10 Respice post te, mortalem te esse memento.
「アスカ、あんたん所段々人数増えてない?」
我ながらどうしてこんなことになったのか、考えないでもない。
ディジットは降りてきた俺達を見て苦笑する。
ぬく
「………まぁ、私は儲かるからいいんだけどね」
「その内移民共同区域みたいな人口比率になったりしそうですね」
「縁起でもねぇ」
リィナは穏やかに物騒なことを言う。
「てめーは飯喰ったら帰れよ。寛大な俺に感謝しろ」
「誰がするか」
どういう流れで俺を殺しに来た暗殺者に朝食を奢る羽目になったのかいまいち思い出せない。
「僕は瑠璃椿が帰るって言うまで帰らない」
「はぁ!?話が違うぞ!?」
じゃあ奢らん、そう伝えると混血の少年はどこまでを人を見下した笑みを浮かべる。生意気なガキだ。
「ふん、僕を誰だと思ってんの?お姉さん、コレ」
「こ、これはS1カード……やるわね君。私もS5までしか見たことなかったわ」
初めて見たとはしゃぐディジット。止めてくれこのガキは褒めると調子に乗るタイプだ。
辺りを見回しあの医者がいないことを確認し、安堵した。
あいつがこんな後天性混血児だとか珍しいものを見たらそれこそはしゃいでこいつを褒め称えるだろう。そうなれば目も当てられない。
もういっそのこと二人でどこか遠くに消えて貰えないだろうか。俺の苦手な奴等が一度に消えて俺が少し幸せになれるから。
「S1……って何だ?」
「Sはセネトレアの略で、数値は0が最高、9が最低……確か後払いの口座からの自動引き落としサービスだかなんだかってシステムらしくて……とにかくあのカードはその上から二番目のカードだ」
ゼロは確か1000億以上の資産を持っている証で、1ならそこまでいかないが、それなりに凄い金を動かせるということは確かだろう。
(流石は……ってか?)
「ったりまえじゃない。一応暗殺業が裏の顔っていってもさ、あの赤服たちまくのに表向きは高級奴隷店きどってんだから。金だけは上から降りてくるし、必要経費なら」
しかしこいついくらでもしゃべる奴だな。本当殺し屋なのかと疑わしく思えてくる。
もしかしたら、あれか。
この開いたら塞がらない口も、リフルにべったりなのも、友達が少ない寂しさの裏返しか?
いや、この性格の悪さじゃそれも当然だろう。俺なら金を積まれても友達になりたくない。
だが、リフル聞いた所じゃまだ15歳らしいし……多少の我が儘横暴も目を瞑ってやるか俺って大人だなとか思っている間もずっと喋っている。その大抵が毒舌。主に俺への。
「大体一晩床の刑とかあり得ないよ。すんごい全身筋肉痛なんだけど。瑠璃椿、やっぱこいつ殺させてよ」
俺へのあら探しが尽きると、目の前に出された料理にまで文句を言い始める。
「大体こんな庶民料理…………」
そんな悪ガキも料理を口に入れた途端、動きが止まる。
その一瞬後、物凄いスピードで食し始める。黙々と。こんなとことで後天性の身体能力を生かす必要はないと思うが。
「ふ、参ったかマセガキ。ディジットの飯は10人が10人美味と認める腕前だ。しかも故郷のお袋の味を思わせるこの味付け……俺が今までここに連れてきて堕ちなかった奴はいない」
タロック育ちの俺でさえ、カーネフェル料理に知らないはずのお袋の味を思いだした気がしたからな。
「そういえば蒼薔薇、カーネフェル人だったな」
蒼薔薇は、泣きながら飯をかっ込んでいる。自称セレブも地に落ちたもしくは化けの皮が剥がれたな。
つか元王子様がほぼ無一文って辺りから、もの悲しいよな世の中。自分の立場は主の財布かと思うとさらに悲しくなってくる。
「う゛ぇふにぼぉふはおいふぃいなんふぇふぇんふぇんう゛ぉもっぺばぁびぃんばぁばぁばぁ!」
「別に僕は美味しいなんて全然思ってないんだから………と言ってるみたいだ」
「美味いだそうだぜ」
「あら、光栄ね」
庶民料理だかなんだか言われたときにはキレるかと思ったが、ディジットはにこやかに笑っていた。もしかしたら蒼薔薇の生い立ちを考えて思いやってくれたのかもしれない。……ま、わかりやすい性格してるしな、あいつも。
いや、あいつにそんな必要ないから。むしろ優しくするなら俺への態度を改めてくれディジット。
「ディジットさん、これおかわり!」
「……僕も!」
フォースの声に蒼薔薇が続く。
お前等、その皿の数は一体何だ。
「……帰らない理由、増えたみたいだな」
「俺のこと破産させる気か、あいつら……」
10
Respice post te, mortalem te esse memento.
朝食を終え、一通り支度をする。
あれが使えないってのは大分痛いが、仕方がない。
「さて、そんじゃ……面倒くさいが行くか」
リフルと蒼薔薇を連れ、俺は酒場を後にする。
フォースの友達捜しはリィナ達に任せるしかない。それにしても面倒くさい召集かけられたものだ。
「ロイル、リィナ悪い。ちょっと野暮用でな……フォースの件は明日から俺も手伝うから」
「どちらにしても明日までは出来ることも限られていますから、構いませんよ」
俺の一言に、リィナは優しい笑顔で送り出してくれた。
「それで、どちらまで向かわれるんですか?」
「TORAのお姫様に呼び出し喰らっててな……なんか新しい情報あったら貰ってくるからさ」
ああ、面倒くさい。
そんな面倒事は何も今日始まったわけじゃない。
たぶん、あの女と会った時から。
とりあえず俺は、今日の面倒事の発端を思い出す。
*
「さて今年で齢17のアスカ君の男泣きを見たところで、そこのお二人さん、僕のことそろそろ思いだしてくれないかな」
「げ……お前みてたのかよ」
「うんしっかりと。激写はしてないけど、お望みとあらばあの力で脳内再生させてあげられるよ?」
「それだけは止めてくれ。で、何の用だったんだ?」
いろいろあり過ぎて、トーラが何目的でやってきたのかその時まですっかり忘れていた。
俺の疑問にけらけらと彼女は笑いを持って返す。
「いや〜ほんとは実力試しのつもりだったんだけど、まさかあんな姑息な手で蒼ちゃんをやっつけるとは思わなかったからさ、僕もどうしたものかと」
「あ、蒼ちゃん……?」
俺の言葉にリフルは、もうここまで来たら一蓮托生だと言わんばかりに投げやりに彼女の正体を明かしてくれた。
「彼女が、午前零時のマスター……暗殺請負組織の頭だ」
「………は?」
それじゃああの老婆は何だったんだ?
俺はてっきり彼女がそうかと思っていたんだが。
「彼女は僕が雇ったバイトのおばちゃんだよ」
いやいやいや、あんな濃いバイトが居て堪るか。
俺が抱えられなかった大漁の金貨をひょいって持ち上げるようなバイトが居て堪るか。
「まぁ、バイトって言っても裏側の人間だしそれくらい出来ないと」
よくわからない理屈で締めるトーラ。
いや、そんなんじゃ納得出来ない。そもそもどうしてお前が……
「だって、TORAでトーラだろ?」
「だよ」
あっさり頷く彼女。
しかし情報屋と殺し屋。その頂点に座すのが同じ人間ってどういうことだ。
「でも、TORAを守るには力がいる。わかるでしょ?TORAには危険な情報もうようよあるからね。そのために僕はいくつかの請負組織を経営してるワケよ」
いまいちついていけない俺に反して、どこまでも落ち着いた風なリフル。
「お前、知ってたのか?」
「今日知った。マスターには会ったことがなかったから」
昨日までは知らなかっただから、こいつと会ったときも普通だったのか。それにしても、俺が寝かされている内に、とんでもない大暴露をされたものだな。
「表と裏の情報。そこで僕はリーちゃんを手に入れた。組織は混血を商人の手から守るためのモノでもあったからね」
「で、リーちゃんにはその力を使って暗殺組織の一員になってもらうことにした。最初はリーちゃんの正体も知らなかったしね」
「でも次第に集まってきた情報から、リーちゃん自身が僕等にとって物凄い強い盾になれる可能性がわかった。だから僕はどうしてもリーちゃんに記憶を取り戻して欲しかった」
話を聞く限り、トーラの力は万能ではないらしい。少なくとも、知りたいことをすぐに知ることが出来るわけではないようだ。
「そんな時だよ。アスカ君のことを知ったのは。TORAでの情報検索履歴を見れば君のこと、大体解ったよ」
プライバシーなさ過ぎるだろTORA。
まぁ、俺は仕事関係の情報収集以外は……もっぱらあの事件についてや、こいつと同じ色の混血についてばかり調べていたからさぞや分かり易かっただろう。
俺が様々なことを引き受ける請負組織で、尚かつ死んだはずの那由多王子に関心を持っていることくらいプライバシー侵害さえ犯せば5歳のガキでもわかる。
唯でさえ、請負組織の登録をTORAでした時点で、俺の顔写真と組織の仕事は内容はTORAに記載されたんだ。
「アスカ君なら、それが出来ると思った。だから僕がリーちゃんと引き合わせた」
こいつが俺を信じたワケ。それが俺に確信させる。
こいつの言葉。これは、本当にバレている。俺がリフルに話さなかった裏の裏まで。
そうだな。他の誰に出来なくても、不可能でも……可能性はある人間はいくらかいる。
それが出来るのは、俺か狂王か……刹那姫しかいないだろう。
その中で一番安全かつ容易なのは……俺だった。そういういこと。
「僕もいろいろ忙しくなったから、人員を探してるんだ。例えば午前零時……その頭の座を誰かに譲りたい。僕としては、アスカ君の実力を見極めた上で君に頼むつもりだったんだけど」
なんだ、そりゃ。
そんな話、全然聞いてない。
契約でも聞いてない。
「もしかして、あのゲームの賞金って……前金?」
「組織を運営するにはいろいろ入り用でしょ?組織運営のお勉強にってあげたんだけど……君他のことに使いすぎだよ。なんでリーちゃんに服貢ぐかなぁ…」
悪徳商法過ぎるだろう。俺を勝手に殺し屋の長にしたいとか、どんだけだ。つかその入り用を消費したの俺じゃない。
ディジットと洛叉に消費されたんだが。
「おいおい、ちょっと俺はごめんだぜ。いくら万屋系請負組織だって……大体何で俺なんだ?リフルだっていいはずだろ」
立場的には、俺よりこいつの方が……
「ほら、今までリーちゃん下っ端だったから。いきなり出世したらいらないやっかみ買うでしょ?それにリーちゃんはこういうの、向いてないから。正攻法で攻めるなら上に立つべきだけど」
「最初は僕もリーちゃんもありかと思ったんだけどさ……ここ数日の行動見る限り、リーちゃんにはやっぱり向いてないなって思ったんだ。リーちゃん、君以上の暴走魔だし。頭が前線出て危険な場所ばっかうろついちゃ不味いワケよ」
「リーちゃんの夢を叶えるためには、避けられない道。誰も殺さずに、それが手に入るとは思えない。そんなの頭が幸せな人の幸福論だよ」
「TORA……混血を守りたい僕と、戦争と奴隷をなくしたいリーちゃんの志は同じはず。協力してくれるなら、TORAの情報は裏でも表でも君たちに流してあげる。リーちゃん……君の分かり易い復讐だって正攻法でも邪道でも、数年後には叶えさせてあげられる」
「俺は……こいつがそれでいいなら、それでいい」
「ありがとうアスカ君。でもさ、その前に君の力が見たいんだ。あんな方法で勝たれても、僕は納得できない」
「毒の使用一切無しの真剣勝負。それで君の力を見せてくれない?じゃないと僕も安心してうちの看板娘を預けられないからさ」
なんでそんな面倒なことを。そう言いかけた俺に、トーラが微笑む。冷たい輝きを宿した笑みだった。
「僕がその気になれば、せっかくの感動の再会も五秒で終わりにしてあげられるよ?いや五秒は無理か、1時間くらい?」
「連続殺人犯の犯人に仕立て上げるとか、か?」
「当たり♪善良な一般市民レベルなら無実の罪でしょっ引けるよ?処刑台にだって送れる」
そんな恐ろしいことを、この女は簡単に述べる。
それだけTORAは力を持っていて、どうして暗殺業なんか……そう考え、俺の頭が一つの結論を導き出す。
「でも、貴族や有力商人はそうはいかない……そのための“午前零時”、か?殺し屋てか処刑屋だな、改名したらどうだ?」
「……当たりだよ。リーちゃん関連で時々暴走するところが問題だけど、アスカ君読みはいいし、行動力もある。その辺は高く買ってるんだ」
トーラはそれを肯定する。
TORAと契約を結んでいない組織……それはセネトレア古来の商人達だ。誘拐を営む請負組織達はそちら側の商人組合というネットワークで仕事をしている。セネトレアは東の商人達と西のTORAで二分されている。
そちら側にはトーラの情報操作もままならない。国の極秘事項を得ることで、TORAの安寧は守られているが、奴隷商達を脅すことは出来ても潰せない。彼等の存在がセネトレアを潤している以上、セネトレア王がそれを許さないだろう。
確か王は商人上がり。世界に顧客が居るTORAの存在は、セネトレアに有益。だから保護する。それだけだ。
どちらかといわずとも、王は商人側の味方だろう。
だからセネトレアの魔女は、日々奮闘しているのだ。TORAで保護している混血達を、奴隷商の手から守るために。
「これで強さも満足できるなら、僕も安心して組織の一角を任せられる」
「褒めるか脅すかどっちかにしてくれ」
どちらにしても、断るという選択肢を彼女はくれないらしい。
だから俺は言うしかない。
「わかった。やればいいんだろ」
俺が喉から絞り出した言葉に、トーラは満足そうに笑む。
*
「夜に暴れちゃ近所迷惑でしょ?決闘は明日の昼でいいから、TORAの前まで来てよ。良い空き地知ってるから案内してあげる」
そう言い残したトーラの言葉に従い、俺はTORAの前にいる。
そこで俺達を待っていたのは、ひとりの混血の少女。
緑の髪は蒼薔薇よりも明るく、黄色に近い。瞳は炎のように明るい赤。
俺は初めて見る顔だったが、連れの二人はそうでもないようだ。つまり、彼女も午前零時のメンバーということか。
「鶸!」
「蒼か……情けないな、あの方も貴様には失望していたぞ」
彼女は駆け寄る蒼薔薇に、心底呆れたような視線を送る。
意外にメンタル面が弱かったらしい蒼薔薇は、声を失い戦慄いている。流石に可哀想になってきた俺は一応フォーローを試みる。
「おい嬢ちゃん、そこまで言わなくても……」
「敵に情けは無用。貴様はこんな甘い男に負けたのか?」
「負けてない!ちょっと騙されただけだ!」
「負けは負けだ。実践なら死んでいたぞ、未熟者」
リフル以上に表情が乏しいが、言葉は実に辛辣だ。
「鶸紅葉……あの方はそんなことを言わせに来たのか?」
「本当に……変わったな、瑠璃椿」
「そうだな。そんなことを言いに来たわけではない。私は案内人だ」
「蒼薔薇……」
気遣うように蒼薔薇に声をかけるリフルだが、それを素直に受け取れるようなガキではなかった。
「何?僕があの方に失望されたのが嬉しいの?同情のつもり?」
「コラ、ガキ。」
「ガキじゃない!」
「こいつの名前覚えたら俺も覚えてやるよ」
「冗談じゃない!あんたなんかに僕の名前を呼ばせてたまるか!」
「どっちだよ」
どっちにしろ気に入らないというかそういうことか。とりあえず八つ当たりの先が、リフルから俺に移ったからまぁいいだろう。
鶸紅葉という少女に連れられて歩いた先。
いくつもの通りを抜け、辿り着いたのは西側の外壁の前。
どうみても行き止まりだ。
「こっちだ」
少女は足下の石盤を一つ持ち上げ……するとそこには階段と、外から漏れる明かり。
石盤の下を掘り、外壁の向こう側へと繋げているのだろう。そこを這い出ると、初めて見る景色が広がっている。
「驚いた……本当にセネトレア、か?」
セネトレアは値段の付けられるモノなら何でも商品にした。だから差ほど緑なんて残っていない。
そこらの山は全て植林したモノだという。
それでもここから見える山の木は、そうは見えない。
もう何年も人の手が加わっていないのか道もない。
細い獣道を辿り辿り着いた、廃墟郡。
「ここは……」
「昔、ライトバウアーという街があった。今は地図から消えた街の名だ」
俺の疑問を鶸紅葉は淡々と答える。
「普通に陸からはいけないのか?」
「船を使えば行けなくもない。だが、陸からの道はあの道だけだ」
その訳を思いめぐらせた俺に、聞こえる声。
トーラの声だと気付いたのは、彼女の姿を認めてから。
それまでわからなかったのは、その声の雰囲気がいつもの彼女とまるで異なったから。
「ライトバウアーは地図からだけじゃない。歴史からも消された街なんだ。今でその名前を知っている人は、一部の金持ち達だけだよ」
誰かのことを語るような。自慢げに。それでも悲しみの宿った声。
結末を知るお伽話を語るような、感情の置き去りになった声。
「ライトバウアーはね、海と山の自然に囲まれた美しい街だった。そのうち貴族の隠れた別荘地になった。でも今は唯の空き地。さてアスカ君、ライトバウアーはどうして滅んだと思う?」
俺の答えを待たず、彼女は正解を明かす。
それは俺の思ったとおりの答え。
「答えは簡単さ。セネトレアの王様は混血が嫌いだった。今でこそお金になるから大好きだけどね。彼は、自分の国でそんなモノが生まれたなんて許せなかった。だから、滅ぼしたんだ」
「ライトバウアーは、一番最初の混血が生まれた街。呪われた街……」
「僕の故郷だよ」
*
セネトレア王には、何人ものお妃様がいた。
タロック人もカーネフェル人もいた。
だからさ、混血なんていくらでも生まれちゃうよね。
彼は生まれたその化け物達を飼い殺しにするために、ライトバウアーに押し込めた。
化け物でも一応は子供だからね。狂王のようには出来なかったんだよ。
その情がさ、僕等を苦しめる原因になったなんて。笑えないよ。
彼と同じ思いだった人達……混血を生んだ親たちは、この街に移り住んだ。街では混血への迫害も始まっていたから普通には暮らせなかったんだよ。ひっそりと隠れ住まないといけなかった。
それが、混血嫌いの奴等にバレた。混血大虐殺。
彼はせっかく手に入れた王の座を手放せなかった。実の子供より、地位を取ったんだ。
彼は混血を逃したのを、それを生んだ妃達のせいにした。自分の知らないことだと言い張って。そして彼は兵を率いて、自分の妃と子供達を殺しに来た。
そこから、彼も壊れちゃったのかもしれないね。
金の亡者だよ。
それしか信じることも、愛することも出来ないように。金ばかり集めてる。
金で罪が洗い流せるとでも思っているのかな。
それとも、殺した人間の命さえ、買えると思っているのかな?
あはははは!
馬鹿だよねぇ。命の売り買いしてるセネトレアだって所詮は人間の国。
そんな神様みたいなこと、出来るはずないのに。
でも、だから何?
狂ったからって、したことがなくなるわけじゃない。
罪が消える訳じゃないんだ。
だって、僕等の内からは憎しみが消えないんだもの。
僕等全員から許されるまで、彼は救われちゃいけないんだよ。
そしてライトバウアーの生き残りは復讐を誓ったんだ。
セネトレア王に復讐を。
この世界に復讐を。
*
淡々と紡がれるトーラの言葉。
けれど、彼女の目には確かな憎悪が宿っている。
「リーちゃん、僕等は同じだよ。だから僕は、君達となら上手くやっていける。そう思うんだ」
「……マスター」
誠意さえ感じられる目。追い詰められたような縋り付くような声。
「リーちゃん。僕はもうマスターじゃない。だからこれは命令じゃない。それでも一人の混血として、貴方の力を貸して欲しい。君の創る世界に、僕たちも連れて行って」
差し出された手をリフルが掴もうと手を伸ばした時……
俺の堪忍袋の緒が切れた。
「断る」
「……アスカ?」
俺の声に、その場にいた者すべてがぎょっとした。
それでも俺は黙っていられなかった。
これ以上のあいつへの侮辱を、俺は見過ごせない。
「耳を貸すなリフル!こいつは違う!全然違う!過程は同じでも、全然違う!一緒にするな!混血のため?笑わせるなよ魔女様!」
混血や奴隷のために殺すんじゃない。
あんたは、あんたが殺したいから殺すんだ。
「あんたのは、唯のあんたの復讐だ!混血を巻き込むな!保護してる?守ってやってる?!違うだろ!あんたはあんたの手駒が欲しいんだ!あんたの復讐のための兵士が欲しいだけだろ!?」
何様だ?
あんたは可哀想な混血を演じながら、その同胞さえも裏切って、高みの見物をしているだけ。
人を操って、自分の復讐のための外堀を埋めたいだけなんだ。
そのために、こいつに何人殺させた?
こいつだけじゃない。もっと多くの人々を操ってきたんだろう。あんたのその情報力で。
「こいつが殺せと命じるなら、俺は殺す!タロック王も!セネトレア王も!それがこいつだけのためじゃないって信じられるから!殺し屋だってなってやるさ!」
あんたは結局同じなんだ。
あんたが憎む王様と同じだよ。
仲間だと言って、結局は数としか見ていない。切り捨てられる、小数点以下の、一以下……人間以下の存在だって認めてるんじゃないか。
「でもあんたの下には付けない。こいつの命令でも、俺はそれだけはしない」
自分が助かりたいだけなんだ。救われたいだけなんだ。
誰も救う気なんて無いんだ。
そんな殺し、何も生まない。
あんたもきっと、救われない。救われるはずがないんだ。
「俺に罪を被せる?上等だ!なってやろうじゃねぇか犯罪者!」
「貴様の姫様への無礼……もはや見過ごせぬ。貴様に姫様の何がわかる!」
「わかんねぇよ。だからそんなわかんねぇ奴には従えないんだ!」
鶸紅葉が剣を抜き、その切っ先を俺へ向けた。
殺気の込められた鋭い瞳。紅蓮の炎のような赤い瞳が俺を射抜く。
「復讐?上等だ。あんたにはそれを行う理由がある、権利もある。でも違うだろ!少なくとも、あんたに守られてきた奴等は無関係だ!巻き込むな!」
「君に何が解るの?殺されたこともないくせに」
静かな怒りを宿した声。トーラの目に浮かんでいたのは、絶望に支配された光。
*
「僕が目覚めたのは、五歳の時だったかな」
ふっと頭に流れ込んでくる情報。
並ぶ名前。
それが死者を意味すると知ったのは、目の前でその子が殺された時。
次々と斬られていく兄弟達や使用人。
「僕は血を浴びながら、力に目覚めた」
命辛々王宮から逃れた僕等は、ライトバウアーへと落ち延びた。
逃げる時も怖くはなかったよ。僕はここでは死なないと知っていたから。ううん、ほんとは怖くなかったなんて嘘だよ。僕は目先の恐怖より、確実に教えられた未来を恐れていた。そう言う意味ではとても怖かった。逃げ出したかった。何処へ行けば助かるなんかわからないまま、そうやって逃げ続けて居るんだろうね。僕は今も。
「ライトバウアーが滅ぼされたのは僕が八歳の時。今から十年前……奇遇というか神様の嫌がらせかな」
リーちゃんが殺されたのも、十年前。
神様は、大きな不幸はまとめて一気にやりたがる性分らしい。ほんと、最悪。
「ここ、綺麗なところでしょ?昔はもっと綺麗だったよ……」
立ち並ぶ廃墟は、元は貴族のお屋敷。世間から捨てられた妻や子供達に夫が捧げる最後の愛情。金が愛情だと思ってる貴族達がくれた物は食べられないものばかり。どんなに由緒正しい血を引いてる子供でも、ドレス姿で畑仕事だなんてほんと笑えない。
母様達も最初の半年くらいは毎日泣いてたな。でも秋の収穫の季節には、笑顔を取り戻して……その頃にはプライドの高かったお嬢様然だった人達も、使用人達を同じ人間だと思えるようになっていた。ライトバウアー……そこは身分も関係ない、幸せな街になっていったんだ。
そんな……幸せで、悲しい街。それがライトバウアー。
ライトバウアーという街は、セネトレアの闇。地図からも歴史からも消された街。街全体が美しい牢獄。ここから出ることは許されない。それはすなわち死を意味することくらい、幼い僕にだって理解できた。
僕等はここに軟禁された籠の鳥。ここで生きて、ここで死んでいく。死んでいける……はずだった。狭い鳥籠の中でも、幸せは築けるモノ。けれど幸せは失われるモノ。奪われるモノ。壊されてしまうモノ。
ほら、だって見てよ。
僕の手には幸せなんか残っていない。欠片も残さず、根刮ぎ奪われてしまった。誰がって?そんなの、人間以外にいないでしょ?そんな残酷なこと、するのはさぁ。
「僕は十年前、一度ここで殺されたんだ。君と同じ……実の父の差し金で」
*
僕は視た。
血を頭ながら知った最初の情報は、最後の情報。
僕が死ぬという情報。
己の死。すべてはそこから遡り……僕は多くを知ってきた。
一日一日。
僕が生き延びる度、僕は命日からマイナスされていく日の情報を手に入れる。それでも僕は人の不幸や不運……悲しい出来事に分類される情報しか知ることが出来なかった。僕がそうだったのはたぶん……僕は混血だったから。僕の片割れが幸福の情報を司っていたからだろう。
僕等はふたりでひとつ。“トーラ”は僕と、もう一人。
「どうして兄様ばっかり!」
私はそう言ってはよく、あの人を困らせた。幼い私にはその理不尽さを納得出来なかったから。
それでもその理不尽さを上手く言葉にできなかったから、みんなは私の言葉を幼子の駄々だと思っていただろう。
そう言い残し走り去る私を、あの人はいつも……何か言いたそうな悲しい目で追いかけていた。
手を触れた瞬間、私が知るのはその人の死の光景。あの頃、人から読み取ることが出来たのは一日で一日分の情報だけ。
友達なんか、作れない。握手しただけで、その人が物言わぬモノに変わる瞬間が見えるから。人は奪われてしまうモノ。死んでしまうモノ。だから人に接するのが怖かった。
でもあの人は違う。何時も笑っていた。触れた瞬間、その人の明日の幸せを教えてあげる。それが必ず当たるから、みんなあの人が大好きだった。勿論、私も……あの人は優しかったから。だから大好きで、大嫌い。
その思いを他人に伝わる言葉として吐き出せたのは、街に来てから三年目のある日。
私の吐く呪いの言葉を、あの人は静かに黙って聞いてくれた。
「狡い、狡いよ!私たち、双子なのに!全然違う……」
同じ顔。そっくりなのに、全く違う。
生まれながら私は嫌われる力を持ち、あの人は愛される力を持っていた。
私は毎晩、迫り来る死の恐怖に追われながら……そのカウントダウンをさせたくなくて、私が眠らなければ明日は来ないんじゃないか。そんな風に思って重い目を必死に開けて、何時も時計が十二へと戻ってしまうのを見届け、絶望していったのに。
鏡のようにそっくりなあの人は、何時も笑顔を絶やさない。幸せな明日を知りながら、毎晩眠りにつける貴方の明日はどんなに素晴らしいんだろう。そんな風にあの人を憎むようになった私。
「それでも僕は、君が羨ましいよ」
私の言葉をすべて聞いたあの人は、静かにそう言った。
けれどそれは私にとって、苛立ちしか感じさせない言葉。口から出るのは私を哀れむ彼への更なる憎しみ。
「私を?何それ、同情?慰め?それとも嫌味?」
そんな私をあの人は、悲しそうに見つめていた。そこに彼の諦めを見つけたのは、彼が私とよく似た暗い光を瞳に宿していたからに違いない。
「僕が知るのは近すぎる未来。何も変えられない……絶対の未来だ。でも君が知るのは遠い未来。変えられるかもしれない……定まらない未来」
貴方は何も知らないから。そうは言えなかった。
私は今日死ぬんだ。背中から切られて相手の顔もわからない。その内に首を切られる。後は見えない。並ぶ文字列。
私はその後目玉を抉られて、髪を毟られて、残った四肢をバラバラにされて、奪われるだけ奪われて燃やされる。それが私の最後。
「変えられないよ、未来は」
確かに私に時間はあった。私は何もして来なかった。怯えることしか出来なかった。だから今日、私は殺される。
自嘲気味に笑う私に、あの人はこんな言葉を投げかけた。
「僕が死ぬのはいつ?君には見えているんだろ?」
ええ、知っている。だから私は、苦しんできたんじゃない。
自分の死と同じくらい、貴方のことで、私は苦しんできた。大嫌いだけど、大切な私の片割れなんだから。
私は涙を見せまいと、背中を向けて薄気味悪い笑い声で笑ってみせた。
「教えて……そうしてくれれば、変えられる。僕が証明する。そうすれば君の力はとても素晴らしいモノだって、みんなも君も認めてくれる」
私が口を開いたのは……どうしてだろう。
みんなに?自分に?ううん、違う。貴方に。貴方に認めて欲しかった。貴方だけに。
私は、貴方の片割れなんだと認めて欲しかった。
せめて、最後に。
貴方はとても優しいけれど、同じくらい酷い人だった。残酷な人だった。
片割れの私でも、貴方の特別にはなれなかった。いつも自分より誰かが大事。多くの人の笑顔を望む、優しい人。自分よりもみんなが大事。みんなが一番。でも、誰もあの人の一番にはなれない。
唯一無二の存在、片割れの私でも……みんなの枠からは抜け出せない。
私は認められることで、貴方が手に入れられると思っていたのかも知れない。だから口が滑った。私の力を実際に教えることで、例え貴方が不幸になるとしても………貴方は私を片割れだと確信する。
何も持たない私が貴方を手にすれば、私はすべてを手に入れられる。それなら私の生は幸せで満ち足りたモノであったことになるかもしれない。貴方は私にないモノ……幸せのすべてを手にしている。そう信じて。
「十二年後の……十の月。兄様はセネトレアベストバウアー王宮広場にて処刑され死亡」
以前触れたときに知った情報。心と一緒に閉ざした言葉。何年も秘めていた事。
吐き出した肩の荷が下り、ほっと息を吐く。でも不安は消えない。
それでも視線の先、あの人は笑っていた。
「それじゃあ、僕はベストバウアーに行かなければいい。絶対にライトバウアーから出ない。これで僕は死なない。君のおかげだよ。君が僕を救ったんだ、ありがとう」
そう言って、あの人は微笑み手を差し出した。
この力で、誰かにお礼を言われたのはそれがはじめてだった。
「私……兄様の、片割れに……なれた?」
「勿論だよ。一緒に、みんなを幸せにしよう!僕等が守るんだ、ライトバウアーを!」
残酷な一言。
貴方は何も知らないから。
(私、今日死ぬんだよ?)
片割れになれても、私はみんなから抜け出せなかった。
それでも、何年ぶりかに私はそれを受け入れた。たぶん、嬉しかったんだ。
何もない私に、貴方は存在価値を見いだしてくれたから。
そっと伸ばした手が触れる。
「……!?」
未来は変えてはいけない。幼い私は、その恐ろしさを知らなかった。
それは天命に背くこと。だから神様は僕に罪と罰を背負わせたのだろう。
掌に触れて見たビジョン。それは変えられた世界。
私が教えたことで、未来は変わった。だから、彼の命日が変わってしまった。
「兄様、逃げて!」
ああ、どうしてもっと早く知ることが出来なかったのだろう。私が避けていたから。私が教えてしまったから。私が……私が……
映像の中私が目にしたモノは、ライトバウアーに攻めてくるセネトレア兵。
日付は……今日。時間はもう五分と無い。
「お父様は、ライトバウアーを滅ぼす気なんだよ!殺される……っ!みんな、死んじゃう!」
「一人で逃げるんだ。僕はここに残る」
「どうしてっ!?逃げないと、死んじゃう!早くっ」
安心しろとでも言いたげに、彼は力強く笑う。彼にも視えていたんだ。僕らは同じ力を分け合って生まれていたから。
僕が死から遡る情報を知ったように、兄様は時間とほぼ平行した情報を得ていた。
「未来は変わった!君は死なない。明日を迎える。僕には見えた。だから、逃げるんだ!」
触れた瞬間、あの人は知ったのだろう。
私が怯えていたモノの正体。
「僕は此処にいれば死なない。だから逃げない。また会える、生きていれば……」
「駄目!兄様っ!違うの!違うのっ……未来が変わったの!兄様、逃げないと死んじゃう!」
必死に拙い言葉で意思の疎通を図った。要領の得ないそれでも、彼はすべてを知ることが出来たようだった。
己の死を宣言されても、彼はいつものように優しく微笑む。
「僕がここで死ぬのなら、それなら逃げるだけ無意味だよ」
どちらにせよ、彼は屋敷から離れない。そう私に告げるのだ。
「そんなの、やってみなきゃわからないよ!」
「僕はこれでいい。もし僕が生き延びることでこれ以上情報が歪むことの方が僕には恐ろしい」
「僕が逃げれば、本来死ぬはずじゃない人まで死んでしまうかもしれない……そんなこと、僕には出来ない」
こんな時まであの人は、他人の心配ばかり。自分の命の執着の無さが、私を憤らせる。
「どうして!?どうしてそんなこと思うの!?いつもいつもいつもいつも……っ、兄様はっ!!」
全然違う。私は嫌。嫌。死にたくない。貴方は私の片割れなのに、どうして違うの?どうしてこんなに違うの?
私は自分が大嫌い。それでもそんな自分でも、死にたくないのに。
(どうして貴方は……死にたがるの?)
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私は、笑いもせずにそこに居るあの人を見た。
「わからない?僕がお前と一緒に行けば、お前も死ぬかもしれない。助かる命を棒に振るつもりか?」
何時もと違う苛立った声。けれど、それを聞いた私も彼に苛立っていた。
私のことを、その他大勢だと言外に伝えていたくせに。こんな時だけ特別扱い。こんな時に大切だって言われても、全然嬉しくない。
「……馬鹿っ!兄様の馬鹿っ!それならっ!生き延びる私と一緒なら、兄様だって助かるかもしれないじゃない!!証明してくれるって、言ったじゃないっ!」
必死に私は兄様を説き伏せた。無理矢理その手を取って走り出した。彼はそれを振り払うことはしなかった。
そして、兄様は死んだ。僕のせいだ。僕を庇って兄様は死んだ。血を浴びながら流れ込んでくる情報。
僕等の命日は、入れ替わった。
あの日から僕は自分の名前を捨てて、兄様の名前……トーラを名乗っている。だから歴史上、トーラは死んでいない。トーラが死ぬのは、僕が二十の年。二年後の話。
双子は代用品だと思ってるのかもしれない。神様は。
ほんと、酷い話。僕等にだってそれぞれ心があって、生きてる一人の人間だって認めてくれないんだ、誰も。
僕も、片割れ殺し。だって、兄様の死で……僕の力は増したんだ。
あらゆる物体に触れるだけで、記憶が読める、盗める。与えることも出来る。それは兄様が持っていた過去と明日の情報を知る力。
そして新たに覚醒した、情報改竄能力。
私は私をいくらでも偽ることが出来る。名前も顔も背丈も変えられる。私に関する人々の記憶だって私には書き換えられる。
だから私は、トーラ姫。私はあの日、殺された。私の中には、兄様がいる。私は私の名前を捨て、兄様として生きて、復讐を………ううん、違うや。僕がトーラ。僕たち、ふたりでトーラ。兄様の名前を、誰にも奪わせない。僕が証明してみせる。二年後のトーラの死を、変えてやる。
「僕はもう……死にたくない!」
「僕は……もう、死にたくない!死にたくない!生きたいよ!それの何がいけないの!?」
死にたくない。殺したい。
僕は、生きて証明する。僕の名を、この国に……世界中に知らしめる。歴史に僕の名を刻ませる。
それが、あの人が居たという証に変わる。だから、私は。
「私は、死にたくないっ」
トーラは見えているが故に、死を恐れます。彼女は二年後の悪魔のゲームの存在に気付き、
彼女の力はイグニスと同等以上。故に彼女が女教皇。
とある占いの本に、魔術師が皇帝になり、女教皇が女帝になってゴールインみたいな解釈があって、「え、これなんてフラグ」。正位置編のリフルとトーラのキャラ配置が脳内で決まった瞬間でした。
正位置では本来在るべき地位にそのキャラが居た場合の世界の話を書くつもりなので(下克上ではなく、権力者がそのままカードとして強いというそれはそれで不条理設定)。
リフルは王子、トーラは王女として生きています。たぶんそのせいで正位置編のリフルは凄い歪んだ性格の子になるはず。この愚民共が!とかデフォルトで言いそう。ビバ、悪役。
アスカとももちろん仲良くなんかなれません、血で血を洗う戦いを繰り広げます。
……あれ?正位置編ってハッピーエンドにするはずなのに、どうかんがえてもこれバッ(以下略)こ、乞うご期待。……その前に逆位置完結させないといけないんですけどね。