僕にはなにもないと思ったから
僕にはなにもない.
スポーツは苦手で
勉強はそれほどできない.
芸術的センスがない.
ユーモアさも
リーダーシップも
優しさもない.
みんなが志望大学や
卒業後の就職先を決めていくなか
僕にはやりたいことも
行きたいところもなく
なにをすべきか定まらずに
ふらふらしている.
僕はなにをしているんだ.
僕はどうやって生きてきた?
──そうか. なるほど.
ゲームをする姿勢はその人の人生を表す.
……と思う.
チェスやオセロ、トランプ、他にもいろいろ
ほとんどすべてのゲームをするにあたって
僕にあるのは直感と少しの思考だけだ.
そうなんだ.
僕は考えなしに生きてきたし
多分これからもそうなんだろう.
僕にあるのはなんだ.
僕になにがある?
……──僕にはなにもない.
なにもない、というのは
家族がいないとか、貧乏だとか
そういう意味じゃない.
自分の能力や人間性についてのことだ.
気づけば僕はつまらない人間になっていた.
実にくだらない人間になってしまったものだ.
とつくづく思う.
僕にはなにもないと思ったから
意味もなく自殺でもしてやろうと決めた.
そう締めくくり、安物の万年筆を机に置く。
「それって、遺書?」
「っ⁉︎」
慌てて声のしたほうへ振り返ると、僕の手許を覗き込むように見つめるクラスメイトがいた。短い髪に健康的な小麦色の肌が、彼女をスポーツ少女然とさせている。
「違っ、……ただの散文だよ」
「ふーん、そう。この最後、私ならこう書くけどな」
彼女は僕の肩に手を乗せると、そのすらりとした腕を伸ばして僕の手から万年筆を奪った。最後の一文に綺麗な二重線を引くと、その下にこう書き込んだ。
──誰よりも自由に生きていこうと決めた。
「なにもないなら、なににも縛られることがないと思うんだ。あなたはどう思う?」
彼女の言葉に、しかし僕はなにも言えなかった。彼女があまりにも綺麗な目で、まっすぐと僕を見ていたからだ。
こうして僕のチープで陳腐な遺書は、人生の指針へと変化した。それはまるで、淡い魔法のようだと思った。