迷宮から、スタート
地面が冷たい。そして薄暗く、湿気た臭い。どうやら、迷宮からスタートのようだ?
荘厳な光の世界から、転移したと思ったら、なぜか汚い迷宮で体操座りしていた。シュールすぎる状況に、少し笑える。もっと、輝く王宮とか、勇者らしいスタート場所がお約束でしょ?
理由は、分からないけれど、女神に愛されまくってるらしく、特別に、複数の願いを叶えてもらうチートで、無敵になってしまった。なんて、さっきまでは、余裕があった。
そう、ぼんやりと、美人の女神様は、黒のセクシーな衣装を着て、いい匂いしてたなぁと、迷宮にいる事も忘れ、余韻に浸っていた。
余韻の残香を嗅ぎたくて、鼻から深く息を吸い込んだ。油断していたんだろう。風に乗ってきた刺激臭を、たくさん吸い込んでしまう。
くっせー!ヴォエ。
酸っぱく脂ぎった刺激臭に、薄暗い迷宮にいる現実に、意識を戻される。
くそっ!
女神の余韻に浸ってたのに、
なんだ!!
『ぐぎょ?』
「!!!」
ゴブリンが!
ゴブリンがいる。
目の前の醜悪なゴブリンと、目が合う。
でかい!ゴブリンキングか!?
怖い。。世の中の全てを憎んでいるかのような凶悪な目、その悪意に睨まれ、萎縮する。
最弱の魔物のハズ。だが!緑色の肌の魔物の手に握られた、錆びつき血がこびれついたナイフが、ギラギラと反射し、体がすくむ。恐怖で動けない。
『ぐぎょぎょ!』
「!」
一瞬の膠着状態があったが、迷宮に棲む魔物と、日本に住む青年では、踏んできた場数が違った。
いち早く立ち直った魔物は、錆びたナイフを、オレの頭をめがけて、殺す気で振り下ろしてきた。
危ないっ!
迫るナイフを、ギリギリで頭を捻ってかわす!
ぐっ、肩に衝撃が
かろうじて、頭だけは避けたが、肩には、当たってしまった。まだ、痛みは感じない。破傷風が心配だが、致命傷じゃない。
ドクドクと心臓がうるさく鼓動する。
興奮してアドレナリンが分泌されている状態の間は、痛みを感じないと聞いた事がある。きっと今だけは、そんな状態だろう。
嫌だ!
こんな場所で、死にたくないっ
反撃しなくては!!
何か、何か、ないか?
焦るオレに
その時、幸運にも、
右手が偶然、硬い物を握りしめた。
「うぁぁっ!」
無我夢中で、ゴブリンの頭に、それを叩きつけた!叩きつけたその衝撃で、手が痺れて熱くなる。
そんな緊迫した命のやり取りした瞬間だった。一瞬たりとも気が抜けないそんな時に、奇妙な事が起こった。
なぜか?
どこからか?
少女の怒声が頭の中に、大音響で、響いた!
((ちょっとー!レディに、なにするのよ!))
((アタシは銃なのよ。))
((鈍器じゃないの!))
((ダメージ0のくせに落ち着きなさい!))
う、うるさい!なんだ!
少女?銃?
鈍器?
予期せぬ事が起きて、パニック状態になり、思考能力が奪われ、頭の中は、真っ白になった。
つまり、この危機的な状況の前なのに行動不能になってしまった。錆びたナイフで殺そうと襲ってくるゴブリンの前で、あろう事か、ぼーぜんとカカシのように立ち尽くす。
動かない青年に、ゴブリンの錆びたナイフの攻撃!攻撃!攻撃!攻撃!攻撃!
死んだ。普通なら死んでた。ダメージ0がなきゃ、この物語は、ここで終わっていただろう。
しかしながら、ダメージ0がある青年は、だいぶボコボコされた後に、少女の言うとおり、ダメージが全く無い事実に気が付くと、少し冷静さを取り戻したようで立直る。
現状を把握しようと、体操座りの状態から、のろのろと立ち上がった。
ゴブリンを銃把で殴ったため痺れた手を、擦りながら、目の前を見下ろすと、ゴブリンに、相変わらず攻撃されているが?
やはり、痛くない。
しかも、この敵、小さい?
身長は、小学生ぐらいだ。さっきは、座ってたから、魔物が大きく見えただけという事に気づいた。もしかして、こんな小さな相手にビビっていたのか。なにが?ゴブリンキングだよ。
うわっっ!
冷静になると、恥ずかしい。
過去の自分を殴りたいっ。
「アドバイス、ありがとう。」
後ろを向いて苦笑いしながら、少女に礼を言う。いまさらだが、失態を取り繕おうとした。慌てふためいた情けない姿を、無かった事に、しようと思った。でも、それは叶わない。
青年が振り返った先には、誰もいない。
誰もいない迷宮が広がる。
((どこ見てんのよ?))
は?誰もいないよ?
そういえば、銃とか言ってた?
ん?
視線を手元に移すと、知らない内に握っている、深紅の銃が目に入る。
((やっと、気づ))
うわっ!!なんだこれ!気持ち悪いっ
焦ってしまい、握っていた銃を離して、地面に落としてしまった。
ぼとっ。。
((痛ってー!離してんじゃねぇよ!この童貞が!!レディの扱い勉強しろや))
いや、離すよね?怖いもん。オレは悪くない。銃が話す?ありえないだろ!むしろ、地面に叩きつけなかったのを、褒めてくれてもいいくらいだ。
どうやら、信じられないが、さっきまで握っていた見覚えの無い銃。そして驚きのあまり、地面に、落としてしまったこの銃が、オレに話しかけてるらしい。
記憶を辿ると、その少女の声は、頭の奥に直接、響いている。念話なんだろう。この銃がオレの頭に、念話で直接話しかけてきた。状況は受け入れられないが、直感で理解してしまった。
状況を整理しよう。念話してくる銃が、武器娘が、仲間になりたそうにこちらを見ている。オーケー、つまり、そういう状況だ。
全く分からない。分かりたくもない。銃が念話で話す?深く考えては、負けだ。ここは異世界、なら異世界のルールがある。状況に流されよう。
「あ、ごごめん。」
((・・・))
反応がない。幻聴だったか?いや、違う。信じたくないが直感で分かる。これは、この銃が、ご機嫌を損ねている。しかたないので、おだててみる作戦に。
「素敵な銃身だね。とても綺麗な紅色で、見惚れてしまう。」
そう。落ち着いて見れば、綺麗だ。凄く高そう。その深紅の単発銃は、洗練された荘厳な装飾をされており、深紅に艶めいていた。
まるで生きてるかのように覚悟が、単発銃の1撃に全てをかける潔よさが、その銃から伝わってくる。
((そ、そう?それはそうとゴブリン倒すなら引鉄を引きなさい。アタシは銃なんだから))
おだててみる作戦成功!ちょろ可愛いな。この子、この銃?
おぉ、そういえば、ゴブリンの事は、すっかり忘れていた。だって、全然痛くないから!オレのスキルは、ダメージ0!です。良かった、死ななくて。
深紅の銃を、優しく拾いあげて、丁寧に埃を払う。ふっと息をふき溝に残った埃を飛ばす。
((んんっ!///))
しかし、これからどうしよう?余裕が出て来たので、今後の事も考えてみようか。
この子は、単発銃だから、おそらく1回しか攻撃出来無い。今後の事を考えると節約したいけれど、他に攻撃手段は、無い。
残念ながら、無いんだよ。さっき、弱小ゴブリンを、全力で殴りつけたけど、出血すらしていない!ちょっと痣になってるだけとか、ガッカリだよ。
喧嘩は、した事なかったけど、もしかしてオレは、弱すぎるのでは無いだろうか?
おっ!ゴブリンもさすがに疲れてきたらしく、攻撃回数が落ちてきたようだ。
オレは、ダメージ0なんだ、もう諦めろ。諦めてくれ。だけど、頭が悪いのか、そして顔も悪いゴブリンには、その願いは通じず、執拗に攻撃を繰り返してくる。
そして、その酸っぱい脂ぎった体臭に、嫌悪感がつのる。それに、オレは何もしてないのに、なんで執拗に攻撃されなきゃいけないんだ?そう思うと、だんだんイライラしてきた。
((使わないの?))
少女?銃?の拗ねた声が可愛い。そうだな、ここは、素直に提案に乗ろう。このゴブリンには、イライラしてきたところだ。スカッとしたい。
では、紳士らしく武器娘さんに、お願いしようか。
「お嬢様、お力を貸して頂けますか?」
((ふふん!良い心がけね!でも、初めてだから優しくしてね?))
なに言ってんだ、この銃?
優しく?
まぁいいや、ゴブリンの頭にゆっくり照準を合わせ、言われたとおり、
優しく、引鉄を引く。
ズドンッッ!!
轟音が鳴り、ゴブリンは激しくぶっ飛び、脳症をぶち撒けた。真紅の単発銃は赤熱し、銃口からは、黒い煙が立ち昇る。気分爽快ってヤツだ。
え?ところで優しさとは、いったい?
ハヤトは、初勝利を納めた。
スキルを覚えました。
[射撃1]
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フフフ、昨日の転生者は傑作だったわ。。。
色々条件つけたつもりみたいだけど、騙されて、
こちらの予定どおり。。。
例外無く、叶えた願いは、1つだけよ。。。
その事に、何時気付くのかしら?
叶えたスキルの内容なんて、名探偵だって気付かないでしょう。。。
ねぇ、貴方には分かる?
黒女神(悪魔)は、悪意が見える妖艶な笑みを浮かべた。