最初の終わりと不自然な君
今回はたくさんの人たちが登場します。
空が赤く染まる。
大切な一日の終わりを伝えるかのように…
「あ、今日…父さんが帰ってきてるんだった」
夏目と別れてから数分後。
あんなに楽しみにしていたはずなのに、すっかり忘れていた存在を思い出す。
「えっ、本当!?真琴さんが帰ってきてるの?」
一番に反応したのは咲月。
咲月は父さんに会えることを楽しみにしている。
理由はいっぱいあるが、一番は自分の父親の昔話を聞けるからだと、俺は思う。
「あぁ。母さんから連絡あった」
そう言いながら携帯を開くと着信履歴に父さんの名前が3件、そしてメールが1件あった。
とりあえず、着信は無視する。
「真、携帯の時間が3時間ズレてない?」
携帯を覗き込んでいたマリは不思議そうに首をかしげた。
「3時間じゃなくて、15時間な。俺も不思議なんだよ、なんでだろう…?」
ポチポチと携帯を弄り、メールを見る。
【母さんの機嫌が…早く帰ってきてくれ!】
【父さんのせいだろ。あと10分で帰る】
母さん、まだ怒ってるのか…。
とりあえずメールの返信をすませ、他に異常がないか確かめるが、時間以外は大丈夫そうだ。
「使いずらそうだし、1度携帯ショップに持っていったら?」
咲月の提案は無難でいいのだけど…
「その間連絡とれないじゃん…」
「真と連絡とる人って私たちだけでしょ?いいんじゃない?」
マリの言葉は間違えではない…。
他に連絡を取る人なんて確かにいない。
チラッとマリの方を見ると、私にはいるけどねという目線を送っている…正直、うざい。
「うるさい。いいだろ別に…!」
「私も真とマリ以外はメールしないよ」
咲月はフォローしたつもりだろうが、フォローになってないから。
「携帯は父さんに見せるとして…!今日はさ、勉強会できる状況?」
マリに意地悪をするために口にした言葉。マリは一瞬固まり、予想通りの反応を返してくれた。
「…」
「どうなんだろうな、マリ?」
「真琴さんが帰ってきたなんて楽しみだよね、咲月!」
馬鹿した笑いを含んだ俺の言葉を聞き流すマリに、困り顔の咲月。
「マリ、ちゃんと勉強しようね?」
「うぅ〜!分かってる…」
唸り声を上げながらも、咲月の言うことには従う。
昔からそう、俺の言うことには反発するのに、咲月の言うことには素直に笑顔で答えるのだ。
2人は家族のようなものだから仕方ないのかも知れない。が、少しは幼なじみである俺の言うことも聞いてくれてもいいんじゃないか…?
「はぁ、マリは相変わらずだよな」
ため息をついたのは今日で何回目だろう?
「ため息つくと、幸せが逃げるよ?」
クスクスと楽しそうに笑う咲月。
幸せか…
「逃げないよ」
何気なく口にした言葉。
咲月が悲しそうに空を見上げ、そうだよね…と呟く。
「咲月、真は大丈夫だよ!バカだから」
「バカはマリだろ!」
またいがみ合いが始まり、俺は思う。
どんな事があっても、こんなふうに楽しく平穏な日々は続くはずだと。
「んじゃ、俺の家集合で。準備できたら呼ぶよ」
それぞれの家の前。
帰り道はしゃぎ過ぎてバテ気味の俺は家に帰ってひと眠りしようかな、と考えていた。
「咲月、今から家に行ってもいい?真の家だと絶対に勉強できないと思うから…お願い!」
「いいよ、着替えてからおいで。真、という事だから私の家に呼びに来てね!」
どうやら今から勉強するらしい。
マリに勉強を教えるのは苦労する。苦手教科ならなおさらだ。
「分かった。じゃあ、また後で!」
「うん、了解!」
「またね」
マリ、咲月の順に答え、手を振った。それに答えるように、俺も手を振り返して家に入る。
「ただいまー」
「おぉ!おかえり、真。また身長伸びたんじゃないか?というか遅かったな。いつもこのくらいの時間なのか?」
時計を見ると6時15分を指していた。
久しぶりの父さんとの会話。
「身長は大して変わらない。あと、いつもはもう少し早いよ」
何故か素っ気なくなってしまう自分の態度にもどかしさを感じた。
「そうか…勉強はちゃんとやってるか?」
「してる。父さんは?仕事忙しいんじゃないの?」
もっといい言葉があるだろうに。
自分で言っておいてなんだけど、そう思った。でも、父さんは少しも気にした様子はない。
「忙しかったけど、今休みが取れてな。せっかくだから日本に戻ってきたんだ」
「真、帰ったの?さっさと着替えて手伝って!あなたも!」
母さんの言葉に素早く反応したのは、他の誰でもない。
「あ、あぁ!手伝うよ!だから機嫌直してくれないか?」
「もう怒ってないです!いつも言ってますけど…報告、連絡、相談はしっかりしてください!!」
母さん、まだ怒ってるのか…
「あ、父さん」
父さんは母さんを手伝うべく、台所へ行こうとしていたところを俺が止める。
時計のことを言おうとしたが思いとどまる。
「ん?どうした?」
自分でもどうにか直せるんではないかと思ったし、何よりこの歳で父親に頼みごとをするのはなんだか照れくさい。
「あぁー、なんでもない」
「そうか」
いつでも相談に乗ると言い、父さんは台所へと姿を消した。
相談ではないんだけどな…と思いながらも、そう言ってもらえて嬉しかったと感じた自分がいた。
「さてと、早く着替えますか…」
俺は自分の部屋に戻り、制服をハンガーにかけて部屋着に着替える。
もうすぐで楽しい夜が始まろうとしていた。
子供は子供同士で食事を済ませ、大人はお酒を飲みながら日頃の愚痴を言い合っていた。
そんな様子を咲月、マリ、俺の3人はいつものように遠くから眺める。
「だから!あいつさ、私が待ってることも知らずに、勝手に帰ってきてんの!もぉー!!ムカつくんだから!」
母さん、相当酔ってる…。
テーブルには空になったビール缶が置いてあるが、結構な量だ。
話題の中心となっている父さんは母さんに押し付けられ、1人台所で皿洗いをしている。
「まぁ、まこちゃんらしいよね…?」
「真琴はそういうところがあるから…というか、沙々(ささ)も未来も飲みすぎ」
父さんの話題で盛り上がる、母親3人集。
父さんのことを、まこちゃんと呼ぶのはマリのお母さん…千﨑 沙々(せんざき ささ)さん。
料理上手でサバサバした性格の人。
よく家に作り過ぎた料理の差し入れを持ってきてくれて、助かっている。
そしてもう1人は咲月のお母さん…神彩 舞月さん。
本当に優しい人で、咲月とよく似ている。
笑い方とかフワッとしたところとか…。
「うー!そんなに、飲んでらい!まだ飲むの!!」
「母さん、飲みすぎ…明日も仕事あるんだからもう止めといたら?」
俺は流石にまずいと思い、まだ飲むという母さんに止めるように声をかけたが…
「まこちゃん!お酒たりないよー、持ってきて!」
沙々(ささ)さんはそんなことお構い無しに母さんにお酒を勧める。
だから母さんには明日も仕事が…まぁ、いいか。
「…はぁ。舞月さん、しばらく付き合ってあげてください」
「ん、いいよ。いつものことだから…」
ニコッと笑う舞月さんはやっぱり咲月と似て、周りに癒しを振りまくような…そんな印象を与える。
「お母さんも程々にしておかないと、明日二日酔いで倒れるよ?」
咲月の忠告に分かってると答える舞月さん。
その横で酔っ払った母さんが絡んでくる。
「真…!あんたねぇ、余計なこと言わなくてもいいのぉ!私が舞月の面倒みるの…」
「うん、それはないかな。舞月にはちゃんと面倒見てくれる優しい娘がいることだし!私んところの茉莉沙はさ、大丈夫?の一言さえないんだよ!?」
バンバンとテーブルを叩く沙々さんを止める術をもってない俺は、隣で問題集を食い入るように見るマリに助けを求める。
「今集中してるから…ダメだよ?」
俺の目線に気づいたのはマリではなく、咲月。
人差し指を唇に当て、シーッとジェスチャーをする。
ポニーテールにした髪が揺れ、いつもと違う雰囲気にドキドキしてしまう… 。
「あぁー!分かんないしうるさい!」
マリは集中力が本当に無い。というか…
「マリ…全く進んでな「う、うるさい!進んでるし!」
「痛っ!」
バシッと腕を叩かれ、鈍い痛みが広がる。
真実を口にだしただけなのに…。
「んー確かに、進んでるとは言えないね…」
「…咲月、もう無理!」
「頑張ろう、ね!ほら、ここ教えてあげるから!」
同じ言葉でも、あんなに態度が違うと傷つく…。
「あはははっ!そうなの?」
「そうなんだって!アイツさ、今北海道にいるからノートを届けてくれないだろうか?って…馬鹿じゃいの!?ねぇ、未来!舞月!どう思うよ!?」
「んー」
「ははははっ!舞月、返事が適当らよ!」
呂律が回ってない母さんを横目に、俺はテレビを見ようと咲月とマリから離れ、母さん達のいる方へ近づく。
沙々さんの言うアイツとは、マリのお父さん…千﨑 駿太郎さんのことだ。
有名なミステリー小説家で、度々家を開けることがあるのだが…変わった人で沙々さんによく怒られてる。
「父さん、もう止めた方がいいと思うよ」
母さん達の横で1人、グラスを片手に飲む父さんにそう告げる。
「んー?いいんじゃないのか?俺は明日休みだし…」
「父さんの事じゃない、母さんの事だよ!明日も仕事なんだよ!」
少しの間…父さんは1度グラスに入っているお酒を一気に飲み干した。
ようやく状況を飲み込めたようで…
「え…未来、明日仕事なのか!?」
「らいじょうぶ!はははっ!」
「おまっ!一応教師だろ?もう止めとけ!」
「うるしゃい!お前も飲め!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ仲のいい両親を眺め、いつかこんな家庭を築きたいと思った。
何気なく後ろを振り返ると、咲月が切なそうにこちらを見ていた…。まるで別世界の事のような、なんとも言えない瞳で…笑い合う親達を見ていた。
勉強会も、愚痴会も一段落付いた。
母さんは眠り、沙々さんと舞月さんは何やら2人で話し込んでいた。
俺は父さんと一緒にテレビを見ていた。時々話しかけてくれる父さんの質問に答えながら…。
「マリ、ずっと笑っていてね…」
遠くから聞こえた咲月の突然の言葉に違和感を感じ意識をテレビから外す。
「咲月…いきなりどうしたの?」
違和感をを覚えたのは俺だけではなかったみたいだ。
マリが不安げな声で咲月に問いかける。
「言ってみたかっただけなんだけど…変?」
クスッと笑う咲月。
俺はずっと見逃すことのなかったドラマの最終回をそっちのけで、咲月とマリにはバレないように聞き耳を立てていた。
「急にびっくりするじゃん!」
「ごめん、そんなにビックリした?」
「うん、いきなりだもん!」
俺は振り返り、2人の様子を見る。
さっきの薄暗い雰囲気はもうなく、あはははっと笑い合い、他愛もない話をする2人がいた。
俺はホッとした。咲月の放った突然の言葉にすごく不安をもっていたから。
「私も、咲月には笑っててほしいって願ってるよ!ずっと、ずっと一緒にいようね!」
マリは恥ずかしそうに言った。
ほんの少しの間のあとに、咲月は笑顔でマリに抱きついた。
「うわっ!ちょっ、咲月!?」
「…うん、そうだね!」
気のせいだろうか…俺は咲月の笑顔が作り笑いに見えた。
「マリ、大好きだよ?」
「私も!咲月のこと愛してるよ!」
もうバカップルの会話だ…完全に。
「羨ましいのか?」
「別に…」
父さんがニヤニヤしながら俺に問いかける。
「咲月は本当に蓮に似てるな…」
ポツリと呟いたその言葉は誰にも届かずに消えた。
神彩 蓮さんは咲月のお父さん…正義感が強く、真っ直ぐな人だったらしい。
職業は刑事で、12年前に事件に巻き込まれて…亡くなった。
犯人も、遺体さえまだ見つかっていない。
俺達にとって、最も辛い出来事だったためその話題は自然に禁句扱いになっている。
「真琴さん、もうそろそろ帰りますね」
いつからいたのだろう?
咲月の声が背後から聞こえ内心ビビった。
「そうか、泊まって行ってもいいぞー?」
「ありがとうございます。でも明日も学校なんで…」
そう言って時計を見る咲月と同じように、俺も時計を見る…12時。
「マリは?」
「寝ちゃってる…起こそうかな?」
目線の先に、幸せそうに寝ているマリがいた。
静かにしてればマリも可愛いのに…なんて思い、苦笑する。
「あぁーごめんね、咲月。私が持って帰るから大丈夫!」
沙々さんは頭を掻きながら笑う。
「舞月もウトウトしてりるし、今日はお開きかな!」
ほら、と指を指した先には舞月さんが1人で睡魔と格闘していた。
咲月がため息をつきながら駆け寄り、声をかける。
「お母さん…!起きて、帰るよ!」
「うん…帰る?」
「そうだよ」
どっちが親でどっちが子どもか分からない。
「茉莉沙も帰るよ!早く起きなさい!」
「もう…えへへっ」
マリだらしないな…ハッと俺は思いつき携帯を取り出す。
パシャッ
「なにとってんだ?」
「マリの寝顔。明日これで仕返しする」
父さんは何も言わず、ただため息をついた。
こうして、1日が終わった。
騒がしくも楽しい、俺が好きな日常。
ずっとずっと続くはずだった当たり前の光景。
コンッコンッ
「はーい、どちら様?」
みんながそれぞれの家に帰って10分後。
父さんとしばらく雑談をしていた時に突然ノックする音が聞こえた。
ガチャッ
「ごめん、忘れ物して…」
入ってきたのは咲月。
髪をほどいているところを見ると、寝るところだったのだろう。
「あぁ、いいよ入って。何忘れたの?」
「私の携帯」
咲月がついさっきまでいたところには、確かに携帯が落ちていた。
今まで気付かなかった。
「よかった…夜遅くにごめんね」
「大丈夫だよ。じゃあ、また明日!」
手を振り、咲月を見送る。
「真…!真もずっと笑っててね?どんなことがあっても笑ってて…私ね、笑ってる真が好きだから」
振り返った咲月が言った言葉の意味をすぐに理解出来なかった。
何を言ってるんだろう?
あまりにも不自然な笑顔。不自然な言葉。
「あぁ、わかった」
それでも、なにか答えなければと思った。
口から出たのは他愛もない言葉。
咲月が俺の言葉を聞いた時に悲しげに笑った。
何故、マリにも俺にも突然そんなことを言うんだ?何かあったのか?
聞きたいこと、知りたい事はいっぱいあるはずなのに…何も言えなかった。
「…俺も好きだよ、笑ってる咲月のこと。だから咲月も笑ってろよ?」
立ち去ろうとしていた咲月に放ったのは、唯一の俺の願い。
「うん、そうするよ」
見えてしまった。
きっと隠したかったんだろう。
咲月はバイバイ、と言うとすぐに後ろを向き、家に入って行った。
何が君にそうさせたのかは知らない。
でも、辛いことがあるのなら教えて欲しい。
見えたのは…
涙を必死に隠す君の姿。
日常が終わるカウントダウンは、すでに始まっていた。