表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

EP Vive hodie.

挿絵(By みてみん)

「やっと見つけたと思ったら……何やってるのリーちゃん」

 みんなが心配していると伝えても、彼は寂しげに微笑むだけ。

「どうしてまた、殺人鬼なんか……はじめちゃったの?」

 

 僕が彼を見つけたのは、それから一月後のある日。月の綺麗な夜だった。

 時計塔の上。その縁に危なげに腰を下ろしている彼。

 このまま風に吹かれて落ちてしまってもいい、そんな馬鹿なことでも考えているの?

 

 銀色の髪が月明かりに照らされ、夜風と踊る。

 それしか傍にいてくれるものない。そう言っているような寂しげな背中だった。

 


「俺は……一人が良い」

「どうしてさ!」

 

 生死不明。行方不明。どんなにみんなが君を思っているかわからない君じゃないだろうに。

 そう言ってやりたかった。アスカ君なんか……不眠不休で君を捜してる。今にも倒れてしまいそうだって……言えなかった。

  

「……殺したくないから」

 

 小さく吐き出された言葉。殺人鬼が言うには矛盾しすぎた言葉。

 でも、わかった。だから言えなかった。

 

「それでトーラ、あの子はどうなった?」

 

 あの子。フォース君の友達。君たちが探してたあの女の子のことだろう。

 

「アスカ君達が乗り込もうとした時には店の方が引き取ってて、違う便に変えられて……それがわかった頃にはもう……駄目だった。遠いタロックじゃ……僕の情報も限られてくる……ごめんね」

 

 あとからわかったことだけど、本当はロセッタという少女が乗る便は一つ前に出航が早まった。僕がリーちゃんの情報ばかり見ていたせいで、そっちに気づけなかったんだ。

 

 そのせいで彼らが駆けつけた時には……ちょうどリーちゃんがやらかした船が戻ってきていて……生き残りの尋常じゃないその様子に、何かとんでもない事件が起こったってことはわかったみたい。

 

 銀髪の化け物。殺人鬼SUIT。

 船員からそれを聞いたアスカ君は……リーちゃんの手がかりを求めてまたこの街を駆けずり回っている。

 

「そうか……駄目だったか」

 

 どうして一緒にいなかったの。君が偉い人を脅せば……それは聞けない。僕はうすうす感づいていた。あれだけの情報。わからないわけがないじゃない……君の情報だけを探っていた僕だけは。

 でも……僕は伏せた。余計なことを言って彼を傷つけたくなかったから。

 

 彼は今日、一度も僕の方を向こうとしない。

 見てもわからないか。肌の露出を限りなく零に近づけた全身黒ずくめの服。瞳を隠すための仮面。

 君は望まずに罪を重ねてしまったんだろう。傷ついたんだろう。恐れたんだろう。

 

 力なんか使わなくてもわかる。君は今、どんな顔をしているか。

 たぶん、泣きそうな顔。でもそれさえ毒だからと、必死に堪えているんでしょ?だって、声も手も……震えてるじゃない。

 

「暗殺組織が欲しかったんだろう?アスカの代わりに俺がなる。死ねなかった以上……俺はどう生きても殺してしまうから」

 

 ほのかに甘い血のにおい。ゼクヴェンツの香り。

 毒に染まったリーちゃんの血。最近流れたんだろう。風が運ぶその甘さは彼の腕から漂うようだ。

 

 手袋の下。不自然な膨らみ。包帯が巻かれているのだろう。その下は………

 死ねなかった。君はそれを何度試したって言うの?

 運命は、未来は変えられない。死ねない。二年後まで、絶対に死ねない。残酷な余命宣告。

 

 神様は意地悪だ。こんなに強く運命を変えたがっているのに、それを叶えてあげない。くれない。

 涙腺が緩む。せめて私が泣こう。泣けない君の代わりに、私が。

 そして笑おう。君の心が少しでも晴れるように。馬鹿みたいに笑おう。

 

「え?リーちゃんがなってくれるの?」

「情報をもらえるならいくらでも引き受ける。俺も俺で勝手に動くがそれでもいいか?」

 

 一人が良い。そうはいっても情報がなければそれも難しい。屋敷に忍び込むのも逃走ルートを練るにも僕の力は無いよりあった方がずっと楽。

 それを認めてくれたから、彼は僕に見つかったのだろう。

 

「……貴方は奴隷と混血の味方なんでしょう?それなら構わないよ」

 

 彼は貴族と商人以外殺さない。そんな殺人鬼になるという。最初の事件以降彼が起こした事件の被害者は、全て貴族と商人。

 奴隷への虐待を行う主人、混血を間違った方法で愛でる変質者。そんな奴らばかり。

 彼のせいで保護された奴隷達のシャトランジアへの移民船の数は一月で二倍になった。

 

「ああ、TORAも奴隷も混血も……俺に守らせてくれ。奴隷も混血も純血も……差別のない平和な国を作るまで、俺に力を貸してくれ、トーラ」

「うぅ゛ー……リーちゃんってば、すっごい口説き文句。どうしよ。これ世が世ならタロックとセネトレアが統一されちゃってたかもしれないよ?」

 あり得ない馬鹿げた話。

 茶化して僕が笑うと、少しだけ彼も口をゆるめてくれた。よし、もっと……気を紛らわせられないかな。そう思って何ともなしに聞いたこと。

 

「ね、リーちゃん……そんな場所が作れたら、平和になったら、どうするの?なんなら僕お嫁さんになってあげても……なんちゃって、あはは」

「俺は俺が生み出した罪の、償いをしなければいけない」

 

 決意を感じさせる強い口調。彼はもう、決めていた。

 

「罪は償うためにあるんだ。表に出て罪を償う。アスカ辺りは五月蠅そうだから黙っていてくれ」

「でも……それじゃあ、君は幸せになれないじゃない!きっと、処刑されるよ!?そんなの……嫌だよ。僕なら……助けられるよ?償うにしても減刑させられる!無罪にだって出来るよ!?」

「悪は消えるべきだ。俺自身だって、例外じゃない」

 

 彼は望まない殺しを悔いている。

 君が悪いんじゃない。悪いのは神様と世界。

 そう思う。

 そう言っても……僕の言葉じゃ君を肯定出来ないんだろうな。

 僕が君を許しても、君は君を絶対に許さない。他の誰がそうしても……それはきっと同じなんだろう。

 

「トーラ……俺はこの一月、ずっと死にたかった。死のうとした。それでも俺は生きてる。そして……俺はやっと、生きることの意味を見いだせた気がするんだ。どう生きるか……何を遺せるか」

 

 大切なのは、そういうことだと思う。

 何も作れず、何も残せない俺でも……道なら作れる。

 

「無意味なら、何かを作ればいい。それは確かにここにいたという証明だ」

 

 死を恐れるな。彼が言う。

 身を以て証明してしまった彼が言う。

 未来は変わらない。二年後、僕も彼も命を落とす。それは逃れられないことなのだと。

 

「俺はその場所を作るために俺の名を響かせる。悪名だろうが構わない。遺されるのが悪名でも、誰かが笑っていられる場所を作る礎になれるなら、迷わずその道を選べる」

「そんな風に生きられたら、俺はきっと、笑って死ねる。そう思うんだ」

 

 今日始めてリーちゃんが笑った。心から。

 どうしてそんな悲しいこと言いながら笑えるのさ。止めてよ、そんなの。

 

「二人揃って……どうしようもない、大馬鹿だよ…………」

 

 大切な人に、嘘を吐く。互いに騙して、騙されて……解り合ったふりをして……それでも心の奥に抱えた者を吐き出せないまま、穏やかに……笑い合う。

 いや、もう笑い合えないのかもしれない。彼はアスカ君達の前にはもう二度と姿を現そうとはしないだろうから。

 どっちの気持ちもわかるから、僕は何も言えない。

 リーちゃんに、みんながどんなに君を思っているかその一字一句を教えることも出来ないし、アスカ君達にリーちゃんとしての彼が死んだと教えることも……SUITがリーちゃんだって肯定してあげることも出来ない。

 

 僕もみんなを騙してる。

 

「何か言ったか?」

 

 振り返る君。

 僕も同じ。僕らはとんでもない詐欺師だ。大切に思えば思うほど、ほら、……もう言えない。嘘の言葉しか伝えられなくなってしまう。

 

「別に、君たちの目指す世界は同じなのに……願うことは正反対なんだねって言っただけ」

 

 それでも諦められなくて、嘘の中にあざとく本音を織り交ぜたりしてみて僕は笑うんだ。

 

「例えそんな世界が現れても、君の居ない世界で残された人が笑っていられると君は思うの?」

「思う」

 

 迷いもなく返される言葉。君の言葉は強く、真っ直ぐ。綺麗な刀身のように惹かれ、魅せられるのに。

 触れてしまえばバッサリ相手の心を切り捨てる、残酷な言葉だ。本人が気付いていないのが……もっと残酷。

 

「少なくとも、僕はもう……笑えないよ」

 

 こぼれ落ちた心の声。困ったように彼は仮面の下で視線を彷徨わせて、やがて目を伏せた気配がした。

 

「単純な計算だよトーラ。例え君が泣いてくれたとしても…………それは取るに足らない数だ。笑う者が多いなら、俺はやはり死ぬのが正しい」

 

 当然のように紡がれた言葉。

 人の命の足し算引き算。モノのように扱う言葉。そうすることを嫌うくせに。

 混血、奴隷……その小さな数をすごく大切に思っているくせに。

 どうして自分のことはそうしてしまうの?

 

「じゃあ君は…………君のために泣く人が笑う人を越えれば、生きてくれるの?」

 

 彼は肯定も否定もしてくれなかった。その代わり、ありがとう……そう言った。綺麗な、綺麗な微笑みだった。見えているのは口元だけ。それなのに綺麗だと僕は思った。

 綺麗、だけじゃない。優しくて蕩けるような……美しい笑みなのに、どうしてだろう、君がとても儚いものに見えたんだ。

 ああ、君はきっと……例えそうなったとしても、罪と向き合うんだろう。馬鹿だ。どうしようもない愚か者だ。

 そんな愚か者に生きてと言えるほど、僕は愚かになれなかった。僕は知っているから。そんな言葉じゃ彼を引き留められない。彼は頷かない。

 

 愚かになれれば良かったのに。そんなこともわからないまま、生きて欲しいって泣きわめいて、縋り付いて懇願できれば良かったのに。

 それが君を困らせると知っているから、僕は微笑み返した。そうしたところで誰も、幸せになんかなれないって……わかっていても。

 そうしてしまう程度には、僕も愚かだったということだろう。

というわけで悪魔の絵本の第一章 魔術師【逆位置】でした。お疲れ様です。ここまで呼んでくださった方、心からお礼を申し上げます。

この話は、隠者に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ