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4 Quad nesciunt eos non interficiet


(クソッ……冗談じゃねぇぜ)

  

 セネトレアではぐれた親子は、二度と会えないという嫌味な格言がある。だが、俺とリフルは親子ではない。きっと大丈夫だ。

 そんなわけのわからないことを考えながら、俺は来た道を急ぎ足で引き返す。

 手にした袋には、彼女の着ていた服がある。今あいつはタロックの男に変装しているが、それでも商人に拉致られたのか。

 間近で見られたとかで……売り物にはなれる顔だと思われたとか?もしかしたらウィッグが外れたとかで変装がばれたのかもしれない。そう思い、不審な動きがある店はないかと見てみるが、商人達は何時も通り金に魅せられた嫌らしい笑みを浮かべて奴隷を売っているだけ。

 

(TORAに頼むか?いや……時間が惜しい)

 

 少なくとも、そこに行くまで俺の目と足で探したい。何もしないで他人任せなんか出来ない。気ばかり焦って……狂ってしまいそう。

 目に飛び込んできた人集り。その全員が赤服といった悪目立ちした出で立ちだった。

 

(あれは……聖十字兵、何かあったのか?)

 

 聞こえてくるのは物騒な言葉。通り魔、殺人……どうやら商人が一人殺されたようだ。横の脇道から運ばれていく大男が二人……その商人の護衛だろうか。ぱっと見ただけでは生死はわからないが、手当をされていないところを見ると、一人は確実に死んでいるようだ。もう一人は苦しげに呻いている声がしたから息はあるのだろう。

 

 セネトレアで殺人なんて日常茶飯事。けれど、そのまま通り過ぎることが出来なかったのは一人の男の言葉のせいだ。

 言葉は穏やかでも、噛みつくような激しさを秘めた声。

 

「これは、例の通り魔に違いありません」

 

 そう言ったのは、俺よりいくらか年下……まだ少年と言ってもいい年だ。

 若い内から軍に入るからには何か理由があるのだろうか。

 金のため?それがもっともありふれた理由だ。

 だが彼は…そうとは思えない。燃えるようなうな強い意志の宿った目。

 

 例の通り魔……その言葉に思い当たったのは、リフルの顔だ。

 行かなければ、そう思うのに足が動かない。

 

「時間帯も手口も違うだろう、これは銃殺だ」

「ですがっ!」

 

 少年の言葉を否定する男。年齢や口ぶり、態度からして彼が上官なのだろう。その横で下卑た声で笑う赤服達。

 

「そんなことより、そのガキは奴隷だろう?店の主が死んだんじゃこいつらはどうしたもんか………いっそ隣の店にでも売って運営資金にでもするか」

「お、話がわかるねぇ兄さん!そいつはタロック男子だし……一万シエルがいいとこだが、籠に混血はいるかい?高く買い取ってやるよ!」

「ははっ、どうせお前運営資金なんて言ってもあれだろ?酒か女買って終わりだろ?」

「それは言わねーが花ってな」

 

 流石はセネトレア、教会も聖十字も堕落したものだ。

 教会の総本山……シャトランジアはこの現状を知らないのか?教皇庁の神子様が見たら泣きそうだ。

 そう思った時だ。

 

「ふざけるな!聖十字を纏いよくも軽々しくそのようなことを言えるものだな!」

 

 怒りを爆発させた例の少年が吠えた。

 何とも命知らずな。周りには同僚の三等星の他に、先輩の二等星、部隊の指揮を行う一等星……上官もいるだろうに。

 馬鹿だ。とんでもない正義馬鹿だ。

 

「聖教法第百四十六項!教会により保護された奴隷は人として扱うことが義務づけられている!彼等は今、教会の保護下に入った!売買など認められるはずがない!」

「……新入り、セネトレアでの生き残り方を教えてやろうか?三等星が一等星に逆らうことなんか許されないんだよ!」

 

 一触即発といった空気を破ったのは、別の声。

 赤服に保護?されたタロック人の少年だ。

 

「あんたら……あいつと同じだ!この人を殺した、商人と同じだっ!物だと思ってる!」

 

 突然の大声に、辺りは一瞬しんと静まりかえる。

 だが、何を当たり前なことを言っているのか。次第に、そう思い始めた人々のざわめきが聞こえ始めた。それを見て、少年は歪んだ泣き笑いで叫ぶ。

 

「殺人鬼!?あの人は殺人鬼なんかじゃないっ!」

 

「俺達を、人間だって認めない奴が!人間のわけない!あの人は……物を壊しただけだ!」

 

 怒りと悲しみと憎しみ。その区別がつかなくなった魂からの叫び。

 肩で息をしている少年の頭に腕を置き、俺は兵士達に微笑みかけた。

 これからどうなるかは目に見えている。気になることもあったしちょっと放っておけなかった。

 

「赤服のお兄さん方よ、こいつの相場一万だろ?威勢が良くて気に入ったぜ、コレ寄付金ってことで」

 

 多少多めに金を握らせてやると、一等星さんとやらの機嫌も回復したようだった。あっさりとそれを承諾する男と反対に、顔色を変える少年兵。

 

「一等星、なにをっ!」

 

 キッとこちらを睨み付けてくる少年。何食わぬ顔でそっと近づき、彼にだけ聞こえる音量に俺は言う。

 

「こいつは俺からシャトランジアに送る。諜報部“運命の輪(アクシス)”って言えば解るか?」

 

 俺の言葉に少年は目を見開く。

 多少シャトランジアに関わる者なら聞いたことはあるだろう。存在不明の半ば都市伝説化している聖十字の秘密機関。

 諜報部の存在を噂で聞く者は数知れず。けれどその名を知っている者はシャトランジアにもそんなにいない。

 聖十字か教会か、王宮か……そのどれかに関わる奴らくらいだろう。一般市民はまず知らない、アクシスの名までは。

 

 咄嗟に出た嘘にしてはいい線行ってる。コツとしては意味ありげに自信ありげに不敵に笑うこと。

 少年は素直に信じたらしい……少なくとも俺がシャトランジアの主要機関の人間であるらしい、と。こっちとしては助かったが、御しやす過ぎてちょっと心配だ。

 

 いや、他人事だ。どうでもいいか。

 その場を収めるためにも俺は買い取った子供の手を引いてさっさと退場することにし、適当なところで曲がり、裏通りへと入る。

 

「放せっ!」

 

 そう言うやばっと手を振り払う少年。

 敵対心丸出しの子供に、人畜無害を装いながら俺は微笑む。

 

「小僧、あの人がどこ行ったか教えてくれねぇ?礼は弾むぞ」

「あの人……?知ってるの?」

 

 途端に食いつく。こいつもなかなか分かり易い。

 ああ、と応じて俺は笑みかける。

 

「そいつ……たぶん、俺の知り合いだ」

 


 4

 Quad nesciunt eos non interficiet

 

 

 

 止めろ。止めてくれ。

 嫌だ、飲みたくない。

 

 これは、いけないものだ。

 これを飲めば、苦しい。熱い。痛い、苦い。寒い。

 何故かそれがわかる。

  

 鼻腔を擽るのは葡萄酒より甘い不思議な香り。

 どんな言葉を投げかけても、それは僕へと届かない。

 

 それはそうだ。だってこれは夢なんだから。

 

 幼い僕はその誘惑に負けそっとそれに口付ける。

 疑いもせず飲み下した瞬間、始まる激痛。

 内側からそれは僕を壊し、造り変えていく。

 

 それまで見えていたはずの風景が、穴だらけのパズルのように次々にボロボロ剥がれていく。

 

 そこから浮かび上がるのは、酷く歪な絵。

 笑っている人。顔がない。

 泣いている人。顔がない。

 

 みんな黒い服を着ているのはどうして?

 ぐるりと僕を取り囲む人々。

 彼等は顔しかない。

 取って付けたような仮面をつけて僕を見る。

 

 こっちからはそれが誰なのかわからないのに、僕だけは僕だとわかったうえで観察されている。その視線達が僕の存在を外側から剥いでいく。

 

 気持ち悪い。気味が悪い。

 外から中から壊されていく。

 

 それなのにこの場の雰囲気は不気味なほど穏やか。

 人々は仮面の内側で、笑っている。顔のない男も。

 

 泣いているのは一人だけ。

 顔のない女。柔らかな、明るい金色の髪。

 

 何がそんなにおかしいのか。

 何がそんなに悲しいのか。

 

 わからない。

 

 だけど、この場で笑っている奴……全員殺してしまいたい。

 きっと、あの人はこいつらのせいで泣いているんだ。

 

 顔。顔を見せろ。

 殺してやるから。


 黒に変わったピース。霧がかかった風景。

 ここは何処だ。

 あれは誰だ。

 思い出せ、思い出せ。

 目をこらして、じっと見て。 

 

 大きな鐘の音。

 その音に宴は終わりと帰って行く喪服の仮面達。

 残ったのは顔のない二人と、起き上がれない僕。

 

 足音……近づいてくる。

 

 わかるのに、目が……開かない。

 目を開けろ、目を……目を。

 

 

 

 

 目を開ける。

 飛び込んで来たのは見覚えのない石の色。

  

「ゆ……夢か」

 

 顔のない人。仮面の人々。

 ……悪夢だ。 

 目が覚めて良かったと思う反面、あと少し見ていたら顔にかかった霧が晴れるかも知れない、そんな複雑な気持ちになる。

 

 鐘の音がちょうど目覚ましになったようだ。今のが三時だとすると急がなければ。暗くなる前になんとか打開策を閃かなければじきに夜が来る。

 時計塔を見つけたのは、数時間前。裏通りを走っていたとき。



 *


 

 とりあえず、表通りに出れば。

 いや、あの兵士が仲間を集めているかも。そんなのをアスカの所に連れて行ったら迷惑だ。宿の場所もわからない。

 そもそも主を置いて、迷うような奴隷は要らないと言うかもしれない。

 馬鹿なのは、私。 行く宛がないのは、私の方だったのだ。

 近道をするはずが、遠くに来てしまった。

 逃げるときに何度も曲がったせいで、進む道がわからなくなっている。 


 なるべく広そうな道、時々目に入る細道……わけもわからず適当に私は走った。息が切れてもう走れない……そう思った刹那、突然拓けた道に出た。

 ここは何処だろう。

 アスカと通った時は見なかった。

 

 ひらけたと言っても、表通りや奴隷通りほど広くはない。

 何度か左右を見渡すと、大きな鐘の音がした。近い……すぐ傍。何処?

 見上げると、通路の向かいに大きな建物。

 時を刻む文字盤の中から、その音は鳴っていた。

 

 その音に誘われるよう、私は時計塔へと踏み込んだ。

 

 時計塔の中は不思議な空間が広がっていた。

 踏み入れたときひんやりと冷たい空気を味わったのは建物に使われている石版のせいか。明かり取りの窓が少なく陽が入ってこないからだろうか。塔の中央に位置する機関部。その周りをグルグルと囲んだ螺旋状の階段。

 その所々、五階分くらいだろうか。に部屋……がある。部屋と呼んで良いものかはわからないが、がらんとした空き場所。曜日によってはそこで市が行われることもあるようだ。ある階は時計塔にちなんだ名前の時計屋になっていた。そこに取り付けられたテラスからは街を一望することが出来る。勿論上へ行けば行くほどその景色は小さく美しくなっていった。だから一番上はもっと綺麗に違いない。

 

 とりあえず登ってみよう、そう思ったものの箱入り育ちの自分にはこの階段は辛い。途中の階で休み休み小休憩を入れている内に昼寝までしてしまっていたようだ。

 でも、もうかなり上まで来たはずだ。登り始めた頃のことを振り返りながら……残りの階段へ挑み始める。降りているのか登っているのかわからなくなるような長い階段を登った先。登ることが許可されている、最高位の展望部屋。そこまで登る頃には慣れない靴と、慣れない長時間歩行にくたびれてしまっていた。

 

 それでも心地好い風に吹かれると、そんなことがどうでも良くなってくるから

 不思議だ。

 

 上から見れば、少しは位置がわかるかと思ったが、そんなに簡単には行かないようだ。下の方ならまだしも、調子に乗って最上階まで来てしまったのだ。周りは点のような屋根……歩いたのがどれかなんて、わからない。

 

 それでも、通りはわかりそうだ。

 

 あれが表通り。

 そこから別れる大きな通りが食材薬剤武具嗜好品奴隷通り。

 表通りを進んだ先の大きな建物。あれがきっとセネトレアの王宮だろう。奴隷通りを通っているときは城があることも忘れていた。人が多すぎて、そこまで目に入らなかったのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 時間と体力を費やした結果、解ったのはその程度。最悪、午前零時に向かえば良いかとも思ったが、肝心の場所が解らない。とりあえず東側だったことは覚えているけれど。

 アスカがいたのは西側。トーラという少女の店があったのも西。

 今居る時計塔も同じ西側だというのがせめてもの救いだろうか。

 

 とりあえず降りよう。そう思い、振り向いたとき、反対側に先客がいたことを知る。

 白衣に黒髪……あれは確か。

 

「洛叉……先生?」


 その人物が呼ばれていた名前らしきものを挙げてみる。声が聞こえたのだろうか。男はこちらを目に留めた。

 

「……その目の色は、君は今朝の子だな」

 

 笑った。

 最初に見た意地悪そうな笑みではなく……優しげと呼んでもいいような。

 朝もアスカが居なくなった後は、こんな風に笑っていた。

  

「上手く変装しているようだが、私は記憶力がよい。色を変えようが骨格や顔まで変えなければすぐわかる……第一目が素のままではないか」

「こ、これは……いろいろ、あって」

 

 言葉を濁すと彼はそれ以上は追求しなかった。

 詮索されているわけではないようだ。

 

「む、その傷は?」

 

 その言葉に反射的に後ずさり、彼が伸ばした手は空を掴む。

 

「人を殺めるのが、恐ろしいか?」

 

 そんなことはない。そう告げるはずだったのに……私はそれを否定できなかった。

 今日感じた感覚。同じ、奴隷を殺めたときに感じたあれ。

 あれほど強い衝撃を受けたのは、あれが初めてだった。今までは殺してもなんとも思わなかった。あの後商人を殺したときも……むしろ胸がすっとした。

 けれどあの時の後味の悪さは、まだ胸に残っている。

 

 私は、殺したい。

 私は、殺したくない。

 

 殺したいのは、顔のわからない誰か。

 殺したくないのは、それ以外なのだと気付いた。

 

 胸を焦がす憎しみの炎。それを捧げる相手がわからない。

 それが焦燥感を加速させ、憎悪が溢れる。

 わからない。わからないなら、誰でも良い。片っ端から殺してしまえ。

 そうすれば、いつか正解に。そう思う心もある。

 

 ……でも。

 

「アスカが殺すなと言った。だから殺さない、貴方は」

 

 それに。

 

「……私も貴方は殺したいとは思わない」

 

 あいつ等のような嫌な感じがしない。物を見る目で、私を見ない。

 それに、この人は手掛かりをくれた。

 だから、殺したくない。

 

 私の言葉に彼は、ふっと乾いた笑いを漏らした。

 

「復讐を果たしたいのなら、まずは自分を労れ。死んでしまって元も子もないだろう」


 座るように言われ、それを拒む理由が見つからず、それに従う。

 往診の帰りだったのだろうか。彼は降ろした鞄の中から薬品を取り出し手当を始める。血に触れぬよう手袋を付け、薬品をピンセットで掴んだ綿へと付ける。

 傷口に消毒液が染みて、僅かな痛みが走った。

  

「小さな傷でも時に恐ろしい病を引き起こす。」

 

 それは私に言っている言葉だったが、同時にどこか遠くを見ているようでもあった。

 

「そう言えばあの馬鹿はどうした?」

「馬鹿?」

「馬鹿と言えばあいつ以外の誰が居る?飛鳥のことだ」

 

 優しげだった彼の目が、飛鳥のことを語った途端、形容し難い笑みへと変わる。

 不敵と意地の悪さを足して二で割ったようなそれ。

 見下してはいるのは明らかだが、別に道具扱いしている風でもない。

 それはアスカに対する遠慮のない親しみのようなものが感じられたからかもしれない。私に接する態度は丁寧で優しいけれど、遠い。でもアスカに対するそれには壁がない。

 

「使えん奴だなあれはまったく。どうせ腹が減ったら帰ってくるだろう、放っておけ」

 

 そのぞんざいな扱いに、思わず笑ってしまう。

 

「帰り道なら私が案内してやる。……といっても宿はここのすぐ裏の通りなんだがな」

 

 その声に、私は唖然とした。

 間抜けな顔をしているだろう私に、彼が小さく尋ねる。

 

「一日街を見てみてどうだ、何か思い出したことは?」

 

 朝の診察の時……彼にはいろいろ聞かれ、いろいろ教えられた。

 力のことを知らずに触れられていたら、彼はここには居なかっただろう。

 アスカが殺すなと言う以上、話さないわけにはいかなかった。

 別に、話して減るものでもない。何かの手掛かりになれば、そう思いその時力のことも、記憶喪失のことも彼に話した。

 

 その時彼は、私の力が殺人未遂という可能性を教えてくれた。その言葉がこの焦燥感をピタリと言い当てたようで、私は言葉を失った。

 

「もし、私が殺されたのだとしたら。私を殺そうとしたのは…………たぶん、子供や奴隷じゃない」

 

 今日一日の殺意。

 それを抱いた対象は、人を人とも思わない者。そして奴隷でも子供でもない者。

 

 それなら、金か地位のある……大人?

 そう思ったから、あんな夢を見た。

 あの夢。顔のない男。仮面の人々。

 あれは殺人という言葉に煽られた私が見た、夢なのだろうか。

 

「私は本当に……殺されたのか?」

「殺されたかどうかはわからない。その可能性を示唆しただけだ」

 

 途惑う私に、静かな彼の声が語りかけてくる。

 

 今朝教えられたこの毒の名前。

 彼はこの血が持つその二つの力を教えてくれた。

 一つはとっくに知っていた。二つめは、昨日気付いたばかりの力。突然現れた虎目石の少女が、解毒の力を教えてくれるまで、私はそれを知らなかった。彼女は目の前の医者と同等の、毒の知識があったらしい。アスカの呼吸が元に戻った時、私はこれ以上ない安堵を感じた。殺さずに済んで、よかった。他人に対してそう思ったのは初めてだったかもしれない。 


「その力が宿る経緯を私は二つしか知らない。君自身で得た物か、親から与えられた物のどちらかだ」

 

 その脳で分析した求めた解を、彼は私へともたらした。

 

「毒人間を作るには……幼い内から食事に微量の毒を混ぜて育てる。この場合君の意志ではないが……後天的なものと言う意味で君自身が得たものになる」

「もう一つの方法は、先天的なもの。母親の身体が毒に冒されていた場合。それは彼女が毒の免疫をつけていたのか、それとも毒人間を産むために毒を摂取したのかという二種に別れるが、前者の場合の方が毒性は強まるだろう」

 

 続く言葉は、残酷だった。

 

「遺伝のような、呪いだな」

 

 彼は私の実の親でさえ、私を呪っている元凶なのだとそう告げている。

 顔も思い出せない両親。それでも何処か心の支えにしていた存在……それが私には無かったのだと、気付いてしまう。

 

 私には、何もない。

 だから誰も私を見ない。

 私を愛してなどいない。

 

 いつか、帰る場所があると信じたかった。

 それすら私には、存在しない。

 

 がらがらと何かが崩れていく音がする。

 目頭が、熱い。

 零れてくる涙さえ、汚らわしい。呪われたモノ。

 

 呪いの壁。

 優しげな声の人も、その向こう側。

 毒性の強さから見て、最悪すべてが符合する可能性もなくはないと、呟く声はその向こう側から聞こえた。

 

 拭ってくれる手はない。

 そういえば、はじめてだった。

 アスカだけだ。猛毒の涙を拭ってくれた人は。

 それでも、アスカはここには居ない。

 第一、これが猛毒と知った後、同じ事を彼はしないだろう。

 彼は、この力を怯えているようだったから。

 表情は笑っているくせに、手が少し震えていた。

 

 乾いた笑いを浮かべる私に、彼は言葉を止める。

 

 首を振り、先を促した。

 聞きたくないわけじゃない。私は知りたい。

 憎むべき相手を。殺したいモノを。

 

 その毒を入手できるのは、西の大国タロック王家。それに連なるものだけ。

 つまり、私にこの力を与えたのは……どれが原因だったとしてもタロック王家が関わっているのは間違いない。

 

「流通ルートを探ってみるしかないが……伝説上の毒。簡単には行かないだろう」

 

 私を呪ったのは誰?

 その、どれを憎めばいい。

 何を殺せば、救われる?

 

「僕は……誰、なんだ」

 

 片割れ殺し、混血という外見のせいで、両親への手掛かりは皆無。

 とりあえず片親がタロックかセネトレア。もう片方がシャトランジアかカーネフェル。それはわかった。

 

 何処の国で生まれた?わからない。タロックの毒を体内に保有しているのはどうして?

 タロックで生まれたから?毒人間を作るためにそう作られた?

 それとも。

 タロックの敵国、カーネフェルに生まれて毒殺され、死に損なった?

 それはタロックでもあり得ること。親か国のゴタゴタに巻き込まれ暗殺?毒殺の国なんだからそれもあり得る。

 もしかしたらゼクヴェンツが盗まれて?裏社会で流通していて?それを使われたのだとしたら。すべての手掛かりなんて消えてしまう。

 

「私は……何を殺せば、解放されるんだ」

 

 縋るように仰いだ医者の表情に、答えはなかった。

 唯、苦しげだっただけ。

 

「君の正体を探るためには、まずはその力のきっかけがどれであったのか、それを知る必要がある。育った環境……母親について……その辺りを思い出せれば今後に役立つ」

 

 優しげな声。優しい笑顔。

 壁の向こうから、彼が励ます。

 

「焦らず、じっくりと思い出せばいい」

「生きていれば、生きてさえいれば……何でも出来る。復讐でも、何だって」

 

 それは、命を救う存在が命を奪う私を……肯定する言葉。

 それでも彼は、この壁を打ち崩してはくれないのだ。

 

闇医者の洛叉先生は、年齢不詳です。最初は悪魔のゲームに参加させるのは未来を担う子供達……国や世界の存続、大人達のエゴのために、希望を持ったその子供を殺し合わせるという残酷さを表現するため全員20歳以下にする予定でしたが、書き分けが……どうしよう。自分の文章力じゃ50人越える子供をかき分ける器量も度量もないんだぜ。というわけで未だ悩んでいます。この設定を保ち続けるなら……せ、先生ぎりぎり20?でもこれゲームの二年前の話だから18?アスカの一歳年上ですか?んな馬鹿な。いや、天才少年でタロック城に居たのは子供の時だったんだ。そんでもってアスカの父さんと同じ職場だったんだ。……絶対生意気な子供だっただろうな彼。自分が天才だって悟りきったような顔してただろうと思います。


ちなみに名前の漢字表記はタロック語です。最近は洋風になりつつあるとはいえ、黒髪の民が住むタロックはどことなく和風という設定。それでもなぜか作り出す毒物はドイツ語。細かいことを気にしたら負けです。単に音楽用語のドイツ語を私が気に入っただけですから。


セネトレアは貿易により文化が融合したので和洋折衷。どちらでもありどちらでもないということでセネトレアの衣類は中華なイメージがあります(でもフリルとかついてる)。

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