7月6日 朝
ほのぼのしてます。
全てが赤に染まる…
まるで長い夢を見ているようだった。
「…ん、きろ…!」
声がする。
暗闇の中で必死に叫んでいる。
懐かしい声が呼んでいる気がするんだ…。
「真…起きろ!」
ばっと体を起こすとそばにいたのは、赤いエプロン姿の父さんだった。
「…えっと。どこから突っ込めばいい?」
「…おはよう、真」
何も言うなと訴えかけられたようだが、無理な話だ。エプロン姿のことは別にいいとして…何故か右手にフライパン、左手にお玉を持っているのだ。
「おはよう。んで、なにそれ?」
「母さんを起こしたら二日酔いでイライラしててな…。せっかくだから朝ごはんを作ってやろうと思ったんだ。そしたら作ってた途中でお前の存在に気づいて慌てて起こしに来たって訳だ…!」
そう言う様子から遅刻しそうな時間なのかと、内心慌てたが、携帯のアラームをかけていたはず。
時計も携帯もまだ直してないが、ちゃんと計算した…というか今何時だ?
携帯を開き時間を見ると『PM.8時15分』を表示していた。15時間ズレてるから…
「まだ5時!?」
アラームは余裕をもって6時にセットしてあった。
「まだってことは…早かったか?」
キョトンとしている父さんにため息をつく。
「1時間程ね…」
二度寝を考えたが、絶対に起きれない自身しかない。もう起きてゆっくりしておこう。
「なんかすまん…」
「いや、起こしてくれてありがとう。今日のご飯って何?」
「あぁー!火をつけたままだ!!」
いきなり叫んだ父さんは走って1階へ向かった。遠くから母さんの怒鳴り声が聞こえてくる。
「はぁ…。父さんってどこか抜けてるんだよな…」
母さんが怒っているのは二日酔いというのもあるだろうが、朝早くに起されたからというのも理由のひとつだろう。
「おはよう」
リビングへ降りていくと、味噌汁と卵の匂いが漂う。すごく食欲をそそられる。
「おはよう、今日は早起きなのね」
「ん、父さんが起こしてくれたから」
そう言いながらテーブルにつく。
父さんはしょんぼりしながら俺の向かいに座っていて、新聞を読んでいた。
「なんか…久しぶりな感じがする」
「そうね、いつも2人だし…」
頷きながらご飯を持ってきた母さんが父さんの隣に座った。
「よし、みんな揃ったし食べるか!いただきます!」
「「いただきます」」
ご飯は必ず家族揃って食べる…父さんが決めたこのルールは、例外を除いてずっと続けている。
「味噌汁久しぶりだなぁ…なんだか落ち着くよ」
「そうなんだ。あっちでは作らないの?」
ふぅーと息をつく父さんに俺は卵焼きを食べながら聞く。
あ、この卵焼き美味しい…!
「作らないな、忙しいし。毎朝パン1個で済ませてる」
「ちゃんと栄養のあるものを食べないと。沙々にレシピ本書いてもらおうかな…簡単なやつ」
なんだかんだ言って母さんは父さんのことが心配なんだ。
「そう言えば…いつあっちに戻るの?」
ずっと気になってたことだった。
父さんは大きな仕事が一段落付いたから帰ってきたのだと言っていたが、あまり長く日本にはいられないだろうと思ったからだ。
「あと4日は日本にいるつもりだけど…どこかに出かけたいな」
「騒ぎになったらどうするの?本当にやめて?」
「…ですよね、はい」
4日…意外に長い休暇だと思いながらテレビをボーッと観ていると…
『ニュースを引き続きお伝えします。日本人俳優が初の快挙です。日本人俳優で今アメリカで大活躍中の佐倉 誠さんが、2日前にアメリカの映画作品で主役を務めていたことがわかりました。それでは予告映像をお見せします』
父さんの顔写真と共に流れるアナウンサーの声とテロップ。
「げほっ…!」
父さんが盛大に咳き込む。
卵焼きを喉に詰まらせそうになったのは自分でも予想していなかった事態だからなのか、または…
「はぁ!聞いてませんけど!?」
母さんに怒られることに動揺したのか…。
「いや、言うつもりだったんだけど!まだ発表しないって聞いたから…」
「家族がテレビで知るってどういうことですか!?」
「うん、そうだよね!俺が悪かった、ごめん!」
10cm以上も身長の高い父さんの胸ぐらを掴む母さんは多分、本気でキレてる。
朝から騒がしいなと思いながらも朝食を食べ続けた。
まぁ、連絡しないのはいつものことだけど…これはさすがにダメだろう。
『いやー。本当に素晴らしい作品ですよね!この作品は来年の春、公開予定です』
「ご馳走さまでした。じゃあ、着替えてくる」
「真!?置いてくなっ!」
「あと30分は降りてこなくていいから…!」
ここで母さんを止めてもいいのだが…
「わかった、母さん」
「おいっ!」
母さんには逆らわない方がいい。今日の授業で家庭科があるし、ここで味方しておかなければ大変だ。
「あなたはいつもいつも!」
「本当にすまない…!」
喧嘩するほど仲がいい。
まさしくこの2人のことのようだと、見ていてそう思った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてな!」
音楽を聴いていたり、時計をいじったりしていたらあっという間に時間が過ぎていた。
父さんの左頬が少し赤いのは…気にしないでおこう。
母さんは少し前に学校へ向かった。今日は職員会議があるみたいで、いつもより30分早く出ていった。
今は7時15分。
少し早めなのはこれから咲月を起こしにいくため。
ガチャッ
「おはようございます」
咲月の家のドアを開け、挨拶をすると奥からエプロンで手を拭きながら顔を出したのは舞月さん。
「おはよう、真くん。いつもごめんね」
「いえ、大丈夫です。お邪魔します」
「どうぞ」
くすっと笑う舞月さん。
なにか可笑しかったのだろうか?
俺が不思議そうにしていたのがわかったのだろう、舞月さんはまた楽しそうに笑った。
「成長したなぁと思って…小さい時はドアを開けたらすぐ入ってきて咲月ーって叫んでたの思い出したの」
と言った。
「もう高校生ですよ…」
「そうよね。高校生か…早いなぁ」
舞月さんはどこか遠くを見ていた。きっと自分が高校生だった時のことを思い出しているんだろう。
「あ、引き止めちゃった。ごめんね!」
「大丈夫です。じゃあ、起こしてきますね」
階段を上がって突き当たりにある咲月の部屋。
起きてないだろうが、マナーとしてノックをする。
コンッコンッ
「咲月、入るぞ…?」
ゆっくりとドアを開けようとしたとき…脳内に咲月が倒れているという嫌な映像が流れた。
急に胸が苦しくなり、不安が押し寄せてくる。
このドアを開けたくないと身体が否定してくるが、そういう訳にもいかない。
意を決してドアを開ける。
「…さ、咲月?」
ベッドで横になっている咲月。
ドクドクと心臓がうるさい。
「んっ…」
咲月のほんの少しの声を聞いただけで全身に入れていた力が抜けた。
「はぁ…何だったんだろ」
そのつぶやきに答えるものはいない。
思い出しただけで気分が悪くなる。
「咲月、起きろ!」
とりあえず咲月を起こすために、盛大に揺さぶる。
「んー」
「咲月、遅刻するから起きろ!」
それでも起きないため、頬を軽く叩いたりつねったりして遊んでみた。
ふっ、間抜けな顔…
「…さい」
「サイ??」
「うるさい!」
さっきのやり返しだと言わんばかりにお腹を殴られた。しかも、みぞおち…
「ぐぇ!? い、痛っ…!」
「ん…え、真!?ごめん、殴るつもりはっ!!」
寝起きで頭が働いていなかったのか、俺だと認識していなかったらしい。
毎回ではないが、咲月を起こす時にはこういう事がたまにある。
「大丈夫…かなり痛いけど」
「本当にごめんなさい…」
しゅんと項垂れる様子はまるで犬みたいだ。
「大丈夫だって。これくらい何ともないよ」
もしも殴った相手がマリやほかの人なら、そうは言えなかっただろうなと思う。
「咲月、いい加減…起きたなら支度しなさい。真くん、下に降りておいで」
遅いから心配したのだろう。舞月さんは俺がお腹を抑えているところを見ても、普段と変わりない調子で言葉を紡ぐ。
不思議に思わないのだろうか…?
「お、おはよう、お母さん」
戸惑い気味の咲月に笑顔で答え、下に降りていく。
「…舞月さんって絶対、天然だよな」
「うーん、そうかな?」
咲月は伸びをして、それから寝間着のTシャツを脱ぎ、着替え始めた。
「ちょっ!まだ俺いるんだけど!?」
「…早く出ていって」
慌てて止めた俺をジト目で見てくる咲月。
俺が悪いわけじゃないんだけどな…と思ったが口には出さない。
それに、咲月の言葉は不機嫌そうだったが多分それほど怒ってはいない。
「真くん、お茶でいいかな?」
「ありがとうございます、頂きます」
舞月さんは麦茶の入ったコップ2つと、クロワッサン2つを出した。
クロワッサンは咲月の朝ごはんだろう。
「そういえば、真琴のニュース観たよ。昨日言ってくれればよかったのに」
「俺も今朝知りましたよ…」
「未来の声が聞こえたから、そうじゃないかなって思った…。真琴も相変わらずだなぁ」
舞月さんと父さんは幼なじみだ。
ずっと一緒にいたから分かることがあるのだろう。
「真、今日体育ある?」
「あぁ、あるよ!」
制服に着替えてやって来た咲月は片手に体操服を、そして反対側にカバンを持って降りてきた。
「クロワッサンだ!頂きます」
嬉しそうにクロワッサンを頬張る姿はまるでハムスターがひまわりの種を口に含むそれと似ている。
モゴモゴと口を動かすところなんて…
「くくっ…」
「…どうしたの?」
「なんでも。早く食べないと遅刻だぞ?」
頭にハテナマークを浮かべながらも、食事を再開した咲月。
舞月さんの入れてくれたお茶を飲みながら、俺は変わらない日常を生きている。