最初の日 ~part2~
「もう無理だ…先生たちの顔みたら分かる。私ダメだったんだぁ…」
3時間の長いテストも終わり、4限目にどこの学校でもするような総合学習をした後、俺たち3人は別々に昼食を食べ、図書室へ合流した。
「さっきから何唸ってんだ?もうそろそろうるさい」
「うるさい!私の気持ちなんて真には絶対わからないんだよ!バカ!」
「図書室では静かに。あと先輩達に迷惑かけない」
俺とマリの言い合いを止めた咲月は読みかけの本を閉じ、呆れ顔でこちらに顔を向けた。
「「すみません…」」
全く同じタイミングで謝った俺とマリを先輩達はクスクスと笑い、大丈夫だよと言ってそれぞれ仕事を始めた。
咲月は図書委員で、昼休みはほぼ毎回図書室にいる。そして本の整理をしたり、貸出や返却をしたりして、仕事のない合間は今のように本を読んで過ごしていた。
咲月が図書室にいる時はこうやって3人で集まって雑談をしている。
クラスに仲の良い友人がいない訳では無いが、やはりこの2人といるのが俺にとっては落ち着くわけで…ずっと幼い頃から一緒にいたからだと思う。
「牧先生の顔見た!?あからさまにお前はダメだみたいな顔!!」
顔を伏せ、無理無理とつぶやく姿はなんだか可哀想にも見えてた。でもまぁ、朝の勉強会しっかり受けてなかったし。
「…そこ、いいかしら?」
「あ、すみません…マリ、邪魔になってる」
カウンターで話し込んでしまい、人の迷惑になっていたようだ。
こんな時は騒いでる俺たちではなく咲月へ文句が来ることが多い。今日は朝から迷惑をかけっぱなしだし、これ以上は迷惑をかけられない。
「はーい…って、うわぁ!夏目先輩!?」
マリは顔を上げるやすぐに頭を下げた。
マリの部活の先輩かな…?
そうは思ったものの、弓道部というよりは華道や茶道のような感じが似合いそうな人だ。
「こ、こんにちは!」
「えぇ、こんにちは」
なんだか完璧な上下関係の図が出来上がってる。
それに、誰に対してもハキハキ明るいマリがこんなに挙動不審になるのは珍しい。
「こんにちは、夏目先輩。返却ですか?」
咲月の知り合いでもあるなら俺も知っている人なのかもしれない。
肩にかかるストレートな髪に少しきつそうな印象を与える瞳…見たことある気がするけど、誰だっけ?
3冊の本を咲月に差し出す。
「いいえ、延長にできるかしら?こっちは追加で」
「できますよ。はい、どうぞ」
本の貸出手続きを行った咲月は返却日程を伝えると、
「…そこ、迷惑になるわよ。あと千﨑さん、今日はテストを必ず持って来るようにと、1年に伝えて」
「すみません…気をつけます」
咲月へ注意を促した。
やはり迷惑だったよな…
咲月の返事を聞いて夏目先輩が立ち去ろうとした時、マリが慌てて呼び止める。
「え、テストいるんですか!?」
「そうよ。それで大会選抜メンバーを入れ替えるかどうか、最終決定するから」
マリの顔色が変わっていく。
「それじゃあ、よろしく」
静かに立ち去る夏目先輩。
「無理だって!せっかく選ばれたのに!!」
夏目先輩の姿が見えなくなるやいなや、また騒ぎ出したマリは放っておこう。
「さっきの先輩、誰?」
「えっ!真、覚えてないの!?」
この驚き方から2通り予想できた。ひとつはこの学校で相当有名な人物。ふたつめは少なくとも3回以上は会ったことがある人物。
「そんなに有名な人なの?マリの部活の先輩だとはわかったけど…」
「いや、有名ってわけじゃないけど…。私たちの中学校の先輩で、その時生徒会長してたよ」
生徒会長…?
中学のころは咲月が生徒会に入ってた。家まで一緒に帰るために、1週間に1回のペースで行われていた生徒会会議がある日には絶対に会っていたはず…。
「あぁ…あれ、眼鏡してなかった?」
ようやく思い出した人物は眼鏡をかけており、髪は長かった。記憶が正しければの話だが。
「うん、してたね。たぶんその人であってる」
イメージがだいぶ変わっていた。昔から厳しい人だとは思っていたけど…さっきあった時になんだか冷たい感じがした…。
「夏目先輩に謝ろう。うん、そうだよ…ははっ。終わった、私の部活人生が終わったんだ…」
ずっと無視し続けていたマリが、未だにぶつぶつと呪文のように唱えている。周りに引かれてるし、かけてやる言葉が見つからない。
「あー…帰るか。教室に」
時計を見ると5限が始まるまで残り10分だ。もう教室に帰ってもいい頃だろう。
マリをこのままここに置いておくのもアレだし。
「そうだね。先輩先に帰りますね、今日も騒がしくてすみませんでした」
咲月がまだ残っていた先輩に声をかける。
あの人は確か図書委員長の野崎さん…何かと優しくしてくれる、面倒見のいい3年の先輩だ。
「いいよー、お疲れ様!神彩さんも桜野くんも大変だね」
「ははっ。そうですね」
野崎先輩の目線の先にはマリが座り込んでまだ何か言っている。俺は今の一言を察して肯定した。
「お疲れ様でした。マリ、立って!」
咲月が手を引き、マリを無理矢理立たせる。
「マリ、今日は先生たちの会議があるから、あと1時間で帰れるぞ。それまで頑張れ」
俺はマリにやる気を出してもらおうとしたのだが…
「あ、あと1時間で私の人生が終わる!?」
もう駄目だ。手のつけようがない。
しかし、大会に出られないだけで…とは言えない。
ずっとマリが努力して、大会に出られるようになったことは知っているからだ。
「マリ、家に帰ったらケーキあるから食べよ!それに、今日は真がアイスご馳走してくれるんだよ?」
咲月の言葉にマリは素早く反応した。
「…ケーキ!?食べる!そういえばアイスがあるんだ!あと1時間頑張る!」
いや、マリには奢らないから…!
という言葉を飲み込んだのは、咲月が目で訴えかけてきたからだ。
「わかったから、早く教室に行こう」
まぁ、今日くらいはいいか。
元気を取り戻したマリと、笑顔の咲月が俺の瞳に写った。
なぜだろう?
ふたりが笑っている姿を見ると嬉しいはずなのに…
なぜかとても切なくなった。