最初の日 ~part4~
恋する2人の一方通行な想い…
「眠っ…」
放課後、いつもより静かな図書室は眠気を誘ってくる。
咲月と雑談をしていたが、咲月は会話を中断して本格的に本を読み初めた。
俺は特にすることもなかったので、久しぶりに小説を読んでいた…のだか、最近寝れていないせいもあって集中できない。
「ふぁ…。今から寝るからさ、時間になったら起こして?」
「んー」
絶対聞いてない。
咲月が本を読み出すと周りの音が聞こえなくなるくらい集中するときがある。
特に自分の好きな作家の作品だったりしたとき。
今がそうなので、話しかけたところで通じるわけもなく…かといってこのまま俺が睡魔に負けて寝てしまうと、咲月が本を読み終わるまで帰れないだろう。
時間でいうと…30分くらい。
たぶん、マリが待ち疲れてしまうだろうし、今日は勉強会をする予定だ。
あまり遅くまでここにはいられない。
それに俺は今寝て、途中で起きられる自信はない。
そのくらい眠いのだ。
「咲月…今日さ、小学校のときに父さんに貰った時計が壊れたみたいなんだよ。針が動いてなくてさ…直ると思うか?」
「んー」
「俺、このままだったら絶対寝る自信がある」
「んー」
「…ばか」
「んー」
話して眠気を覚まそうとした作戦は失敗した。
なんせ相手が聞いていないのだ。
「はぁ…。あっ!」
そういえば、とカバンから取り出したのは携帯。
朝から開いてなかったなぁと思い出し、電源をつける。
『2時23分』を表示していた…が、今は5時23分だ。
しかもよく見るとAM…15時間のズレがある。
「携帯って時間ズレたりしないよな…バグ?」
「…壊れたの?」
ほぼ独り言だったのに咲月が反応してくれた。
これで眠りを抑えられるかもしれない。
そんな期待を込めて会話を続けさせようとした。
「聞いてたのか?」
「んー、なんとなく」
咲月はこちらに見向きもしない。
返事が適当だし、たぶんもう会話は続かないだろう。
そんなに面白いのだろうか…?
「絶対聞き流してるよな…。そうだ!今日、咲月とマリが来ること、母さんに連絡入れてくるよ」
咲月の肩をトントンと叩いてから確認をとる。
「うん」
咲月にはしっかり伝えたし、少し歩けば眠気も収まる大丈夫なはず!
そう思い図書室をあとにした。
【今日、咲月とマリが来るって。あと、時計壊れてる。】
メールを送信っと。
俺の母さんはここの高校の家庭科の先生だ。担任でもなければ、部活の顧問でもない母さんは生徒と同じ時間には帰宅する。
だいたい今の時間ならすぐにメールを返せるはずだ。
【じゃあ、今日の晩御飯は大量に作っておきます。咲月ママと茉莉沙ママも呼びなさい。】
予想通り早く帰ってきた返事は、なんだか刺があるようだ。
不機嫌…?
朝のことまだ根に持ってたりして。
でも気づかないふりをしてメールをする。
【了解、言っておく。】
【早く帰ってきなさい。忙しいのでもう返信しません。】
すぐに終わらせようとするのは不機嫌な証拠。
謝るべきか、知らないふりを続けるべきか…
【はいはい。んで、時計は?】
知らないふりをすることにした。
これで返ってこなければ、朝のことを怒っているとみて間違いない。
時計、すごく気になるんだけど…。
【父さんにでも直してもらいなさい。】
数分待っていると返事がきた。
返さないとか言って返すのが母さんだ…って。
「ん!?いや、待って…え!?」
【どういうこと!?】
俺は半分パニックになっていた。
俺の父親である、桜野 真琴は海外の俳優、佐倉 誠として活動している。
そのため家には全く帰らず、メールだけのやり取りをしていただけだった。
まぁ、最近は相手が忙しくて止まったままだったのだけど。
【あなたの実の父親が家にいます。今日の夕方、急に帰ってきてました。】
母さんが怒っているのは、帰ってくるという連絡がなく帰ってきて、しかも父さんのことだ。何かをやらかしているに違いない。
そういうことか…朝のことじゃなくてよかった。
【早めに帰る。】
一言打ち終わると携帯を再びポケットに仕舞い、来た道を戻る。
父さんに最後にあったのはいつだろう…?
もう高校生になったとはいえ、久しぶりに再会できる父さんを思い浮かべると自然と嬉しさがこみ上げてきた。
「咲月…?」
図書室に咲月の姿はなかった。
今まで本を読んでいた場所はもちろん、辺りを見渡したが見つからない。
しかし、俺を置いて一人で校舎を歩き回るわけがない…よな?
トイレに行ったのだろうか…?
そう思いはしたが、女子トイレの前で待ち伏せはさすがにやばいことになるので…おとなしく椅子に座って待つことにした。
にしても眠い…
こんなに眠いのも絶対おかしい。
そうは思うが、どうすることも俺にはできない。
少しだけ寝ていてもいいだろうか…?
そっと目を閉じる。
きっと咲月が帰ってきたら起こしてくれるだろう。
無責任なことだろうが仕方ない。
ゆっくりと意識を手放していくうちに、何故か今日の夢を思い出しそうになった。
なんだったんだろ…覚えてないけど酷く悲しい夢だった気がする。
だがそんな考えを打ち消すくらい、ふわふわとした感覚は心地よい。
こんなに気持ちよく眠りにつけるのも久しぶりだ。
ーのんびりしてていいの?ー
頭に響く、少女の声…
一気に眠気は覚め、バッと顔を上げる。
嫌な予感がした。
図書室の時計を見ると、咲月がいなくなって15分も過ぎていたことに気づく。
いくらなんでも遅い。
考えるよりも先に体が動いていた。
「行くとしたら…マリのところか!」
弓道部の使う空き教室へ向かう。
今はただ、この不安を消したかった。
ガラガラッ
「おいマリ、咲月来てないか!?」
1階にある図書室から6階にある空き教室までの道のりを全力で走った。
朝からこんな調子だ。
もう今日は走りたくない。
「真、よかった…」
咲月はここにいて、安心したようにため息をもらす。
「よかったは俺のセリフだし、どこ行ってたんだよ!ったく…心配した」
俺は咲月の頭に手を乗せ、撫でた。
「子供扱いしない!」
そういうと同時に手を払い退けられた。
いつもならされるがままなのに…と思って今ここに咲月とマリ以外に人がいることに気づいた。
「えーっと…誰だっけ?」
「…え?桜野は酷いな。俺、一応クラスメートなんだけど?」
クラスメートということは知ってるし、顔も見たことある。体育がすごく優秀なやつだ。
だけど名前が出てこない。
「夏目くんだよ。夏目 怜くん!クラスメートの名前くらい、いい加減覚えなよ」
マリは少し怒り気味。
「人の名前覚えるのは苦手なんだ」
分かってるだろ?と言うふうにマリに投げかけるが、届いてなさそうだ。
「真は冗談抜きで人の名前が覚えられないの…本当にごめんね、夏目くん」
咲月は夏目に謝る。
そこは俺が謝るべきだったと反省する。
「いいよ。よく考えたら桜野とあんまり話したことないもんな」
へらっと笑う夏目。
あんまりというか、全く話したことはない。
そんなことより、俺は気になることがあった?
「マリの先輩も夏目だったよな?」
「すごい!真が覚えてる…!」
マリは本当に驚いたのだろうが、馬鹿にしているようにしか聞こえない。
さすがに…
「さすがに、今日会って教えた人はわすれないんじゃないかな…」
咲月は俺の言いたかった言葉を口にしてくれる。
考えていた事は一緒だ。
「そんなに覚えられないんだ」
あははっと笑う夏目を横目に見る。
「まぁな」
夏目は俺の適当な返答を気にした様子はなく、ただニコニコと笑って咲月やマリと話している。
「そういえば何でここにいるんだ?」
俺はずっと引っかかっていた。
何故夏目がここにいるのか。
「えーっと。姉さんを探してたんだけど、千﨑さんが1人で大変そうに掃除してたの見たら、手伝ってあげたいって思ったから、かな」
「掃除?」
何も知らない俺に詳しく話し始めたマリ。
夏目先輩にテストの点数で怒られ、罰として掃除をすることになったこと。その時に救いの手を差し伸べてくれた夏目のこと。そして、咲月が俺を探してここに来たこと。
「咲月、俺言ったじゃん…」
「えっ?なにを?」
「連絡入れてくるよって!」
咲月と、話の流れを理解してない夏目がキョトンとしている。
「咲月、本読んでたんじゃないの?集中してたら周りの音聞こえなくなっちゃうじゃん」
それは俺も知ってる。
へぇーそうなんだ、という夏目の言葉はこの際無視。と思っていたら視界の橋でマリが頷いているのが見えた。
あの2人仲がいいんだな…
「ちゃんと肩をたたいてから伝えたんだ。本当に心配した…」
「ごめんね。心配かけて…」
「次はメモとか置いとくよ」
しょんぼりしてしまった咲月。言い過ぎたかなと一瞬思ったが、マリが何も言ってこないということは大丈夫だったんだろう。
突然の沈黙に、何を話せばいいか焦っていると
「で、話し終わったのなら帰ろうよ」
声をかけてきたのは夏目。
「そうだね!私テスト対策勉強しないといけないし」
それにのったのはマリだ。
「じゃあ、帰ろうか」
咲月もそういい、夏目に何やらお礼を言っていた。
夏目は頬を掻きながら笑っている。
そんな楽しそうな二人の光景を俺はただ立ってみていた。
横にいたマリは何かを耐えているように辛そうな顔をして、俺と同じところを静かに見つめる。
こんな顔をするのは試合に負けた時くらいだ。いつも涙を流さずに辛そうにして…。
マリは好きなんだな…夏目のこと。
「同じ気持ちだよ…」
「真…?」
急に喋った俺に戸惑いながらマリに、なにが?と聞かれた。
「マリの恋、応援してやるってこと」
「ば、ばか!なな、なに言ってんの!?あぁーもー!」
「はははっ…隠せると思った?」
「う、うるさい!」
焦って顔を赤く染めている幼なじみにオレは少しだけ勇気をもらえたような気がした。