囲まれた部屋。待合室。其処にいたのはふたりの混血児。

 

 黄色に似た黄緑色の髪にタロックの赤い瞳の少女、鶸紅葉ひわもみじ

 深山を思わせる深緑色の髪にカーネフェルの青い瞳の少年、蒼薔薇あおそうび

 どちらも見知った顔。“午前零時ミッドナイト”のメンバー……以前の仕事仲間だ。

 

「瑠璃椿……主も無しに何用だ?」

「どうせご主人サマと馬が合わなくて戻ってきたんだろ?僕の言った通りじゃない」 

 

 得意気にそう言う蒼薔薇も、私の言葉に押し黙る。

 

「あの方にお取り次ぎをお願いしたい。主の命でタロック人の子供を捜しています。表ではまったく情報が掴めない……だからこそあの方は何か知っていらっしゃるのではないかと思い、こうして参りました」

「あの方はご多忙だ」

 

 鶸紅葉の言葉にはとりつく島もない。

 

「僕から取り次いでやっても良いよ?」

  

 そう言って投げられる長剣。

 僅かな驚き共に視線を向けた先。そこに映る蒼薔薇は、思いついた企みを隠さずに、にこやかに笑う。

 

「取れよ」

 

 彼の企みは、剣での勝負。もし自分に勝てたら、取り次ぎを引き受けてくれるというもの。

 この二人はあの方の直属の側近。確かに彼等どちらかの力添えが在れば、それも叶うだろう。

 けれど……

 

「貴様は意地が悪い。瑠璃椿がお前に敵うわけがないだろう」

「嫌だな、剣はそこまで得意じゃないんだ。十分なハンディをあげたつもりだよ僕は」

 

 鶸紅葉の言うとおり。

 私がまともに戦って、蒼薔薇に勝てるはずがないのだ。埋められないほどの身体能力の差が私たちの間にはある。

 

「やらないの?それじゃ、諦めて帰りなよ。役立たずの奴隷なんかお払い箱だろうけど」

 

 嘲笑を浮かべていた蒼薔薇の笑みが凍る。

 剣を手にした私を見て、鶸紅葉が目を見張る。

 

「……正気か、貴様」

「……やらないなんて、一言もいってない」

 

 驚いたのは蒼薔薇も同じ。信じられないようなものでも見たように。それでも彼は、すぐさまそれを受け入れた。

 

「ふぅん……いいよ、来なよ」

 

 挑発。それに乗って先手を取っても意味がない。だから私は剣を構えて迎え撃てるようにする。

 それを確認した蒼薔薇は、それに乗ってくれた。

 

「来ないならこっちから行くよ!」

 

 声が聞こえた瞬間、もう彼の姿は消える。消えたワケじゃない。早すぎて、私じゃ視えない。

 次に彼の姿を見つけたのは、1メートルも離れていない。

 ここは互いに互いの間合いの中。

 

 繰り出される幾多の剣戟。避ける必要はない。出血が原因で死ぬ心配はない。その手の致命傷は向こうが勝手に避けてくれる。

 

 だから私は見る。見えない手の残像を見切らない。

 私は彼を見る。目を見る。そして微笑む。

 純粋な力で敵わないなら、この目の力だって使ってやる。

 

 そのまま。

 おいで、おいで。

 もっとこっちに。近づいて。私の傍に、こっちにおいで。

 

 追い詰めるつもりで、彼は私の術中にはまる。

 自分の意志で動いてるつもりでも、気付かないうちに、私の思い通り。そのまま、私は手にした剣を突き出すだけ………

 

「……っ」

「は!何処に目ぇ付けてんの瑠璃椿!!」

 

 容赦なく肩を抉る刃。

 攻撃が、さっきより当たっている。一撃一撃が深くなっている。

 

(しまった……これは、効かないタイプか?)

 

 彼とはやりあったことがない。メンバー同士が戦うことはなかったから。それは仕方がないのかもしれないが。

 

 邪眼の持つ魅了効果。

 これは基本的に、魅了することによって傷付けることを不可能にさせ、場合によってはある程度操ることができる……反面面倒な対象にされる副作用を持つ。 

 混血にこれを使ったことはないから、もしかしたら彼等には無効化なのかもしれない。でも、剣を振るう蒼薔薇はどこまでも愉しげ。効いていないわけでもないらしい。

 

(なるほど……)

 

 だから副作用側の効き目が弱い。それでも魅了効果はあるわけで……闘争本能と加害嗜好に火が付いた。そういうことだろう。

 つまり加害趣味のモノには面倒な効き方になるらしい。今知った。今まで殺してきた人々に、そういうタイプがいなかっただけだ。

 

 とりあえず、力の欠点がわかっただけでも儲けものだろう。そう思うことにした。

 向こうにブレーキが利かない分、此方がなんとかしなければ。蒼薔薇まで返り血が触れてしまわないよう、大きな怪我は避けなければ。

 

 それなら、どうすればいい?

 考えた結果、私は剣を捨て、その場に立ち止まる。

 その行動は、蒼薔薇にも疑問を抱かせたよう。

 

「……何してんの?」

「斬らないのか?」

「……死ぬつもり?それとも殺されたいの?」

 

 力でも敵わない。邪眼も効かない。

 それなら私に残された方法は、騙し討ちだけ。

 

「……まだ、嫌だ。どっちも」

 

 隠し持っていた短剣。それを近づいてきた彼を狙って腕を伸ばした。

 私の手には剣はなく、代わりにピタリと心臓の上にあてられた刃。私の手にしていたそれは、いとも簡単に弾き飛ばされてしまった。カランという音が後ろの方で聞こえた。

 

 力が足りなかった。

 私の手は彼の首に添えられていたのに。

 

「それならどうして心臓を狙わない?お前が首を切るより、僕がお前を殺す方が早い」

 

 もし私が剣を持っていられても。

 彼はそう言っている。

 

「殺さなければならない奴が、いるから」

「っ……」

 

 でも、それは蒼薔薇ではない。

 そう告げると、彼は忌々しげに剣を振り上げ、私の眉間の上でピタリと止める。

 

 私が見ている者。殺すべき対象。

 それが自分でないことを知った蒼薔薇の目には怒りが燃え上がる。私の言葉は彼のプライドに障ってしまったよう。

 

「馬鹿?殺し合いだろ!?目の前のこと……僕のことだけ考えろ!お前が今、殺すべきなのはこの僕だろう!?」

「……違う!」

 

 それは違う。絶対に、違う。

 

「殺すつもりで来ないで、僕に勝てるわけないだろ。唯でさえ僕の方が強いんだ」

  

 それはわかってる。

 それでも、殺気が込められない。

 理由がない。私には、蒼薔薇を殺すだけの理由がない。

 だって、憎んでいるわけでもない。主の命令もない。

 唯……

 

「蒼薔薇……私は貴方を殺したいんじゃない。通して欲しいだけだ」

「は?舐めてんの?」

 

 何と言えばいい。どう上手く言葉を紡げれば、彼に伝えられるだろう。貴方が憎いんじゃないんだって。

 

「本気、出させてやるよ。お前にそのつもりがなくても、こうなればどうしようもないだろ?」

 

 突き刺された手の甲。流れる血が、手を赤く染めていく。その血だまりが、床へと落とした剣をも濡らす。

 これで斬り合えば、確かに殺せてしまうかもしれない。たった一撃かする事が出来れば。

 

「……なんで、取らないんだよ」

「憎む理由が、私にはないから」

 

 手を突き刺す刃に力が込められる。血が流れていくのが見える。

 

「ほんと、馬鹿だよお前。痛くないわけ?おかしいよ。もっと痛がれよ!恐がれよ!生きてるんだろ!?」

 

 痛くはない。痛覚なんてモノ、この毒が奪ってしまったから。

 

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……痛くないくせに、どうしてそんな顔するんだよ」

 

 それじゃあ僕が悪人みたいじゃないか、とばつが悪そうに口を閉ざす蒼薔薇。

 

「そんな、顔?」

 

 それはどんなものだろう。わからないままの私に、鶸紅葉が教えてくれる。

 

「……瑠璃椿、貴様は泣きそうな顔をしている」

 

 泣きそうな顔?そんな顔してるのは、よほど蒼薔薇の方。

 そんな疑問を感じたとき、鶸紅葉が小さく笑った。

 

「だから、蒼薔薇がつられて泣きそうだ」

 

 痛覚はなくても。

 私にだって心はあったのか。

 

 記憶を取り戻したから?

 私は人に戻れたのか?

 

 わからない。でも、胸の中に納まりきらない感情があることは、理解出来た。

 

 私は、ひとつの感情だけを守れる人形じゃない。

 殺意にも、いろんな感情があって。

 悔しくて、悲しくて、苦しくて、辛くて、憎くて、怨めしくて、羨ましくて、何故だか恋しくて。それがグチャグチャに混ぜられて、胸の中を飛び交って。

 

 どうすればいいのかわからない。

 それなら出来ることをしたい、

 償わせたい。償わないといけない。

 

 じゃないと、呼吸さえ出来なくなるから。

 私は、いくつもの罪を知ってしまったから。

 私がいたせいで、私がいないせいで生まれた罪。

 

 それを見ないふりは出来ない。

 

「ち……あーあ、なんか萎えた。もうどうでもいいや。取り次いであげるよ、感謝してよね」

「……ありがとう、蒼薔薇」

「取り次ぎなら私が行う。蒼薔薇、貴様はこの部屋の掃除だ」

「は?何でこの僕が」

「お前が暴れたせいで、大分毒まみれだろう。これでは客が死ぬぞ?」

「まぁ、殺すんだしいいんじゃない?」

「あの方に何かあったらどうする」

「あの人がこんな毒溜まり踏むものか!」

「わかった。そう伝えておくぞ、事実をありのままに、な」

「……やればいいんだろ!くそ、鶸のくせに何様だっての」

 

 蒼薔薇を簡単に丸め込む鶸紅葉。

 彼女が扉を指し示す。

 

「こっちだ、瑠璃椿」

 

 鶸紅葉に続き、扉を潜る。地下へと続く階段。その中の階にはメンバーの部屋。そしていくつもの外への隠し通路がある。

 地下の最下層にある扉。ここを開ける許可を持っていたのは鶸紅葉と蒼薔薇の二人だけだ。勿論私は入ったことさえない。鶸紅葉が鍵を取り出し、そこを開け放つ。

 

「……階段?」

 

 扉の向こうには上へと続く長い階段。

 それが途中から長い螺旋階段へと変わる。

 それを登り切った先にも扉。

 そこの鍵を開けるとまた扉。

 その扉の前に膝をつき、畏まったように声を出す。

 

「鶸紅葉です。マスター……瑠璃椿の取り次ぎで参りました」

 

 扉の中からは、それを許可するらしい声。

 それを聞いた後、鶸紅葉は扉の鍵を開けて、こちらを見る。

 

「私は扉の前にいる。貴様なら大丈夫だとは思うがくれぐれも無礼のないように」

 

 恐る恐る踏み込んだ扉の先。

 ここは何処かの建物?あの階段が地上までのモノだとしたら、螺旋階段は、建物を登るためのモノ?

 

(だとしたら……)

 

「お初お目にかかります、マスター」

 

 一礼し、顔を上げた先にいた人。

 初めてじゃない。

 私は、この人を知っている。

 

「貴方だったんですね……」

 


 *

  

 

 宿へと戻った私を迎えたのは、少年の絶叫。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!やっと帰ってきた!!!!」

 

 フォースの声の後、しんと静まりかえる酒場。

 何となく気まずい。

 こういうときは何と言えばいいだろう。昨日のアスカは確か……

 

「……た、ただいま」

「ただいまじゃないって!何処行ってたんだよ!すんげー心配したんだよ!?」

「そうよ?このフォースが何も食べられないくらいだったんだから」

 

 私の言葉はフォース的には間違いだったらしい。それに続いたディジットの言葉、それで酒場に音が戻っていく。

 

「ディジットさん!俺このシャトランジア風ホワイトソースのムニエルとカーネフェルチキンの竜田揚げ!それから……」

「で、さっそく食べるワケね。現金ねあんた」

 

 自分のことであんなに心配してくれていたなんて。明るさを取り戻したフォースの姿に、胸の中に安堵と嬉しさのようなものが広がっていく。

 そんなことを思っていたら手が掴まれる。先生だ。

 私の掌を見た先生は重い溜息。

 

「…………はぁ、目を離すとすぐにコレか。私がついていった意味がないじゃないか」

「……すみません」

「治療する、すぐ地下に来なさい」

「あ、その前に……」

 

 私の言葉を遮るように騒ぎ出す子供達。

 

「うわ、リフルさん……手に穴っ」

「うわぁ……い、痛い?痛そう……リフル、大丈夫?」

 

 フォースとアルムがオロオロとしている。見ているだけで痛そうと呻き出す。こっちはさほど痛くないのに、おかしな話だ。エルムは私と同じようなことを考えているようだった。

 

「大丈夫だから」

 

 乾いたとはいえ危ない。フォース達が血に触れてしまわないようにさり気なく手を避けさせる。

 そこに声をかけてきたのがロイルとリィナ。

 

「私の分まで皆さんが言ってくれたので私は言いませんが……何か、あったんですね?こんな紙を置いて消えるなんて」

 

 待ち合わせの店。そのテラスで情報交換をしていた時、表の情報ではこれ以上の進展はないとわかった。その時思いだしたのが、奴隷屋“午前零時”。あそこはセネトレアの裏の深い場所まで通じている。

 会ったことはなかったが、一番の重役に謁見することが出来れば何か知ることが出来るかもしれない。そう思った。

 

 それでも私一人でも難しい話、全員で行くことなど不可能。だから先に宿に戻ってもらうような旨を記した書き置きを残し、こっそり消えた。気配の消し方。足音の消し方。息の止め方。あそこで教えられたものが役に立ってくれたようだ。

 

「……心当たりを思いだして」

 

 そう言うとリィナはすんなりと引き下がってくれた。

 

「そうですか」

「それで……これ」

「これは……」

 

 手渡した紙を見た彼女が、言葉を無くす。

 

「表に出ていない、裏の情報です。フォースの友達に似た少女が、乗せられる船の便と出港日時。それから少年の方は東の嗜好品通り脇の16ブロック周辺で確認されたのが最後。それ以来の真新しい情報は無いようでした……」

 

 そこまで言うと、それまで黙っていたロイルがにやっと笑った。

 勿論すかさずリィナに注意されたのだが。

 

「よっしゃ!それじゃその船乗り込んで……大暴れってか?」

「簡単には行きませんよロイル。正規の手続きで養子にされた場合、こちらには分が悪すぎます」

 

 リィナの声に、ロイルが返した言葉。それは、お前何言ってるんだとでも言いたげな口ぶり。というより、実際そう言っていた。

 

「何言ってんだよリィナ?そいつ、タロック人なんだろう?それも女……つったら買うのは純血至上主義のタロック貴族だろ?」

「そうか……タロックは“養子制度”を禁止している。そこを付けば……」

「しかしそのためには、あの赤服共の介入が必要になる」

 

 リィナの言葉に冷静な口ぶりで先生が意見する。そろそろ痺れを切らしているようで、どことなく漂う威圧感がある。もしかしたら怒っている?

 それをキャッチしたリィナは作戦会議を終わらせる言葉を口にした。

 

「幸い出港は二日後……焦っても仕方ありません。対策はじっくり立てるとして今日は身体を休めましょう。リフルさんもそうして下さい」

 

 *

 

 先生の説教を受ながらの治療を終え、階段を登る。酒場に戻るとディジットがメニューを差し出してくれる。

 

「怪我人には、コレがオススメよ?すぺしゃるフルコース。どうせまたお昼も食べてないんでしょ?育ち盛りなんだからきちんと食べなさい!だからそんなに細いのよ」

「そーそーそんなんじゃ背も伸びねーぜ?」

「あの寝太郎追い越すくらいの意気込みで、ね?二人分くらい食べちゃいなさい!二食分!支払いは良いのよあいつが払うから」

「寝太郎?」

「あの馬鹿のことよ」

 

 さらりと返すディジット。アスカのことか。先生以外にも馬鹿呼ばわりされているんだなとなんとなく思った。

 その馬……アスカはまだ寝ているらしい。流石に何かあったのではと心配になった。食事の前に一度見に行ってみると、普通に寝ていた。生きてる。大丈夫そうだ。

 戻ってきてカウンターテーブルについた私の所に現れた人影。リィナだ。

 

「リフルさん、隣いいですか?」

「あ、はい……」

 

 承諾したものの、会話が浮かばない。

 その無言に、さっきの話を振ってしまった。たぶん、リィナが話しかけ来たのもそれのせいだと思ったから。

 裏で手に入れた情報。そのソースが信頼できるのか。気にする部分はいくらでもある。

 

「……聞かないんですか?」

「言いたく無さそうでしたので」

 

 遠回しに聞いたこと。それと知った上で、彼女は答える。

 それならどうして話しかけてきたんだろう。

 

「セネトレアはいろいろ変わった場所ですから……常識も通じない。何があっても納得してしまえる。そんな不思議な場所です」

「そんな所に暮らしているんです。ましてや請負組織なんて裏と表に足を片足ずつ置いたようなならず者。みんな、それなりのバックボーンを持っていますよ」

「ですから私は気にしませんよ。たぶん、他の皆さんも」

 

 そう言われたからだろう。

 気が楽になったのかもしれない。口が滑った。

 いや、今まで警戒しすぎていたんだ。主であるアスカ以外の人を。

 

「外って広いですね……」

 

 零した言葉を、リィナは静かに聞いてくれる。

 

「俺、ずっと外を見ていたんです。窓の外に憧れてた」

 

 陽の当たる場所。

 でも窓の外の世界も、決して幸せな世界ではなかった。

 それでも。

 

「外に来られたことが、凄く嬉しいんです。だから……」

「だから、そんな無茶したんですか?」

 

 包帯の巻かれた手。それを見るリィナの目は労るように優しげだ。

 

「俺は多分……誰かのために、何かをしたかったんです。きっと」


「リフルさん、全然似ていないのに……ちょっとロイルに似ている。だから、貴方を信じられる。貴方はそこまでして、あの情報を手に入れてきたんでしょう?だからその情報は、本当だわ」

  

 穏やかなのに力強い言葉。

 そこにはロイルとの強い絆と、自分への確かな信頼が感じられた。

 どうしてこの人は、そこまで他人を信じられるんだろう。僕なんか……まだ出会って一日二日の他人なのに。

 疑問に答えるように、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私はあの人の抑え役。あの人は感情ですぐに動いてしまうから、考えるのは私の役目……それでも私が考えすぎて何も出来ないとき、あの人は思考の殻をぶち破ってくれる」

 

「そうすると、何でそんなことで悩んでいたんだろうってそう思うの」

 

 ふわりと微笑むリィナ。

 それが凄く、美しいもののように見えた。

 彼女がそんな風に笑えるのは、ロイルのおかげなんだろう。

 

「だから羨ましい。考えるよりも行動する方が正しいこともある……そう出来る人が羨ましいわ」

 

 そう言って僕を見る彼女の青い瞳は温かい。

 “彼女”よりは大分薄いその色はあの人と同じくらい薄いのに……それが“彼女”を彷彿させたのは……その瞳の温度のせい。

 

「……僕、が?」

「そう、貴方が羨ましいわ」

 

 彼女は、僕のしたことを肯定している。やっとそれに気付いた。

 

「ありがとう……リィナ」

 

 僕は彼女の信頼に応えたい。

 同じ依頼を引き受けてくれた……仲間だ。

 だから、話したい。

 話すべきだろう。

 

 彼女だけじゃない。ロイルにも、フォースにも。ディジット達にも。

 情報のこと。毒のこと。僕のことも……言えるところまで。

 

「さっきの話……聞いて、貰えますか?」

「嫌です」

 

 意地悪そうに、それでも優しく彼女は笑う。

 

「敬語止めたら、聞いてあげる」

「……聞いてくれる?」

「ええ、喜んで」

 

「みんなも……聞いてくれ……る?」

 

 話し始めるときも、終わったときも。彼等は温かかった。

アスカの不在。酒場メンバーとの馴れ合い。というわけでリフルは彼女ではなく彼でした。彼が一人称を使い分けるのはそれぞれ意味するモノが別だからです。


私=奴隷、道具としての自分。彼的には謙っているつもりです。敬語を使う時も基本的に私。

僕=本当の名前としての自分。昔自分をそう呼んでいたことから、昔の自分。

俺=そう呼ぶことで新たな自分を確立し、変わっていこうとしている意識的なもの。これまではキレると使うことが多かったようですが、これからは彼の一人称になるかと思います。


彼だと言うことが判明した以上、冒頭の殺害方法は……な気もしますが、奴隷時代にもっとすごいことをされてきた彼は今更それくらい気にしません。それでいいのか王族。これでいいのか主人公。誰か普通の主人公の書き方教えてください(笑)

とりあえずここが無法地帯セネトレアということでご理解ください。


鶸ちゃんと蒼ちゃんは、リフルの瑠璃椿同様、目と髪の色からそのまんま付けられたお仕事ネームです。

鶸紅葉=鶸色の髪、紅葉色の瞳。

蒼薔薇=緑の髪、蒼色の瞳。

本名は別にありますがよほど親しくならなければ教えてくれなさそうです。

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